11饗宴 聖剣探索と世界の仕組み1
「なぜ、こんなところに竜種族が……」
まだここは王都から少し離れただけの村のはずだ。
そこに場違いすぎる、巨岩サイズのドラゴンが立ちはだかっていた。
「大丈夫です……! 勇者として、魔物は倒すのみ!」
剣を抜くステラと、我の後ろに隠れるジャスティナ。
あのドラゴンは野良ではなく、魔王軍所属の者だ。
何がこの地に、魔王軍に起こっているのだ……?
あのとき提案した“聖剣探索”は、我々に何をもたらすというのか──。
* * * * * * * *
「……というわけで、今後のために聖剣で“勇者適性”を計ってもいいんじゃないかな~と思ったのである」
いつもの稽古中、そんな提案する我。
それになるほど、と頷くステラ。
「力の一部を引き出せた今なら、ジャスティナの適性も現れているかもしれませんね」
古来より、勇者というのは聖剣に選定される。
この王都付近の洞窟にも、その聖剣の一本が眠ってた。
我はそれを、稽古の合間に話してみたのだ。
「ん? ジャスティナは以前、聖剣に触れたことがあるのか?」
「はい。密かに赴き、適性を計ってみたのですが……計測不能でした」
ステラは悔しそうな表情をしていた。
もうちょっと踏み込んで聞きたいような気もするが、事情もありそうなので我からは止めておこう。
「あの量産聖剣は割と適当だからなぁ。だが、エーテルの力の一部でも外に出せるようになった今のジャスティナなら、間違いなく勇者として認められるはずだ」
「量産聖剣……?」
む、しまった。
これは人間側には広まっていない知識だったか。
アレは計測用の装置で、戦闘用のコスト高の聖剣では無いのだ。
我が握ったら一瞬にしてぶっ壊れるだろう。
「い、いや~。我の田舎の方にそんな文献があったのだが、たぶん誤植でそう書いてあったのだ。ははは……」
「ほう、オウマ殿の田舎にはそのような文献が。一度、私も行ってみたいですね。ご、ご家族への挨拶とか……!」
ステラが急に鼻息を荒くして近寄ってきた。
顔が近い、近いし何か怖い。
そもそも、その場所──魔族本拠地はステラが攻め滅ぼそうとしているのだが……。
「よ、よし。では聖剣探索と洒落込もうではないか! ジャスティナの今後のために勇者としての証を立てておいた方がいいからな! ──あと近いので離れてェ」
「も、申し訳御座いません! つい家族計画とかを考えてしまって……」
なにそれこわい。
「では、善は急げという事で早速、出発の準備をしましょう! オウマ殿!」
切り替えはっや! アクティブ!
それから稽古を切り上げて、準備を整え始めた。
まず三人乗れる騎士団の馬車を手配。
御者も付けてくれると言われたのだが、今回はなるべく密かに実行したいので断った。
我とステラの交代で大丈夫だろう。
往復2~3日程度だし。
荷物もそんなには必要ない。
途中、村があるのでそこで食事や寝泊まりも可能なのだ。
ステラは下着が下着がと言っていたが、我は怖くて聞かないフリをした。
後の準備としては──。
「教会で“蘇生の加護”を受けておくべきだろうか?」
蘇生の加護──それは、この世界独特のルールだ。
簡単に言えば、死んでしまっても教会に引き戻されて生き返れるという加護。
危険な場所に赴くときは、事前にかけておく。
一般人の認識としては、このくらいだろう。
その裏側は強制転移+人体錬成+魂魄吸着、とかなり高度なことをしているのだが……知るものは少ない。
ちなみに先に加護を受けずに、後で蘇生するというのは、飛んでいってしまった魂を引き戻す手段が限られているので難しい。
「オウマ殿。あの辺りは魔物も出ないですし、そこまでしなくても平気なのでは。私の蘇生代も結構かかりそうですし」
蘇生の加護は事前に、その者に応じての料金を取られる。
これは蘇生用の触媒によるものだ。
強ければ強いほど、触媒は高価な物になって手順も複雑になる。
ちなみに上級存在は、この蘇生触媒が現存しないために蘇生不可だ。
魔王が蘇生の加護を受けようとすると一発でバレてしまう可能性が高い。
とりあえず、我とステラは良しとしても……。
「だ、だがステラよ! ジャスティナがヒザを擦りむいたりして、そこからバイ菌が入って死んでしまったらどうするのだ!?」
「……それは大丈夫じゃないですかね」
あ、なんか呆れられた。
不安だから、森で見つけた薬草で霊薬でも追加調合しておこうかな……。
これならすり傷はおろか、ハラワタが飛び出ても平気なのである! フハハ!
……うぅ、勢いで想像しちゃったよ。
それから簡単な装備も整えていく。
我は騎士団のプレートアーマーを脱ぎ捨て、軽装の高級革鎧を新調した。
給料も結構な額が手に入ったし、旅ではこちらの方が動きやすくて良い。
あとは片手剣と、暗器として投擲短剣を数本。
ステラはいつものミスリル製の甲冑だが、腰の片手剣だけではなく、背中に大きな両手鎚を背負っていた。
本人曰く、こっちの方が使いやすいとか。
ジャスティナは……本当はガッチガチの装備をさせたかったのだが……!
亀みたいで可愛くないと言われて、子供用の超重装甲鎧は却下されてしまった。
ゾウが踏んでも壊れないというのに……。
仕方なく本人との妥協案で、いつもの白いドレスに、追加で頑丈な手甲脚甲となった。
ある意味、いま流行のオシャレな勇者スタイルなのかもしれない。
とある勇者はビキニアーマーで、『魔力で防御してるから平気だもん』とかいうのもいたし。
密かに防御魔法が付与された装備でも付けさせたいのだが、さすがにそれは我が常人ではないとバレてしまうのでやめておいた。
最後に、どこにでも売っている焚き火でも燃えにくい耐火マントを三人分。
「さてと、こんなところか。すぐ出発してしまおうか──」
すべてを揃え、街の防具屋から出てきた我達。
昼前、まだ人通りの多いメインストリート。
そこで見知った顔を見つけた。
「おぉ、お主は!」
「よう、おっさん久しぶり! どうやら一般入隊で騎士団入り、しかも一気に出世したらしいじゃねーか! しかも勇者様と一緒とはな!」
ハゲ筋肉人間ではないか!
街で偶然出会うとは、何か運命めいたものを感じる。
きっと偶然、魔法で吹き飛ばしてしまったのも運命かもしれない。うん、きっと我は悪くない。う、運命とかだから……。
「げ、元気そうであるな!」
「だっはっは、この前はいきなり隕石落下に巻き込まれて大変だったぜ!」
ごめんね、ごめんね! 罪悪感がそれなりにあるよ!
「あ、でもおっさんからもらった薬が良く効いてな。傷がケロッと治っちまったぜ」
「そ、そうか。よかったのである……」
念のため試しに作った霊薬を渡しておいたのだが、多少は謝罪になっただろうか。
そう信じたいぞ。
「俺の妻からも『こんな良い王の霊薬をありがとう』って、言っておいてくれってさ。そんな高級品だったのか、これ?」
王の霊薬……?
王様が使うような良い薬という意味で言ってきたのだろうか、たぶん。
「いやいや、そこらへんに生えてる草を調合しただけだから、原価は雀の涙ほども無いのである」
「そっか、でも助かったぜ! おかげですぐにまた冒険者として働けるからな!」
「ほう、これからまたどこかへ?」
「ちょっと北の山へな。だけど、ただの資源調査だから、危険なことは絶対にもう起きないけどな!」
確か王都から北の山は、魔物も生息していない地域のはずだ。
もうすぐ薬草や果物のシーズンに入るため、事前調査を依頼されたのだろう。
ガランとしているために、人とのトラブルすらなさそうだ。
「だっはっは! それじゃーな!」
我は、眩しいほど笑顔のハゲ筋肉人間を見送って、こちらも王都から出発することにした。
「……そういえば、未だに彼奴の名前を知らぬな」
いや、今度、会ったときに聞けばいいだろう。
北の山に危険はないのだから。
絶対、大丈夫だろう──……!
よし出発しよう!
「ニ゛ァ゛~」
黒猫が横切り、餌もないのにカラスがやたらと飛んでいる気がする。
今日はヤケに風が不穏に生暖かい。
……大丈夫だろう!
出発しよう。
「ヒィィィ! 占い師歴50年のワシの水晶玉が割れたァ!!」
街の通りで騒いでいる婆さんもいるが偶然だろう。
ダイジョーブ、シュッパツ。
「13日の金曜日、俺たち結婚するんだ!」
すごい結婚式が街中で挙げられているがスルーしよう。
もう我、いい加減に出発したいのである……。