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第二話:【炎痕】

月1更新、第二話です


節々に好きなゲーム作品の要素をリスペクトとして書いています。


 朝日が射し込む学院の医務室に生徒が2人。1人は上の服が脱げて包帯が巻かれた状態でベッドに寝ている青年、万従アギト。もう1人は隣の椅子にてベッドに突っ伏している少女ミユリ。

 陽の光が顔に当たり、椅子で寝ているミユが目を覚ました。

「う~ん、朝かぁ……いたた!!」

 ベッドに伏せていた上半身を起した途端、腰に痛みが生じる。

「はぁ……今何時――えっ!?」

 壁時計の針は午前8時45分を示している、一時限目開始の15分前だ。

「え、嘘もう授業始まっちゃう!? でも昨日の戦闘からお風呂入ってないし、シャワールーム使ってる時間無いし、アギトも放って置けないし……どうしたらいいの」

 頭を抱えて俯く少女の前方で、ガラッと強めに扉が開いた。肩掛けカバンを提げた紫髪で白衣の教師が、あくびを漏らしつつ入室する。

「ふぁ~、俺も汗臭いまま授業来られるのは、少々困るな」

「ひゃ!? せ、先生?」

「用件を伝えに来た、どうだ調子は?」

「えっと、私は問題ありません。アギトもっ……今は安静にしてます」

「そうか、とりあえず2人の朝食を持ってきた。ほら」

 薬宰はカバンから白いビニール袋を取り出し、部屋の角にあるバケツを見つつ少女に手渡した。



(あのバケツに入った包帯、昨日作った薬が付いているな……俺の判断無しに勝手に取ったのか? あの寝ている状態で? よく分からんな……)


 ビニール袋の中では複数の小瓶がぶつかってカラカラと音をたてている。

「先生、これ……」

「ん? どうした?」

「栄養剤……ですよね?」

「おっと悪い、それ俺のだ」

 少し慌てて少女の手からビニール袋を取り、カバンの中に仕舞った。


(先生、いつもこんなものを……)

(しまったな……一睡もしてないせいか頭が回らねぇ)


 再びカバンに手を入れ、布で包まれた四角く弁当箱を2つ取り出した。

「悪い、こっちがお前達のだ。学院長からのな」

「知ば……学院長から?」

「忙しくて見舞いに行けないから、せめてこれをってな」

「ありがとうございます」

「それと、今日お前達は療養休暇な?」



 この学院では、生徒と機関員にOHSという携帯端末が支給されている。そこに固定アプリで自分の力量がレベルやゲージ等で表記される『Myステータス(通称:マイステ)』が搭載されている。

 校則には、療養休暇という〝表記された自身のレベルより5以上高いと想定される相手と戦闘し、大きく負傷した場合に教師が生徒の具合を見て休養を取らせる制度〟がある。よって2人は薬宰の判断により休養を言い渡された。

「え、あの……私は大丈夫です」

「そのまま来られる俺は大丈夫じゃないです」

 左手で鼻を押さえながら、片手で顔の前を扇ぐ。

「なっ!? そ、そんな臭くないですよ!……多分」

「冗談だ、安心しろ全く臭わん。まぁこれで時間出来たから、後でシャワールームに入っておけ。それとお前はアギトに付いていてやってくれ、これ今日の範囲だ。分からない部分はまた聞いてくれ」

 薬宰はカバンからファイルを取り出し、ミユリに渡す。

「はい、ありがとうございます」

「それと昨日の化け物については俺が調べておく、あの黒い霧についてもな。んじゃ、授業してくるから今のうちに休んでおけ」

「分かりました」

 少しふらつきながらも医務室を出て、扉を閉めて行った。ミユリはアギトが眠っているベッドの前に立ち、不安な表情を浮かべる。



(昨日のアギトの様子、話しても良いのかな…… エルノって子が授業の時に武器を向けられたし、まだ変に言い出さない方が良いかも)


 思考を巡らせているうちに、アギトが目を覚ました。

「ん、う~ん……? はっ、ミユリ! 無事か!? っとと」

「大丈夫? まだ動いちゃダメよ」

 よろけた身体をそっと支え、後ろへゆっくりと倒す。そしてすぐに半歩後ろへ下がり、少しだけ距離を置いた。アギトは微妙にその行動に疑問を抱いたが、特に気に止めなかった。

「悪い、少し頭がぼうっとして……ここは?」

「学院の医務室よ」

「そっか、あの化け物はどうなった?」

「薬宰先生があっさり倒したわ」

「マジかよ……」

「あの後、変な霧に包まれてたのとか覚えてない?」

「その時には殆ど意識が無かったから、苦しかったというか全身がゾワゾワした感じだけは覚えてるな」

「そう……」



 一限目の講義が終わり、薬宰は職員室に戻って自分の席にてへたれ込む。

「はぁ……任務と講義、イレギュラーの解析と出来るからって俺1人に仕事回し過ぎだろ……このままじゃいい加減、過労死しちまうっての」

「あらあら、今日はいつにも増して御気分が優れないようですが、どうかされました?」

 右隣に座る、長い金髪で上品さを思わせる若い女性が声を掛ける。

「昨日の講義、その晩の帰り道にイレギュラーの討伐、その後に緊急要請でイレギュラー討伐任務、戻ったら報告して2件のイレギュラーについて解析……一睡もしてねぇんだよ」

 机に突っ伏し、力なく唸る。

 イレギュラーとは、一見学院に登録された種類に見えて、大きく異なる性質や特性を持っている魔物の亜種である。

「あら……せめてその魔物の解析を研究部に請け負っていただけたら――」

「研究部員共に任せてたら、後手後手になって一向にデータが回ってこねぇよ。自分でやった方が早い」

「そうやって背負い過ぎてしまうのは良くないですよ、言っていただければ私も任務や研究にご助力致しましたのに」

「お嬢様に夜中まで重労働させるわけにゃいかねぇだろ、リリス=アリーヤ=シルフィードさん?」

「ですから、私のことはリリスと呼んでくださいって――」

「あぁ、分かった分かった。次の講義まで少し寝かせてくれリリス……」



「……やれやれですね、薬宰先生の机に自家製のハーブティーを置いておきますから、疲労回復しますので飲んでおいてくださいね。では講義に行って参ります」

「おぉ、サンキュな……」

 リリスはカバンからハーブティーが入った水筒を薬宰の机に置き、職員室を出て教室に向かった。その後、職員室内では数人が薬宰に不穏な視線を送っていた。

「いくら強いからって、何であんなズボラな奴がリリス嬢が親しくなっているんだ!」

「俺も、俺の為にってハーブティーを恵んでほしいぜ畜生!」

「おい泣くなって、まだくっついてないみたいだしチャンスはある! これからだ!」


(うるさくて仮眠出来ねえ……ったく、喋りたきゃ声掛けりゃあ良いだろ。俺を目の敵にすんじゃねぇ)


「にしても、昨日アギトらを襲ったイレギュラーはいったい何だったんだ? 霧になって人を襲うとはな……それに昨日のあの違和感――」


―――――

―――

――


 緊急の要請任務を終えて、学院長室に戻って状況を報告する薬宰。

「学院長、先程私が緊急要請で参加した任務と、その前の戦闘についてご報告致します。任務を遂行したカーディナル21名うち14名が重傷を負い、現在は医療支部へ搬送中」

「ふむ……また、イレギュラーか」

「はい、私が何とか倒しましたが、また黒い霧になって消えてしまいました」

「むぅ……登録されているデータとは桁違いなまでの強さと、新たな特性、そして黒い霧……」

「最近急に現れましたよね、何なんですかねぇイレギュラーって」

「今のところは、まだ分からんな。で、その前の戦闘というのは?」

「はい、我が学院の生徒であるアギトとミユがイレギュラーと戦闘していて――」

「何!?」

 慌てて院長デスクを叩いて、立ち上がる。

「まぁ落ち着いてください、結界を張られてて発見が少々遅れましたが、無事救出して医務室にて治療中です」

「そ、そうか……悪いな」

「いえいえ、今は私が調合した薬を、ミユがアギトの身体に塗りたくってる頃でしょう」

「塗りたくってる!?……ちょっと様子を見てくる」



(ん? 今何かとてつもなく嫌な予感が……学院長を行かせるのはマズイと、そう警鐘を鳴らされた気が!)


「あ、駄目ですよ学院長」

「止めるな薬宰!」

「待ってください、えっと~……今あの2人の状況をイメージしてみてください」

「イメージも何も、塗りたくってるんだろう?」

「まず彼らは今、力を合わせて強敵と戦った後です」

「その強敵を倒したのは君のようだがな」

「1人は重傷を負ってベッドへ、もう1人は相手の無事を願いながら薬をくまなく塗りたくった後、手を握る」

「おい、今サラッと重傷って――」

「やがて薬が効いて身体が動くようになり、ベッドの彼は微笑みながら手を握り返し……そのまま引き込んで……」

「待てぇええ!!」

「どうされました、学院長?」

「いや、おかしいだろ! 重傷なのはアギトじゃなく薬宰、君だよ! アイツはそんな品のない奴じゃない」

「まぁまぁ落ち着いてください、冗談ですよ。そろそろ2人とも安静に就寝しているかと思いますので、また後日にでも」

「はぁ、はぁ……まぁ無事なら良い。2人とも変な気は起こしてないんだな?」



「アギトが実は運ぶ前から眠っていますので」

「ったく……明日2人の弁当作ってくるから、2人が起きた頃に届けてやってくれ」

「承知致しました」


(ふぅ、何とか抑えたか。日頃の過労の仕返しに意地悪を言ったものの、よく分からん嫌な感じが過ぎって止めちまった。位置関係的にはあの医務室辺りか?)


「とりあえず、今日もイレギュラー2体の解析で徹夜かぁ~……はぁ」




 日が天辺に差し掛かる頃、学院内は昼休憩の直前で一層騒がしくなる。

「今日こそ一日200コ限定の〝桃色尽くしスイートパン〟をゲットしてやるんだから!」

「俺は同じく200食限定の〝山盛り4種目肉丼〟を食ってみせるぜ!」

「そんなの食べたらデブになるっつうの!」

「若い男子はこれくらいなきゃ満たされねぇんだよ! この間はちっこい女が食ってるとこ見たぜ?」

「え、マジ……?」

「おいお前ら、まだ講義終わってねぇんだ――」

 教師が言い終わる直前チャイムが鳴り、教室から生徒が一斉に走り去る。

「……お、俺のスイートパン取んじゃねぇぞゴラぁ!」



 一方、アギトとミユリは渡されたプリントをノートに写しながら勉強していた。時折、ペンを持つミユの手が小さく震える。

「ミユリ、まだ体の調子が」

 アギトがミユリの肩に触れようとした途端、ミユが勢い良く立ち上がる。

「あ! も、もうお昼かぁ、私学食買ってくるね」

「あぁ、俺も行くよ」

「あなたはまだ横になってて!」

「えぇ~、もう何ともないって。ミユリが好きなスイートパン取ってきてやるからさ」

「きょ、今日はいいから、ちゃんと待ってなさい!」

「分かったよ……無理するなよ?」

「平気よ」

 医務室からミユリが走り去ってゆき、それと同時にベッドに置いていたアルゼントが目を覚ます。

「ここは……?」

「やっと起きたか、半日以上寝てたぞ?」

「なんと!? ワタクシとしたことが……お二人はご無事なのですか!?」

「この通り、何ともねぇよ。ミユリはさっき食堂に昼食買いに行った」

「左様でございますか、良かった……ワタクシが不甲斐ないばかりに申し訳ありません」



「気にするな、昨日のはボクらじゃ手に負えなかった。それよりも、なんかボクが起きてからミユの様子が変ってかなんというか……」

「ミユリ殿がですか?」

「あぁ、まぁいいや。わざわざ買いに行ってくれたんだし、変に疑うってのは駄目だよな」

「そうですね」

 人が空いた頃に食堂のカウンターへ並ぶミユリ。そこへ女子生徒2人が、心配そうに声を掛ける。

「あ、ミユリちゃん! 昨日イレギュラーに襲われて大変だったって、大丈夫?」

「えぇ大丈夫よ、ありがとう」

「イレギュラーと戦ったカーディナルは何人も亡くなってるのに、無事に生還出来るなんてスゴいわ!」

「いや、そんなこと……」

「でも、一緒にいたのがアギト君じゃねぇ~……」

「え?」

「アギト君ってさ、体術はそれなりだけど術式魔法が一切使えないし、喋る変な拳銃1丁を撃つだけで正直弱そうなのよね」

「ほんと、どうやって進級したんだか……」

「親が学院長だから贔屓してもらってんじゃない?」

「なるほど!」



「ちょっとアンタたち!」

「あ、ごめんなさい! その……じゃあ、また」

 女子生徒2人は奥へ去っていった。しかし、2人の小声が耳に届く。

「ミユリちゃんせっかく優秀で可愛いのに、術式魔法使えない子なんかと一緒にいるなんて勿体ないよね~」

「まぁ一緒に住んでるから仕方ないんだろうけどさ」

 ミユリが垂らしている右手は、親指の付け根に血が滲むほど力が込められていて、小さく震わせている。それに気づいた1人がもう1人を引っ張って動揺した様子で謝罪し、そそくさとミユリから離れていった。

 ミユリは溜め息ついて老夫婦が経営してる購買部のカウンター前に立つ。お婆さんがミユリの右手をシワシワの両手で優しく握る。

「あたしゃ、あの子の強さと頑張りをよく知ってるよ、特にミユちゃんの事になると必死になってねぇ~。あたしから見たら2人はお似合いよ」

「ちょっとおばあちゃん……」

「ミキワダチウオ定食、サービスしとくから2人で食いな。ほれアンタ、ミキワダチウオ定食2丁だよ」

「あいよー!」

「ありがとう、おばあちゃん」



 横からお爺さんが弁当をカウンターに置いて、ミユリに挨拶代わりに腕だけでビシッと敬礼をし、ミユリも左手で同じように敬礼を返した。お婆さんが手を離すと、ミユリの血が滲んでいた右手は綺麗に完治していた。

「ありがとう、おばあちゃん! また来るね!」

「うふふ、あいよ」

 弁当が2つ入ったビニール袋を片手に駆け足で医務室へ向かった。途中教師に注意をされるも振り返って謝罪したあと早歩きに切り替えて先を急いだ。

 到着しドアを開けると、アギトが右手を前に出して唸っていた。

「ん~、ぐぬぬ……」

「はぁ、はぁ……お待たせ、って何してんの?」

「昨日の講義でやった術式の練習。エルノって子に触れられた時の感覚を思い出そうとしてるんだが……うまくいかないなぁ」

「もう、おとなしくしなさいって言ったのに」

「はは、ごめんごめん」

「ほら、弁当持ってきたから」

「サンキュ」



 一日の講義が終了し、渡された座学の課題を終えた2人は下校し夕闇に染まる町中へ出た。

「どう、身体の調子は?」

「あぁ、もう平気だ。帰ったら明日までに少し身体慣らすか」

「そうね、遅れを取らないようにしないと」

 人通りが少ない居住区に入ったところで、地面に黒い歪みが現れた。中から蓋がついた青い壺に枝のような細長い手足が生えた魔物が3体沸いて出てきた。周りの住民は悲鳴を上げ退避していく。

「ブランチポッド!? って居住区に沸いて出てくるのか!?」

「んなわけないじゃない! ここ一番障壁が濃い区域よ?――とにかく仕留めるわ」

 アギトは腰のホルスターからアルゼントを、ミユリは腰ベルトに付けたキーホルダー化したネイルオンをそれぞれ引き抜いてブランチポッドに接近した。

 アギトは2体を交互に銃撃し引き付け、ミユリは壺を狙って鎚を振る。ブランチポッドは細長い手足で壺を守りつつ、鞭のように振り回して銃弾と鎚を弾く。

「……ねぇ、前より強くなってない?」

「奇遇だな、ボクもちょうどそう思ったところだ」

「こんなにガードと腕硬かった?」

「さぁな」



 隙をついてステップで後ろに下がり、魔力弾から魔力抑制弾にマガジンを切り替えリロードする。そしてブランチポッド3体の壺に命中させ、動きを少し鈍らせた。

「これでやりやすいだろ」

「えぇ」

 ミユリが壺の蓋を弾き飛ばし、アギトが再び魔力弾に切り替えてブランチポッドの真上に跳躍し、3体の壺の中へと弾を撃ち込んだ。すると壺の中の泥状のものが膨張し、壺ごと爆散して黒い霧が宙を舞った。

「さて、ここでいつもなら空に消えるんだが」

 黒い霧はまるで吸い込まれるかのように、アギトの身体へと入っていった。

「また!? 昨日のイレギュラーだけじゃないの?」

「何なんだろう、戦った後なのに妙に力が少し湧いてくる」

「薬宰先生に連絡しなきゃ」

「あぁ、そうだな」

 ミユリはOHSで薬宰に電話を掛けた。

『――ほう、敵はブランチポッドか。出現頻度の高い初級魔物だな。聞いてる分に色々資料と相違点があるようだが、まずはまたアギトを医務室に連れてきてくれ』

「了解しました」



「何だって?」

「医務室に来なさいって」

「またかよ……」

 気乗りしないまま2人は再び学院の医務室に戻っていった。道中、特にアギトの様子に変わりはないが、ミユリの表情は一層暗くなってアギトの顔を見ようとしない。

「どうした?」

「いや、何でもないわ」

「そうか、何か思いつめてそうな顔だったから気になってさ」

「平気よ、気にしないで」

「あ、あぁ……」


(なぁアルゼント、やっぱり昨日から少しミユリの様子が変じゃないか?)

(世話焼きすぎて疲れてるのでは?)

(さらっとキツいこと言うな……)



 互いに暫く沈黙が続いたまま、医務室に到着した。

「先生まだ来てないわね、鍵開いてるし」

「呼んどいて先に居ないって、何してんだあの先生」

「まぁいいわ、先に入るわよ」

「はぁ~~、またここかよ……いい加減帰ってゲームしてぇよ」

「私だってしたいわよ! 二日連続ここにいるなんて気が滅入るわ」

「「はぁ……」」

 待機から30分、薬宰が来る気配は無く2人の不満が募っていく。

「先生遅いなぁ……そっちは連絡来た?」

「まだ来てないわ。電話出ないしメールの返信も来ない……何してるのかしら」

「呼んどいてこれだもんなぁ~。ESvidaは充電切れてるし、早く用済ませて続きやりたいわ」

「また持ってきたの? それ持ち込み禁止でしょ、次没収されても知らないから――って、あ」

 ミユリのOHSに電話の着信が入った、知端からだ。アギトは残念そうに肩を落とし、ベッドにへたれ込む。すると、アギトの脳内にてまた夢で聞いた女性の声が聞こえてくる。

『認識、して……あなたを、その眼で――』

「認……識?」

「どうかした?」



「あぁいや、……何でもない」

「そう」

 よく分からないまま女性の声はすぐ消えてしまい、アギトは少し考え込む。ミユリは少し気になる様子だったが、すぐ着信に出た。

「あ、もしもし」

『おう、また医務室に呼び出されたんだって? 大丈夫か? 夕飯は済ませたのか?』

「えぇ平気、けどまだ食べてないよ」

『そうか、じゃあ今から作って転移魔法で送っとくから少し待っててくれ』

「作るって、今は軍事部に出張なんだよね? 忙しいみたいだし無理しなくていいよ」

『何を言ってる! 我が娘が腹空かせてると聞いて放っておけるか! 良いから少し待ってなさい、じゃ』

「あっ……」

 半ば強引に通話が切れた。向こうは慌ただしい様子で、余暇を持て余すミユは少々気が引けた。

「ねぇ、知端さんが今から夕飯作ってく――えっ?」

 左回りに背後へ振り向くと、ベッドで横になってる筈のアギトがそこにいなかった。右へ向こうとしてすぐ、白銀の銃口が視界の端に入った。恐る恐る右上へ顔を上げると、そこには冷たい視線で見下ろし、ミユリの心臓へ銃口を向けるアギトが立っていた。



「アギ……ト? な、何してるの? やめてよ……そんな冗談笑えないから!!」

 ミユリの大声に反応し、アギトは発砲した。しかし、射程がずれてミユリの左大腿を貫いた。

「いだぁあああ!!」

「ミユリ……殿……お逃げ下され……ワタクシの力ではこれ以上アナタを……」

「アルゼ――んぐっ!?」

 アギトは瞬時に右手でミユリの首元を掴み、ベッドへ押し倒す。

 ミユリは両手でアギトの右腕を掴んで、力一杯引き剥がそうと藻掻くがビクともしない。

「何で……どうしてなの……!?」

 アギトは一切言葉を発さず、無表情で冷い視線をミユリの顔に向け右腕に力を入れる。左手に握ったアルゼントを再びミユリの心臓に向けて引き金を引いたが、ギリギリのタイミングでアルゼントが自身を揺さぶって射程を逸らし、今度はミユリの二の腕を貫いた。

 その後何度も心臓に向けて引き金を引くが、アルゼントが必死に足掻いて外させた。ミユリの弾痕から血がベッドに染み付いた。ミユリは錯乱に陥るも、右手で自身の襟元を握り、不得意の治癒術式を施して必死に耐える。やがてアギトはアルゼントを床へ叩き付けた。



「アギ……ト……はぁ、はぁ……」

 首元を掴むアギトの右手から、黒い炎が燃えだした。

「あがっ……がぁあああぁ!!」

 ミユリの首に火傷の痕が滲んでゆく。やがて、ミユリの意識は途絶えた。その直後、アギトの右手から炎が消えた。

 すると、アギトの身体が小刻みに震えだした。

「――な、なんだよこれ……ミユリ? どうしてそんな……真っ赤なんだ……何でボクはミユリの首を掴ん――っ!? うわぁああああ!!」

 動揺しベッドから転げ落ちた。床に落ちてガタガタと震えているアルゼントの所へ匍匐で向かい、恐る恐る真っ赤に染まった手に取る。すると、アルゼントが声を震わせ呻いた。

「アギト殿……どうして……」

「ち、違う……! ボクじゃない……ボクじゃない!!! ボクがこんなこと……するわけないだろ!!」

「ではその手は何なのですか!!」

「やめろ!! ボクじゃない……ボクじゃない……ふっ、っはははははは!!」

「何笑っているのですか!!!」

 一時の狂笑が止み、アルゼントの銃口を自身のこめかみに構えた。

「アギト殿……何をして――」



「アルゼント、リミッター解除して出力を最大まで引き上げる」

「何を言っておられるのですか! それではアギト殿の頭部が吹っ飛んでしま――」

「……第16出力拘束器官解除、零距離射出型術式方陣展開」

 アルゼントの内部にあるリミッターが解除され、銃口前に直径20cmの青い術式方陣が出現した。

「ゼロレンジトリガー……フルバースト!!」

 マガジン内の弾丸10発が消費され、1発の弾丸に10発分の魔力が込められた。そして大きなエネルギーを纏った1発が銃口から出かかった瞬間、青い術式方陣と共に弾丸が消失した。

「え……?」

 医務室の扉が開き、薬宰がアギトに猛進して胸ぐらを掴み、壁に叩きつけた。その後にリリスがミユリの元へ駆け寄り、両手をミユリの身体の上に構えて急いで上級治癒術式を施した。

「お前……何やってんだよ!!」

「ボクじゃない! ボクじゃない……」

「あぁ!? この状況、どう見てもお前がやったようにしか見えんだろうが! 何でこんなことしたって聞いてんだよ!!」

「ボクじゃない……ボクじゃないんだ……ボクじゃ……」

「落ち着いてください、薬宰先生! ミユリさん、自分に不慣れな治癒術式をかけて必死に耐えたんだね……ごめんね、来るの遅くなっちゃって……」



「っち……」

 光属性の詠唱を始める。

「神に仕えし光輝なる英霊よ、目前の邪に戒めの鎖を縛り付けよ!」

 アギトの胴体が光を纏った鎖に縛られ、気を失った。

「ちょっと薬宰先生! その子うちの生徒ですよ!? そんな強力な術式魔法を使わなくても……」

「こいつは同僚の、それも一緒に住んでいた女子生徒をそんなんにしたんだぞ?」

「それは……」

「とりあえず、こいつを一旦学院の地下牢に入れてく――」

「待ってください! ミユリさんは今治療しましたから、少し落ち着いてください!」

「はぁ……ったく落ち着いてるっつうの」

「すみません。あの、ミユリさんを患者服に着替えさせますので……」

「安心しろ、ガキのなんざ見ねえよ」

 薬宰はアギトの横にあるデスクに脱力して突っ伏した。

 リリスは傷を修復させた後、医務室のロッカーから患者服を取り出してミユリが眠っているベッドの隣にあるベッドに敷いた。そして、ミユリを制服脱がせてタオルで血を拭き取り、患者服が敷いてあるベッドに移して着せ、掛布団をかけた。

「もういいか?」



「はい、大丈夫ですよ」

「はぁ……そういやカバンから何か鳴ってたような……」

 カバンの奥からOHSを取り出した、画面を開いて着信の件数に驚愕する。

「うわっ、マジかよ……」

「薬宰先生、何かあったんですか?」

「この2人からの着信件数……」

「それって」

「ろくに寝てなくて寝ぼけてカバンの奥に入れっぱだったんだ」

「呼び出しておいて時間に遅れる、連絡無し、助けがくるのも遅い……これは……」

「わーった、わーったよ! 後でこいつらに何か詫びるよ。――アギトの異変、あれどう思う?」

「正直、異様に感じましたね。初めて見るケースでした」

「あぁ、俺もそう思う」

「膨大な濃度の魔力を感じて、急いで駆けつけたらあの状況。緊急用の対魔法術式を発動しなかったらアギト君は確実に自分を殺めていました」

「仮に自主的にやったなら、きっとあんなやり方で自殺なんてしないだろう。何かに操られてたのか?」



「分かりません、明日まず本人に直接聞いてみましょう。その時は私が聞きます」

「分かった、じゃあ俺はこのまま寝るわ」

「はい、朝腰痛くなったら治してあげますね。さて、私はミユリさんを抱いて就寝と致しますわ」

「おい、怪我人に負担かけんなよ」

「大丈夫ですよ、そんな強くしません。ほら、ミユリさん表情が少し和らぎましたよ」

「あぁ、そう」

「あ、血が付いたシーツは薬宰さんが取り替えてくださいね?」

「りょ~かい……」



つづく

私はスマホ版で執筆していて、いざパソコン版で開いてみると行の空け方の雑さに驚きました。

(追記:6月29日修正済)


ではまた次回の更新も、是非ご覧ください。

失礼します

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