2饗宴 近現代戦略理論・間接アプローチ戦略OPI
「朝なのであ~る」
兵舎での目覚め。
我は本来睡眠は必要ないので、基本的に寝たふりをしていたりする。
たまに演技に力が入りすぎて、本当に寝ているときもあるが。
「キザイル、そろそろ起きるのである」
我は二段ベッドの下から、キザイルがいる上の方に声をかける。
いつも我が起こしていたのだが、それも今日が最後。
これからステラ宅にお引っ越しをするためである。
「んん~、おっは~。オウマちゃ~ん……」
このだらしのない此奴との朝も最後と思うと、何か名残惜しいものがある。
最初に出会った剣術試験のときも、ウェーイとか言ってた軽い印象だった。
サバイバル訓練で山を登ったときも情けなく、速攻でバテていたな……。
だが、誰かのためになると声をあげての向こう見ずになる。
我が貶されたときや、幼きジャスティナのために。
今はまだ実力が伴わない蛮勇だが、成長すれば勇気となろう。
人間というものを学ばせてくれた、魔王の友──キザイル。
きっと、数年後は人間の世界を支える存在へ至っているかもしれんな。
「あ、そういえば今日は……」
キザイルが何かに気が付いたようだ。
そう、我が引っ越すということにだろう。
湿っぽいのは嫌なので、明るく送り出して欲しいものであるが……。
「今日は、ステラちゃんにおっぱいを揉ませてもらう約束の日だ!」
「そう、今日は我が──……んん?」
「あれ? オウマちゃんには言ってなかったっけ。僕が超がんばったのって、ステラちゃんがおっぱいを揉ませてくれるって約束してくれたからなんだ。
──おっぱいを揉ませてくれるって」
「二回言うほど大事なことなのか……」
そんなこと、王への報告に無かった気がするのだが。
……いや、王の間の謁見で、
『おっぱいを揉みたいと頑張ったら、結果的に魔王軍を追い返す一因になりました』
──とは言えないか。
「いやぁ、楽しみだなぁ! ステラちゃんって、オウマちゃんといるときはあんなだけど、普段は凜とした美少女勇者って感じだし、同世代だし、胸が大きいし!
──胸が大きいし!」
「大事なことらしいな……」
「小さくてもそれはそれでステキだけど、大きいと、こう、ガッと! すごそうな感じがしてテンションが上がっちゃって上がっちゃって!」
キザイルは壁をペタペタと触った後に、シャツの下に潜り込ませたヒザを巨乳に見立てて揉んでいる。
それ、女性の前でやったらぶん殴られるのである……。
「は~……ほんと楽しみだなぁ。生涯で一番待ち遠しいよ」
「そ、そうか。そこまでなのか」
「16歳の健全な男子だからね!
おっと、もしかしたら、もう部屋のドアの前で待っていてくれてるかもしれない!
ステラちゃん、異性の僕に対して実は照れちゃってるとか!」
我のイメージでは、ステラは狩人の目で迫ってくる人間なのだが……。
もう待ちきれないらしいキザイルは二段ベッドから降りて、そわそわしながらドアの前に立つ。
ちょっと気持ちの悪い笑みを浮かべながら、ドアの取っ手を握り、期待と共に開いた。
「ステラちゃ~ん! なんてね! さすがにまだいないか──……ん?」
開いたドアの先には誰もいなかったが、キザイルは視線を下にやっていた。
何かの上に手紙が置いてある。
「ステラちゃんからかな? どれどれ……」
我も少し気になったので、キザイルの肩に手をかけながら手紙を覗き込む。
──キザイル、約束を果たす。これを存分に揉め。ステラより──。
これとは何だろう?
我は、手紙と一緒に置いてあった物に目をやったのだが……。
常人では理解できなかった。
「これって、これ? これを揉むの僕?」
分厚い金属板──。
具体的にはステラの鎧の一部……胸部装甲のパーツだけが置いてあった。
「これがおっぱい……たしかにおっぱいパーツだけど……」
キザイルの表情は見えないが、その胸部装甲にゆっくりと手を乗せた。
「硬い……硬いと書いてつらいと読む……硬い」
涙をこぼしながらモミモミしていた。
「おっぱいはさぁ、もっと、こう、尊くて、柔らかくて、光ったり、浪漫があったり、無限の先に繋がっていて……ははは……おかしいなぁ。硬い」
感情の無い声でブツブツ言い始めてしまった。
これは重傷だ。精神をやられてしまった。
キザイルはこちら側に戻ってこれるだろうか。
我が友キザイル、永遠なれ……。
「さて、ベッドを片付けてしまおう」
──冷静に朝の日課に戻ろうとする我。
回れ右したのだが、肩をガシッと掴まれた。
キザイルは未だ胸部装甲と会話をしているため、第三者が掴んでいることは確定だ。
というか、気配で隠れていた誰かと気付いているのもあって、振り向きたくない。
「オウマ殿、私──ステラの胸部甲冑が他の男にもてあそばれていますよ? 内心では激しく嫉妬しているのではないでしょうか? そうですよね?」
何言ってるの、この娘……。
魔王の深遠なる知恵でも理解できないのである。
「迎えに来てくれたのか、ステラ。わざわざ感謝なのである」
振り向くと胸部甲冑だけが外れている、いつものステラ。
そのせいでやたらとシルクシャツの胸部分だけが強調されているが、たしかに他の人間と比べて種族的に大きいのかも知れない。
元秘書の竜魔将軍は、龍神ゆえにもっと巨大だったが。
「キザイルがここまで胸に執着するということは、男性というのはそういうのが好きなのでしょうか!? おっぱいが好きなのですよね!?」
「……あんまり年頃の娘が言わない方がいいと思うのである」
「ということで、オウマ殿なら生でもバッチコイです」
タスケテ……。
周りに聞かれたら誤解ってレベルじゃないよねこれ……。
「ええと、ステラ。出発の支度をするからしばらく待っていてくれないか」
我は状況打開のために、狭い兵舎の部屋へと戻る。
「はい! 返事は待ちます、いつまでも!」
……ひとまずは安心なはずだ、ひとまずは。
我はベッドを片付けようとして、キザイルがまだ絶望に堕ちていることに気が付く。
兵舎の規則により、一定時間後に朝のチェックが入るので、彼奴もベッドを整えておかなければいけない。
「キザイル。おーい、キザイル?」
「大きなおっぱいを揉んでみたいだけの人生だった……。
もしくはエッチぃ本を朗読してもらいたかった……。
どっちにしてもらうか悩んだ結果がこれだよチクショウ……チクショウゥゥゥ」
深い深い絶望に堕ち続けている最中らしい。
しょうがないので2人分のベッドを整えておいてやることにした。
最後だし、今日くらいはいいだろう。
……というところで、ステラも部屋に入ってきていることに気が付く。
そして地面に落ちていたキザイルの私物を手に取っていた。
「なるほど。キザイルが望んでいたということは、男性全般が望んでいるということか……。つまりオウマ殿も」
何か嫌な予感しかしないのですが。
ステラが手に持ち、ページをペラペラとめくり始めたのは、キザイルの私物である桃色な英雄譚である。
桃色というか、肌色描写ばかりというか。
男性主人公が、出会う女性すべてに惚れられるという古典的なジャンルである。
「ふぅ、これで準備は終わったのである。あとは向こうの家に移動するだけ──」
ステラがジッとこちらを見ている。
嫌な汗が出てきた。
会話が発生しないように目を合わせず、キザイルの方へ移動した。
「キザイル、元気を出すのである」
「オウマちゃん、僕ぁ悟ったよ……。こんな望みの叶え方じゃダメだって。
いつか決闘でステラちゃんに勝って、実力でおっぱいを揉ませてもらうよ!
一年後、いや、二年後でも三年後でも! 努力して強くなるよ!」
「うむ、良い心がけなのである。……たぶん」
よし、良い話になった。
後はステラと目を合わせず、会話を発生させずに向こうの家に到着して、ジャスティナに助けを求めれば何とかなるだろう。
「──オウマ殿のために、喜んで朗読させて頂きます!」
……。
「アーン、ワタシッタラ、ゴシュジンサマニ、ミラレテハズカシーイ。ゼンラナンテーゼンラー。ハズカシイ、マルミエー」
さて、新居に向かおう。
「アァン、ゴシュジンサマ、ヤメテーヤメテー。デモ、ヤメナイデー。ワタシッタラ、ドウナッチャウノー?」
我がどうなっちゃうの。
他の騎士たちから、哀れみの視線がちらほらと見えているのであるが……。
「……僕、もうそういう本が読めなくなっちゃいそうなんだけど」
キザイルは、ステラのあまりの棒読み具合に桃色の幻想をぶち壊されたらしい。
愛読書に声をあてられるというのは残酷である。
本への思い入れのある分、ダメージは深刻であろう。
きっと我の愛読書でやられた場合は、精神ダメージが大きすぎて消滅してしまうかもしれない……。
いや、問題はそれより──。
「ゴウインナノモ、キライジャナイワー。ラメー」
後ろにピッタリとくっついてきているステラが朗読を続けているため、引っ越し先に到着するまでこれが続きそうということだ。
タスケテ……タスケテ……。




