12饗宴 『魔王様! どうか魔王軍に戻っては頂けないでしょうか!?』
ゴロツキ3人にラリアットをかましたら、人魔将軍イフィゲニアと再会してしまったのである。
我、正直どんな顔をして話せばいいのかわからぬ……。
だって、数日前にワンパンして爆散させちゃったのだぞ!?
今、無事でいるということは蘇生が必要な即死じゃなかったので、そこは少しホッとしたのだが……。
──そんな今の我を例えるのなら、行ったことのないカッフェという流行店の前でアタフタ困惑するおっさん状態。
それに対して、若いイフィゲニアは自然と笑いかけてきた。
「いやぁ、偶然に魔王様と出会えた。お久しぶりですにゃ~。積もる話もありますが、まずは小さな勇者さんを送り届けてからにしましょうにゃ~」
語尾がにゃ~、とかになってるぞ! イフィゲニアお主!?
よく見たら少年のような格好をしてるし、我の知っている猫娘のイフィゲニアとは雰囲気が違いすぎる……。
だが此奴は、安易に我の正体をバラさずに、ジャスティナも助けてくれている。
ここは話を合わせておくのがいいだろう。
「わ、わかったにゃ~」
何で魔王様まで猫っぽい語尾になってるんですか、と小声で突っ込まれた。
* * * * * * * *
「まず、お主は“人魔将軍イフィゲニア”で間違いないのであるな……?」
「はい、そうです」
「言葉遣いが戻ったにゃ!?」
「魔王様、それはもういいですから……」
ジャスティナを家まで送り届けたあと、我は機密性の高い地下室でイフィゲニアと対面している状態だ。
魔法の光だけの薄暗く狭い地下室、いかにも密談の雰囲気。
わきにロリコン聖剣の欠片が入った袋も置いてあるが、今は黙らせてある。
ちなみにジャスティナの目的であったパーティー用“クラッカー”は、イフィゲニアが潜入用として持っていたのを渡していた。
「……うぉっほん」
ちょっと我も影響されて、にゃ~にゃ~言っちゃって恥ずかしかったので、咳払いから会話に入る。
「積もる話もあるのだが……。とりあえず、さっきまでの“にゃ~”という不自然な喋りと、その少年のような格好はどうしたのであるか?」
我の知っている人魔将軍イフィゲニアは、普通の喋り方をする猫娘である。
「人間の街に潜入するときはこんな感じなのです。オスの方が注目されにくいのと、猫獣人ならそれっぽく喋っていればバカだと思われて警戒されません」
「ふむ……そういうものであるか」
……我、若干だが気に入って真似しちゃってたよ。
うぉっほん! 今の無し!
この世界では獣人というのは立ち位置が特殊なのだ。
人でもあり、魔物でもある。
人から離れすぎている亜人のゴブリンやオークなどとは違い、猫耳が生えている程度の獣人なら街に出入りが許されている。
「さすが潜入の能力で魔将軍まで成り上がったイフィゲニアなのである。
我も真似事で教会に潜入したのだが、全然うまくいかなかった……」
「へ~、魔王様が潜入を? 興味がありますね、どんな感じでしたか?」
「それは──」
我が12歳少女に化けて、教会で無双して、バギエルの元で性的に襲われそうになって逃げ出したことを話した。
すぐに哀れみに満ち溢れたイフィゲニアの眼が向けられてきた。
「……あの、魔王様って本当にメンタル弱いですよね」
「うぐ」
「ボクだったら下調べをして外堀を埋めてからですね。
それにバギエルが身体を求めるのなら、させちゃえば良かったじゃないですか」
「ニャニヲッ!?」
「ハニートラップは潜入において強力な武器ですよ?」
「……イフィゲニア、やっぱりお主すごいのである」
我がイフィゲニアを“すごい”と言っているのは、それなりの理由がある。
力ある魔族からすれば──人間など虫けらか、愛玩動物くらいにしか思えないのが普通だ。
それをイフィゲニアは、人間に媚びへつらってでも千変万化の姿で溶け込むことができる。
魔族なら我ほどではないが、精神的なゆらぎで身体にまでも影響を受けるはずなのだが、此奴はそれをまったく気にしていない。
たぶんハッタリではなく、魔王軍での実績からして有言実行が可能なのだろう。
それも表面を偽りつつ、心に1つの波紋すら立てずに飄々と。
心がどこにあるのかがわからぬ、魔影纏いて潜む者。
──それが人魔将軍イフィゲニアだ。
「まぁ、ボクは真っ正面から戦ったら魔将軍の中でもザコですけどね~。
広範囲と戦える竜魔将軍とか、タイマンでは最強の機魔将軍とかが羨ましいですよ。それに──」
「それに?」
「全力の魔王様はそれら魔将軍たちの特化力さえ超え、数千年は見せてない神器もあって、オマケにまだ何かありそうじゃないですか?」
「持ち上げすぎだ。我は力を発揮できる限定条件がきつすぎるのだ」
「まぁ、そのために手足となる魔将軍ですからね。
──いや、だった、ですね……。
ボク達は結果的に魔王様を裏切ってしまいました……」
「そうだな。お主たち魔将軍は魔王に敵対した」
話が本題に入りそうだ。
グゴリオンたち魔将軍が、我を精神的に攻めて、結果的に魔王軍から追い出したこと。
その場にはいなかった魔将軍も半数くらいだが、グゴリオンは入念に準備をしていて、さらに後ろ盾もあったかのように語っていた。
「我は問う──人魔将軍イフィゲニアよ」
魔王として、重々しく発話する。
これからの御饒舌は個人ではなく、人間オウマでもなく、世界の半分を統べる混沌なる概念の玉音。
違えれば蘇生不可の無慈悲を与える可能性もある。
「ハッ!」
イフィゲニアもそれを承知してか、我の前に跪いて、靴先を舐めるかのように頭を下げている。
「今のお主は、我の敵か?」
「いいえ、今のボクは魔王様のモノにございます。
首を差し出せと仰るのなら、躊躇無く差し出しましょう。
魂を砕けと御命令されるのなら、この手で自ら砕きましょう」
「よろしい。──では、なぜ今回の件が起きたのか、お主の視点を持って話してみよ」
「ハッ! まず、グゴリオンの目論見を看破できず、このような事態になってしまったことをお詫びしたく──」
うーん、このかしこまった喋り方だと堅苦しいし、長くなりそうだ。
我、こういうのが苦手だから魔王軍でも、なるべくフランクに部下たちに接してたんだよね。
一応、形式的にちゃんとしておかないといけないところだと思ったけど──。
「詫びなどいらぬ。我にとって、魔将軍は我が子も同然。
つまりそれは殺されもするし、殺しもする家族のような関係ということだ。
篤と赦す。イフィゲニアよ。面を上げて楽に話すが善い」
「……ッ。ま、魔王様ーっ!!」
「こ、こら! いきなり抱きついてくるな!」
身長3メートルの魔王ボディのときならともかく、今の我はおっさんボディである。
いくら体型的に子供っぽい少女のイフィゲニアだからといって、道徳的にまずいというか……。
いや、今の此奴はどっちなのだ?
「話はそれるのだが、イフィゲニアよ。今の性別はどちらなのだ?」
「ボクはどっちでも精神が安定しますからね。基本的に潜入の時はオスで、大好きな魔王様に抱きつくときはメスになっています」
……聞かなきゃよかったかな。
うん、聞かなかったことにしよう。
「よーし、話を戻すであるか。うん、話よ戻れ」
時よ戻れ、的なニュアンスでそう言いつつ、微々たる膨らみしかない胸を押しつけてくるイフィゲニアを全力で引きはがす。
「うーん、残念。ここなら魔王様を独り占めできる思ったのに~」
「いいかな~、イフィゲニアくん~。話を戻して欲しいな~、なんて魔王は思うんだ~?」
「は~い。では、魔王様成分は補充できたので話を戻しますね」
あー、よかった。
「──事の始まりは鳥魔将軍グゴリオンでした。
ボクが気が付いたときには、すでに魔王様をかばうであろう者たちを遠ざけ、何らかの意思で魔王様に敵対しようとしていた者たちを取り込んでいました」
「なるほど。それで人事の異動が頻繁に行われていたというわけか」
ちなみに敵対する魔将軍というのは、けっこう心当たりがある。
我と戦ってみたいという戦闘狂の獣。
我を身体に取り込みたいという偏愛粘液生物。
我を弱体化させた後に依存させて抱擁したい植物。
意思疎通不可能な虫。
秒で買収されそうな薄情者の不死者などだ。
……魔将軍ってろくな奴がいないのであるな!
トップの顔が見てみたいのである! ……んー、我!
「ですが、グゴリオン以外の魔将軍は、魔王様を消滅にまで追い詰めるとまでは伝えられていなかったようです」
「まぁ、我を消滅させちゃったら目的を果たせない魔将軍多いからね、うん」
「結果的に魔王様がいなくなり、グゴリオンが新魔王を名乗り暴走。さすがにやりすぎとボイコットする魔族が大半でしたが、一部を引き連れて王都に進軍──」
最強の勇者ロトシアを轢き飛ばして、王都の目の前まで突っ走ったやつだよね。
ステラやキザイル、ジャスティナたちが時間稼ぎをしていなかったら、我も間に合わなくて大ごとになっていただろう。
「ボクも部下を人質に取られて、無理やりに同行させられていました。
あのとき魔王様が拳で正してくれていなければ、小さな勇者を手にかけていたところでした……」
「先ほどの路地裏の件。引け目があって勇者──ジャスティナを助けたのか?」
「いえ、それは偶然です。魔王様を連れ戻すために探して王都に潜入していて……」
「連れ戻す……。我に魔王軍に戻れと?」
「魔王様! どうか魔王軍に戻っては頂けないでしょうか!? 魔王様以外では、魔将軍をまとめきれません!」
懇願してくるイフィゲニア。
我としては、可愛い魔将軍の頼みはなるべく聞いてやりたいのは山々だが──。
「ならぬ、今はまだならぬのだ」
「何故ですか? ──とまでは疑問には思いません。
魔王様が未だこの場にいるという時点で、なんとなく理由がありそうというのはわかっていましたから」
「うむ、すまぬな。我としては、グゴリオンの背後にいる何かが気になるのだ」
「グゴリオンの背後……つまり黒幕がいるということでしょうか?」
新魔王と名乗ったグゴリオンが、ただの人間相手だと慢心して、ペラペラと喋っていた内容がどうしても気になるのだ。
そう──“あの方”とか言っていた。
「たぶん其奴は、人間側とも通じておるのだ」
「なるほど……。
それは確かに今、魔王様が安易にお戻りになられても、また同じ事態に……。
いえ、準備されているかもしれない罠でさらに悪化する可能性も」
グゴリオンが進軍してきたタイミングが、ステラやライオネルなどの人間戦力が薄いときだったのだ。
勇者ロトシアにいたっては、そのカウンター用に道具まで用意されていたらしい。
偶然と片付けるにはむずかしい。
「それにな……。お主が助けたジャスティナ。彼奴を勇者として育てると約束してしまったからな」
「魔王が勇者を育成……。信じがたいことですが、魔王様ならとくに違和感がないですね」
「ほめられているのであるか、それ?
まぁ、それと二日後にホームパーティーを開くという約束もだな。
今はそのために、教会からジャスティナを守らなければならぬ」
「なにもかも魔王様らしいというか、なんというか……。
わかりました。この人魔将軍イフィゲニア、お役に立って見せましょう」
「い、いいのであるか? 人間のために行動をするのであるぞ?」
イフィゲニアは残念そうに溜め息を吐いた。
「どーせ、この状況では魔王様はポンコツでしょうし、人魔将軍が適役ですから」
「うぐぐ……言い返せぬ……」
「ボクにい~っぱい、頼ってくださいね♪ 魔王様♪」
とても良い笑顔で微笑まれてしまった。
だが、これで我が考えていた作戦が実行できそうだ。
圧倒的に足りなかった特殊戦力が仲間になってくれたのだから。
「あ、そういえば魔王様」
「どうした?」
「敵は“教会”なんですよね?」
うむ、と我はうなずいた。
「やばいな~。あの教皇である禁忌聖女の直属──。
12の枢機卿の1人が王都に潜んでいるかもしれません」
「なんだと!?」
「ここに来る前に接触しました。秘匿の魔法で顔は見えませんでしたが、騎士団の鎧に禍々しい剣──」
……まずい、まずいぞ。我の記憶が確かなら……。
「竜殺しの枢機卿。まさに渇望する剣でした」
「急いでステラたちの元へ戻らなければ!」
彼奴の正体は──!
「お急ぎのようで? では、街での迅速な移動ならボクの魔影にお任せを。
それと人前では偽名の“イフィー”とお呼びください、魔王様♪」




