2饗宴 トラウマワード
我の名は──以下略。
今の名はオウマ・ブラオカである! 人間に化けておる!
「ふむ、これが王都というものか」
整備された石畳の目抜き通り、立ち並ぶ商店。
往来する多くの住人達や、遠方からの商人の馬車。
何の問題も無く、本当にすんなりと王都レギンレイヴに入れた我。
さすが我である……。
門番とのやり取り?
それなことは小さきこと。
寛大な魔王は小事なんて気にしないのである。
「でさぁ、今日パーティで──」
ビクッ。
ついトラウマになってしまった単語に反応してしまった。
今、この場所は人の往来が多い大通りゆえ、怪しまれることはなかったが。
さっきの言葉を発したのは冒険者と呼ばれるアルバイトの者か。
ろくな保証もされず、使い捨てのように補充されては潰されていく。
そんな職業だったはずだ。
魔王軍では考えられぬ事だ。
もっと手脚として働いてくれる魔族に敬意を払い、彼らのための規律を作り、結果として仕事効率を上げ、利益の還元は魔王や魔将軍だけではなく魔族全体に与える。
話では、人間というのは王や貴族たちにばかり富がいっていると聞く。
それでは次の世代──子供たちがより良く育つはずも無い。
この人間の王都の技術水準が、魔族より低いのも納得できる。
メインストリートの建物はかろうじて石造りだが、そこから離れると木造の比率が増えていく。
ちらりと遠くに見える王城付近の貴族屋敷など、ここでは貴重そうなガラスや黄金をふんだんに使っている。
上がこれでは、冒険者というアルバイトの者がパーティ……。
「うっ、パーティパーティパーティ……」
プルァチィイイイ!? はぁはぁ……。
──パーティなんぞに、うつつを抜かすのも仕方の無いことだ。
くそ……。パーティーなんて滅びればいい。それを口にした冒険者というのも好かん。
「年甲斐もなく興奮したらノドが渇いてしまったな……。そこの酒場に入ろう」
大通りに面した石造りの大きな建物。
酒場というのは喧嘩が絶えないので、頑丈な作りをしているのだろう。
チラッと、なんとかギルドという看板が掲げられていた気もしたが、そういう名前の店なのだろう。
木製の扉を押して中に入る。
まったく。冒険者という輩のせいで、いきなり人間の建物潜入だ。
冒険者のせいで。
「おう、おっさん。冒険者になりにきたのかい? 止めときな止めときな。
おっさんみたいな弱そうな奴じゃ3秒でコレ──だ。
あの世逝きだぜ?」
何か扉の近くに座っていたハゲ頭筋肉質が、こちらに向かってペラペラと話している。唐突で理解できない。
ジェスチャーも、首をカッ切るポーズ。
こちらに殺意を見せてはいるが、魔王だとはわかっていないようだ。
人間というのはやたらと相手を殺そうとしてくるのだな……。
きっと教会が多いのも、このたぐいの殺害予告が実行されて葬式が多いためだろう。
「ん? あれ? 急に黙ってビビっちまったのかい?」
何も反応しなかった我は怪しまれてしまっているのか!?
くっ、人間を観察するとどうしても隙ができてしまう。
我を魔王ではなく、人間として殺害予告をしてきているのなら穏便に済ませよう……。我は6000歳のいい歳した大人なのだ。
「いや、すまない。我はノドの渇きをうるおしに来ただけなのだ」
「だっはっは、ここは冒険者ギルドだぜ? まぁ、酒場としてもやってるがな!」
「なぬ、アルバイトの者の斡旋場であったか」
まさか忌々しい言葉『パーティー』を吐く人間どもの……。
逃げたい、トラウマワードで逃げ出したい。
だが、ここで即立ち去っても不審がられるだろう。
急に『孤独のホームパーティー』がフラッシュバックしそうになっているが、ここはグッとこらえる。こらえろ魔王!
「冒険者じゃなくても歓迎してやるよ。ミルクでも飲んで行けよ。ミルクでもよぉ。だっはっは!」
「おぉ、ミルクはあるのか」
牛乳は豊富な栄養素が詰まっている、良質な飲料だ。
料理にも使ったりする。
特にデザートではこれが無ければ始まらないものが多い。
人間もやるではないか。
「店主、ミルクを頼む」
カウンター席に座り、向こうに立つ黒いベストを着ている人間に注文をする。
店主はこちらをいぶかしげにしばらく眺め、指でコツコツとカウンターを叩く。
「む?」
どうしたというのだろうか。
なにか不手際があったのかもしれない。
「おい、おっさん田舎者かよ。先に金を払えっていわれてるんだよ」
「おお、そうなのか。教えてくれてありがとう、にんげ……そこの親切な人」
教えてくれた入り口のハゲ筋肉の人間に軽く頭を下げる。
「ば、ばか。べ、べべべべべ別に親切じゃねーよ!」
ハゲ筋肉という見かけによらずツンデレらしい。
それは放置。そういうシステムなのかと納得して、腰に付けている革袋をゴソゴソ。
人間の間で流通しているという、噂の金貨の代わりに何か無いかと探す。
この革袋は伝説の邪竜の皮膜を加工したもので、見た目以上に中身が入るのだ。
「これで足りるか?」
「こ、これは!?」
我が出したものに、なぜか驚く店主。
一番価値が低そうな石ころをカウンターに乗せただけなのだが……もしかして、安すぎたのだろうか?
まずい、まずいな。
「る、ルビーじゃねぇか……。へ、へへ! いつでもきな! しばらくは何でも飲み食いさせてやるぜ!」
「田舎者ゆえ助かる。かたじけない」
小ぶりなルビーだが、王国ではそれなりの価値だったようだ。
まるでリアクションが、魔族でいう大岩クラスのルビーのようだったので焦ってしまったが。
うん、宝石は人間に好かれる。
魔王、また一つ賢くなってしまった。
気を張って歩きづめだったし、ここでやっと休憩だ。
「ほぉ……ミルクおいしいではないか」
カップに口を付けて人心地した。
これで落ち着ける。
だが、そのとき──酒場の中が騒がしくなった。
「やべぇな……。ゴブリンが急に活性化しはじめて、また南の山に巣を作ったらしいぜ……」
「くそ、今月も休み無しかよ!」
……ゴブリンか。
本来のゴブリンは人魔将軍イフィゲニアが配下に置いている。
この王都周辺の山に住んでいるゴブリンは魔王軍とは無関係の、知能の低い野良ゴブリンだ。
我が魔王軍は、規律を守っているために、非戦闘員の人間がいる地域では戦闘行動を自粛している。
たぶん実行する事はないが、もし王都を攻めるとしても──宣戦布告で一般人の避難を促してからだろう。
「ふっ、俺にまかせな」
混乱の中、突然の名乗りをあげた者がいた。
それは最初に話しかけてきた──。
「あ、あんたはいつも入り口で新人いびりをして、軽い気持ちで冒険者にならないようにしてくれている思慮深い中級冒険者さん!」
あの入り口のハゲ筋肉は、そんなポジションのキャラだったのか。
「で、でも……あんたは結婚したばかりで、大切な奥さんとの時間を……」
「なに、いいってことよ。
俺が惚れた女は、きっと誰かのためになら行ってこいと送り出してくれるさ。
世のため人のためを第一に考える──それが冒険者になるってことだからな!」
アルバイトの者……そのような心持ちで……。
人間にしておくには惜しい逸材だ!
ただのハゲ筋肉人間だと思って見下していた我を許してくれ!
「我は感動した!!」
「うお、おっさん!? 急にどうしたんだよ!?」
よし、この酒場での先払いを教えてくれた恩義もある。
魔王はそういうところを忘れない。
我の知識で軽いアドバイスをしてやろうではないか。
「ゴブリンを滅するコツを伝授しようではないか
まず奴らは魔物だが、魔王軍には属していない。
つまりどんな非道な手段を用いても怒り狂う援軍はこない。
組織では無いというのはそれだけで貧弱!」
「お、おう?」
たいていの場合は野良ゴブリンを蹴散らしても逃げられて、また別の場所で巣を作られて繁殖されているのだ。
それが堂々巡りになっている。
「まずは巣を潰す。
きっと貴様らは幼い子ゴブを人質に取ったり、煮えたぎった油や、苦しませるための毒煙を巣に流し込んで虐殺しているだろうから、そこはカットだ」
「い、いや……さすがにそこまでは……」
「その後が問題なのだ。
ゴブリンはすばしっこく逃げて、散らばって繁殖を繰り返す。
そこで巣の候補となりそうな周辺を先に調査しておき、罠を仕掛けて繁殖させないように根絶やしにする!」
魔王軍に所属していれば救援なども来るのだがな!
我の偉大なる魔王軍に所属していればよかったのだ! ふはは!
その後、ゴブリンの習性や的確に苦しませる弱点を惜しみなくさずけた。
以前ならいざ知らず、この魔王! もう魔物などに慈悲はかけぬ!
「す、すげぇ気迫と知識だ、このおっさん……。冒険者になりゃ速攻でSSSSSS級だぜ……」
どんだけSを並べているのだろうか。