「真面目系クズ」で検索する
何の気なしに「真面目系クズ」で検索をしたら、自分の顔が出てきた。
正確にはWeb百科事典の記事が先頭に出て、その下にある画像一覧の部分に表示されていたのだが、そんなことはどうでも良いことなのは明白だ。
最初はスマートフォンの電源が切れて、自分の顔が反射したのだと思った。だが、ライトは点灯したままだし、画面上部にあるアドレスバーも見えている。
そして何より……その自分の顔は一つだけでなく、数多にあったのだ。
恐る恐る「画像検索」の文字に人差し指を伸ばし、タップする。
少しの時間差の後、様々なシチュエーションでの俺の画像が一面に表示された。スーツ姿の俺、私服姿の俺、市街地を歩く俺、公園で休む俺、カフェでお茶をする俺……
ぎょっとして思わず、手に持ったものを投げ飛ばしてしまった。画面を下にして、床に叩きつけられる俺の愛機。
この一瞬の間に、世界がぐるりと歪んでしまった。
誰が、いつ、どこで、どのように、何の為に……様々な推測が頭をよぎるが、それを理解し表現する力は残っていなかった。
ただ、自分と似たような人物を、探してみたかっただけなのに。「あるある」と共感したかっただけなのに。
俺はトイレに駆け込み、便座に思い切り腹の中にあるものを吐き出した。
その後は、ただぼんやりし続け、他にやれることもないので、眠った。
翌日。
Web上にある質問サイトで「この画像に写っている人、誰ですか」という質問を投げた。対象となる人物は無論、「真面目系クズ」の画像検索に引っかかった可哀想な人である。
いかんせん、質問の元ネタとなる画像は豊富にあったし、その大半は単独で写っていたものだった(他人がいたものもあったが、モザイクがかけられていた)ので、対象には困らなかった。
回答が来るなんて思っていないし、思いたくもなかった。最悪、回答が来たって、それが別人の名前なら胸をなで下ろせる。
期限は一応、半日後くらいを設定した。重ねて言うが、俺はしがない一般人なのだから、そもそも特定などされようもないのだ。
しかし、画像一覧を見た際のトラウマがどうしても耐え切れず、このような馬鹿馬鹿しい判断を取ってしまったのだ。
この時の俺は……なんというか、それでも余裕があったのだろう。期限までの間、むしろウキウキしていたのだから。
例えて言うのならば、エイプリルフールに離婚話をされて、「ああ、ウソかドッキリなのね」と変な勘繰り……というか希望的憶測を入れてしまう旦那さんのような。
だから、半日の期限が経ち、ベストな(誤)回答を決めるつもりで質問サイトに入った俺は愕然とした。
そこには俺の実名が、おおよそ10ページに渡って羅列されていたのだから。
俺はこの時、産まれて初めて、アルコールなしで二日酔いをする気分を味わった。出せる物などまったくないが、トイレに駆け込み、それから泣いた。
泣き顔のまま、なるべく画面を見ないようにしつつも、ベストアンサーに漢字変換を誤ってくれた人を選んだ。選びたくはないが、黙っていて「本人特定」なんて言われたくないから。
そんな出来事が起こりながらも、俺は翌日、会社に出社していた。
まあ、仕事に身が入る訳もない。ぼんやりと仕事用のパソコンの画面を見つめていた。
頭の中にあったのは……仕事仲間の中に「真面目系クズ」で検索をかけるような人物がいないか、ということだけだった。
流石に部長や課長といったおじさん達が、そんな言葉を調べるとは思えないが、俺と同年代の若者や、アラサーあたりの人物はやりかねない。
俺の外見は私服、スーツ問わず、流出してしまっている。つまり、見間違いですよ、似た人物ですよ、と言った誤魔化しは通用しにくい。
あれから「真面目系クズ」のトレンドは変わっただろうか。願わくば、有名人の誰かが「真面目系クズ」などとゴシップ記事にされ、画像検索を塗り替えてくれることを……
いっそ、自分からネタとして話してしまうのはどうか。
ハナから冗談のように、「真面目系クズで検索かけたら、俺によく似た人物が出てきたんだけど~」と。
いや、それはリスクが高すぎる。もし下手に言い出して、ドン引かれでもしたらどうする。
自ら弱みを作りにいくようなものじゃないか。ひっそり言ったはずが、上司に漏れ出しでもして、査定に響いたら、遣る瀬無いったらない。
駄目だ。言い出せない。でも、言い出したい。でも……
ヤキモキがどうにか収まった頃には、定時の予鈴はとっくに鳴り終わり、席に残っているのはごく僅かであった。
ふらつきながら入った、満員電車の中。誰かが発した、クスリ、という僅かな笑い声が、数万倍になって、俺の全身に突き刺さる。
それだけではない。
「あいつ馬鹿だよねー」という悪口も、愚痴も、ムスッとした客の表情も、満員電車特有の悪臭も、汗で湿った自分のスーツも、何気なく呑み込んだ唾液の苦みも。
ありとあらゆる感覚が、悪意に変換された上で、襲い掛かってくる。
僅かに十数分の移動時間が、数倍に引き伸ばされ、生き地獄の様相を呈していた。
それでも、吊革にしがみつくことに、全意識を集中し、必死に生きながらえていたが、若い女性客がこちらを指差し、口をぽかんと開けたのを見て、ぶつりと何かが切れた。
真っ暗になる視界。少しずつ薄くなっていく意識の片隅で、その女性客のものと思われる「ヘックション」との声を聞いた。
・・・・・
三日後。
部長と課長の会話。
「おい、今日も佐竹はいないのか?」
「ええ。特に連絡もないようです」
「なんて事だ。今日中に納品厳守なんだぞ……あいつにしか分からない部分もあると言うのに」
「やはり、彼は『真面目系クズ』だったのか……」
「ん、一体、何をぼそぼそと独り言を」
「あ、いや。ふと『真面目系クズ』という言葉で検索をかけたところ、佐竹さんの写真があったものですので」
「何だね。その、『真面目系クズ』というのは」
「一見すると真面目な好人物ですが、実態は性格が悪いという二面性を持った人物のことです。見分けが簡単につかない分、より質が悪いとも言えます」
「つまり、なんだ。佐竹は悪名高い奴で、それでこんな時に無断欠勤をしたと言いたいのか」
「ええ、そう考える他……」
「なんということだ!!次に出会ったら、ぎったんぎったんにしてやる!!」
「実際にどのような状態か、見てみますか」
「ああ!佐竹の悪行がどんなものか、見せてもらおうじゃないか」
「こちらが検索結果になります……って、ええっ」
「井村。お前も、『真面目系クズ』とか言う奴なのか?」
一面に写る、課長の顔写真。
このお話はフィクションであり、既に飽きる程用いられてきたシチュエーションの為、敢えて作品とするまでもないだろうと筆者が判断したが、ある程度のボリュームを含んでいたため、投稿と相成ったものである。