12饗宴 聖剣探索と世界の仕組み2
「お馬~、お馬~♪」
「ああ、馬だな。それも優秀な馬だ」
我たち三人は、馬車に揺られて数時間。
思ったより早めに中継地点の村に着きそうだ。騎士団がサラブレッドを貸してくれたおかげだろう。
荷台には我と、旅が楽しいらしいジャスティナ。
ステラは御者として馬を操っている。
本当は我がずっと御者をしても良かったのだが──『お疲れになったでしょう』と言われて強引に交代されてしまったのだ。
我、疲れ知らずなので数千年は休まず平気なのだが……。
「お馬さん!」
ジャスティナは、ビシッと前方の馬を指さし。
「オウマ!」
次はこちらを指さし。
何かを納得したらしく、頑固職人のような腕組みポーズでうんうん頷いている。
「はは。オウマ殿と、馬の語感が似ているということですね」
ステラは前方を見ながら、会話だけをこちらに向けてくる。
「なるほど、確かに似ている」
「お馬さん、オウマ! おうまおうまおう……まおー?」
突然の正体指摘に我は噴き出しそうになった。
「こらこら、ジャス。オウマ殿に失礼だろう」
「は~い。オウマ、ごめんね?」
「い、いやいや。気にしてないよ、ぜんッッぜん……!」
心臓が飛び出るかと思ったよ……。
心臓ないけど。
それにしてもここらへんは平和であるな。
人間側としては、たぶん当たり前の平和に感じているのだろう。
だが、魔族側からすれば、それは交わされた密約による偽りの平和なのだ。
前線と呼ばれる一定地点より先は、我が魔族の立ち入りを厳しく制限していた。
特に非戦闘員がいる場所は、よっぽどの事情がないと通ることすら許していない。
なので、王都周辺は平和が保たれているのだ。
まぁ、元はこしゃくな神々が“裏の思惑”から定めたものだが、我も必要以上の争いは望まないので同意してやっているだけだ。
これを知るのは人間側だと一部だけだが、魔王軍側では常識なのだ。
人間を滅ぼそうとすれば、いつでも出来ていた。
実際に前線で戦っている魔族も、本気を出していないのだ。
「ねーねー、オウマ。どうしてあたしは剣を持っちゃいけないの?」
物思いに耽る我の気を引きたいのか、何度目かの質問をジャスティナがしてきた。
「これは我の持論だが、武器というのは自分で責任を持てる時まで、振るったりするものではないと思うのだ」
「うーん?」
「つまり訓練以外で持つのは、もうちょっとオトナになってからという意味なのである」
「オトナかぁ~……」
どうやら理解してくれたらしい。
……といっても、絶対に武器を持たないというのも、それはそれで危ない。
「でも、例外というものがある」
「れーがい?」
「それは誰かを守るとき」
……我、激しく魔王らしくない!
真顔でこんなことを言っちゃって恥ずかしいのである!
「お、オウマ殿……素晴らじい御言葉でず……」
御者台のステラがこちらに身体をねじりながら、鼻水と涙でグシャグシャになった顔を向けてきている。
感動しているらしいけど、ちょっとオーバーすぎて怖い……!!
「前、ステラ前を向いてくれないか!?」
よそ見馬車は事故の元である! 魔王軍だったら罰金!
「も、申し訳御座いません! ──あ、村が見えてきましたね」
村……だが、何か様子がおかしいな。
我の強化された嗅覚に、何か焼ける臭いが。
若干の煙も見えるが、バーベキュー大会にしては規模が大きい。
「ステラ、ちょっと急いでくれ」
「は、はい!」
* * * * * * * *
「──あなたは勇者ステラ様!? た、助けてください! 突然、村にドラゴンが現れて火を噴き襲ってきたのです!!」
「なぜ、こんなところに竜種族が……」
まだここは王都から少し離れただけの村のはずだ。
そこに場違いすぎる、巨岩サイズのドラゴンが立ちはだかっていた。
この場所は前線からも大きく離れていて、魔王軍のルールに大きく反している。
「大丈夫です……! 勇者として、魔物は倒すのみ!」
剣を抜くステラと、我の後ろに隠れるジャスティナ。
あのドラゴンは野良ではなく、魔王軍所属の者だ。
何がこの地に、魔王軍に起こっているのだ……?
我が魔王軍から離れて、異変が生じたとでもいうのか……?
「そのように心配そうな顔をしないでください、オウマ殿。私は十の歳から前線で魔物と戦っていたゆえ、ご安心ください!」
そんな小さな時から戦い続けていたのか。
いや、だが、そうでもしなければ常人が16歳で達人の域に達することはできないか。必然ともいえる。
「人魔将軍とも互角に渡り合ったことがあるのです! たかが、普通の竜の一匹や二匹!」
人魔将軍──イフィゲニアのことか。
彼奴は隠密隠蔽が得意なため、真っ正面から対峙しても人間からは“黒い人影”くらいとしか認識できぬであろうな。
戦場だと逆にそれで人魔将軍として目立ってしまうが。
「ぐはは、愚かな小娘が! このオレ──竜と戦おうというのか?」
「ドラゴンが喋っただと!?」
この場に居た全員が驚いた。
魔王である我ですらだ。
竜というのは喋らない、それが人間側からの常識だ。
だが、魔王である我からの常識は違う。
本来、大抵の魔族は高い知性があり喋れるのだが、ルールとして喋らせていない。
魔王が人前で喋ることを許していない。
それはなぜか?
強靱な魔物が、その末端まで知恵を持っていると人間が感付いてしまえば、疑いが大きくなるからだ。
自分たちは手加減されているのでは? という疑念。
その基本ルールすら今の魔王軍では破られているということか……?
「くくく……村を焼いてみたが、歯ごたえがなさすぎてつまらなかった。口直しに遊んでやろう。愚かな小娘」
平時の下級竜ならステラの腕前でも楽勝だが──嫌な予感がする。
表向きには手を出さないが、ふところに忍ばせているスローイングダガーをいつでも放てるように用意しておこう。
「……あたしも……剣があったら……戦えたら……」
我の後ろにいるジャスティナが小さく呟いた。
「今は姉の背を見ているのだ。誰かのために戦う勇者の背をな」
下級竜とステラの戦いの火ぶたが切られた。
まず下級竜は、その巨大な体躯を縮めるようにして息を吸い込む。
「ファイアブレスか! だが──!」
ステラはそのまま走って距離を詰める。
剣の間合いに入ろうとしたその時、溜めていたファイアブレスが放たれた。
炎に包まれるステラ。
「ステラお姉ちゃん!」
叫ぶジャスティナ。
我は傍観──いや、感心していた。
かなり魔族と戦い慣れしているなと。
「少々熱いが平気だ!」
炎の中から現れた球状のモノ──それは耐火マントを前方に広げながら突進しているステラだった。
考えたものだな。
下級竜のファイアブレスは、魔力すらともなっていない通常の炎で目くらましをするだけの攻撃。
その炎を恐れて躊躇すれば隙ができ、下級竜の思惑通りになってしまうのだ。
「このステラが竜素材にしてくれるわッ!! 魔族は切り刻まれろ!!」
「ひ、ひぃぃ!?」
距離を詰められ、一気に立場は逆転した。
素早くステップを踏み、踊るように跳躍するステラ。
その身のこなし、下級竜の緩慢な動きで当たるはずもない。
「喋るようになっても魔族なんて、竜も魔将軍もフヌケばかり! クハハ! 竜の翼、竜の爪、良~い素材だ!!」
トドメを刺されずに、素材として良い部分を剣で攻撃されていく下級竜。
狂戦士ってるステラの恐ろしい表情もあり、敵ながら少しだけ同情してしまう。
これはトドメを刺せば死亡と認識されて魔王軍側の教会に転移、蘇生させられるのだが……。
人間というのは、欲しい素材があるという理由で、魔物を切り刻んでからトドメを刺す。
エグい、人間エグい!
「うぐぐ……後悔しろ、愚かな小娘……」
すっかり爪や翼がカットされて、威厳も金銭的価値もなくなった下級竜がうめく。
本来なら負け犬──いや、負け竜の遠吠えなのだが。
我だけが気が付いた。
下級竜の体内で魔力と炎が混合され始めていることに。
これはマズイ。
あの下級竜は、愚かにも平和なこの地域で本気を出そうとしている。
それも人間に目撃されるのを知ってだ。
今まで長い年月、戦局が人間と拮抗しているように見せるため、魔族全体が人間の強さに合わせてきたというのに。
考えてもみるのである。
知恵もあり、身体も頑強で、繁殖力もある魔族がなぜ人間と数千年も戦っていたか──を。
そんなもの、マッチポンプでしかない。
神々が定め、魔王と人間の王が従った平和な戦いのルール。
それをやぶろうとする、下級竜の本気の一撃。
あの攻撃は、油断しているステラが耐えられるものではない。
「愚か者め──」
我は小さく呟き、ふところからスローイングナイフを投擲した。
それは目に見えぬ速度で竜体に到達──内部の火炎袋に突き刺さった。
これで本気のファイアブレスは放てまい。
「何を後悔しろというのだドラゴンよ。さぁ、トドメだ!
ハンマーだッ! ハンマーだッッ!! ハンマーだッッッ!!!」
ステラは嬉しそうに、背負っていた両手鎚をかかげる。
「なんっ、火が出なッ!? ……ヒィッ!」
下級竜は突然火を吐けなくなり混乱しているところに、巨大なハンマーを眼前に見せつけられて恐怖していた。
我もちょっとR-18Gのオーラを感じたので、幼いジャスティナに手で目隠し。
「ミンチよりひでぇよ……」
笑顔で高速餅つきするステラに、見学していた村人たちもどん引きだった。
モザイク入れて、モザイク……。