14饗宴 聖剣探索と世界の仕組み4
聖剣が安置された洞窟。
それは鬱蒼と生い茂る森の奥にあった。
周囲には小さなあの村だけなので、人の手もあまり入っていない。
パリッとした山菜や、ジューシィな果物が採れそう。
後で帰るときに立ち寄ってみるのである。
「さぁ、参りましょうか」
スタスタと洞窟の中に入っていくステラとジャスティナ。
洞窟内は大人が並んで歩けるくらいのゴツゴツとした通路となっている。
そういえば、2人は以前にも来たことがあったのだったな。
我は案内されるように付いていく。
「中は明るいのだな」
「はい、苔が光っているので」
「ふわっとしたピカピカ!」
たしかに観察すると、壁のところどころが光っている。
ヒカリゴケとでも言うのだろうか。
栽培したら楽しそうだと思い、つかみ取って邪竜の皮膜袋に入れておいた。
そのまま何の問題もなく、ただ洞窟内を進んで行く。
帰ったら○○するという古典的フラグが立っていたため、ここらへんで魔物が現れてトラブルが起きるかとも思ったのだが……。
「無事に到着か。意外と近いんだな……」
通ってきた道とは違い、広い場所に出た。
中央にはとてもシンプルに、台座に刺さった白銀の剣。
我はその聖剣とおぼしきモノに近付いて観察した。
「ふむ、オリハルコン製か」
蒼いミスリルよりも、さらに魔力をまとわせるのに適している銀色の最希少金属。
オリハルコンは産出量がとても少なく、土精霊の死骸が長い時間を経て変化したものとも言われている。
「さすがオウマ殿、博識ですな」
「だが……これは計測用で、武器としての聖剣なら炎の名工“ヘパイストーズ”が打った物の方が優れているな」
奴の聖剣で斬られたこともあるが、なかなかに痛かった。
「私も聞いた事があります。たしかその方が打つ剣は、弱き者のための剣に擬装されていて、持ち手が成長するときに真の姿を現すと言われていて──」
そう、わざと剣を弱くしているという酔狂な名工だ。
いや、だが、そんなものを最近見た事があるような……?
『おい、テメェら! この俺──聖剣様の前でなんつー言いぐさだ!』
洞窟の中に知らない声が響き渡る。
誰かが新たに入ってきたわけではない。
その言葉通り──聖剣が喋っているのだ。
「ほぅ、腐っても聖剣。意思を持つか」
『あたぼうよ!』
突然剣が喋っても、我は落ち着いて返事をしている。
なぜなら、聖剣や神剣といった部類は割と喋ることができるのだ。
普通は空気を読んで、必要なとき以外は喋らない剣として振る舞うやつが多いのだが。
『木偶の坊ども。それで、今日は勇者適性の計測にきたんだろう?』
口は悪いようだ。
『おおっと、そっちのおっさんは触るんじゃねーぞ! 俺ァは小さい子が好きなんだ! おもに18歳以下の!』
性癖も悪いらしい。
『一応いっておくが、俺ァは中立だぜ? ただのおっさん?』
「ふむ、心得ておこう」
曲がりなりにも計測特化の聖剣。
どうやら察しだけは良いらしい。
たぶん我の正体に気付いているが、武器という中立な種族ゆえに口出しはしてこないのだろう。
『さて……そっちのお嬢ちゃんたちは久しぶりだな』
「はい、聖剣殿。以前は──」
『てやんでぇ、みなまで言わねぇでもわかるぜ? ジャスティナからプンプン臭いやがる』
「え……あたし、くさいですか……?」
空気の読めないジャスティナは、言葉をそのまま受け止めてしまったらしい。
我としてはロリコンっぽい聖剣が、幼女のニオイを察知したようにも受け止められると思ってしまったが。
いつもなら突っ込みたくなるが、今は空気的にやめておこう。
我、それなりにわきまえている年齢なのだ……!
『ご、ごめんねジャスティナちゃん~……。聖剣さんの言い方が悪かったよ~』
あ、コイツ。露骨にジャスティナへの態度を変えて来やがったのである。
ガチっぽい、ガチのロリコンっぽい。
……いや、だが我慢だ。
『ハァハァ……さぁ、6歳のジャスティナちゃん……。おいちゃんの聖剣を掴もうね。優しく……でも強く握ってもいいんだよ……ほら、遠慮せずに、ほら!』
「解体するぞテメー」
つい突っ込んでしまった。
『じょ、冗談だぁっての! チクショー幼女にニギニギしてもらえるチャンスだったのに、とか思ってねぇってのバーロー……』
「オウマ殿……。い、一応は聖剣殿も、こんなところでずっと暇をしていたのです。つい冗談を言いたくなってしまう心境にも……たぶん……」
勇者として名乗ってしまっているステラは引け目からか、聖剣へのフォローを入れた。
だが、まぁ確かに、こんなところにずっと放置されているのでは変な趣味に走ってしまうこともあるのかもしれない。
『そう、そうなんだよ16歳というギリギリな妙齢のステラちゃん! ったぁー、やっぱ老け顔でババァに近付くと話がわかるねぇ!』
ステラ、予備動作無しで跳躍。
そのまま空中で横半回転しつつ、円を描くように華麗な回し蹴り。
見事に聖剣にヒットした。
『ありがとうございますッ! 勇者数値は10!』
聖剣は残念ながら折れなかったが、突き刺さっている台座部分ごと吹っ飛んだ。
ついでに勇者数値とやらを計ったのは計測聖剣の鑑だ。
「ふむ、こうやって計測するのか」
「い、いえ!? 触れさえすれば良いのです。……オウマ殿にお見苦しい所を見せてしまいました」
殺気の権化のような顔をしていたステラはハッと我に返り、赤面してうつむいてしまった。
「ステラは老け顔なんかじゃなくて、立派なお姉さんって顔。将来はきっと美人さんになるのである」
後が怖いのでフォローしておいた。
「ぷ、プロポーズですかオウマ殿!?」
「顔が近いのである、鼻息がすごいのである」
後だけではなく、今も怖いステラ。下級竜のときと同じようなパワーでグイグイくるのを引きはがしながら、そろそろ本題に入りたいと思った。
「さぁジャスティナ、聖剣で適正を計ってもらうのだ。……ちなみに、どれくらいの数値なら合格なのだ? ステラ?」
「そ、そうですね。たぶん百点満点の評価です」
我の手のひらで顔を押し返されながら、ステラが説明してくれている。
離れてくれないかなぁ……。
「私の勇者数値が10で、たぶん勇者の中では最弱です。というか勇者ですらないような木っ端です」
「ふむ、では他の勇者の数値はどのくらいなのだ?」
「現状、最強と言われる勇者ロトシアが勇者数値98です。ほぼ完璧な勇者といえましょう」
勇者ロトシア──希望の勇者と言われている人間で、魔将軍が前線に出向くと、かなりの頻度でエンカウントしてくると報告を受けていた。
「つまりそれを超えればいいのか?」
「そ、それはそうですが……さすがにそこまでの力がジャスティナに……あるのでしょうか?」
「信じろ、己が妹を。それを見いだした我を」
「……はい!」
──という一連のやりとりをジッと見ていた幼きジャスティナ。
冷静に一言。
「もう聖剣さんにさわって良ーい?」
「あ、ああ。待たせてすまない」
空気に流されないマイペースさである。
既に勇者の風格を感じてしまうのは、親バカ的なものだろうか。
「あ、オウマ殿。言い忘れていましたが、私達はいったんここを離れた方が──」
「ん? ステラ、どうしてだ?」
何か我々がいてはいけないことでも起きるのだろうか?
「だいじょーぶ。オウマになら、あたしの心の中を見られてもへいきだよ」
なるほど。
魔力やエーテルを通して、記憶などが周囲に投影されてしまう現象か。
ジャスティナが聖剣に触れた瞬間、我の中に映像が入ってきていた。
プライバシーの問題もあるのでさっさと立ち去った方が良かったかもしれぬが、もう始まってしまっている。
それはさながら、上映開始された映画のようだった。
だが何か違和感が──。
* * * * * * * *
0歳。この世に生を授かった。
目は光を感じる程度にしか見えていないが、嬉しそうな声が聞こえてきた。
生誕を祝福する2人の女性の声。
──だから、生まれてきて嬉しくなった。
1歳頃から目が見えるようになった。
とても優しい母と、いつも守ってくれる姉。
父は元からいないらしい。
──この頃から、姉はいつもボロボロで家に帰ってくるようになった。
二歳の頃になると、姉のケガが少しだけ減ってきた。
そして、どうしてそうなっているのか事情がわかってきた。
この家族に勇者が現れると予言されていたのだ。
民衆の期待の目は姉か妹かと、はやし立てていたようだった。
──だけど、その妹には勇者の力はなかった。
三歳の頃。姉は勇者と名乗っていた。
本当は適性がわずかしかなく、一般人より少し強いくらいなのに。
だから、姉は10歳の頃から“蘇生の加護”を受けてひたすら前線へと向かった。
弱く、未熟で、歳も幼いので死んでもすぐに生き返れる。
──1日に何十回も、何百回も。
四歳の頃。その行動は妹のためだとわかっていた。
本当は、姉は“聖女”としての高い適性を授かっていたのだ。
それを世間に隠して、役立たずの期待外れと妹が言われないように、自らが勇者と偽ったのだ。
そんなことをしなければ地位も名誉も姉本人は約束されていたのに。
──でも、才能を投げ捨ててまで行動した姉の背中は誇りだった。
五歳の頃。妹は勇者の才能がまったくないと言われても諦めていなかった。
今までも他の勇者や、立派な騎士たちに見てもらうも凡人扱いをされて門前払いされていた。
そのために姉と違って立場をわきまえない無能と罵られるようになった。
──勇者になりたい。もう姉に偽らせてつらい思いをさせたくない。勇者になりたい。
六歳の今。
運命と出会った。
勇者としての才能を見いだしてくれて、いつかきっと育て上げてくれる存在に。
──星粒の如くさんざめく人間の中から──。
──たった一つとして選んでくれた──。
──あなた──。
* * * * * * * *
「そう、オウマに──みつけてもらったの!」
天使のような笑顔を見せる健気なジャスティナ。
それを向けられた我は、涙腺が崩壊してしまっていた。
「あれ? オウマ、泣いてるの? どこかいたいの?」
「大丈夫なのであるぅ! これはちょっと出るところがおかしい汗なのであるぅ!」
6000歳ともなると涙もろくなってしまう。
姉妹愛に鼻水ズビズビなのである。
だが──こんな状態でも、何かの違和感が抜けきらない。
どこかと言えば……ジャスティナの記憶だ。
我は人間には詳しくないのだが、あの年齢で、あの思考はありえるのだろうか?
いや、だが龍神族の娘辺りなら、幼くも高い知性を持つと寿退役した竜魔将軍に聞いたこともあるな……。
我が知らぬだけで、人間というのもその部類なのかもしれぬ。
「も、もう大丈夫。落ち着いたのである……」
「ふふ、可愛いオウマ殿だ。もう今すぐ結婚したい」
相変わらずのステラだが、過去は壮絶なものだった。
我は、ステラへの評価は思い違いをしていたのかもしれない。
「ステラも辛かったのだな……。あの魔物憎しもそんな理由が……」
「いえ、あれは元々、魔物を倒すと楽しいからです。特に鈍器で殴ると快感がたまらないのです。とりあえずオウマ殿、結婚しましょう」
ステラへの見方も変わ──らないな、うん。
おっと、いかん。
本題を忘れていた。
「して聖剣よ。ジャスティナの勇者適性はどうなのであるか?」
聖剣に問い掛けるも……しばらくは返事が返ってこなかった。
あの賑やかしい聖剣がどうしたというのだ。
『……耳ィかっぽじって──いや落ち着いて聞きやがれ。……それがな、計測不能だ』
「なんだと!? まだ勇者の適性が低すぎて計れぬというのか!?」
『馬鹿野郎……逆だ。高すぎて計れる数値限界である1000を超えちまってる』
数値の限界は100ではなかったというのか?
確かに理想の勇者と言われているロトシアが98だったのだが。しかし、聖剣自体は限界を100だとは言っていなかったか……。
『ジャスティナの嬢ちゃん。……いや、勇者ジャスティナ。この俺を連れて行ってくれ』
「む、聖剣。お主はここで留まり、勇者適性を計るのが仕事では? それにそこまで武器としては……」
『んなの、百も承知でぃ! そこらへんをちゃぶ台返ししても見てみたくなっちまったんだよ、計測不能のその先をな』
此奴もやはり武器であったか。
強きを尊ぶ武の器。
『まぁ、攻撃に使うにゃ心許ないかもだが、そこらの市販品よりは百倍つえーからな!』
「わかりました! 聖剣さん、よろしくおねがいします!」
『おう、存分にニギニギしてくれちゃってもいいんだぜ! 6歳から始めていって、段々と恥ずかしがってくれるような感じの無知シチュとか最高だしな!』
「……炎の名工ヘパイストーズを見つけたら、コイツ打ち直してもらいましょうか。元の人格が残らないくらいに」
ニッコリと笑うジャスティナと、悪鬼羅刹の如き表情のステラであった。
* * * * * * * *
それから我は洞窟の入り口で、2人と1本といったん別れた。
この森でホームパーティーのための食材を採取したかったからだ。
どんなものを用意するのかはサプライズにするため、我だけが残って、あとは先に村に戻ってもらった。
幼い頃に田舎の野山で遊んだ魔王スキルによって、肉、魚、山菜、果物と幅広くゲットした。
それらを全て、いくらでも物が入る“邪竜の皮膜袋”にしまい込む。
張り切りすぎて思ったより時間がかかってしまった。
だが、それなりのホームパーティーができそうだ。
王都に戻ったら、ステラとジャスティナと一緒の家に住んで、今度こそホームパーティーを成功させるのだ。
生意気なキザイルと、ハゲ筋肉人間辺りもしょうがないから呼んでやるか。
フフフ、人間の知り合いとして、しょうがなくな!
そんな我、うっきうき気分で村に到着したのだが──。
「あ、あなたは勇者様と御一緒だった方!」
なにか焦っている村長が出迎えに出てきた。
「どうしたのであるか? 先に来ていた2人は?」
「傷だらけのキザイルという方が伝令でやってきて、『鳥魔将軍グゴリオンが魔王軍を率いて王都に向かっている』と……。
勇者様たちは、急いで王都に戻られました……」
鳥魔将軍グゴリオン……だと……。