13饗宴 渇望の剣 ─ブラッドソード─
※キザイル視点。
「なぁ、キザイル? 強い誰かをぶった斬りたいと思ったことはないか?」
僕──キザイルは、そう問い掛けられていた。
オウマちゃんがいなくなってからしばらくした後の事である。
「え? ライオネル団長、なにを?」
急に立ち止まった団長にそう聞き返してしまった。
それは意味不明な言葉と──……その腰に下げられている禍々しい剣を抜いたことへであった。
その場にいたステラちゃんと、前団長ハーゲンも驚いていた。
「さっき、昔話をしたよなぁ……キザイルぅ……? あれは言っちまえば、心弱かったオレが強者に嫉妬をしていたんだよ」
「お、おい……ライオネルてめぇ……」
「ハーゲン前団長の強さに憧れて、ステラの狂った可能性に恋い焦がれ。
そして……王都に戻ったオレは、フヌケになったハーゲン前団長に失望した」
ライオネル団長は赤黒い刀身の剣を構え、ボク達に向けてきた。
人通りもある王都の中でこれは正気の沙汰ではない。
蜘蛛の子を散らすようにザワザワと通行人が離れていく。
僕たち3人もただならぬ気配を感じて、剣を抜いて構えた。
「その後よぉ、ずっと、ずっとだ。
この平和でつまらない王都で騎士団長を務めてきた。
火の消えちまったロウソクのように、冷てぇ心を抱きかかえながらよぉ……」
「ライオネル団長、どうなさったのですか!?」
「どうもしてねぇよ。ただ再び火が付いちまったのさ。
あのときオウマと手合わせしたら、どうしようもなく身体が熱くなっちまった。
わからねぇか? わからねぇよなぁ?」
ライオネル団長の視線が、まっすぐ僕に向けられた。
「だがよぉ、お前だけにはわかるはずだぜ? キザイルぅ……?」
「……え?」
「オレとお前は眼が似てるんだよ……。臆病者だが、どうしても強くなりてぇって眼だ」
「お、臆病者だって……!?」
僕は何故か頭に血が上ってしまった。
もしかしたら図星だったのかもしれない。
共感してしまったのかもしれない。
「ああ、違うならかかってこいよ?」
「やってやるよ!」
「お、おい。キザイルよせ──」
明らかなライオネルの挑発だったが、身体が勝手に動いてしまう。
鞘に手をかけ抜刀。
ステラちゃんの制止もすり抜け、踏み出しながら剣を振りきる。
いける──!
相手はステラちゃんよりも、オウマちゃんよりも強そうには思えない!
このまま少し僕の実力を見せてやって──。
「一撃が軽すぎるぞ、キザイルぅ?」
「え……?」
次の瞬間、訳がわからないほどに視点がグルッと回転していた。
地面に身体が叩き付けられたとわかったとき、手には剣が無く、胴体に鈍い痛みが残っていた。
外傷は……ない。
たぶん剣を弾かれた後に、ただ強く蹴り飛ばされたのだろう。
「がはッ、ゴホッ」
僕は地面に倒れ、咳き込む程度で済んだ。
それを見下すような眼で見る騎士団長ライオネル。
「周りが強いからって、もしかして自分まで強い気になっていたのか? お前は?」
その言葉に僕は、何も言い返せなかった。
確かにそうだ……。
僕はいっつも足手まといで、戦い以外でしかオウマちゃんとステラちゃんの役に立っていない。
強くなってやると覚悟を決めても、特別な才能などない。できるのは基礎的な剣の訓練だけだ。
2人が強いのは、きっとずっと。もっと……もっと……頑張ってきたからで……昔から頑張り続けてきたからで……。
今から僕が強くなって追いつくことは一生無いのかもしれない。
「良い負け犬の顔だキザイル。まず弱さを自覚しろ。そしてひたすらに乾き、飢えて、求めろ。どんなに泥を啜ろうと、みっともなくても卑怯でも──」
僕は……僕は……。
「やめろ! これ以上、キザイルを侮辱するな!」
「ステラちゃん……」
赤みがかった金髪を宙に躍らせながら、その高潔な意思を秘めた少女は立ち向かった。
赤獅子のようなライオネル団長に。
「キザイルはそんな奴では無い! お前のような奴では無い!」
その優しい言葉が、逆に僕の心へ突き刺さり……えぐった。
美しい強者から──惨めな弱者へ。それはどんなものでも認めたくなくなるのだ。
そしてさらに求めたくなる。……力を、あの背中に追いつける力を。
凜々しき勇者の背中を、たくましき親友の背中を。
騎士団長ライオネルが渇望したように、僕も強き2人を見て渇望していたのだ。
僕と団長は似ている、わかっていたのだ。
ああ。力が、力が欲しい。
「──くっ!?」
「ステラ、お前は確かに強い──だが、人と戦るってぇ経験が薄い」
騎士団長ライオネルとステラちゃんが斬り合っているのだが、明らかにウデの差が出ている。
それに殺意の差がある。
団長は正気とは思えないほど、的確に急所を狙い続けていた。
僕の時とは違い、本気でステラちゃんを殺す対象として見ている……。
ステラちゃんには蘇生の加護がかかっていない……まずい。
もちろん僕にもかかっていないのだ。
ここでの死は本当にやばい。
オウマちゃんがいてくれたら……という、いつもの頼る気持ちにもなってしまうのだが、オウマちゃんが戻ってくるまではまだ距離的に時間がかかるはずだ。
間に合うはずが無い……。
突然、狂戦士のようになってしまった団長相手……。
どうする……。
再び僕が加勢しても、時間稼ぎにすらならないだろう。
でも、このままじゃステラちゃんが……。
「おう、ライオネル。久しぶりにやるか?」
唐突に力強い声が響いた。
僕でも、ステラちゃんでもない声。
それは──。
「ハーゲン前団長……。いいでしょう、やりましょうやァ!」
ライオネル団長は余裕タップリの剣戟を、ステラちゃんへの回し蹴りによって終わらせた。
壁に叩き付けられるステラちゃん。
立てないでいるが無事なようだ。
「うぐ……無念……」
「ステラよぉ。お前は無理して勇者の力を使いすぎだぜ?
いっそのこと聖女にでも戻っちまえよ。
その才能なら、オレらのトップ──禁忌聖女の後を継げるかもしれねぇ」
「騎士団長ライオネル……貴様、いったい何者……」
その言葉の真意に応えず、ライオネル団長はニィっと口角を上げた。
眉間にシワを寄せ、それでも楽しそうに、積年の宿願と相対する。
──力の憧れだった前団長ハーゲンとの再戦。
「こうしてテメェと戦るのも久しぶりだなぁ、ライオネルのボウズよぉ」
「団長、ああ、団長……ずっと、ずっと死合たかったんだ……。そのために前線で、無我夢中に鍛えてきたんだ……!!」
開幕、ただ互いの一撃。
速すぎて見えない剣の軌跡が、音によって認識される。
重い、重戦車がぶつかるような爆音。
あの昔話の言葉を借りるのなら、獅子と竜だ。
言わずもがな、あの勇者であるステラちゃんを軽くあしらったライオネルは獅子。
そして──それすら上回りそうな、竜の巨躯を思わせる闘気を纏った前団長ハーゲン。
僕の剣技とはレベルが違いすぎる。
「ハッハァ! 前団長サマはフヌケになったと思ったらますます強くなってやがる!」
「だっはっは!! テメェも一人前になったじゃねーか!」
互いの一撃一撃が空気を震わせ、周囲の物体をビリビリと震動させる。
感情のこもった斬撃が心まで揺らすように、僕の魂まで熱くさせる。
だが、沸騰させるような液体は手持ちになく、ただ乾かせるのみ。
悔しい、ただ悔しい。
あそこに……立ちたい。
強く……なりたい……。
──何をしてもいい、力が欲しい──。
瞬間、何かに見られた気がした。
今の考えは僕のモノなのか、その視線主のモノなのか、境界がわからない。
いや、僕は何を……?
「ライオネル、確かにテメェは強くなった。だが、強くなっただけだ──」
拮抗しているかに見えたライオネルとハーゲンの戦いは、終わりをむかえようとしていた。
徐々にだが、ハーゲン前団長の方が押しているのだ。
紙一重だが、ライオネル団長はそれを看破できないでいる。
「なぜだ!? オレの方が強いはずなのに!? なぜ、あと少しで剣が届かない!?」
「それがわかるようになったら、また戦ってやるよ」
いつの間にか民家の壁に追いつめられていたライオネル団長。
たしかに僕が見ても、勢いもあって、鋭さもあるのはライオネル団長だったはずだ。
なぜこの結果になったのか、理解ができない。
最後の一撃を食らう、というところでライオネル団長の表情が変わった。
敗北の顔では無い。
子供が飽きた積み木を崩すときのような顔だ。
「オレにとってハーゲン前団長は竜みてぇなものだ。なら、使ってもいいよなぁ?
なぁなぁ? いいよなぁ、『渇望する剣』よォ!?」
瞬間、弾けた。
「なに──ッ!?」
ハーゲン前団長が持っていた剣が、金属片となって地面にバラ撒かれていた。
剣と剣がふれあっただけなのに……。
ゆらりと陽炎のように歩くライオネル団長。
その顔は醜く歪み、眼を光らせ、異様な雰囲気を漂わせていた。
「この後の及んでまだオレの身を案じて本気を出さなかったアンタが悪いんだぜ、前団長ォ……」
「武器だけのひよっこ相手に本気なんざ出せるかよ」
「そうか……。では、アンタの家族を殺した“犯人”の目星が付いていると言っても、……まだ本気を出さないのか?」
たしか、ハーゲン前団長は家族を魔物に殺されたと言っていた。
それが魔物では無いということなのだろうか?
「んな復讐より、大事な家族ってもんができちまったからな」
「……それなら、そのカタキの身内の剣によって、ハーゲン。アンタも死ね」
「──テメェ、今は何者なんだ?」
高く振り上げられる──“渇望する剣”と呼ばれた、禍々しく赤黒い剣。
ライオネルは虫けらを見下すような表情で答えた。
「教皇、禁忌聖女が十二の使徒──『竜殺しの枢機卿』だ」
無慈悲に振り下ろされる一撃。
次の瞬間、ハーゲンは無残に死すのだろう。
だが──。
「フゥーハハハハ!!」
突然、背後の民家の窓ガラスが割れて──頼もしいおっさんが現れた。
そんな非常識なおっさんは、あの親友しかいない。
「オウマちゃん!?」
「オウマ殿!?」
「待たせたのである」
ハーゲンの前に着地して、信じられない事に“木のモップ”で“渇望する剣”を受け止めていた。




