幕間 イフィー君とマーオちゃんの貴族懐柔ハニトラ
※人魔将軍イフィゲニア視点。二章途中の時間軸。
感想でリクエストが多かったので、ちょっとだけサービス幕間。
「じゃあ、金貨五千枚で、バギエルとは手を切るってことでいいかにゃ?」
「へっへっへ。あんた達、なにかワケありなんだろう? もう千枚追加してくれたってバチは当たらないだろう。こっちにもリスクってもんがあるんだからさぁ?」
ここはとある悪徳貴族の屋敷。
そいつは金にがめつく、大司教バギエルと繋がりを持って、その後ろ盾で横暴を繰り返している。
殺人や強盗まがいのことを手下にやらせても、すべてもみ消せる強大な権力だ。
その絵に描いたような悪徳貴族とテーブルを挟んで、緊張感あふれる交渉中という場面。
高級ソファーに座るボク──猫獣人イフィーこと、人魔将軍イフィゲニア。
「はぁ~。わかったにゃ~。そちらさんには敵わないにゃ。追加で貴金属類もオマケしておくから、穏便にバギエルと手を切って欲しいにゃ」
「へへ、話がわかる奴は嫌いじゃねーぜぇ」
隣にいる魔王様は『マジであるか!?』という表情をしているが、事前に何も言わないように指示しておいたので、無言を貫いている。
「失礼します。お茶を持って参りました」
うかつにも、ノックをせずにドアを開けて入ってくるメイド。
「あぁん? 交渉中は、緊急の案件以外くるなっつってんだろ!」
悪徳貴族の男は、メイドに強く蹴りを入れた。
骨折くらいしそうな力の入れ方だにゃ~。痛そ~う。
……と、静観してると、魔王様は怒りの表情でメイドをかばい、ドアの外まで連れ出していた。
魔王様はお人好しだにゃ~。人間相手に感情をあらわにするにゃんて~。
「おら! カップも持っていけ!」
「ひっ!?」
悪徳貴族の男は、茶の入ったカップをメイドに投げつけたが、必然的にかばっている魔王様にも水滴がかかった。
「おっと、失礼。無口な連れの方にかかっちまった。……へへ、服代は後で出すから許してくれよ?」
んー、ぶっころにゃ~。
ほとぼりが冷めたあと、魔王様に気付かれないように事故死か病死させる。
この人間の国の技術力程度では、検死をスルーさせるのも楽勝。
魔王様と違って、ボク的に“人間”というのは道具か何かでしかないのだ。
本物と寸分違わぬ金貨を偽造しまくって、結果的に人間世界の経済バランスが崩れようとも、ちっとも感情は動かない。
あ、これ魔王様には全部ヒミツにゃ。
* * * * * * * *
「はぁ~……。人間貴族との交渉というのは大変なのであるな……」
悪徳貴族の屋敷から出て、次の交渉場所に移動している最中。
魔王様はひどく疲れた表情をしていた。
この街を行き交う人々の中で一番、難儀そうな顔かもしれない。
「魔族同士なら、強さを見せれば大抵は敬意を払ってくれますからにゃ~」
「うむ、現在の魔将軍の半分くらいがそれな気がするのである」
ちなみに残り半分は、魔王様の人柄である。
本人は自覚していないかもしれないが、ボク的にはそれが一番の理由。
といっても、そんなことを真っ正面から言えるメンツは皆無なので、魔王様はわかっていないだろう。
何を隠そうボクも……。
まぁ、恥ずかしくて……いまさら言えない。
「次もあんな大変な感じで交渉していくのであるか?」
「ん~……。次はもっと大変ですね」
「も、もっとということは、もっとあくどい輩なのであるか!?」
「いえ、逆にバギエルと繋がっている以外が、クリーンすぎる女性貴族なのです」
ボクは役柄的に、人間社会の情報は腐るほど入手できる。
そのおかげで、探られたくない腹がある大半の貴族にはクリティカルヒットを出せるのだ。
あとは求めている物を渡すだけ。
さっきのでいえば金貨だ。
本来なら暗殺してしまえば早いのだが、魔王様がそれを嫌がっているので悩みどころだ。
まぁ、ボクみたいな闇の存在が、手を血で汚さずに世直ししている気分になれるというのも、悪くはないのだろうけど。
「──というわけで、魔王様。脱いでください」
「なんとぉ!?」
「それと、ボクは男の子バージョンと、女の子バージョン。どっちの方が魅力的だと思いますか?」
ゲームだったら、ここで性別分岐しそうだ。あ、にゃ~。
* * * * * * * *
さぁさぁ、やってきました貴族屋敷その2。
今のボクは男の子ですにゃ。
性別が変わっても胸の大きさがほぼ変わらないので、衣装がとっても楽である。
「ご主人様、例のお客様をお連れしました」
「ん、入ってきていいわよ」
「はい、失礼致します」
前を行く十代前半のメイドがドアを開けて部屋に入った後、その女性貴族の横まで移動して、しずしずと控えの姿勢を取った。
しつけの行き届いたメイドだにゃ~、と見ていると、女性貴族は頭をナデナデしてやっていた。
嬉しそうに目を細めるメイド。
「ちょっとお客様と話があるから、あなたは自分の仕事に戻っていいわよ」
「はい。では、何かご用があればお呼びください」
「ふふ、ありがとう」
女性貴族は若いとは言えないが、美しさを備えた妙齢の淑女だった。
豪奢な衣服やアクセサリーを付けているのだが、それを着こなす相応の気品と落ち着きがある。
たぶん30代……なのだろうが、人間女性としてはそれなりの部類だ。
「それであなた達二人──」
二人。
そう、二人なのだ。
ボクの横には、魔王様──。
「とても可愛いじゃないの」
「……」
魔王様の、女の子バージョンが無言で立っている。
数千年にわたって様々な女性を見てきたボクだけど、その中で一番と言って良い可愛さである。
ちまたで“数千年に一人の美少女”という売り文句があるが、本当にそれなのだ。
「そっちの黒い服の娘……。絹のような艶やかな黒髪。いえ、その程度で例えるのは愚か。まるで夜のとばりと、星の煌めきを集めたかのような美しいロングヘアー」
同意。
魔王様の黒髪ロングはキューティクル力が凄まじい。
キューティクルの暴力と言っても良いくらい、髪だけでとてつもない艶めかしさだ。
「ぱっちりとした二重まぶた、長いまつげ。それでいて愛らしいプニッとしたほっぺに、子供と大人の儚い間──刹那の色っぽさを携えた唇……。そして何より眼! 眼力がすっごぉい!」
大絶賛されているが、そこらへんの美の女神を足蹴に出来るレベルのロリっ娘なので仕方がない。
なぜか魔王様からしたら嬉しくないらしいが。
「うふふ、無口なのね。……それで、そっちの青い髪のオス猫クンは──」
「にゃはは、ロリ魔王様ちゃんと比べたら月とすっぽんになっちゃいますにゃ」
「そんなことはないわよぉ。ピコンと立った猫耳に、ふんわりとした尻尾、普段は理知的なショタっぽいけど、夜になるとヤンチャなるタイプでしょ。きっとそう」
ボク、分析されてるけど意味がわからない。
むしろ願望入ってないかとツッコミたいが、交渉相手なのでやめておく。
「うんうん、いいわよ。持ちかけられていた交渉は成立よ」
さすがに大貴族とアポ無しで会えるはずも無く、事前にツテを使って交渉をしていたのだ。
今はなんというか、ボクとロリ魔王様──つまり商品をお届けにあがった状態で……。
「あなた達と一晩を共にすることで、バギエルとは手を切ってあげるわ♪」
そういうことなのだ。
* * * * * * * *
この女性貴族は弱点という物がなかった。
金も公正な手段で稼いでいるし、貧民への支援も行っていて義に厚い。
……いや、ただ一つだけ付け入る隙があったのだ。
それはバギエルから少年少女を買って抱いているということ。
そして、そのままメイドにしているケースもあるという。
つまり好き者である。
スパイの常套手段であるハニートラップが通じる相手。
慣れているボクだけでも十分だったかもしれないが、今回は魔王様にも手伝っていただいた。
バギエルのところの少年少女と百回寝るより、魔王様とボクと一回寝た方が価値があるという感じに、だ。
結果がこれだ。
「……」
無言のロリ魔王様がベッドで、全裸の上にファサッと透けるほど薄いシーツ一枚の艶めかしい姿。
レイプ眼で微動だにしていないが、そのぽっこりとした可愛いイカ腹が呼吸で上下しているので平気だろう。
昨晩はいたく気に入られて、それはもう女性貴族が狂喜乱舞して、朝チュンを迎えたのだ。
ボクはというと、まぁ、慣れているのでそれなり?
「す、すごかったわ……イフィー君……。罵倒のドS才能があるわ……」
女性貴族が息も絶え絶えでピロートークをしてくるが、ボクはそれに対してニッコリと笑うだけだった。
ボクは少し休憩したあと、脱ぎ散らかされた服を回収して身支度を整える。
そのまま部屋を出て、館の外へと向かった。
外は既に明るく、ちょっと猫目にまぶしい感じだ。
「い、イフィゲニア……どうなったのであるか?」
「いやぁ、可愛すぎるマーオちゃんのおかげで大成功でしたにゃ~」
「あ、あれはお主の“魔影”で作った偽物であろう……。我とは違うもん……」
外で待っていた本物の魔王様と合流した。
本当はもっと離れた場所で落ち合うはずだったのだが、きっとボクが心配で庭先まで来てしまったのだろう。
「外見はきっちりと同じですよ~。そのため最初に、全裸をスキャンしましたし」
「う、うむ……かなり恥ずかしかったぞ」
「にゃはは、ロリ魔王様と同じ格好の“魔影”があんなことや、こんなことをしていましたにゃ。人外レベルの美少女と一夜を共にできた女性貴族は大満足で──」
「うぐぐ……。我の少女バージョンの全裸を見られたのは苦痛であるが、本物だったお主に比べたら……。ぬぬぅ! すまぬ! お主にばかりすまぬ!」
あ、魔王様がすっごい気にしちゃってる。
ボクとしてはハニートラップくらい慣れてるというか、本当は人間程度に羞恥心なんてないので、表面で感情の演技をしているだけなんだけど。
うーん、でも、感情が無いと言っちゃうのも勿体ないな~、と思ってしまう。
「じゃあ、後でぎゅ~っとしてください。魔王様」
「そ、それが我に出来ることなら……」
役得ってやつだにゃ~。
でも、よく考えると、魔王様のお身体を堪能した人間がいるというのも癪である。
色々と面倒なことになる可能性もあるので、後顧の憂いを断つという意味で殺しちゃうのもありかにゃ~。
ちょっと前の悪徳貴族のようにね。
やはり“人間”とは、ボクにとってただの道具なのだから。
──そんなことを考えていると、誰かが近寄ってきた。
「あ、もうお帰りになられるんですね」
「にゃ? キミは──」
「お客様とは昨日ぶりですね」
庭先で話しかけてきたのは昨日、屋敷の中を案内してくれたメイドであった。
外見からして十代前半でまだ幼い。
「うん、交渉結果はお互いに満足のいくものだったからにゃ~。長引かずに済んで助かったにゃ」
「そうですか~、それは良かったです」
そこで、ふと聞きたい事ができた。
なぜ人魔将軍のボクが人間程度に、それもメイドにそんなことを聞きたいと思ってしまったのかはわからない。
ただの気まぐれ。
「メイドさんは、あの方をどう思っているにゃ?」
「うーん、どう、でしょうね~……」
ボクは人間程度の嘘なら、よっぽどの相手じゃなければ見抜く自信がある。
もし、ただのおべっかを言っても、実際は前の悪徳貴族みたいに虐待されているメイドのようなケースも丸わかりなのだ。
まぁ、人間程度なら、弱者が強者にいたぶられることも仕事なのかもしれない。
「ご主人様は、普段は素晴らしいのですが、エッチなところがダメダメですね。もう人間のクズって感じです」
「にゃ? にゃにゃ? そんなことを言っちゃって大丈夫かにゃ?」
「ええ、大丈夫です。ご主人様とは、普段から本音で会話をしていますから」
「珍しいにゃ」
文明の進んだ者にはわからない感覚だろうが、今の貴族社会である人間のメイドが、こうも伸び伸びと意思を表せるというのは希である。
それこそ消耗品か何かの扱いのメイド。
男の執事ならまだ地位が約束されていたりするが、この人間はただの若いメイドなのだ。
「でも、私はご主人様にとって、特別な存在とかではないのです。
私たちのように売られた惨めな存在を買い上げて、平等に、大事に育てあげて、屋敷の給仕として使ってくださるのですから」
「複数……みんなを大事にしてるにゃ?」
「はい。ただ、男女問わず夜伽に誘ってきて大変ですが、無理やりはないです。地獄の日々を暮らしていた者たちからすれば、ここは天国です」
屈託の無い笑顔を見せるメイド。
何か無言だった魔王様がプルプルと震え、涙を流して、メイドの頭をなで始めた。
「偉いのである……! 偉いのであるぞ~……!」
ボクは溜め息を吐くしか無かった。
魔王様が入れ込んでしまったら、このメイドの主人である女性貴族も殺せなくなっちゃったじゃないか。
まぁ、魔王様の精神に影響するということは、それなりに愛玩動物としての価値くらいはあるのだろう。人間程度にも。
まったくしょうがない。
「あ、それでこれ、どうぞ」
「花? 青薔薇とは珍しいにゃ」
メイドから手渡された一輪の青い薔薇。
人間世界では自然発生しないので、品種改良か、魔族側から渡ったのだろう。
「はい、その花言葉は『神の祝福』です。……お二人に神のご加護があらんことを」
このボクに神の祝福を、か。
人間というのはしょうがない生き物だ。
まぁ、しょうがないか。しょうがないよね……うん。
「イフィー、花をもらって嬉しそうであるな」
「べ、別になんでもないにゃ!」
たぶん、何よりも大事な使命を抱えるボクが、情にほだされそうになっているのではないと自分に言い聞かせるようだった。
ただ、ちょっとだけ、しょうがなく……。
人間に対して愛着を持ってやらないこともない……にゃ。




