3饗宴 ウェーイだと!? 貴様!!
「それじゃ、おっさん! 冒険者になりたくなったらいつでも言ってくれよな!」
「う、うむ。わかった」
冒険者のハゲ筋肉人間に案内してもらい、王国騎士団の入団試験会場までたどり着いた。
飛び入りになってしまったが、彼に謎のツテを駆使してもらって参加可能となったのだ。
「感謝する人間……。だが、この6000歳で冒険の者になるのはきついから……」
去りゆくハゲ筋肉人間に、聞こえないように呟いたのであった。
さて──と、試験会場を見渡す。
ここは王城敷地の一角。しばふの地面と、石積み城壁に囲まれた広めの場所。
普段は訓練場にでも使われていそうな雰囲気だ。
そこに若い入隊志願者たちと、金属鎧を身にまとった兵士たちが試験官として立ちならんでいる。
「いいか、入団志願者! 判定方法は──人形をシンプルにぶった切る! 以上だ!」
どうやら筆記試験ではなく、金属の土台に突き立てられた、木とワラで作った人形を斬るという原始的なやり方らしい。
「まずは、この方に手本を披露して頂く! しっかりと目に焼き付けておくように!」
兵士たちの背後から出てきたのは──。
「私はステラ。勇者と呼ばれているが、見ての通りまだまだ未熟な小娘だ。だが、手本と言われたからには、それなりに尽力してみるつもりだ」
……まずいな。
勇者ステラがいるということは、ここでボロを出せば一発でバレてしまう。
いつも殺害予告をして殺気立っている人間種のことだ。
正体がバレたらどうなるかわからない。
きっと、あの入り口の門番に化けている上級天使も今頃、処刑されているのだろう……。
同じ人間に化けている身としては、軽く同情してしまう。
いや、明日の我が身だ。
ここは目立たぬように落ち着いて──。
「ぬっ!?」
勇者ステラが、じっとこちらを見つめている。
つい声が出てしまった。
もしや気付いているのか……。
くそ、不安になってきてしまったじゃないか。
もしや精神攻撃で追い詰めておいて、あとでストレスで弱ったところを叩こうという高等戦術か!?
「ステラ様、どうなされたのですか?」
「いや、知った顔がいたような気がしただけだ。では、始めるぞ!」
知った顔……もしかして気付かれたか?
いや、魔王は勇者ステラとは会った事は無いはずだ。
というか、人間に化けているのだから、魔王の時とは姿が違う。
なんだ平気か。きっと門で出会った人間と思っているのだろう。
……いやいやいや、それすら勇者フェイントかもしれない。油断はできない……!!
すごいドキドキする。
動悸息切れというやつだろうか……。
若さが欲しい。
「でぇいッ──!!」
勇者ステラによる手本が開始された。
気迫を込めた小娘の声と共に、その手に持つ剣が一閃される。
試験用ワラ人形に何も変化は無し。
「お、おいおい。勇者様がミスったか……?」
我の横に立っていた、入団希望の貴族っぽい少年がニヤけながら呟いた。
それに呆れながら返事をしてやった。
「いや、違う。よく見ていろ」
勇者ステラが剣を鞘に収めると、ゆっくりと試験用ワラ人形が斜めにズルッと落ちた。キレイに真っ二つだ。
あまりに見事な斬り方だったために、斬撃の瞬間は動かなかったのだ。
まるで斬られていないとワラ人形ですら錯覚してしまったかのように。
「す、すげぇ。さすが勇者ステラだ。僕がいずれ超えるべき女か……。追い抜くまで1年くらいはかかりそうだな」
此奴、勇者になろうというのか?
そもそも勇者というのは才能によるところが大きい。
常人が血の滲むような研鑽を繰り返して、やっと勇者の入り口に立てたとしても、本当の勇者は既にその百歩先を進んでいるという人間戦略兵器だ。
「おっさんは目だけはいいんだな。あんな速い動き、僕じゃなきゃ見逃していたところだったよ」
普通に見逃していたように思えたが……。
「おっさんではない。オウマ・ブラオカという人名がある」
「じんめい? ああ、名前ね。
僕はキザイル。すぐ騎士団団長になって、その後に勇者と呼ばれる男さ!」
「ああ、よろしく」
ノリが軽いというか、考えが軽いというか。
軽薄そうな男だ。
「ちなみに僕は、自分でいうのもなんだけど有名貴族の次男でお金持ち。
顔も良いし性格も良いから、名前を僕に知ってもらえたのはナイスだと思うよ、うんうん」
「そ、そうか」
このノリ、何かを思い出してしまうような……。
「権力者に友達も多いからね。ウェーイって一緒によく騒いでるよ──」
ウェーイ……。
その言葉、あの時に聞いた言葉だ……。
「ウェーイだと……」
「うん、気分が高まると普通いっちゃうっしょ?」
「ウェーイだと!? 貴様!! ウェーイだと!?」
「ちょ、急にオウマちゃん怖いって。落ち着こうよ、ね!」
そ、そうだ。この者の言う通り落ち着こう。
危うく本来の力を発揮して消し炭にしてしまうところだった。
我の悪い癖だ。
急にあの『孤独のホームパーティー』に起因することを思い出してしまうと、魔王の本性で荒ぶってしまう。
だが、もう落ち着いた。
大丈夫だ、大丈夫。
絶対に愚行は犯さない。
少なくとも今日くらいは平気だろう。
──魔王の威厳に懸けて絶対にだ!
「あ、僕の番だ。行ってくるよん! トップの成績になるから見ててくれってばよ!」
安定しないな、此奴の口調。これが軽いということか。
色々と勉強になるな~と人間観察を続けよう。
「とおっ! えいっ! あれ、おかしいな。ふんっ!」
剣を振るときの声も軽いし、斬撃も軽すぎて試験用ワラ人形を切断できていない。浅く引っかかるか、跳ね返されている。
だが、これを蔑んで見る我ではない。
訓練もしていない人間が、普通の鉄の剣で斬ろうとすれば普通なのだ。
そもそも、この量産品の剣は斬るではなく、正確には叩き斬るためのもの。
切れ味は二の次で、頑丈な鉄で打撃をするという意味合いが強い。
東洋のサムライブレードとはまたコンセプトが違う。
「あー、もう。自分の剣を使わせてもらうよ。まったく、こんな安物の鉄の剣じゃ僕に合わないんだ」
貴族の少年キザイルよ……。勇者ステラは、その安物の鉄の剣でアレを見せたがな。
そう思いつつも、その鞘から抜いた刀身に見ほれてしまう。
材質は蒼霊銀で、低級だが文字魔術が彫られている。
この魔王から見ても、とても丁寧な仕事とわかる。
まるで一級の鍛冶士と付与士が、わざと威力を抑えた魔剣にしたような。
「こ、困りますキザイル様。ルールでは一般の兵達が使っているものと同じ剣でないと──」
「はっ? 僕が偉くなったら、一般兵にでもこれくらいの魔剣をバラまいてやるさ! とりゃっ!」
かなり強引だが、魔剣の威力で試験用ワラ人形は切断された。
訓練されていない者でも、この威力を発揮できる初心者用の魔剣といったところか。
もちろん、我が全力で振るえば一撃で魔剣自体が崩れてしまうが、このコンセプトは見習うべきところもある。素直に刀匠に敬意を払おう。
「ウェーイ! 勇者に僕はなるっ!」
ドンッ、と足を踏みならしてどや顔だ。
此奴を見ていると、アイツらがちらつくような気がしてくるが──。
頭をブンブンと振ってそれを掻き消す。
「次、オウマ・ブラオカ。前に出ろ!」
くくく、我に前に出ろというのか。
「我の前に立つというのか。覚悟しろ、貧弱な生命体よ──」
……と勢いで言ってしまった。
我はハッとした。つい魔王を挑発する輩に対処するモードになっていた。
キザイルの態度から、アイツらが頭に過ぎってしまったためか……。不覚。
「おっさん、なにを言ってるんだ? この僕の剣技に酔ってしまったのかい?」
「そ、そうなんだ。我は場の空気に酔いやすくて。ははは!」
危ない。何とかごまかしきれたようだ。
此奴の軽口も役に立つではないか。褒めて使わす。
それにしても、我は一見すると不審者に見えてしまうかもしれない。
やはりここは慎重に、慎重に……。
「え~い」
手渡された鉄の剣を、なるべく力を込めないように振り下ろす。
いや、それはもう振り下ろすと言うより、剣の自重に任せているだけという感じだ。
当然の如く、試験用ワラ人形は斬れない。ワラの一本すら斬れない。
「オウマ・ブラオカと言ったな。試験官としては、とやかく言わない方がいいのだが……。あまりにも覇気が無いな」
確かに弱すぎたかもしれない。
こんなにも力の調節が難しいとは……。
そういえば、軽めの英雄譚でこんな話を見たことがある。
力ありすぎる者が、素性を隠して実技試験に挑み、つい力を発揮してしまって『またオレ何かやっちゃいましたか?』と無自覚に自爆してしまうアレだ。
あのような同じ轍は踏まんぞ……。
我は力があると自覚していて、それを知られるとマズイと悩んでいる最中なのだ。
絶対に愚行は犯さぬ!
魔王の威信に懸け──。
「アドバイスをしてやろうオウマ・ブラオカ。憎い奴の顔を思い浮かべてみろ」
「に、魔将軍……? パリピだと……?」
「そうだ。そいつに最悪なことをされたときをイメージする。そうすると──」
魔将軍……。孤独のホームパーティー……。
アイツら……アイツら……。
「おぉ。落ち着いたおっさんだった、オウマちゃんの形相がまるで魔王のように」
「……あ、アイヅゥラァァァァァアアアアアア!!」
我の怒りを込めた斬撃が放たれてしまった。
その速さは光速を超えていたので、慌てて周囲への事象対消滅魔法をかけて、地形が変わるのを防いだ。
「あれ? おっちゃん、剣を振るのは速かったけど、何も起きてない。ミスってるよ」
キザイルが茶化してくる。
どうやら他から見たら、何も異変はなかったようだ。
危ない、セーフ。
と、思ったのだが。
「んん、おかしいな。鉄の土台が壊れている」
つぶやく試験官。
試験用ワラ人形ではなく、鉄の土台に当たっていたようだ。
まずい、これはまずい。
「え、ええと、どれどれ……?」
我は内心大慌てで、かがみ込んで土台部分を覗くフリをした。
急いで腐食魔法をかける。
「あー、錆び付いちゃっていたみたいですね。ははは……」
「そうかー。申し訳ないな、騎士団側の不備で」
「いえいえ、我が騎士団に入ったら、きちんと裏方を頑張りますゆえに!」
我、やっちゃいました……。
他人の物を壊してしまった。
魔王としてあるまじき行為だ。猛省。
「それじゃあ、こっちの方を使ってくれ」
「はい。おりゃ!」
今度はキチンと力加減をして合格。
勇者ステラが、こちらをずっと見ていたのでハラハラしっぱなしだった。