10饗宴 魔王の勇者育成(幼年期編)
我は悩んでいた。
ジャスティナが真の勇者だと打ち明けられ、勇者育成を頼まれたからだ。
……まず思い出して欲しい。我は魔王である。
魔王が勇者を育てろと……?
常識的に考えてありえない──のだが、現状は常識をすでに放り投げてるので、そこのハードルはクリアしたとしよう。
勇者を育てれば、それだけ“魔族を滅ぼスローライフ”を過ごせるのだから。
だが、問題はそこではない。
こんな幼き子供を勇者として育成して、無理やり魔物と戦わせようというのだ。
ムリ、我ムリ!
我は魔王ではあるが、鬼ではない。
ちょっと“深淵の暗黒王”モード入ってるときならともかく、平常時にそんな鬼畜の所業はできぬ……。
なので断ろうとしたのだが──。
『あたし勇者になりたい! がんばるのでおねがいします!』
と、ジャスティナ本人から言われてしまったのだ。
涙目で、もう後は無いという感じの歯を食いしばった表情で。
誰かに強制されていないか? 何なら別の生き方もあるぞ? と色々と聞いてみたのだが、どうやら自発的に決心をしていたらしい。
理由はまだ話してくれないのだが、我は悩んだ末に引き受けてしまった。
勇者育成というあり得ないことを。
それにともない、我の役職も変化した。
「おはよ~。オウマちゃん、今日から“騎士団剣術指南役”か~。
すごい出世スピードだね! もしかして僕のおかげ? 僕のおかげなんじゃない?」
「まずキザイルはマトモに訓練をするのだ……」
最初は田舎から出てきたおっさん。
次に一般入隊コース。
その後にエリートである王城務めの騎士。
そして今は──“騎士団剣術指南役”だ。
役職としては新設されたもので、立場はそれなりだが、まだ定まっていない部分が多いのでかなり柔軟に動けるらしい。
基本的には騎士団の訓練を見て回り、アドバイスや、各種の戦闘スタイルへの訓練スケジュールを個別に組んだりだ。
まぁ、表向きにはステラとの訓練をメインにやっていくらしい。
* * * * * * * *
「ステラの太刀筋は既に完成されているな。多少は伸ばせるかも知れないが、現状でも達人の域だ」
「本当ですかオウマ殿! 嬉しいです──!」
我、ステラ、ジャスティナの三人がいるのは、普段の訓練場とは違う場所だ。
騎士団が大きい訓練場を使い、我たちはこっちの小さな方でひっそりとやっている。
ジャスティナのことをなるべく隠蔽しておきたいらしい。
「嬉しいのでハグしてもらってもいいですか!」
「いや、それはちょっと……」
あれからステラの態度がかなり変わった。
今も、隙あらばスキンシップをしてこようと眼を光らせている。
「大丈夫です! 他者の目もありませんし、年の差なんて……!」
「いやいやいや……」
ステラは両腕をクマの威嚇ポーズのように広げ、ジリジリとこちらに近付いてくる。
我は飛び掛かられないように距離を一歩ずつ離していく。
さすがに6000歳のおっさんと、16歳の少女である。
もし意図せぬ、ラッキースケベと人間の間で呼ばれる現象でも起きてしまったら一大事だ。
我にとってはラッキーではないし、スキンシップの拍子に魔王とバレてしまうのも怖い。
「大丈夫です、愛さえあれば……! あるので……!」
怖い、ステラの眼が怖い。
ヘルプ! ヘルプ!
「た、助けてジャスティナ!」
小さな姿に視線を向けると、頬をプクッと膨らませていた。
「もー、ふたりともマジメにやってください!」
怒られてしまった。
「すみません……」
「申し訳ない……」
気を取り直して、ジャスティナの剣技を指導することにした。
ジャスティナは筋は良いのだが、やはり6歳という幼さだ。
まだまだ反復練習が足りない。
とりあえずは基礎を続けていくことになるだろう。
だが──我の見立てによると、ステラよりは確実に強くなるだろう。
それは魔力の使い方によるものだ。
これはどういうことかというと──。
まず、通常の人間は肉体だけで剣技を扱う。
これでも磨けば、勇者の入り口と呼ばれる強さまで到達することが可能だ。
魔物側でも、平常時の魔将軍がこのくらいの強さだ。
そして、この世界ではプラスアルファの力がある。
それは魔力だ。
魔術や魔法として飛び道具に使われるイメージだろうが、剣士などの近接タイプは、魔力を筋力に変換するのだ。
これによって、魔力変換を上手く使える人間は途方もなく強くなれる。
ジャスティナは剣技はまだ未熟だが、この魔力変換の上手さが飛び抜けている。
いや、普通の魔力ではなく、エーテルと呼ばれるもう一段階上のクラスの力だ。
神力、魂力、妖力、機力、界力とも。
場所によって名称が変化する、通常の人間では持ち得ない超常の力。
「えいやっ!」
だが、うまく斬撃に乗せることができなくて、エーテルだけすっぽ抜けていってしまっている。
訓練用のワラ人形にペシッと剣が当たって、ジャスティナ本人は疲労で倒れてしまう。
「うーむ、問題はタイミングであるな。直撃の瞬間に、魂で直接なぐるようなイメージで──」
「はい! まぞくを倒すためにがんばります!」
こればかりは本人がコツを掴まなければならない。
それに今まで、ジャスティナにエーテルの使い方をおしえてやれる相手がいなかったのもある。
よちよち歩きを始めた赤子を見守る如く、気長に待たなければならぬ。
いや、我の感覚では100年単位の覚悟だが、人間というのは成長が早いので……もしかしたら、すぐかもしれぬか。
だが……ククク……我が教えるのは勇者の剣ではなく、魔王の剣だがなぁ!!
フゥーハハハハ!
それからも休憩を挟みつつ、剣術訓練は続いた。
「にっくき魔族を倒すため!」
「ステラも気合いが入っているな。ジャスティナに触発されたか?」
訓練用のワラ人形をバシバシと叩きまくるステラ。
「はい! 魔族を倒すという信念を思い出しました!」
「そうか! 魔族を倒すためか! 素晴らしい!」
我の見立て通り、このまま育成を続ければ魔族殲滅計画を成功させてくれるかもしれない。
特に魔族への憎しみが、我とシンパシーを奏でている。
「魔族! 死ねぇ! 魔族ゥ!」
「特に魔将軍とか念入りに潰すといいと思うな。我、そう思う!」
「はい! 魔将軍は魔族の幹部! それはもう念入りに潰します!」
我、ガッツポーズ。
まるで同士を得たかのようだ。
精神が充実した感じ。ああ、力がみなぎってくるぞ!
今ならちょっと助走するだけで宇宙まで飛べそうな心の軽さだ!
「でも、やはり最大の敵は魔王です!」
「え?」
ステラは敵意をぶつけるが如く、訓練用ワラ人形に剣をバシバシ当て続ける。
「魔王死すべし! 魔王死ね! 魔王に死を!」
我。魔王、我……。
「い、いや~……。意外と魔王って良い奴なんじゃないかな~……?」
「何をおっしゃいますかオウマ殿! 魔王は魔将軍をあやつる悪の存在ではないですか! なぜ、肩入れするのですか!?」
つい、我が魔王を擁護してしまった……。
「あ、あぁ~……うん。ちょっと試してみようとね。うん、合格だ。魔族への憎しみはきっと力になるだろう……」
「さすがオウマ殿! そのようなお考えで……! 一瞬でも疑ってしまい、自らが恥ずかしい!」
もしかして我、人間からの印象がすごい悪いのでは……?
「きっと鬼畜外道の魔王は、固まりかけのヘドロみたいな不細工面で、知性低く口からヨダレを垂らして、鼻水を拭かないロリコンで変態でハゲで……」
その内、ジャスティナまで真似をしはじめた。
「まおーのハゲー!」
わ、我……禿げてないよ……。
変態じゃないよ……。
「あれ? オウマ、なんか小さくなってな~い?」
「キノセイ、ダヨ~……」
我が名は深淵の暗黒王。
この世界の半分を支配していた魔族達の長──魔王である!
ちょっと涙目なのである!