9饗宴 ライオネルの過去。希望、羨望、渇望
※過去、少年時代のライオネル視点。
「貴様の名前はライオネルか」
それが団長──ハーゲンから話しかけられた、初めての言葉だった。
オレが貴族の次男坊として、騎士団に特別入団した直後のことだ。
特別入団……つまり実力で騎士になったのではない。
貴族の家ということで入れただけだ。
オレ自身も、ただ箔を付ける意味というだけで目標はなかった。
剣も基礎をかじっただけで、身体も特に鍛えてはいない平均的な少年。
そんなオレに向かって、鬼──としか表現できないような表情、体躯の団長ハーゲンが話しかけてきたのだ。
正直、ビビってしまった。
「は、はい! オレがライオネルです!」
長い髪の団長は、高い背でオレを見下しながら、吐き捨てるように次の言葉を言った。
生涯、忘れることのできない言葉。
「獅子では、竜には勝てんなぁ?」
「ど、どういう意味ですか?」
団長と新米騎士という立場を超えて、オレはカチンときた。
自分のライオネルという名前にはそれなりの誇りがあった。
貴族としてのプライドを植え付けられたものなら、誰もが持つ誇りだ。
「戦うべき相手、粉砕すべき敵、殺すべきヤロウは魔族なんだぞ?
悪魔に、不死に、機械に、そして竜に勝てると思うのか?
てめぇみたいなひよっこの獅子が?」
「……魔物くらい、オレがいくらでも倒してやりますよ」
「ほう、いっぱしに言いやがったな。それじゃあ、俺とやろうぜ?」
「え……?」
団長は鉄の剣をこちらに抜きはなった。
オレは信じられなかった。
いい歳した団長が、新米騎士に……それも貴族に向かっていきなり敵対行動を取ったのだ。
今までチヤホヤされてきた常識が崩された瞬間だった。
その後は一方的に剣で攻撃され続けた。
死ぬかと思ったが、後で見ると鎧の部分を殴打していただけで、死ぬほど痛い打撲痕が残りまくっただけだった。
* * * * * * * *
それからしばらくは反骨心と、強さへの憧れが複雑に渦巻いていた。
くやしいけど団長は強い。
オレも強くなりたい。
それが日々、真剣に訓練を重ねさせる結果となった。
貴族だったころの意識とは大違いだ。
手の豆を潰し、それでも剣を握り続け、また潰し、剣を振り、潰し。
つねに重い甲冑を着込み、常在戦場を意識する。
それを何年も続けたところで、ふと気が付いた。
この王都は魔王軍に侵攻もされないし、野良のモンスターすら現れない。
周りの貴族騎士たちはそれを知ってか、オレをあざ笑うようになってきていた。
──騎士団なんて箔さえつけちまえばいいのだから、貴族様がマジメにやる必要なんてないだろう、と。
そうだ。そうなのだ。
この王都ではそれが普通。
……だが、オレに火を付けた団長は違った。
本気で魔族を憎み、殺したがっている。
なぜなのか?
数年の付き合いで、多少は親しくなっていた団長に聞いてみた。
「家族全員を魔族に殺されたのさ」
オレは信じられなかった。
前線地域以外では平和な世の中で、そんな状況が起こるというのは確率的に低すぎる。
基本的に魔王軍は前線で防げているし、野良の魔物でさえも人里には近付かない。
魔物との戦闘ですら、蘇生の加護で生き返れるのだ。
「ありえないって顔をしてるな?
だが、俺の家族は前線からも離れた村で、俺が帰ったら家の中は死体だらけ。
爪や牙で殺された痕跡、あんなのは人間じゃねぇ」
「そ、蘇生の加護は……?」
「んなもん、今から戦うってやつ以外が使っても一定時間で効果が切れるだろ。騎士である俺たちも日常では使わんシロモノだ」
そうか……非戦闘員は蘇生の加護という概念すら薄い。
オレが団長に持った“鬼”という印象は間違って無かった。
ただし──。
「それから俺は前線に志願し、魔物を斬って斬って斬りまくった。もちろん、人語を解さない奴らに問い掛けても、カタキが誰かなんてわからなかったけどな」
それは“復讐鬼”だった。
だが、強さの秘密がわかった。
オレも前線に志願して、王都騎士団を離れることにした。
* * * * * * * *
強くなりたい。
男なら、それにもう理由は必要なかった。
その“前線”と呼ばれる地でひたすら戦った。
魔物は強く、味方も強い。
蘇生の加護が常時かかっている状態なので躊躇なく相打ちを狙い、相打ちを狙われる。
殺し、殺され、殺し、殺され。
魔物との真っ赤な血液のぶっかけ合い。
最初は気が狂いそうだった。
日常的に転がっている“死”。
実際には生き返れるという結果が保証されているのだが──1度は本当に死ぬのだ。
皮を剥がされる痛み、肉を斬られる痛み、骨を砕かれる痛み、血液を吸われる痛み、身体を潰される痛み、心臓をえぐられる痛み。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
無限とも言える苦痛地獄を味わわされ、正気を保つというのは難しい。
上達し、うまく生き残り、殺していくことを覚えるのが一番の近道となる。
目の焦点が合わないオレの目に映る前線──そこに一人の少女がいた。
ステラという名前のまだ年端もいかない少女。
年齢も幼く、弱いという条件が蘇生の加護の回転を早くしているようで、死んでは即蘇生され、前線へ出向くというのを物凄いサイクルで行っていた。
一日に何度も何度も何度も何度も殺されて生き返り。
それを何日も、何十日も、何年も続ける。
オレも強くはなりたいとは思っていたが……アレは本物の狂人だ。
普通は一回死んだらかなりの休息を挟む。
身体的に平気でも、精神的にダメなのだ。死というのは心を蝕む。
背負っているモノが違いすぎる。
実際に命を賭けて戦ってみてわかった。
団長も、ステラも……別次元の覚悟を持つ存在だ。
常人のように逃げで狂えず、覚悟の方にだけ狂って、際限なく強くなっていくのだろう。求める何かにたどり着くまで。
オレには……無理だ。
そこまで出来ない。
ホンモノを見てしまったら……オレはある程度でいいと納得させてしまう。
弱い心の自分自身を。
──ほどほどに強くなったところで、オレは王都へと戻った。
そして引退した団長のあとを継ぎ、新たな団長として騎士団を任されることになる。




