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第五話:【放養】

前回ラストのあらすじ


薬宰先生から貰った〝優しいコーヒー〟をリリス先生にぶっかけてしまったアギト。

ミユリがリリス先生をシャワールームに連れていき、その後部屋の掃除を済ませてミユリの偽物について二人は話し始める。

 休校2日目の夜、水を被ってしまったリリスをシャワールームへと、着替えを持って案内した。その後、二人はアギトの自室にてベッドに座り、昼前に起きた河原の怪奇について話し合う。

「何で私の偽物が……しかもあの姿で出てきたの?」

「多分、あの時一瞬見た光景がここ最近で1番強く印象に残っていたからだと思う」

「そっか……でも私、あんな事思ってないから!」

「あんなことって」

「アイツと戦ってた時にも言ったけど、私はアンタを恨んだり憎んだりなんかしてない! もし仮にそう思っていたなら、こうして普通に話せないでしょ?」

「あ、あぁ……」

 ミユリはベッドから軽く跳ねるように勢い付けて直立し、アギトの方を向いた。

「だから、いつまでもウジウジしてないで、早くいつもの調子に戻りなさい」

「……そうだな、悪い」

「はぁ……、んじゃ私はリリス先生の様子を見に行ったあと寝るから、おやすみ~」

「あぁ、また明日」



 ミユリは静かに部屋から退室し、1階のシャワールームへと降りていった。

 アギトは座ったまま床に視線を落とし、握っていた両手に力が入る。

「ボクは今、生きているのか……?」

 唐突の予期せぬ不安に、思わず身震いする。それを振り払うかのように掛布団を被り、浅い眠りについた。

 ――いつの日かに見た、真っ白の空間に一人浮かぶ夢。そこにはやはり、自分以外何も存在しない。動けない身体、発せない声に不思議と苛立ちを覚えることはない。

 必要が無いから、しなくても困らないからと徐々に感情が薄れてゆく。

 やがて真っ白な空間が、視界の端から暗雲のような黒い霧に覆われてゆき、薄暗い黒一色に染まった。

 奥から、長い髪の女性の形をした真っ黒な何かが下半身を伸ばして間近に迫ってきた。身動きが取れない自分に力強く抱擁を交わしてくる。その力が徐々に強まってゆき、肋骨や二の腕が圧迫されて内側へ曲がるのを感じる。その危機感からか、僅かに声を発せられた。

「あ……ぁあっあ……」



 それは自分の意思というより、身体が危険を訴える為の生体的本能と言える。だが、その本能的な声明も虚しく抱擁は強まる一方。

 そしてその声は掻き消された。上半身から発せられた骨が砕ける音によって。

「あっ……ぁああああああ!!」

 悲鳴が現実の身体からも発せられ、それを聞聞いて1階から早急にミユリとリリスが駆けつけた。

「アギト君!」

「アギト!大丈夫――え!?」

 現実での彼は、身体が上に仰け反っていて両足と両肘、頭部以外が浮いている状態で白目を向いていた。口から唾液が漏れていて、一目で異常だと分かる状態だった。

 リリスがすぐさま駆け寄り、彼の額に右手を乗せて光を放射した。

「大丈夫ですよ、私がついていますから、ゆっくりとこちらへ戻ってきてください」

 ゆっくりと彼に語りかけ、次に心臓の位置に左手を乗せて手首から指先までを上げて赤子をあやすようにして軽く叩いてゆく。そして、森の奥から聞こえてくるような安らぎの唄を、優しく透き通った美しい声が奏でる。



 ミユリはアギトの手を両手で握って、静かに見守る。ミユリの張り詰めた感情も美しい歌声によって和らいでゆく。

 するとアギトの身体は、ゆっくりと通常の仰向けになり、両目に生気が戻って目が覚めた。

「アギト!」

「うふふ、おはようございますアギト君」

「あ……あっあっあ……」

「あらあら、声が出せないのね。じゃあ……よいしょ」

 リリスはアギトの上半身を起こして、自分の豊胸へとアギトの顔をうずめた。

「んぐっ」

「ちょ、何してるんですか先生!?」

「あら? こうして子どもを安心させるのがママの役目なのでしょ?」

「えっとその……子どもというか幼児にすることですよ!!」

「あらあら、まぁ良いじゃないですか。ほら、彼も安心して寝息を立てていますよ」

「ほんと……?――って寝息を立てちゃダメでしょうがぁああ!!」

 左手でリリスからアギトを引き剥がし、右手でアギトの頬を平手打ちして叩き起した。



「私は先に降りて朝食の仕上げを済ませますから、二人も後からちゃんと降りてきてくださいね」

 そう言ってリリスは早々と先に部屋を出て階段を降りていった。

 異様な光景で一時の騒々しさに見舞われた早朝。リリスが振舞った同居初日の朝食は、昨晩の料理からは想像がつかない東風な品だった。橙色の花食鳥かしょくどりの卵焼き、万療草まんりょうそう活赤魚かっせきぎょ雷槍芋らいそういもの具沢山汁。

 若干ふらついた様子のアギトを背に、ミユリはリビングの扉を開ける。奥のキッチンから、ピンク色のエプロンを着た一人の金髪令嬢が二人に軽く手を振った。その理想の集合体のような光景と、テーブルに置かれた昨晩の夕食からの変わりようで二人は二重に驚いた。

「せ、先生……」

「ん? どうかしました?」

「あの、昨日の夕飯まだ鍋に残ってましたよね?」

 ミユリが先に声をかける。アギトはまだ悪夢で体感した感覚に意識が集中しがちで、自分から喋ろうとはしない様子。

「あぁ、あれは今日の私のお昼にしますよ。あぁいった特製料理は、昨日みたいに極端に栄養が取れていなかったり、何かに根詰めている時にお出ししますから」

「あ、ありがとうございます」


(そりゃ、一気に全身の力が満たされるほど凄く美味しかったけど、あぁいう見た目の料理は正直あまり見たくないわ。出されないよう自己管理をしっかりしないと……)



 ミユリは朝食を取りながら、リリスのエプロン姿を時折眺める。


(やっぱそれ、知端さんより先生の方が似合うなぁ……こういうのを眼福っていうのかしら? 何だろう、このちょっと悔しい気持ち)


「先生、そのエプロンすごく似合ってますよ」

「ふふっ、そうかしら。今は少しお借りてますけど、近々自分のを買って返した方が良いですね」

「あぁでもそれ、知端さんのですから好きに使っちゃって良いですよ。オジサンの使ってたエプロンが嫌でしたら私が買ってきます」

「え、このピンク色のエプロンってミユリさんのじゃ……」

「それ一応は男用なので、私が使うとブカブカなんですよ」

「……学院長がピンク……。――かわいい」

「まぁそう聞いたら嫌ですよね。今日、授業終わったら新しいの買ってきま――え?」

「あ、えっとこれ、私がこれからも使っていてよろしいでしょうか?」

「え!? あ、はい……お気に召したのでしたら、どうぞ使ってください」

「ありがとうございます! サイズもなんだか丁度いいですし、大事に使っていきますね!」

「あ、はは……」


(サイズが合うのは、そのでっかい胸のせいでしょうが! まぁでも嫌味じゃなさそうだし、何より結構嬉しそうだし……まぁいっか)


 朝の支度を済ませ、アギト達が玄関から出発するのをリリスがエプロン姿のまま見送る。

「行ってきます」

「ではまた学院で」

「は~い、また学院でね」

 扉が閉まるのを確認し、リリスはエプロンをキッチンの壁掛けに引っかける。

「さて、私も用を済ませて転移しますか」



 スェンヴィオセス・シティ、この街はカーディナル養成機関学院を中心に10区域に区分けされており、外周を12角形の城壁に囲まれた国一番の安全都市で有名な街である。生産区域の農業区、水産業区、そして工業区が2つ、それぞれが中央から均等に外側へ放射するようにして区分けされている。

 その4つの生産区域の間に居住区があり、その中に転々と商業区が建ち並んだ構成となっている。

 アギト達は、居住区の中央辺りにある自宅から商業区を通過し、学院へと真っ直ぐ通っている。

 二人は自宅から商業区に立ち入るまで、一切言葉を交わさなかった。それは、玄関を出てから俯いてただ歩みを進めているだけの薄気味悪い様子でいるアギトが原因だ。不満げながらも考え事を邪魔しまいと暫く様子見していたミユリは、商業区に入ったところで痺れを切らしてアギトに声をかける。

「あの……さ、今朝引っぱたいたのは謝るから、いつもみたいに面白いゲームの話とかしてよ」

「……」

「えっと……ほら、最近色々あったから全然やれてなかったけどゴーストイーター! 今調べたけど一昨日、新しい荒霊こうれいが配信されたみたい。今日帰ったら一緒にやろ! ほらこれ!」

 ミユリは少し屈んでアギトの視線に顔を合わせて自身のOHSの画面を見せた。すると、意識から戻った視界に大きく映ったミユリを見てアギトは驚き怯んだ。



「へぇぁ!?……え、あ……ごめん! ぼうっとしてて……何だっけ?」

「もう、しっかりしてよ……そんな調子で授業出てもサボってるのと変わんないよ?」

「あぁ、悪い……」

「昨日までのことを、情報が何も無い今考えても仕方ないよ。少しでも体調悪いと思ったら、薬宰先生に連絡して診てもらおう? 今はそれしか無いよ」

「そう、だな……」

「ほら、さっさと行く――あれ?」

「ん、どうした?」

「あれ……」

 ミユリがアギトの背後に指を差す。その奥から人影が2人、アギト達の向かう方角へと走ってくる。

 夕日色に輝くポニーテールをなびかせ、街中を優雅に疾走する学院の制服を着た美少女。その姿は周囲の人々を魅了させ注目の的となり、疾走する美少女の発している一言によって、その注意がより一層強くなる。

「ア~~ギトく~ん!!」

「がはっ!?」

 遠くから聞こえてきたと思う間もなく、その美少女は振り向いたアギトの胸に飛び込んだ。



「やっと会えた~! もう離さないんだからぁ!」

「あ、ちょっとリア! アギトは今――」

「進級初日から遠征任務に行かされてさぁ……、本当なら新学期最初にこうして強く抱きしめてあげたかったんだよ~?」

 美少女に抱擁されたアギトは、言葉を発さず全身硬直している。それは美少女が引き寄せた周囲の注目を浴びる恥ずかしさでも、抱かれている事に照れているわけでもない。やがてアギトは小さく身を震わせ、顔の血気が下がって真っ青と化す。

 そして美少女が疾走してきた方角から、水浅葱みずあさぎ色の髪をした同じく学院の制服を身に纏う青年ディスターが駆け寄った。

「いきなり走るなって……全く、周り皆見てるだ――」

「離れて! リア!!」

「な、何だ!?」

 ミユリが二人を引き離そうと、リアと呼ぶ少女とアギトの肩を掴んで力を込めるが、少女とはいえ学院生のガッチリと後ろに手を回して力を込めている状態を引き剥がすのは容易ではない。

「ちょ、何よ……邪魔しないで!」

「バカ! 今そんなキツく抱き締めたら――」

「は、あっ……ぁあぁあああああ!!」

 アギトはリアの制服の肩部を力強く掴み、怪力のミユリですら剥がせないリアの固い抱擁を強引に引き剥がした。

「いっだ! ……えっ?」

 引き剥がしたと同時に、アギトは両目が血走って恐怖に溺れた形相でリアの額に銃口を向ける。そして周囲に1発の銃声が鳴り響き、リアの意識が止まった。







 周囲を歩く学院生や一般人の時が止まる。誰もが憧れる〝美少女の抱擁〟に対し、抱かれた青年が取った周囲の誰もが予想打にしなかった行為。撃った本人は自身の異常行為、あるいは周囲の視線によるものからか、全く動こうとしない。

 しかしその中で、たった一人その場で荒い呼吸を立て、怒りに身を震わせている者がいた。リアを追いかけてきたディスターだ。

 ディスターは、銃声を放ったアギトの左腕を強く掴み、右斜め下方向へと射線を傾けていた。

「お前……、何やってんだよ!!」

 左から剛拳を打ち出し、アギトの顔の右側へと命中する。無抵抗なアギトは車道側にあるフェンスへと殴り飛ばされた。

 だがアギトに痛がる様子は無く、それ以上に左手に握る│白銀の拳銃アルゼント│に目線を向けて何かに動揺している。

「アギト……!」

 ミユリはアギトに駆け寄り、口内から垂れるアギトの血を拭う。

「お前今、リアに何をしたか分かっているのか?」

「お兄ちゃん、もうやめて!」

 フェンスに背を預けるアギトの方へゆっくり歩を進めようとする青年の腕を、先ほどまで地にへたり込んでいたリアが両手で掴んで必死に静止を訴える。

「馬鹿を言うな! リア、お前こいつに殺されかけたんだぞ? 俺が止めに入らなかったら今頃……っ!!」



 腕に掴まれている両手を振り払おうとせず、そのままリアの靴底を引きずってアギトの方へ前進する。

「お願い……、きっと何かの間違いだから! アギト君が本心であんな事するはず無いから! お願いだからこれ以上ダーリンを殴らないで……」

「良いから少し黙ってろ! 妹を殺そうとした奴を、顔面1発で許してたまるかよ!!」

 再び繰り出された拳は、アギトの顔に行き届かない位置で静止する。ミユリの手の中で。

「……お前まで邪魔をするのか……?」

「本当にごめんなさい、今朝……いや最近色々あって彼は混乱しているの……。後でちゃんと話すから、今はさっきの1回だけで堪えて……お願い……」

 4人の様子を見る周囲の一般人達は、不安ながら散り散りと解散していく。その中で、新たに通りかかる一般校の生徒達のヤジが飛び交う。

「なぁに、あれ? カップル同士の喧嘩?」

「へぇ、昼ドラみたいな展開~? 朝から重ったいもん見せ付けてくれるわね」

「ちょっと馬鹿! あっちに聞こえたらどうすんのよ! さっきの銃声聞こえなかったの? あの機関学院の生徒が、飛び付いた女の子相手に撃ったのよ」

「え!? それって結構ヤバくない!?」

「だからヤバイんだって、早く行くわよ! こっちに撃たれたら洒落になんないし!」

 一般校の生徒と共に、足を止めていた一般人達は思い出したかのようにそれぞれ歩き出してその場を早々に立ち去る。



「ミユリ……お前さっきの一撃は、やはりわざと……っいってててて!?」

 青年の拳を握るミユリの手に、思わず力が入る。ディスターの反応に気付いたミユリは慌てて離す。

「あ、ご、ごめん!!」

「いっつつ……全く相変わらずの怪力だな。握り潰すつもりか?」

「ごめん……」

「まぁ俺のことはいい。さっきアギトがリアにしたこと、今日の昼休憩にでもきっちり話してもらうからな」

「えぇ、また後で――ん?」

 ミユリの制服のポケットから、OHSの着信音が鳴り出す。画面に“薬宰先生”と表示されているのを見て、思わず焦りが顔に出る。

「誰からだ?」

「や、薬宰先生……」

「それって……」

「通報されたな」

 震える指先で画面の真ん中に触れた後、耳元にかざす。

「……はい、こちら2年クラスΩのミユ――」

『あ~もしもし、俺だよ俺。忘れたのか、おふくろ?』

「誰がお母さんよ!」

「??」

「っぷふ」



『まぁまぁ怒んなって。あぁ、さっき一般女性の方から電話があってな、お前のいる周辺で拳銃のような銃声が聞こえたらしい』

「あ、はい……」

『だが、電話の発信地周辺に魔物の反応が無かった。んで、その周辺で自動拳銃型のキーウェポンを持っている生徒を探知したら1人だけ該当した。後は分かるな?』

「はい……すぐ連れていきます」

『本人に掛けても繋がらなくてな、手間を掛けさせて悪いが、ホームルームの後すぐ指導室へ連れてきてくれ。で、本人は今どうしてる?』

「床にヘタレこんでて、全く動きません」

『……何やってんだ全く、まぁとにかく連れてきてくれ。遅れるなよ?』

「了解しました、失礼します――はぁ……ほら立って、行くよ!」

 通話を切ってポケットに仕舞い、急いでアギトを立たせた。

「何て言ってたの?」

「魔物がいない場所で拳銃の音がしたって通報、2人の事は何も言ってなかったから安心していいよ。じゃ先に話さなきゃ行けない人の所に行くから、また昼休みにね。――ほら、しっかり歩いて、間に合わなくなるよ?」

 アギトの背に手を添えて、意識を現実に呼び戻そうと本人にだけ聞こえる声の大きさで何かを喋っていた。



「あいつ、急にどうしたんだ……まるで別人じゃないか」

「さっきミユリが言ってたでしょ、何か事情があるって。今日の昼休みにじっくり聞くしかないよ」

「随分と冷静だな、あの一瞬で躊躇いなく急所に銃口を向けられたっていうのに」

「……だって、アギト君は……アギト君は……」

「あぁ無理するな、悪かったよ。リアは今日休んだ方が良いんじゃないか? 俺が昼休みに話を聞いて、今日の授業分を持ってきてやるからさ」

「いい、大丈夫……ほら早く行こ、遅刻しちゃうよ!」


(だってアギト君はあの時、私を見ていなかったから……)


 

 ホームルームを終え、薬宰が教室から出た後にアギトとミユリも教室を出ていった。これは薬宰が電話の後にメールで送られた指示で、少しでもクラス内で勘づかれないようにする為の配慮である。

「大丈夫だから、私が何とか言いくるめるから安心して」

「……ミユリ、本当にボクはリアを――んぐんぐ!?」

「バカ! 言った側から口走るんじゃないわよ!」

「わ、悪い……」

「もう、早く行くよ!」

 ミユリはアギトの手首を荒々しく掴んで、指導室へと引っ張っていった。

 そして二人は、拷問部屋と学内で噂されている指導室の前に立つ。一見普通の教室の扉に見えるが、そこから異様な重苦しいオーラが放たれていて通過する事すら躊躇う生徒が多い。

「初めて来たけど、噂にそぐわぬオーラを放っているわね……」

「あ、あぁ……」

「時間ないし、早く入るわよ! 失礼します!」

 勢いよく扉を開けると、そこには薬宰が一人椅子に座ってだるそうに背もたれに上半身を預けていた。

「おぉ、来たか。まぁ心配するな、今は見ての通り俺1人だ。手短に例の事態の報告してくれ、その後で処分について説明する」



 薬宰はダラけた姿勢から椅子の中央へと重心を戻し、OHSを片手に二人の着席を待つ。アギトは薬宰の言葉で自らの行為に現実味を実感したのか、その場で硬直して動かない。

「しょ、処分って……確かにアギトは――」

「まぁまぁ落ち着けって。取り敢えず座れ、時間押してんだ」

「は、はい……」

「すみません……」

 指示に従って恐る恐る、薬宰の席と反対側の、机を挟んだ奥の席へと腰を下ろした。

「さぁて、んじゃまずは、通報を受けた居住区と商業区の境目で鳴った、銃声について軽く説明してもらおうか。あぁ今朝自宅であった事については、リリス先生から聞いている」

「はい、では私が説明します。アギトは多分まだ記憶が混雑していると思いますので」

「そうか、頼む」

「はい。えっとまず、アギトが撃った人物についてなのですが……」

「あぁ、クラスαのリアって子だろ?」

「えぇ、1年の頃から私達の大切な友人で……」

「その子を撃ったのか?」

「はい……、久々に会った勢いで飛びついたリアと、リリス先生からお話頂いた悪夢とで何かが合致してしまったんじゃないかと」

「はぁ……何やってんだよ全く」



「すみません……」

「撃つ直前に、そのリアの双子の兄のディスターが間に入って助けてくれました」

「にしたって、もし間に合わなかったらリアは即死だろ? 流石に友人の不意の銃撃は避けれんだろ、俺くらいの強さでもねぇと」

「……」

「じゃ処分についてだが……」

「待ってください! その……アギトをどうか治安局に突き出すとか、退学とかにしないでください! お願いします! 私も一緒に処罰を受けますから……」

「はぁ……だから落ち着けって、何の為に事情を知ってる俺だけがここで話聞いてると思ってんだ」

「……え?」

「まぁ他の奴に任せたら、即牢屋行きだとか成績に大ダメージだとか隔離室で数ヶ月謹慎だとかはあるだろうが……そうしたら今のこいつは余計に壊れて悪化するだけだしな。だから俺が言い渡すのは……」

「……」

「とある集落へ、約1ヵ月の遠征任務に当たれ」

「……え?」

「詳細は学内アプリの〝エントリーポスト〟に送っとくから、後でちゃんと確認しとけよ。んじゃ二人はとっとと教室に戻れ、解散!」


 

「あ、あの……」

「ん? もう授業開始まで時間無いぞ? まぁ担当教師には事情説明してあるから、多少遅れても減点されないが」

「すみません、ボクが問題を起こしてしまったばっかりに……」

「そう思うなら、口じゃなく結果で示せ。あ、そういや昨日のコーヒーちゃんと飲んだか?」

「あ、それは、えっと……」

 口篭るアギトに代わって、ミユリが嘘混じりに口走る。

「この変態は、リリス先生を夜中に自分の部屋へ連れ込んで、先生の顔にぶっかけました」

「ちょ……何言って――」

「……おい、アギト」

「ひぃ!?」

「何で俺がやろうと思ってた悪戯の先越すんだよ!! ちくしょう……次に俺がやったらもう悪戯だってバレんだろうが! 減点にしてやる……!」

「えぇ……!?」

「もう最悪だわ、この先生……」

 その後、二人は午前の座学と実技に勤しみ昼休憩を迎えた。

 リア達とは今朝以来、一度も顔を合わせていない。昼休憩に食堂の屋外スペースの奥にある、〝│静寂なる花園シリエンティウムガーデン│〟に集まるようミユリがメールで連絡していて、リア達は先にそこで待っていた。



「あ、きたきた!」

「遅いぞ、二人とも」

「……あ、わ、悪い」

「はぁ……はぁ……こっちはクラスαと違って、少し距離あるんだから仕方ないでしょ。ここに呼んだの私だけど……」

「ははっ、すまない。ここに来る時、周りからの視線が痛かったからな……少々からかわせてもらった」

「そ、それは……ごめん」

 │静寂の花園シリエンティウムガーデン│とは、学内で最も告白の成功率が高く、カップルの聖地とも呼ばれている本気の告白スポットである。噴水を囲む植物の壁によって二人だけの空間と化し、│人気ひとけ│のない静けさと涼しい気温が告白する側のオーバーヒートを防いでくれると噂されている。

 リアとディスターは噴水の奥にある4人テーブルに並んで座っており、アギト達も反対側に座った。

「まぁ入る前にちゃんと誤解は解いたから、心配するな。ミユリ達は大丈夫だったか?」

「えぇ、まぁ私達は走ってきたし、二人と合流するって分かったんじゃない?」

「そうか、それは良かった……のか?」

「お兄ちゃんとカップルなんて嫌よ! 私にはアギト君がいるんだから!」

「ん? 俺をデートの練習だって連れ回してたのはどこの誰――」

「だぁあああ! ダメダメ! いいから早く本題入ろ? ね?」

「フッ……そうだな」

「ふふっ」

「……」



 4人は揃って昼食をとり始める。そして、ミユリは進級初日から今朝までの出来事を掻い摘んで二人に話し始めた。その中で、医務室で襲われた件については〝何者かによって洗脳を受けたアギトに首を絞められた〟と偽った。ディスターは無表情で、リアは時折反応を見せつつ二人とも話が終わるまで口を挟まなかった。

 アギトはミユリが話している間、リア達からの視線を時々感じつつも下を向いたまま一言も喋らなかった。

「だいたいこんな感じね」

「なるほど。進級初日、俺とリアが遠征任務に出立した日からアギトの周囲に異変が続いた……か」

「その黒い霧って、いつも倒してる魔物から出てくるやつよね? 何でダーリンの身体に……」

「原因は不明だが、つまり魔物の身体の一部がアギトの体内に蓄積された事になるのか。混乱するわけだ……」

「……その……今朝の事……」

「アギト、事情を知らなかったとはいえ、今朝は殴って悪かったな」

「いや、違うんだ。あの時はあぁして止めてくれなきゃ今頃……ごめん」

「あぁ……まぁ今朝の話はもう終わりにしよう。事情は分かった、俺達も助けになろう」

「アギト君を助けるのがフィアンセの役目だもんね!」

「お前婚約してないだろ」

「ありがとう……リア、ディスター」

「何か出来ることは無いか?」

「――あ、そうだ!」



 ミユリは自身のOHSを取り出し、〝学院コミュニティ〟という学内限定のコミュニティツールで4人グループに今朝受信した任務の詳細を送信した。同時に着信のバイブレーションが鳴った2人はOHSを取り出し、アプリのアイコンをタップする。


『4月8日、午前7時52分。魔物の出現以外での自動拳銃型キーウェポンを使用した違反行為により、懲罰として遠征任務の遂行を命じる。


場所:ノイテックフィン・タウン

遂行内容:現地の長から魔物の討伐依頼を受け、完了させる

期間:一ヶ月以内


開始日時:明日の午前9時。学院から転移術式にて現地へ転送


※尚、懲罰対象に不安定な症状が見られる為、3人までの同行を許可する。』


「3人まで同行可能……なるほどな、要するにあの先生は俺達にも参加しろと」

「遠征から戻ってきたばかりで急なお願いをしちゃうけど……いいかな? 明日なんて急だし、もし行けそうにないなら2人で行くから大丈夫。これ懲罰任務だし……」

「何言ってるの、行くに決まってるでしょ!」

「……本当に?」

「さっきの事情を聞いて、黙って見送る訳にはいかないだろ」

「それに薬宰先生ならもう、私達の一ヶ月分の課題を用意してくれてると思うし大丈夫!」

「……ありがとう、二人とも! 明日から一ヶ月の遠征任務、よろしく頼む!」



つづく

アルゼントが途中で喋らなくなった件については次回!


罰として遠征任務に向かわされるアギトと、それに同行してくれる仲間達。一体どんな任務をさせられるのだろうか……


投稿ペースをせめて月2にしたいけれど中々……遅くてごめんなさい

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