7饗宴 魔王にも衣装
「さぁ、この僕が! オウマちゃんと、ステラちゃんに服を選んであげよう!」
キザイルに主導権を握られるのは何かシャクだが、適材適所というものがある。
ステラは幼い頃からの環境もあって戦闘以外はからっきしだし、我も人間のオシャレとかには詳しくない。
「よ、よろしく頼むのである」
「オッケー! まずオウマちゃんは~……」
キザイルは衣装棚を一通り見たあと、店員に話しかけていた。
何かと思ったが、しばらくした後に奥から衣服が運ばれてきた。
それは──。
「こういうビシッとしたタキシードが似合うと思うよ。燕尾服やモーニングとはちょっとイメージが違うからね」
「……そうなのであるか?」
並べられた何着ものタキシード。
細かな差異はあるのだが、ほとんどどれも同じに見える。
「オウマちゃんは黒が合っている気がするね。あとは白い手袋に、蝶ネクタイに~……」
キザイルは慣れた手つきで服を選び、それをこちらにポイポイと渡してくる。
意外とかさばるタキシード一式セット。
「うん、ホームパーティーならこんなもんかな」
キザイルのホームパーティーイメージは、なんか無駄に格式高そうな予感がする。
「それじゃ、そっちの奥の部屋で試着してきてよ。
服っていうのは実際に人と重なって、始めて相性を確かめられるからね。
ピッタリなら服が人を必要としてくれるのさ」
「わ、わかったのである」
つい勢いに気圧されてしまう……。
く、悔しい……っ! 我みたいなおっさんが、こんなに若いキザイルに頼っちゃうなんて! でも、含蓄あることを言ってるし受け取っちゃう!
「オウマちゃんは、普段はおっさんっぽい表情をしてるよね。
でも、たまに見せるキリッとした表情はちょい悪オヤジって感じで格好良いんだからさ。
もっと自信を持ちなよ! ちょい悪デルモ王になれるって!」
ちょい悪というより、魔王なんだけどな~……。
我はそんなツッコミを心の中でしながら、試着室に入っていった。
この店は試着室の設置や、仕立ての良さを鑑みるに、割と技術レベルが高いようだ。
もしかしたら、どこかで魔族か異世界の技術でも得たのかもしれない。
「サイズはピッタリであるな。キザイルの意外な一面といったところか」
デザインの差異はわからなかったが、装備の仕方は心得ていたので素早く着替え終わった。
袖を通した感じだと、たしかに安物とは違って気を遣っている部分は多い。
表面の肌触りなどの外見的な部分だけではなく、中までスルッと着やすいというか、心を感じるのだ。
ひたすら着る相手のことだけを考えたような──名工が作る剣にも似た心意気。
この店、この服を選んだキザイルに感心してしまう。
「キザイル、なかなかに良い服だな。これは」
それは魔王としては、人間が制作した衣服への最大級の褒め言葉。
試着室を出て、姿を外へとさらす。
高貴なる黒に包まれたかのような、キリリとしたタキシード姿。
「ばっちりキマってんじゃん。イケメンだよ、オウマちゃん」
うんうん、と満足げなキザイル。
「こ、このまま式場に向かいましょう!」
何か鼻息が荒いステラ。
怖い。
目をギラギラ光らせて、距離を詰めてくる怖い。
「んじゃ、次はステラちゃんだね。遠慮せず──ひんむいちゃって」
指をパチンと鳴らすキザイル。
それに反応する女性店員。
「かしこまりました。では、失礼致します。抵抗は無意味です」
ステラの肩をガシッと掴んで、女性店員は試着室まで引きずっていく。
「な、なにを……!? オウマ殿、オウマ殿ォォォオオオ!?」
なぜ我を呼ぶ……?
そう胸中でツッコミながら、試着室の闇に吸い込まれ、悲鳴を響かせるステラを見送った。
──数分後。
我は着心地のいいオシャレなタキシードを見ながらニコニコしていたのだが、試着室から恐ろしい声が響き渡ってきた。
「ウギャアァァァ!! きつい、きついぃぃ!!」
「大丈夫です、キザイル坊ちゃんのご友人。コルセットが死ぬほど辛いのは最初だけ。慣れていけば瀕死で済みます」
何やら死闘が試着室の向こう側で行われているようだ。
我と一緒に外で待つキザイルは、これが普通だという顔をしている。
「き、キザイル……。人間女性の服というのは、大変なのであるか……?」
「うん。僕も遊びで女装したときは苦労したよ。ドレスのコルセットは内臓がね、こう、ホントやばい」
服が内臓に影響とか、ゾッとするしかなかった。
「あ、あぁぁ……なんだこの安定性の無い靴は!? 訓練用の拘束具なのか!?」
「淑女たるもの、ハイヒールで華麗に演武を舞えるくらいでなければダメですよ?」
足を拘束する道具……。
中でどんな地獄が繰り広げられているのだろうか。
「ついでに軽く化粧もしましょうか」
「うぇぇん……や、やめてください……もう……にゃあああ!? 液が!? 次にべったりした液が!? 粉が!? 絵の具が!? くっ、殺せぇぇぇえええ!!」
ステラの弱々しい声が聞こえたと思ったら、断末魔のような怒号が響き渡る。
なにか得体の知れぬ汁や粉で連続ダメージを受けているらしい。
我はメンタルにダメージを受けそうなので、耳を塞いで縮こまる。
「あとはキザイル坊ちゃんが選んだドレス、レースの長手袋、ティアラを付けて──終わりです」
全然塞げていなかった耳から、そんな生命の終わりを告げる言葉が聞こえてきた。
ステラは、人間の衣服儀式に耐えられず死んでしまったというのか……?
シャラッ──と試着室が開け放たれた。
「うん、お綺麗ですよ。殿方の二人に見せてあげてください」
苦痛にもがいて死した、ステラの遺体を見せようというのだろうか……ガクブル。
我は両手で目を塞いでしまう。
怖い、人間の服屋怖い……。
「お、オウマ殿……どうですか?」
死んだはずのステラの声が聞こえる……。
我、これ知ってる……。
不魔将軍が得意とする死体を操る能力。
我は恐る恐る目を開けた。
「す、ステラ……なのであるか?」
すっかり変わってしまったステラ……。
いや、待て。
別人のように変わってしまっているが生きている。
むしろ照れて赤くなっている顔は血色良く──。
「は、はい……ステラです。あの、恥ずかしいのであまり見ないでくれませんか……」
普段の無骨なミスリル甲冑とは違う姿のステラ。
今──目の前で自信なさげにたたずむ16歳の小柄な少女は、胸元の開いた、優雅な純白のドレスに身を包まれている。
シルクの長手袋や、宝石で彩られた銀のティアラを戴くその姿は気品に満ち溢れていた。
「……それでオウマ殿。その……私、きれい……ですか?」
「うむ、とても見目麗しい淑女なのである」
素直な感想を述べると、ステラはますます顔を赤くしてうつむいてしまった。
頭から蒸気のような魔力をのぼらせている。
平常運転のキザイルは、ステラに顔を近づけて話しかけた。
「いいよー、いいよステラちゃん! そこらへんのお姫様より可愛いよ!
とくにこぼれそうな感じの胸元がグッとくる!」
「う、うぅ……これをチョイスしたのはお前の趣味か……キザイル」
ステラは反射的に、腰の剣に手を伸ばそうとしたが──ドレスなので装備されていなかった。
「うぐぐ……本来なら叩き切ってやるところだが……」
ふと気を抜き、優しい笑顔を浮かべ──。
「ま、まぁ、今日のところは感謝しておいてやる! その、だ。……ありがとう」
少し恥ずかしそうに、とても素直な言葉を伝えていた。
「どういたしまして。普段と違う服で、良い気分転換になったなら何よりだよ。
なーんか二人、表情が優れなかったからね?
剣のウデもまだまだな僕じゃあ、こんな方法くらいでしか力になってあげられないのさ」
キザイルは片目をつぶってウインク。
「……お前……私たちを気遣って……」
「ああ、そうそう。それと僕の家のことは気にしないでいいよ」
一瞬、立場の違いを気にせずこれからも付き合ってくれ、という意味だと思ったが──。
「教会と関係ある貴族のマクドゥガル公爵家も、もしそんなことに荷担しているのなら貴族として相応しくない。高貴なる者に伴う義務さ」
どうやら我が親友はどこか抜けているようで、しっかりと今回のことを把握していたらしい。
* * * * * * * *
──それから我々は店員に謝辞を述べ、服屋を後にした。
もちろんタキシードとドレスはあのままというわけにはいかないので、元の革鎧とか、ミスリル甲冑とか着慣れたものに戻してある。
一張羅というのは、ふさわしい場所──ホームパーティーで身につける最強装備なのだから。
「僕が地道に剣の稽古を続けて、いつか勇者を超えるスーパーキザイルになったら──その時は実力で助太刀するよ」
「わかった、私を抜かすのを期待しているぞ」
肩を並べて歩くステラとキザイル。
普段は堅物と軽薄。対照的な二人だが、意外とデコボコなコンビとして気が合うのかもしれない。




