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第八話:【眠想】

今月2話目の投稿です


パソコン向けに改行を工夫し、1ページずつな間隔で区切るようにしました。

比較的読みやすくなったかと思いますので、前回までのも改善していきます。


 ノイテックフィン・タウンの中央に位置する、あちこち傷んだ大きな館。宛て主も内容も明記されていない依頼任務をきっかけに、戦闘に敗れ敵対組織のアジトへと連行されたアギトと同行者3人。そして同時に連れ戻された少女。敵組織は一見、同い年くらいの少女が率いる農家の一味だった。しかし、それらの正体は人を魔物へと変貌させる異様な能力を持つミスティアスと名乗る猟奇的な少女が率いる魔物の集団だった。

 同行者であるミユリ、リア、ディスターはそれぞれ館の地下で別の牢に入れられ、木製の十字に磔にされている。アギトはミスティアスに一対一の状況で自室もとい尋問部屋へと連れ込まれ、手足を手錠で封じられソファへ横になった状態で拘束される。ミスティアスの意外な好意によって魔物へと変貌させようと自信の能力を使われるが、それによってアギトの身に異変が起きる。一時の静寂を終えた際に、アギトは手足の拘束を難なく強引に引きちぎり、ミスティアスを床へと押し倒し姿勢が逆転する。

「……お前の魔力……全部寄越せぇえええええええ!!!」

「え……あ、あぁっ……ぁあああっ!」

 アギトの体内へと強引に侵入させていた黒い霧が、逆にミスティアスの身体からみるみる吸い出されていく。ソファの下に敷いていた魔方陣も、主の急激な魔力低下によって消滅する。ミスティアスは困惑しつつ少し苦しそうにしているが、逆に喜んでもいる様子でアギトは一行にやめる気配がない。

「あはぁ……もっと……もっと吸い出してぇ~……」

 ミスティアスの甘い喘ぎ声に耳を貸さず、ひたすら体外に漂う霧を欲のままに吸収していく。やがて体外に漂う霧が消え、ミスティアスも疲労しきった状態に陥ったが、アギトの欲望による衝動は治まらない。



 そしてアギトは、一滴も残すまいと皿まで食う勢いでミスティアスの右鎖骨辺りに歯を強く食い込ませる。

「あぁああ!! い、いたぁぃ……けど気持ちいぃ……、良いよ、もっと食らいついて……アタシを欲して! 愛を求めて! もっと気持ちよく……させて」

 ミスティアスの声は届いていないが、徐々に歯が皮膚を圧迫し、やがて皮膚を貫通し血液が溢れ出す。

「あぁあああああ!!! ふ、フフフッ……血液にも魔力が含まれてるの知っていたのね、流石は機関学院の生徒だわ。いいわ、吸わせてあげる。血の契りを交わして吸血鬼の旦那様になってもらうわよ! あっはっはっはっは!!」

 しばらく二人きりの狂気的な接触が続く。ミスティアスの部屋からの音声を遮断された地下牢組は二人の状況が分からず、ミユリ達の監視役なため指示無しでは動けない。唯一隣部屋に声が漏れていたため、様子を伺いながら少女を片手に拘束して指示を待っていた大柄な男は、痺れを切らして少女を掴んだまま部屋を飛び出してアギト達がいる部屋のドアを蹴破る。

「お頭ぁあああ!! 今お助けに参りま――」

「このバカぁああ! 良いところで邪魔しに来るんじゃないわよ!! 指示を仰ぐまで指定の位置で待機してなさいよ! その化け物まで連れてきて……使えない出来損ないは指示あるまで勝手な行動をするな!」

「し、しかし今お頭が襲われ――ぐぁ……っ!?」

 少女を掴む大柄な男の右の二の腕、左太股に風穴が空く。



「てめぇ……今度は躊躇いなく撃ちやがったな!?」

「不味そうな残飯はそこで黙って寝てろ、食事中に騒ぐんじゃねぇ」

「しょ、食事だぁああ!? ふざけんな俺のお頭はてめぇの飯なんかじゃねぇ!!」

「うるせぇな……残飯ごときが俺に口利いてんじゃねぇよ、死にてぇなら望み通りにしてやるが?」

「はぁ……はぁ……ねぇ、まだぁ? はやく続きしてよぉ……はやく食べないと冷めちゃうよぉ……」

「チッ……どいつも飯のくせにいちいち喋りやがって……、お前も黙って俺に食われてろ」

「フフッ……はぁい、でも変な声が出ちゃうのは勘弁してよね」

 アギトは無視して同じ箇所に食らい付き、魔力を貪る。横たわる大柄な男の手から少女は解放され、男のポケットから牢の鍵を取り出し部屋を飛び出していった。

「おいテメェ!! 待て畜生ぉおお!!」

「――騒ぐなっつったよな?」

「ひぃっ!?」

 走り去る少女の鼓膜に部屋から漏れる1発の銃声が響き、同時に大柄な男の声が途絶えた。だが少女にはそれに気をとられる余裕がなく、ひたすら小さい身体を駆使して巡回する少数の警備の目を欺き、気配と共に足音を消しながら地下牢へと駆け降りる。そして少女はミユリ達の牢の前で張り付いている監視役達の前に立ち、視界の内にわざと映り込む。

「おい、ここで何してんだてめぇ!! デカ物と見張りは何やってんだよ全く……」



 監視役の男達の怒声を掻い潜り、一番手前のミユリが囚われている鉄格子の牢へと、勢いよく身体を正面からぶち当てる。

「大丈夫ですか!? い、今助けますから――っあぁ!!」

 後ろから監視役の男に首根っこを捕まれ持ち上げられる。

「ったく……今朝といい毎度どうやって抜け出してんだこの化け物は……魔法か何か使ってんのか?」

「ぐるしっ……うぐ……っ! ぅ……えええい!!」

 アギトから借りて羽織っていた制服の中から鍵束を取り出し、ミユリが囚われている牢の鉄格子の隙間を狙って奥へと投げ込んだ。鉄格子の柵に擦れて金属音が鳴った際に肝を冷やしたが、少女の望んだ最奥では無いものの大人が手を伸ばして届かない程度に奥へと落下した。

「……はっはっは! 何したかと思えば、お前馬鹿か!? 磔にされてるやつの牢に鍵投げ入れてどうすんだよ! 捕まって冷静な判断が出来なかったってか? 所詮は化け物のイタズラだな、さぁて……んじゃ鍵取り出すか……ひと手間増やしやがって」

「そ……そんなことしてる場合じゃ……ないと思いますよ?」

「あぁ?」

「あの大きな男の人は、連れていかれた人に殺されました。そして……お頭さんはその方に襲われて……今、正に殺されかけています……はやく……しないと……」

「チィッ! おい何人か様子見てこい!!」



「いいんですか……? お頭さんを殺せる人に、その何人かで挑んでどうにか出来るんですか?」

 徐々に少女の首を掴む腕の力が強まり、少女は声が出せなくなり弱っていく。ミユリが怒濤の剣幕で男達を睨み、罵声を浴びせようと口を開く。しかし少女が口元に人差し指を添え、静止の合図を示した為奥歯を噛み締めて必死に抑えた。

「へ、まぁいい。どうせ放っておいてもその様子じゃ何も出来まい。お頭の命令に背くのは忍びないが、全員で今朝みたいに取り押さえて仕留めるとすっか……。おし、お前ら全員武器を持て! 行くぞオラァ!!」

 男達は一人残らず地下牢から階段を駆け上り、少女も脇に抱えられ連行され磔にされてる3人だけが残った。

「(あの子、身を呈して監視役全員をこの場から退けたのね……傷つけられてばかりで一番辛い思いしてるあの子に助けてもらうなんて……早く助けないと……!!)」

 ミユリは監視役達の気配が消えたと同時に沸き上がり止まぬ憤怒を力に変え、強引に木の十字の両腕の部分をへし折った。

「……ふんっぬぁああああああ!!――はぁ……はぁ……、くっ……こんなもの!」

 木の十字にくくりつけられた両手首と足のロープを、制服の内ポケットにある携帯ナイフで切り裂いて拘束を解いた。そして足元にある鍵束を拾って牢から脱出し、リアとディスターの拘束を解いた。

「ありがとう……」

「すまない」

「その台詞はあの子を助けてから皆で言うのよ、ディスター立てる?」



「あぁ……、傷は血が固まって大分塞がったから問題ない」

「分かった、じゃあ二人とも急ぐよ! 今のアギトは多分また自我を失っているはず、連れていかれたあの子が危ない!」

 幸いキーウェポンはキーホルダー状に戻っている状態だと、持ち主と機関の武器マイスター資格を持った職員以外に取り外し不可能な構造なため剥奪されなかった。アギトとミユリ達3人の相互的な人質状態が解除され、少女のお陰で身動きがとれるようになったミユリ達はアギトと少女が連行された二階の二枚扉の大部屋へと駆ける。

 階段から地上へと駆け上がって1階にたどり着いた途端、言葉にしがたい強烈な異臭が三人の嗅覚を襲う。

「ぐっ……なんだこの臭い……呼吸しづらい」

「何となく生臭さを感じる……これを辿っていくのが確実ってことね」

「うぐっ……吐き気がぶり返してきた……」

「外に殺気がないわね、リアはディスターと一緒に転移場所まで戻って。危険を感じたら学園に戻って!」

「二人とあの子を置いて帰るなんて出来ないよ!! ゴメン……大丈夫、一緒に行くから」

「分かったわ」

 口元を制服の裾で覆いながら、異臭を道標に二階の二枚扉の大部屋目指して駆け上った。そして目的の大部屋は直ぐに見つかった。二枚扉が全開な為、異臭の元から発する一段と強烈な生臭さによって中の様子を一瞬にして理解させられた。

「何よ……これ……」



「ひっ!?」

「リア、見るな!!」

 ディスターが慌ててリアの視界に立ち塞がり、ミユリは先頭で目の前の惨状に立ち尽くす。

 部屋の入り口を主に部屋全体に撒き散らされた血肉と、その本体と思われし遺体の数十人分が床の隅へと追いやられている。その遺体は、先程まで館内を巡回していた見張りや、地下牢でミユリ達を監視していた男達のものであった。遺体の状態は様々で、身体の一部が強引に引きちぎられていたり、先程まで男達が手に持っていた農具が身体の様々な箇所から貫通していたりと猟奇的殺害といえる悲惨な状態である。

「あらあら、次から次へとギャラリーが来ちゃって……見世物じゃないわよ? てか捕まったアンタ達が何でここにいんのよ?」

「チッ、まだ誰か来んのかよ……今度は食える奴なんだろうな?」

 ミスティアスに覆い被さっていた身体が俊敏に起き上がり、真っ直ぐな姿勢で立ち上がる。その動作に反応し、ディスターがリアの視界を遮るのを中断しミユリの横から一歩前へ出るの合図に一斉にキーウェポンを解放し陣形を構えた。

「ねぇ……何でアギト君……アルゼントを私達に向けてるの……? やめてよ……」

「落ち着け、ミユリがさっき言ったようにアイツは正気を失っている」

「でも……このままアギト君と戦うなんて嫌だよ……」

「心配ない、一旦おとなしくさせるだけだ。状況に飲まれるな」



「ご、ごめん……」

「(医務室で襲われた時と同じ殺気、どうしちゃったのよアギト……!)」

 アギトがミユリ達の元へと迅速に詰め寄ろうと身体を僅かに前方へ傾けると、ミユリとディスターの腕に力が込もり銃撃に備える。そしてリアは杖型キーウェポンを触媒に魔力を注入し風属性の中級術式魔法アヴァートを発動し自分達に風の薄い膜を付与する。この術式魔法は瞬発的に発動できる補助用術式魔法の一種で、身体に風の薄い膜を帯びることで弾丸や魔力による遠距離攻撃等を直撃から逸らす事ができる。ただし、瞬発的に発動する故に消耗魔力が少ない為、維持される時間がだいたい数十秒。一瞬で込められる魔力の量が使い手の力量に左右されるため、その維持できる時間は技量に依存する。リアの場合は凡そ30秒といったところで、戦況を見ながら随時付与する形になる。

 ディスターのキーウェポンは片刃剣で斬撃タイプの武器な為、近接武器を持たない相手に今朝のミスティアスから受けた斬撃のように加減するのは非常に難しい。その為、攻撃による相手の体力消耗はミユリの打撃武器に任せ、ディスターはリアを主にミユリの隙を狙われぬよう防御とカバーに徹する。

 アギトは接近しながら試しに一発だけミユリの太股に魔力弾を放ち、その弾が皮膚から僅か数ミリのところで太股の輪郭に沿って回避され床を貫く。アギトの表情が僅かににやけ、自身の右太股に装備しているマガジンホルスターから素早くリロードしながら身体を屈めた姿勢で俊足に詰め寄る。ミユリが槌型キーウェポンを振り上げる形でアギトの懐へ目掛ける。しかしそれを安易に跳躍で回避され、ミユリの背後へと降り立たれる。アギトが地に足を付けると同時に、ディスターが峰打ちで横からミユリに当たらぬようアギトへ攻撃を振るう。だがそれも、振り向かれぬままサイドステップで軽々と回避される。



 リアが水属性の攻撃型術式魔法ミューカスドルを発動し、アギトに向けて杖から鉛色の粘液を発射する。この術式魔法は、相手に付着させることで自身の体感体重を増やし動きを鈍らせるといったもので攻撃型とは違う用途が目立つが、鉛のような重みのある粘液を勢いよく放射するため被弾させると打撃ダメージを与えられる為攻撃用と分類されている。そn粘液が僅かに肩に付着するも、それによる動きの変化は全く無い。こうしてたった一人を相手に一撃も与えられないまま余裕を見せられながらの攻防が続く。

「(はぁ……はぁ……最初の一発以来一度も撃とうとしないからミューカスドルだけ発動させてるけど、全然当たらないよ……)」

「(この人数を相手に視界へ入れずとも悠々と避ける余裕が気に入らんな……、本来のアギトなら逆にヒィヒィと言っているものを……)」

「(強い……明らかにいつものアギトと身振りが全然違う……これじゃ手加減どころか動きを止めることすら出来るかどうか――えっ!?)」

 ミユリはアギトとの交戦の際に部屋の中を見渡していたが、少女の姿を確認できなかった。この強烈な死臭が充満している空間で、音もたてず戦闘が行われている場で座り込んでいるのも妙だが、姿自体を確認できないのはそれ以上にミユリの不安を煽る事となった。部屋の状態、アギトの様子、敵対集団の筆頭であるミスティアスが横になっている状態、これらの異常さの連鎖から少女の姿を確認するまでの意識が大分先送りになってしまっていた。

 やがてミユリは、ミスティアスとアギトに向けて質問を投げ掛ける。

「ここに、連れてこられた子はどこ!?」



「ん? あぁアイツならどっか死体の下敷きにでもなってんじゃない?」

「し、下敷き!?」

「(気配は全く感じないが、ここにいるのは間違いないようだな)」

「(無事かどうか確かめる為にも、早くアギトの動きを封じないと)」

「(だが俺たちの攻撃の殆どが当たらない奴の動きを、どうやって封じるというのだ……)」

「あらあら、もう休憩なの? 意外と体力無いのね、学院の子達って」

「そういうアンタは、いつまでそうやって寝そべってるつもり? こっちが手を出してないからって余裕かましてんじゃないわよ!」

「そうよ! この部屋中の遺体も、みんなアンタがやったんでしょ!?」

「おい待て! まだそう断定できる状況じゃ――」

 床で仰向けになったままのミスティアスは、顔だけミユリ達の方へ向けて場違いな明るい笑い声を出す。

「あっはっはっは、これ皆私がやったって? 冗談やめてよ、腹がよじれるじゃない! 私がずっと横になってるのも、この死体の山も、み~んなアギト君がやった事なのよ?」

「嘘よ!! いくら敵として酷いことされたとはいっても、アギト君がこんなことするはず無い!!」

「だから私がやったって? バカ言わないでよ、私ついさっきまでずっとアギト君に色んな事されて吸い付くされて、今指一本動かせない状態なのよ」

「色んなことって……急に何言い出して――」



「あら気に障っちゃった? まぁわざとなんだけど、本当のことなのよ? 血が出るほど強烈に攻められて……でもそれがまた快感でたまらないのよね~」

「やめてやめてやめて! やめてぇえええ!!」

 リアは必死に両耳を塞いで頭を左右に揺さぶる。その様子に満足したミスティアスは、徐々に息を切らしながら誤魔化していた失神間際の感覚がより迫り来るのを察して話を急いだ。

「はいはい脱線しちゃったわね、悪かったわ。それに役立たずでイラついてたとはいえ部下を殺すわけないでしょ? あ、何なら証拠見なさいよ、あなたのすぐ近くのほら……そこの死体がちょうど顎の下から頭上に向けて撃ち抜かれた銃痕があったはずよ?」

 アギトはやれやれといった様子で戦いに物足りなさを感じ、本気を引き出させるまでずっと退屈そうに場を泳がしている。その仕掛けてこない様子を察し、リアはゆっくりと嫌々ながら近くの遺体へ首を回す。すると、近づいて確かめるまでもなくハッキリとした言われた通りの銃痕が付けられているのを視認した。そしてリアは杖型のキーウェポンを握る手が緩み、力んでいた全身が途端に力を失い床に崩れ落ちる。

「嘘……アギト君がこんな事づるはず……いや……いやぁあああああ!!」

「落ち着け、リア!! 今のアイツは俺達の知っているアギトじゃない! きっと奴の洗脳か何かだ、アギトが本気で殺戮などするわけがないだろう? しっかりするんだ!!」

「(ここにきて、二人に医務室での事を誤魔化してたのが仇となるなんて……私のせいだわ! 私が何とかしなくちゃ……)」



 ミユリは槌型のキーウェポンを強く握りしめ、アギトの元へ一人猛進する。

「ミユリ! 一人で勝手に突っ込むな!! ったくどいつもこいつも油断できない相手に陣形を乱しやがって……くそぉっ!」

 ディスターは片刃剣型のキーウェポンの柄頭を左胸に当て、大きく深呼吸をする。その瞬間、彼を中心に周囲を凍てつかせる殺気が立ち込めた。口から気温を無視した白い息を吐き、前方へ跳躍し一瞬にしてミユリとアギトの間に割り入った。そしてミユリを左手で後ろへ突き飛ばし、峰の部分でアギトへ攻撃を仕掛ける。アギトはアルゼントのダストカバーとトリガーガードの間の角で軽々と受け止める。

「ディ、ディスター!」

「馬鹿か、そんな重い武器持って銃使い相手に一人で立ち回れる訳無いだろう! 普段のお前はこんな無謀な真似はしない、冷静になれ!」

 ディスターは冷静な話し方と異なる、まるで別人のような鬼のような表情を浮かべている。これは彼自身の固有能力で、先程のように柄頭を心臓目掛けて押し当てることにより急激に自身を高ぶらせ、まるで鬼が憑依したように普段とは別格な力を振るう憑鬼”。迅速な剣撃で一人アギトと交戦し他の二人への注意を必死に剃らす。

「いいかミユリ、俺が憑鬼でアギトの相手をしている間にあの子を見つけ出し、リアと一緒にこの町から離脱しろ!」

「置いていけるわけないでしょ!! ディスターはその後どうするのよ! 憑鬼が使えなくなったら対抗できずにきっと殺されちゃうのよ!?」



「だから、憑鬼が切れる前にさっさと行け!! 落胆したり騒いだり、勝手に突っ込む奴らを庇いながらじゃ戦い辛くて本気出せねぇんだよ! 憑鬼が切れる前に決着を着けて連れて帰る、だから早く行け!!」

「くっ……」

 ミユリは遺体を掻き分けて少女を探す。リアはディスターの殺気で一瞬硬直していたが、ディスターの言葉で正気を取り戻し、ミユリが捜索している間にディスターへ強靭力と筋力を上昇させる術式魔法をかけて補助に専念し始める。アギトは補助を潰しに行ける余裕があるものの、より強い状態を相手にする為に敢えて無視していた。

 暫く入り口側の遺体の山を掘り返すと、小さくすすり泣く少女の声が聞こえた。

「……さい……ごべ……んなさい……ひっぐ……」

「はぁ……良かった生きて――1?」

 少女は遺体の山に埋もれる中で、一人の遺体の顔を胸にうずめていた。白い肌を乾いた血が覆い尽くし、その表面を淡い滴が撫で下ろす。ミユリは困惑する。なぜ罵られ強いたげられていた少女の胸に、その犯行人のうち一人であった遺体の顔がキツく抱かれているのか。しかし、彼女には困惑や迷っている時間など与えられていない。急いで少女の二の腕を掴んで遺体の山から出そうとするも、少女は強く拒む。

「あとでちゃんと話聞くから、お願いだから私と一緒にここを出て!」

「い、いやぁああ! 離して!! 私のことは放っておいて!!」

「お願い……お願いだから一緒に来て……このままじゃあなた殺されちゃうのよ!?(どうして……どうして、さっきまで脱出のために手を貸してくれたのに……脱出したくてこの子は依頼を出してきたんじゃないの? でも、今は依頼主であろうとなかろう関係無い! この子と皆の命の為に、無理にでも連れていかないと……!)」

 少女の二の腕を更に少しだけ強く握る。アギトから借りて着ている制服にも顔と同様、ほぼ全域に血痕がこべりついていて粘り気のせいで若干滑る。金属音が激しく俊敏にぶつかり合い、ディスターの威嚇のような声が響いて強烈な緊迫感がミユリを襲う。その中で、より強く少女へ意識を向けた途端、視界が白に染まっていった。

―――

――


『いや~っはっはっは! あの森から急に誰も知らないお嬢ちゃんが出ててくるもんだからさぁ~、ビックリしすぎてそのまま天国いっちまう所だったよ』

『お前さんはワシがくれてやった作物をよく料理に使わず腐らせとるからのぉ、むしろ地獄いきじゃわい!』

『っはっはっは、勘弁してくれよじいさん。この町のお客さん、相変わらず野菜嫌いが多くてねぇ~。なかなか注文が入らなくて捌ききれないんだよ』

『アンタの野菜が皆不味くて食べられないんだとよ』

『なんじゃと!?』

 バーテン服でカウンターの奥に立つ中年男と、少女と一緒に座る両隣の農業の服を着た老夫婦が小さな料理店の中で談笑している。

「何……これ……?」

 ミユリの視界に見知らぬ光景が薄く映し出される。しかし少女を除く3人の顔は、塗りつぶされたかのようにぼやけていて確認できない。

『お前さんが旨い料理を作らんからじゃろうが!』

『思いっきり旨そうにガッついてんじゃねぇか』

『ほらほら喉詰まらせるわよ、あとこの子が真似するからやめんさい』

『わ、分ぁかっとるわい!!』

 少女は一言も喋ることなく、無表情で目の前に置かれた料理をじっと見つめている。



『おや、野菜は嫌いかい?』

 少女は顔を挙げず無表情のまま。

『オジサン、町一番の料理人でさぁ、こう見えて子ども向けの料理は大得意なんだぜ!』

『嘘つけ、毎回辛いだの苦いだの泣き喚かれとるじゃろうが』

『うっせぇな! 旨い飯食ってりゃ知らぬ間に大人の階段上れるって配慮だったんだよ!!』

『大得意はどこいったんじゃ?』

 少女は周りの騒動に目も暮れず、独りでにフォークを不器用に握ってゆっくりと料理を口に運んだ。その様子に、いがみ合っていた二人と老婆が一斉に目をやり硬直した。

「んっ……」

 僅かに顔を歪ませるが、やがて無表情に戻り料理を黙々と口に運び続けた。

『よ……よっしゃぁあああ!! じいさん見たか! 旨いってよ!』

『言っとらんじゃろうが、それに少し顔が歪んでおったぞ?』

『細けぇこたぁ良いんだよ。ほら見てみろ、じいさんよりスゴい勢いで飯が減ってるぞ?』

『なっ……、まだまだ若造には負けんぞ!』

『なぁに対抗してんだよ、みっともないよアンタ』

 双方が勢いよく掻き込み、やがて始まりの遅かった少女が勝利を納める。老婆は悔しそうに天井を見上げる老爺をからかい、中年のバーテン男は満足そうにカウンター越しに少女に近寄る。少女は物足りなさ気に皿の真ん中をフォークで小さくつつく。



『こりゃ! お嬢ちゃん、勝者だからと鷹をくくって行儀を悪くしてはいかんぞ!』

『くくってないでしょ、知らないだけよ』

『お嬢ちゃん、もっと食いたいか?』

 少女は小さく頷く。

『よし、じいさん! 財布ん中、今から覚悟しておけよ?』

『子ども料金にしとくんじゃろうな……?』

『今からお嬢ちゃんテイストに色々工夫するから、その勉強代割引は弾んどくぜ?』

『大得意はどこいったんじゃぁあああ!!』

 その後、中年の男の元に引き取られた少女は店の手伝いや町中で過ごしたりと、二人の幸せそうな時間の流れる光景が次々とミユリの脳裏に焼き付けられていく。やがて、高速かつ鮮明に焼き付けられた日常が途切れ、少女が身体から黒い霧が溢れ出して町の人々の様子が変貌する光景へと移り変わった。そして、視界に画面上の砂嵐のような乱れが生じた後、先程まで鳴り響いていた戦乱の音が響く二枚扉の部屋が映し出された。そこにアギトとミスティアス、そして少女を脇に抱えた男を先頭に男達が入り口に群がってきた。

『おい!! 今すぐお頭から離れろ!!』

『あぁ? ったく人が飯食ってる時にぞろぞろと……』

『あら、アンタ達まで持ち場を離れて……何やってんのよ』

 先頭の男の一喝で、アギトは面倒くさそうにミユリ達の時と同じように起き上がる。



『ったく、貴様の連れは人の飯を邪魔する決まりでもあんのか?』

『さぁね、教えた覚えは無いわ』

『飯……飯って……人のお頭を食い物みたいに言うクセして、人間ぶってんじゃねぞ化け物がァ!!』

『はっ、なら小娘を担いで敵の前に現れる貴様はどうなんだ?――貴様も俺と同じ、人ならぬ化け物なんじゃないのか?』

『黙れ!! お前が一度、助け出すようにしてここから連れ出そうとした小娘だろうが! お前の仲間はこいつを依頼主とかなんとか言っていたな、目の前で殺されたらお前は困るんじゃないのか?』

 少女を抱える腕の力が強まる。

『うっ……ぐっ……』

『また連れてきたの? どいつも命令無視して使えないわねぇ』

『お頭! 貴女状況を分かっておられるのですか!? 緊急事態なのですよ!!』

『来たって殺されるだけじゃない……わざわざ死にに来るんじゃないわよ……』

『依頼主? 知らねぇな、俺は別にそいつから依頼なんてされてねぇし関係無ぇ』

『はぁ!? お前……あの地下牢の仲間と言ってる事違ぇじゃねぇか!!』

『知らねぇよ、まぁ何だ……そのつまらん戦法で来る姿勢が気に食わねぇのと、飯の邪魔をしたことへの罰を、しっかりその身で味いな』

『お前の食っていい飯は……』



 少女を入り口側の壁に投げ捨て、手に持つピッチフォークを握りしめる。アギトは余裕の表情で、アルゼントを軽く手の内で回し溜め息をつく。

『地獄行きの、肉バイキングだァ!!』

『『『うぉああああああっ!!!』』』

 先頭に立つ男に続いて後続が雄叫びを上げ、全員アギトの元へと猛進し武器を振るう。

「あの人……もしかして……」

 四方八方から飛び込む男たちの攻撃は、一撃もアギトに当たることなくアギトの手足に促され、男たちの間で突き刺さってゆく。襲い来る拳や脚も呆気なく素手で捻切られ、次々と部屋のあちこちの壁へと投げ捨てられていった。たまに使うまでもないタイミングで銃撃を喰らわせたり、農具を奪って突き立てる等、猟奇的に殺戮を楽しんでいた。ミユリは既に絶句しているものの、一秒たりとも目を剃らすことはできなかった。

 そして、アギトは少女に向けて引き金を引いた。

「うそ……嘘でしょ……!? あの子にまで……どうして、やめて!! アギト!!」

 発砲音が鳴ると同時に、ミユリは思わず目を塞いだ。次に目を開けた時には、アギトの近くにいた一人の男が消えていた。男は少女の前でしゃがみこんでいた。背中には銃痕がつけられており、男が大量の血を口から吐き出し、少女の顔に降りかかった。

『お、……オジサン……?』

『チッ……何でお前なんかを……庇っちまったんだろうなぁ……』



『なにやってんだよオッサン、連れてきた人質を庇ってどうすんだよ』

『黙れ……』

『俺の撃った弾はさぁ、魔力を吸収するだけで人に危害は加えない特殊な弾なんだよ』

『何……?』

「(あの弾の事を知っている……?)」

『そいつが見た目通りの人間なら、撃っても魔力を急激に吸われたショックで気を失うだけだ。見た目通り人間だったならな』

『……人間で、なかったら……殺すつもりだったのか?』

『おいおい、急に何言い出してんだよ。驚いてんのはこっちだっての! 俺はそいつが人間のつもりで、飯の邪魔されねえように大人しく寝ててもらおうとしただけだ。仮に人間じゃなかったなら、まぁどうなるかは貴様が今一番よく理解している筈だろうな』

『この……殺戮魔が……』

『っはっはっは! いたいけな女の子を盾に、俺を殺そうと怒鳴り混んできた奴が言うなよ。ほらほら盾になる死体をくれてやるよ、存分にそいつを守ってやんな!』

 男は壁にもたれて恐怖に震える少女の上で、壁に両手をついて次々と投げ込まれる遺体から少女を庇う。

『オジサン……どうして……』

『分かんねぇ……分かんねぇよ……、どうして今になって……』



 遺体が積まれて山になる重みで男は倒れ、少女に重みがいかないよう必死に抱き寄せ体を丸める。

『何で……思い出しちまうんだよ……!!』

『え……オジサン……』

『お前を投げる直前から、うっすらと思い出してきちまったんだよ……クソッ!! こんなところで、お前を一人にしちまうなんて……。どうやらじいさんの言った通り、オジサンは地獄行きのようだ』

『オジサン……嫌だよ……、私のせいでおかしくしちゃったのに……私のせいなのに……置いていかないでよ!! 私も、連れていって……』

『バカ言うな、ガキのくせに死に急ぐんじゃねぇよ。お前はここで助けが来るまでじっとしてろ、きっとさっきの子らがお前を助けに来てくれる。飯の邪魔されたくねぇとか言ってたから、ここでじっとしてりゃあの殺戮者もお前を殺さねぇよ』

『でも、嫌だよ……せっかくまた“オジサン”に会えたのに……一人にしないでよ……。ごめんなさい……ごめんなさい……お願いだから、置いていかないで!』

『しゃあねぇなぁ、んじゃこいつをお前にくれてやる』

 男は首から提げた金色の錆び付いた懐中時計を、片手で苦戦しながらも外して少女の手に握らせた。

『これ、オジサンの大事な……』

『いいか? そいつは今から俺になるんだ。俺が喋らなくなった瞬間、そいつに俺がとり憑ついてずっとお前を側で見守ってるよ』

『嫌だよ……それじゃオジサンの料理が食べられないよ……』

『相変わらず、賢いくせにワガママな奴……だな……』

『オジサン……? オジサン! オジサン!!』

―――

――



「お姉……さん?」

 突然の異なる少女の声により、ミユリの意識は長い記憶の巡りから緊迫した現実へと引き戻される。目の前には、先程見た記憶と逆で男と同じ遺体を少女が胸に抱き寄せていて、ミユリの手が少女の二の腕を掴んでいる状態だった。意識が飛ぶ前の状態とほぼ変わっていない。変わっているのは、少女の顔の額や目の上といった、不自然な箇所に少女の頬を伝う滴と同じ淡い液体が付着していた。血に濁っておらず、触れてから数分と経っていない事から時間の経過が殆ど無いことを表していた。

「お姉……さん……?」

「え?」

 少女の顔に、淡い液体が落下した。気がつくとミユリは多くの涙を浮かべていた。

「お姉さん……私……」

「お願い……、その時計持って私たちとここから出て」

「い、嫌です……私オジ――」

「オジサンの死を無駄にしないで!!」

「え……? どうして――」

「お願いだから、私が絶対あなたを守ってみせるから……ずっと傍にいてあげるから……お願いだから一緒に、来て……」

 泣き崩れるミユリの顔を見上げ、少女は黙って立ち上がりミユリの首に両腕を回す。



「ごめんなさい……」

「時計、しっかり握ってなさいよ」

 少女を抱き抱え、遺体の山から離入り口側へと降り立つ。

「リア、行くわよ!!」

「……お兄ちゃん、アギト君……絶対に、戻ってきて……」

 ミユリとリアは部屋を飛び出し、最早誰もいない館の中で阻むものが無く早々に立ち去る。

「はぁ……はぁ……行ったか……。にしてもアギト、お前俺の憑鬼に全く遅れを取らないなんてな……同一体とは思えない身のこなしじゃないか」

「強きのようさが、追っているのは貴様の方だぞ? まぁその力で、いつまでしがみついていられるだろうなぁ」

 アギトの蹴りがディスターの鳩尾へと食い込み、数寸飛ばされたところで膝をつく。

「うっ……かはっ……!」

 口と傷口の両方から血液が垂れる。

「(くそっ……傷のせいでいつもより憑鬼の制限時間までが早く感じる……このままじゃリアの言った通りになっちまうな)」

「貴様の前にここで何十人と相手をしてきたが、今の貴様が一番マシな歯応えだ。簡単に死んでくれるなよ?」

「フッ……生憎と約束を破らない主義でな、守り抜くのが一族の家訓なんだ。アギトもよく知っている筈だ!!」

 再びキーウェポンを構え、ディスターが距離を積めようと床を蹴る。すると、ディスターとアギトの間を黒い大きな布が遮り、その直後にアギトの絶叫が鳴り響いた。

「がはぁ……っぁあああああ!!」

「アギト!!」



つづく

今回はいつもより酷な場面が多かったかと思います;

ノイテックフィン・タウンでのお話は、もう少しだけ続きます


ではまた次回!(来月の中旬までに投稿できたら良いな~……、内容によっては月2厳しいかも……)

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