プロローグ
※三人称視点。
魔王が放った一撃により、人魔将軍イフィゲニアは北の山に吹き飛ばされていた。
周辺の大地は衝撃で吹き飛び、山という形状すら書き換えられてしまっている。
「いたた……魔王様の本気は恐ろしいな……。殺気をこめずにコレとか……」
魔王は数パーセントの力も出していなかったが、攻撃された側からしたらそんな想像はできない。
イフィゲニアは身に纏っていた“魔影”を半分ほど四散させられ、めり込んでいた土塊から這い出してくる。
その姿はうっすらと猫耳、尻尾が見える水色ショートカットの少女であった。
「おっと、魔王様はアレで人間に化けているつもりかもしれない。魔王様と呼んじゃいけないか……」
潜入、撹乱の技術に優れたボクだからわかるんだけどね、とイフィゲニアは独りごちた。
「さて、これからどうしようかな」
ボロボロになってしまったお気に入りの人間服から見える白い素肌に、羞恥と服代に落ち込みつつ考えをめぐらせた。
鳥魔将軍グゴリオンが敗北するのは確定として、その先だ。
自分のやるべき事としては、魔王軍と、それを操ろうとした背後の存在を考慮して……魔王様と接触すべきなのでは。
──と、これからの指針を決めかねているときに気配を感じた。
「んん~? 魔将軍がいるから見に来て見れば、竜魔将軍とは違う……か?」
残念そうな声。
イフィゲニアはその言葉の内容から最大限の警戒をしつつ、そちらに顔を向けた。
立っていたのは、大きな布のローブをすっぽりと頭から被った人間──。
「魔将軍と知ってなお、このボクに何か用事かい? たぶん初めましての顔無し人間さん」
認識阻害の魔法がかけられた装備なのか、その人間の顔は、墨で塗り潰したように黒くよどんで見えない。
魔影纏うの亜人少女と、ローブの人間。
二人はたがいに素性を隠したい似たもの同士だった。
「捜しモノをしているのだが、魔将軍──お前もよく見えないな。頭の影が耳か角か。悪いが試させてもらおう」
ローブの人間から、一瞬で膨れあがる魔力。
イフィゲニアは人間がそんな力を持っているとは思わず、油断してしまっていた。
そのまま躊躇して魔影から取り出したのは、ルーンで強化されただけの短剣。
奥の手である神器を今の消耗状態で使うのは危険だと判断したためだ。
「──なっ!?」
驚きの声をあげたのはイフィゲニア。
ローブの人間は一瞬で姿を消すかのような速度を出したのだ。
布がひるがえり、下に着込んでいた騎士らしき甲冑がちらりと見える。
イフィゲニアが気が付いた時には距離を詰められていた。
そこまではギリギリ想定内。
だが──そのローブの人間が手に持つ武器がまずかった。
禍々しい神気を放ち、殺意をそれ自体が持っているようだ。
それは聖剣、魔剣の類だと──イフィゲニアのルーンナイフが折られた瞬間に理解したのであった。
「ん、やっぱ違うな」
ローブの男は、イフィゲニアの細い首に剣を突き付けていた。
「お前も戦場に身を置く者だろう? 神の名の下に選ばせてやろう──」
神という言葉を聞き、イフィゲニアは相手の素性を悟った。
人間がこれだけの力を持つのならば“教会”関係者。
「誇りで潔く死ぬか、足掻いて無残に死ぬか」
とても、それらしい思考だと思いながら、イフィゲニアは慎重に軽々しく答えた。
「残念、ボクは戦場には身を置かない工作員みたいなものなんだ」
「ほう、工作員か。……それなら顔は広いのか?」
相手から食いついてきた、と内心ホッとする。
「まぁまぁ広いね。たぶん──キミの探している竜魔将軍とも顔を合わせる機会もあるかもしれない」
ローブの人間は、軽く笑いを漏らした。
そしてイフィゲニアに突き付けていた剣を下ろし、鞘へと収めた。
「ならば……伝言役を頼もう」
「なんて伝えるんだい?」
「それはもちろん──龍神と戦いたい──と」
伝えるべくを伝えたローブの人間は、そのまま背を向けて立ち去ろうとした。
だが、イフィゲニアはまだ名前を聞いていないことに気が付いた。
「デートの誘い主のお名前は?」
「──『竜殺しの枢機卿』だ」




