幕間 ステラのバレンタインデー ~地獄の最下層~
銘水さんからバレンタインファンアートを頂きました!
この素晴らしい切り絵と一緒で、とても爽やかな幕間に仕上がったと思います。
「ん~……。今日も平和であるな~……」
「そだね~。オウマちゃ~ん……」
肌寒い二月の合間、ちょっとだけ気温が上がって過ごしやすい昼下がり。
我はキザイルと共に休日を過ごしていた。
家の自室でゴロ~ンとしていて、特に何もしていない幸せなひととき。
「こんな時間がずっと続けばいいのに~」
「そーであるな~」
ぽやぽや~んと眠たくなるくらいのお昼寝に適した空間だ。
──と、そこへ部屋の扉が開け放たれた。
立っていたのは、珍しくエプロンを装備したステラ。
「オウマ殿! 今日はバレンタインデーという行事らしいですね!」
「ヒゥッ!?」
我は心臓停止したかのような呼気と、死を予感したカエルのように眼を飛び出させながら、部屋から逃げだそうとした。
「ははは、オウマ殿。どこへ行かれるのですか」
ドアをガッチリとガードしていた勇者からは逃げられない!
勇者パワー全開で首根っこを掴まれてしまった。
終わった。終わったのである……。
「ふわ~あ。急にどうしたんだよ、オウマちゃん? バレンタインデーってなによ?」
何もわかっていないキザイルは、まだお昼寝直前といった状態であくびをしている。
「バレンタインデーとは、我の出身地でチョコ──食べ物を渡す日なのである……」
「た、食べ……もの……ステラちゃんが……。あ、あああぁ……」
ようやく気が付いたようだ。
あの現実的に不味い食べ物を作るステラが、チョコを作ったらどうなるかなんてファイアブレスを見るより明らかである。
「あ、あぁーーーーーッッッッッ!!!!」
キザイルは発狂しながら、窓を開けて二階から飛び降りようとしていた。
だが、窓の外に其奴は居た。
龍の眼光でギョロリと睨み、口元を赤黒い何かでベッタリと汚した人外。
「おやおやぁ、キザイルとやら。どこへ行くのじゃ……?」
竜魔将軍ドゥルシアが、窓の外に張り付いていた。
顔面蒼白のキザイルは腰を抜かして倒れてしまった。
「お、覚えてるぞ……。お前は、僕の剣を指一本で受け止めた竜魔将軍だ……」
「くふふ、再戦でもするかえ?」
あ~……。
キザイル、そこの記憶はギリギリあるのか~……。
「とりあえず、ご近所に見られてしまうので早く中に入ってください。ドゥルシア殿」
「おお、そうじゃな、ステラ。お邪魔します、っと」
ステラの言葉にうなずき、普通に窓から部屋に入ってくる龍神。
たしかステラと元からの知り合いらしいので、かなりフレンドリーな関係に見える。
「そうじゃ、小僧。妾が高貴で、最強無敵! ──な竜魔将軍だとはヒミツにしておくのじゃぞ?」
状況が飲み込めないキザイルは、コクコクとうなずくだけであった。
あとでちゃんと説明してあげようかな……。
ともあれ、これで脱出経路が断たれた。
「す、ステラよ。どこでバレンタインデーなんて知ったのであるか? 王都では広まっていない習慣のはず……」
「それは、イフィー殿が『あ~、もうすぐバレンタインデーだにゃ~』って感じで、オウマ殿の故郷の習慣を教えてくださったのです!」
彼奴、あのときにワンパンで仕留めておくべきだったか……。
「ば、バレンタインデーっていうのがあるのか~……。僕も詳細を知りたいな~……」
「そ、そうであるな~……説明をするのである~……」
キザイルの眼はまだ死んでいない、諦めていなかったのだ!
きっと説明によって、時間を引き延ばしてチャンスを得ようとしているのだろう。
我もそれに気が付いて、話を合わせる。
「どこかの異世界が起源と言われていて、女性が、男性に親愛を込めてチョコを渡すのである」
「へ、へぇ~……。うちの兄がよくプレゼントをもらってくるから、それみたいなモノなのかな~……?」
「そ、そーであるなー……」
我はマクドゥガル公爵家に行ったとき、仕事の都合で王都に戻ってきていた“キザイルの兄”とも会っている。
身長二メートルほどだが、スリムな体型を保っていて、顔はキザイルを成長させたような甘いマスク。
物腰穏やかで、確かに女性に好かれそうな人物だった。
「そ、それで~……チョコをもらった男性は、一ヶ月後のホワイトデーにお返しをするのである~……」
「な~るほど~……。お返しって難しいよね~……。
とてもじゃないけど、僕たちには難しいんじゃないかな~……。
だから、これからチョコを作って貰うのも悪いんじゃ──」
「無論、チョコは既に作ってきているのだが?
……さぁ、オウマ殿! 受け取ってください! 私はお返しなど気にしないので!」
おわったー。
時間引き延ばし作戦は、既に包囲網が完成していた場合は策として機能しない。
異世界の天才軍師、コーメイですら打破できぬ絶望。
「オウマちゃん、グッドラック!」
キザイルは親指をグッと上げてサムズアップ。
此奴、もしや標的が我だけになると気が付いて、切り捨てたのであるな!?
親友とは……儚いものであるな……。
我は菩薩のようなアルカイックスマイルを浮かべた。
「ステラよ、キザイルにも世話になっているのである。チョコを分けてやりたいのだが?」
「──お、オウマちゃっ」
「はい、きちんとキザイル用も作ってきています。私はマメな性分なので!」
「あ、あぁッッッ、うあぁぁぁ」
嗚咽にも似たキザイルの絶望声が響く。
もはやここは我の自室というより、地獄の最下層である。
だが、あることに気が付いた。
一緒に来ていたドゥルシアが口元に付けていた、赤黒い物──。
アレはチョコではないのか!?
何か普段のイメージ的に血かと思ったが、きっとアレはチョコだ!
つまり──。
「ドゥルシアよ! お主、料理は得意か!?」
「ええ、はい。まぁ、主婦ですから?」
心の中でガッツポーズ。
パターン的には、料理下手なステラが、ドゥルシアに教えてもらいながらチョコを作った感じだろう。
それなら、まだ可能性がある。
そもそもチョコは、湯煎して形作る程度なら致命的な失敗はしない部類だ。
ちょっと舌触りや、風味、形が悪くなるだけ。
「妾がどれくらい良妻かというと~。
去年は食べ物では無いが、夫であるハーちゃんに、鱗を加工したお守りをプレゼントしたくらいのベストパートナーなのじゃ!」
「ほう、力ある龍神の鱗をアクセサリーに。それは大抵の攻撃を防ぎそうであるな」
「……どこかの誰かさんの初級石魔法──流星滅殺魔群とやらを防ぎましたね、ええ。誰かさんの」
何かドゥルシアの視線が痛い。
というか、その誰かさんって我だよね……。
もしかして、もしかしなくても、ハゲ筋肉人間をポンポン吹き飛ばしても平気だったのって……。
ああ、視線が超痛い。
「それで今年は、妾もハーちゃんにチョコを渡す事にしたのじゃ」
「ふむ、なるほど。つまり、そのついでにステラのチョコ作りも見てやったということであるな。そうなのだな、そうであれ」
「あらあら、オウマ様は勘が鋭い。ちなみに妾が作ったのは、龍の血を混ぜたチョコ。これで元気百倍なのじゃ」
「た、食べ物に自分の血液って、どうなのかなぁ~……」
キザイルの的確なツッコミ。
龍とか関係無しに、ちょっときついのである……!
「私も感銘を受け、それを参考にしました!」
ステラアァァァァァアアアッッッッッ!!
なんでそこ感銘を受けちゃうかなぁ!
「あ、ご安心ください。私の血など何の力もないので入れてません」
「ほっ」
「代わりに、そこらへんを歩いていたモンスター──スケルトンの骨を入れてみました!」
「何故そうなるのである……」
「他にも色々と粉砕して入れておきました! 精がつきますよ!」
ステラは持ってきていた黄銅の箱をカパッと開けて、自信満々で中身を解放した。
それは古の十戒が納められているとされる、失われた聖櫃のような光を発しながら──たぶん幻覚だけどそんな雰囲気。
『コロシテ……コロシテ……』
ハート型のドブ色チョコに拘束されている、スケルトンの頭部がカタカタと鳴っていた。
本来ならチョコは固形だと思うのだが、ネチョッとスライムの粘液のような不審物と化している。
タイトルを付けるとすれば、“ブラックスライムが人体を捕食したあとチョコレート”だ。
これを口に運べば……我、どうなっちゃうのであるか。
人骨……いや、スケルトンなんて食べたことないのである。
「オウマ殿が『料理の基本はお出汁なのである!』とおっしゃっていたので、そこも参考にしました!」
「このタイプの出汁は始めてなのであるぅ……」
我のツッコミ力が足りない、追いつかない。
キザイルにいたっては過呼吸でブルブル震え、ドゥルシアは恋のキューピット役にワクワクする女学生みたいな若い表情を見せている。
だが、そこで我は魔王的な発想を閃いた。
先に我慢して一口食べて倒れたら、あとはキザイルに全て押しつけられるのでは!?
い、いやいや……さすがに、それはいくらなんでも、魔王でもやっていい事と悪い事がある……。
最後の良心として踏みとどま──。
「オウマちゃん、僕、先に逝くよ。後は任せた!」
「キザァーイル!? あと任せられても困るからねー!?」
キザイルは、その物体Xに指をズボッと突っ込み、付着したどす黒いチョコレートと呼称されるモノを口に運んだ。
「う゛ッ」
突然の死。
キザイルはキラキラと光りながら、教会へ転送された。
「キザイル……ただの一発ですら耐えられなかったか……」
「ふむ? キザイルのやつは過労による突然死でしょうか? ささ、オウマ殿はチョコを食べて疲れを取ってください」
疲れより、魂が取れちゃいそうなのである。
というか、妙にキザイルの奴がフルスロットルだと思ったら、蘇生の加護をかけていたとは……。
だが、我は魔王という体質的に蘇生の加護が使えない。
やばい、やばいのである。やばいやばいやばい、やばいのであ──。
「おや? オウマ殿、そんなにあんぐりと口を開けて……。あーん、ということですね! えいっ!」
「う゛ッ」
ホムパ魔王様 終。
※スケルトン君は、不魔将軍の部下だったので逃がしてあげました。




