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第一話:【奇怪】

王道に趣味を加えた、長編の学園ダークファンタジーを目指して書き始めました。


※台詞多めです


二四八〇年

 魔物の襲撃で、戦火と血の匂いが立ち込める校舎のグラウンド。その中央には、全身を装甲で覆った巨大なトカゲが、紅い眼を光らせ小さな校舎を見つめている。

 校舎内には職員室に20代半の男女が2人のみ。男性は息を飲んだ後、腰ベルトに付いているキーホルダーのチェーンを軽く引っ張る。するとチェーンが光に消えて、キーホルダーは光に包まれククリへと形を変えた。

「……俺があの化け物の相手をする。お前はこの研究データを持って裏道から逃げろ」

 男性はジャケットの裏ポケットからメモリーカードを取り出し、女性の方へ向けた。しかし、女性は受け取ろうとしなかった。

「何やってんだ、早くこれ持って逃げろ! 俺達の研究が無駄になるだろ!」

「……駄目よ、あなたが逃げて」

「何言ってんだ、そんな事出来るわけないだろ! 早くい――」

 槍の先端を顔に向けられ、男は静止する。

「あなたしか、この研究を進展させられる人はいないの!」

「けど、それじゃあアンタが――」

 巨大なトカゲの咆哮により、職員室のガラスが割れた。

「このペンダントを持っていて、そしたらきっと奇跡が舞い降りるから。必ず、この戦争を止めてね」

 女性は槍に焔を纏わせ、校舎を飛び出して巨大なトカゲへと突っ込んだ。



 その瞬間、爆炎による閃光で景色が真っ白に包まれる。男は廊下側へと吹き飛ばされた。

「ぐぁ……!」

 光が治まり、辺りの景色が戻る。

「おい、嘘……だろ?」

 そこに女性の姿は無く、巨大なトカゲも消えている。

「何でアンタまで……死ななきゃならないんだよ!!」

 男が地面に拳を突き立てると、地の影から野犬のような黒い魔物達が沸いて出てきた。

「お前らがいるから……アイツは……!」

 ククリを力一杯握り締めて、襲い来る魔物を次々と叩き切っ

た。しかし、絶え間無く沸いて出てきてキリがない。やがて疲労が男を鈍らせ、無数の爪に身を裂かれる。

「この……化け物共が……」

 振りかざしたククリが弾き飛ばされ、魔物達は男に飛びかかった。勢いで地に倒れ、男の姿は真っ黒に覆われた。その瞬間、上空から一筋の閃光がグラウンドに降り注いだ。男を覆った魔物達は光りによって消え去り、沸いて出てこなくなった。



「なん……だ……?」

 傷だらけの身体を起こし、すぐ傍にある揺り籠ほどの大きさの銀色のカプセルに目を向けた。近付いて中を覗くと、10歳くらいの少年が分厚い本を一冊抱いて眠っていた。外側には白銀の自動拳銃が張り付いている。

「あなたがワタクシの新たな主でございますか?」

「主……? 何を言ってるんだ?」

「あなたが、この子を守っていただける新たな主でございますか?」

「主ではないが、この子を守れって? いいだろう、さっきの借

りを返してやる」

 男は比較的安全な拠点を確保し10年間、研究と共に孤児を拾っては魔物への復讐者として育て上げていった。

―――

――




 ――真っ白な視界。何も無い空間に浮遊しているような感覚。身体が縛られてる訳では無いが、動かせない。どれだけ意識しても力が入らず、声が出せない。

 退屈で窮屈な空間に、1人の女性の声が聞こえる。それもどこか聴き馴染んだ、濁りの無い澄んだ綺麗な声。

「――て、アギト――」

 小さな声が青年の名を呼び、繰り返し反響する。しかし名前の前後が上手く聞き取れない。それでも集中して耳を傾ける。すると、徐々に意識が薄まっていく。

まるで、その声に自分という感覚が吸い取られているような。

 極度の睡魔で今にも寝落ちしてしまいそうだ。このまま眠っても、次は起きれるのだろうか。自分という感覚を失わないだろうか。

 意識が遠のいて眠りかけた途端、別の声が睡魔と反響する声をかき消した。

「アギト~、起きろ~。でないと頭カチ割るぞ~」

 先程までの声より聴き馴染んだ、それも毎日ずっと聞いている少女の声。それを聞いて意識が鮮明に戻り、真っ白な視界が光に包まれ目が覚める。

 気が付くと、ベッドの上で壁と反対の横向きになっていた。目前には、少女らしき脚が肩幅まで広げて膝を少し屈んでいるのが見える。

 目を覚ます直前に聞いた、おぞましい台詞を思い出す。



 悪寒が走り、そっと上を見上げる。柄の長い鍛冶鎚型(かじついがた)の武器《ネイルオン》を今にも振り下ろそうと、藍色ショートボブでユリの髪飾りをした制服姿の少女が、ジト目で構えている。

 途端に眠気が吹っ飛び、慌てて上半身を起こす。

「うわちょ、ストップストップ! ボクを殺す気か! この撲殺悪魔!!」

「寸止めで悪寒を察知させたら起きるかなって思ったけど、気が変わったわ。命名通り撲殺してあげる!」

 幼馴染みは、思い切りネイルオンを振り下ろす。

「いやちょっマジで殺す気かよ! 悪かった! 頼むから止まってくれ!」

 振り下ろされたネイルオンは、額の数センチ前で止まった。少女が溜め息ついたと同時に光となって縮小し、キーホルダーに変形して腰ベルトに装着された。

「早く下に降りてきて、進級早々遅刻するわよ」

「悪い……、すぐ行く」

 幼馴染みが部屋を出て階段を降り、リビングへと向かった。

 部屋のドアが閉まってすぐ、机の上に畳んで置いてある制服へ着替えて、下へ降りる。

「おう、起きたか。ったく進級早々に寝坊たぁ気ぃ抜きすぎだぞ」



「すみません……」

「まぁ可愛い幼馴染みが起こしに来てくれたら、少しは粘りたくなるわな」

 奥のキッチンから、ピンク色のエプロンを着た陽気で渋いオジサンが声を掛ける。

「仮に粘ってたら、今頃永眠してますけどね」

「うっさい饅頭」

「饅頭言うな」

 先程の幼馴染みが支度を終えて、ソファで拳銃のマガジンに弾を装填している。

「この間の新しい弾が完成したから、入れとくよ。3つ目のマガジンね」

「おぉ、サンキュ。助かるよ」

 青年の名は、万従(ばんじゅう)アギト。苗字が珍名で、『まんじゅう』とも読めるため知人や身内にはよく弄られる。

 弾を装填している少女の名はミユリ。幼馴染みで世話焼き、得意なものは家事と鍛冶。よく意地悪な言動を起こすが根は優しい……はず。彼女に苗字が無いのは、過去に魔物から襲撃を受けたショックで記憶から抜け落ちているからだと本人が言っていた。真偽は不明が、本人がそう言う以外に情報が無い以上は信じるしかなかった。



 ピンクのエプロンを着たオジサンの名は知端叡智(ちばた えいち)。アギトとミユリの親代わりで、2人が通う学院の学院長である。

「おはようございます、アギト殿」

 そしてソファから挨拶を交わす白銀の自動拳銃《アルゼント》。彼(?)は武器でありながら言葉を交わす珍しい類いの武器である。意思を持つ者は偶にいるが、言葉で意思を伝えるまでの種は極少ないといわれている。

 どのようにして意思を持つようになるのか、言葉を交わすようになるのかは未だ不明。

「おはよう、アルゼント。ちょっと待っていてくれ、すぐに朝食を済ませる」

「承知いたしました、喉に詰まらせぬようお気を付けて」

「あぁ、心配ない。いただきます!」

「おう、食え食え」

 挨拶を済ませて早々と朝食を夷らげた。食器をキッチンのシンクへ水に浸し、洗面所で顔を洗う。鏡を見ながら赤茶色の短髪を軽くセットし、急いでリビングへ戻る。

 呆れた様子のミユリが腕組みして壁にもたれていた。

「待たせてゴメン! 行こうか」

「はい、アギト殿」

「はぁ……しっかりしてよね」



 ソファに置かれていたアルゼントが、アギトに目掛けて回転しながら跳躍した。それを左手で受け止め、そのまま腰のホルスターへと収納する。

 玄関へ向かい、知端に見送られながらミユリと共に出発した。

 スェンビオセス・シティ。人と魔物が共生していた証の、広大な都会街。2人はその中央部に立つ教育兼軍事機関、《カーディナル養成機関学院》へと向かっている。

「今朝の寝坊って、また変な夢を見てたの?」

「あぁ、いつもの『死に誘われるような夢』な」

「最近見なかったみたいだけど、やっぱり誰かの術式がかけられている?」

「それは無いかと、ワタクシが常にアギト殿の魔素反応を感知しております故、異常はありませんでした」

「となると、ほんとにただの悪夢なのか……?」

「まぁいざとなれば、私がちゃんと起こしてあげるから安心して」

「ハンマーはホント勘弁」

「大丈夫、死なせないから」

「いや、頼むから手法を変えてくれ!」

 談話しつつ小走りで登校する2人の前に、空中から人影の色彩がふわりと現れた。白ベースの薄紫色で長い髪の、小柄な少女だ。



「あら、御二方はカーディナル学院の方々ですか?」

「えぇ、そうよ。あなたは?」

「私は今日、そのカーディナル学院へ編入する生徒ですわ」

「編入? うちの学院ってそんな制度あったっけ?」

「いえ、初耳ね」

「魔物の被害が大きい街から、避難する際にスカウトされて来たのです。けれど、道が分からなくて……」

「あの~、ワタクシの計算ではそろそろ走らなければ間に合わないかと」

「あ、やべ! えっと、じゃあ君も一緒についてきて!」

 走ろうとするアギトの腕を、少女はスッと両手で掴んで静止する。

「ちょ、マジで急いでるから早く行こう?」

「お待ちになって、私に顔を貸してください!」

「か、顔? 『おう、ちょっと面貸せや!』ってやつか?」

「違います!」

 少女はムッとした表情でアギトの顔を両手で掴み、そっと額を合わせる。

「んなっ、何してんの!?」

「学院の場所をイメージしてください、座標を演算して3人まとめて転移いたします」



「わ、分かった!」

 綺麗で幼げな顔が真近にあり、息遣いが伝わって全く集中出来ない。左側から殺気を感じる中、温かい額に集中し学院の位置を強くイメージする。すると、視界が一瞬だけ白1面となり、その直後に校門前へと到着した。

「ふぅ、間に合いましたね!」

「あぁ、すごいな……ありがとう」

「……助かったわ」

「いえいえ、私も場所を把握出来たのでお互い様です。また会いましょう!」

 高度な術式を扱う面妖な少女が、2人に手を振り校舎内へ消えて行く。

 アギトとミユリも校舎内へ入り、2級生の新しいクラス分けの張り紙で自分たちの席を探す。

「にしても、不思議な子だったな」

「そうね。お陰で間に合ったし、今度何かお礼しなきゃね。お菓子でも作ろうかな」

「あぁ、良いんじゃないか? なんとなくだけどお菓子好きそうな感じだしな」

「にしても、人混みで全く見えないわ。私の分も確認よろしく」

「はいはい。――えっと、ボクらは……また同じクラスか」

「良かった、見える範囲内にいないと問題に対処できないからね」

「いや問題児じゃねぇし!」

「ワタクシが思いますに、やはりアギト殿に最適なパートナーはミ――」



 アルゼントが言い終わる前に、ミユリがホルスターごと力一杯握る。

「あだだだ! 痛いです、ミユリ殿! ミシミシいってます!」

「パートナーじゃなく監視役よ、分かったら返事しなさい」

「しょ、承知いたしました! 監視役ミユリ殿!」

「分かればよろしい」

 ホルスターからスッと手を離す。

「さて、じゃあ教室入って新しい担任を待つとするか」

 アギト達の学年は全4クラスで、1クラスに男子と女子が15人前後、計128人の生徒が今年度の2級生となっている。

 教師が来る5分前、先ほどまで賑わっていた生徒が全員着席し静まり返った。

 アギトは左端の一番後ろ、ミユリはその2列右辺りの席に座った。

 この学院は、主に魔物の討伐と撃退を担う衛士カーディナルへの育成、各地で任務を遂行する軍事を務める国家組織である。その為、厳しい教官揃いで普段の態度から採点されることもあり、切り替えをこなす事が減点されない1つのコツである。

 チャイムが鳴り、静かに教室の扉が開いた。白衣を着ていて目付きがとても悪い、20代前半で紫色の髪をした白衣姿の教師が現れた。教卓の前に立ち、名簿帳を片手に、気だるい態度で生徒達に挨拶を交わす。



「……ほう、今年の担当クラスは賢い生徒が揃っているな。既に知っていると思うが、俺の名薬宰零加(やくざい れいか)。武器科の教師だ」

 頭を荒く掻いた後、胸ポケットからペンを手に取り、名簿帳に印を付けていく。

「廊下歩いてる時に煩いクラスを通りかかって、思わず爆弾投げそうになったんだが……ここに来て少し気分が良くなった。君らに点をやろう」

 この教師ならやり兼ねない、そう思いつつ生徒達は小さくガッツポーズし笑みを浮かべる。そこへガラッと教室の扉が再び開く。先ほどの面妖な少女だ。

「もう、遅いです! 遅すぎます! いつまで待たせる気ですか!」

「あぁ煩い煩い、せっかくの静かな空間を乱すな、イラつく」

「イラついてるのはこっちです!」

「あいあい、じゃあ軽く自己紹介して、あの空いてる席に座れ」

 アギトの後ろにある空席を指す。少女は少しむくれっ面だったが、瞬時に緩やかな表情へと変えて明るい口調で自己紹介を始めた。

「え~っコホン! 私の名前はエルノ=I=ロドムです。主にサポートタイプの術式が得意です、とある事情でこちらの学院へ編入してきました。この街についてもまだ分からないので、良かったら教えてくださいね。よろしくお願いします!」

 編入という異例を持ちながらも、優美で幼げな容姿と美声によりほぼ全員が魅了された。好印象を抱かれたようで全員の拍手がクラス中に響いた。



 アギトの後ろの席へと綺麗な髪を揺らし優雅に歩いていくエルノ。皆の目が釘付けである。

「まさか、うちの学年で同じクラスとはな……」

「ふふ、宜しくね。アギト君」

「宜しく。って、まだ名乗ってな――」

「転移する時にちょっと覗かせてもらっちゃった」

「あ、あぁ……そう」

 エルノが両手で頬杖し、にこやかに話す。その笑顔から、何か引き寄せられるモノを感じる気がする。他の生徒達も、多分同じモノを感じているのだろう。その様子を、ミユだけは魅了されていないのか、ただじっと見つめている。

 薬宰先生が名簿帳で軽く教卓を叩き、生徒達の注目を集める。

「そろそろ授業を始めるぞ、1時限目は術式科だ」

 クラスの皆が疑問を抱き、ざわめき始める。

「あぁあぁ落ち着け、今日は術式科の先生が体調崩して休んでる。代わりに俺が教える」

 薬宰先生は教師であり、現役カーディナルで術式に長けているため、よく他科目の先生が休むと替りを引き受ける多忙人である。

「先生、未だ術式を全く使えないアギト君はどうするのですか?」

 1人の女子生徒が挙手し煽るような態度で質問する。生徒達はアギトを見てクスクスと笑う。



「んだよ、修練積めばボクだって使えるようになんだよ!」

「あぁ騒ぐな騒ぐな、前任の教育が悪かったようだが、俺が術式扱えるようにしてやるからとっとと教材出せ」

 生徒達が一斉に沈黙し魔導書を机に出す。

「始めるぞ、星界魔導書218ページ――」

 ページを開き、指示通りに描かれた魔法陣へ手をかざす。皆は手の平サイズの魔法陣を展開し拘束符を1枚取り出す。しかしアギトだけは、虚空へ向けて念じている。

「くっそ……何でなんも出てこないんだよ!」

「ふむ、一切魔力の反応を示さないな」

 苦悩する中、背後から小さな舌打ちが聞こえた。おそらくアギト以外は聞こえていない。

「……へ?」

 焦って後ろへ振り向こうとした途端、突如エルノが席を立った。

「おい、何をしている。勝手に席を立つな」

 薬宰先生の発言を無視して、アギトの隣に寄り添った。右手と肩に手を添えて微笑みながら囁く。

「あなたなら出来るわ、想像して」

 すると一瞬だけ全身に力が沸き上がり、周りと異なる魔法陣が展開された。

「おぁ!?」

「え!?」

「何だと!?」



 しかし、すぐ硝子のように割れてしまい拘束符を取り出せなかった。

「惜しかったね~、もっかいや――」

「おい、何をしている。いや、何をした」

 エルノの前方へ、一瞬にして薬宰先生が立ち構えた。殺気を放ち、右手には銃器の付いた特殊な変形式の手斧を握っている。

「や、やだなぁ先生、アギト君が苦戦してるからちょっと応援してあげようと……」

 薬宰先生は沈黙し、エルノをじっと睨み付ける。クラスの皆は、薬宰先生に怯えて硬直している。アギトが席を立ち、間に入って両手をあげる。

「あの、すみません! 興奮して変な感じになっちゃって……以後気を付けます!」

 薬宰先生は生徒達を見て眉間を押さえ、ため息を付いた。

「はぁ……悪い、皆ビビらせちまったな。2人とも席に座ってくれ、授業を続けるぞ。エルノ、妙なマネはするなよ」

「……はい」

 その後、アギトだけ魔法陣を出せずに一時限目が終わって薬宰先生が教室を出ていった。

「あの、さっきはゴメ――」

 謝ろうとしたアギトを除けてクラスメイト達がエルノへ駆け寄った。

「大丈夫!? 怪我はない?」

「いやぁ怖かったよね~。はい、まず甘い物食べて落ち着こ?」



「念のため医務室に連れて行こうか?」

「大丈夫です、何ともありませんよ。ありがとうございます! いただきます」

 幸せそうにお菓子を食べる様子に、皆が魅了され次々とエルノの机にお菓子を積み上げていった。

「あぁ、萌え死にそ~!」

「お人形さんみたいでほんと可愛い~」

「女子ばっかズリぃぞ! 俺等も混ぜろ!」

「嫌よ、天使が穢れるわ! アンタ達は遠くから見てなさい!」

「んだと? ふざけんな!」

 クラスメイト達の壁でエルノに近付けない。

「ねぇ、ちょっと来て」

 ミユリがアギトに近寄り、手を引いて教室を出て屋上前の階段まで連れて行った。

「さっきはあの子に何をされたの?」

「いや、ただ肩と手に触れられて『あなたなら出来る』って囁かれただけなんだが」

「それで今まで1度も出来なかった魔法陣展開が、急に出来るようになったの?」

「何か一瞬だけ力が沸いて……その後は全く出来なくなった」

「アギト殿、ワタクシも先程エルノ殿がアギト殿と接触した際に少し不思議な何かを感じました」

「そうか。でも良い子だし、さっきのはボクが悪かったから気にしなくていいよ」



「そう……でも気をつけて。あの子と接触してから妙な現象が続いているから」

「あぁ、分かってるよ」

 アギト達が教室に戻り、エルノを視認しようとしたが、まだ取り囲まれてるようでアギトの席も空いてない。2人は次の授業までミユの席近くで談話する。人壁の中から視線を送られてると知らずに。



 ――オレンジ色の光が窓を差し込み、初日の授業が終わる。ミユと共に下校し、通学路の公園を通り掛かる。

「そういや、この公園にも行かなくなったよな」

「さすがにもう公園で遊ばないでしょ、ほら早く帰るわよ。今日は知端さんの帰り遅くて、私が作る番なんだから」

「ミユ殿の手料理……楽しみでございます!」

「いや、アルゼントは食えないだろ」

 アギトの頭に、今朝の夢で聞いた声が響く。

「――て、アギト――」

「いっ! 頭痛ってぇ……また頭ん中で声が……くそ何なんだよ!」

「大丈夫? 確か頭痛薬は――」

「いや、すぐ治まったから大丈夫。それよりも、あれは何だ?」

 公園の中央に浮く小さな亀裂のようなものに指を差す。

「何、あれ」

「アギト殿、ミユ殿、あまり近付かない方がよろしいのでは?」

「いや、あれがもし人に害を成すものなら、排除しないとな。まずは学院に連絡しないと……」

 携帯端末を取り出し、薬宰先生に連絡を取ろうと発信するが繋がらない。圏外と表示されている。

「いや、おかしくないか? ここ街中だぞ?」

「私のも駄目みたい……おかしいわね」



「アギト殿! 先程からここ一帯で人の気配を感じません!」

 周囲を見渡すと、見慣れた景色から生気を感じず、不気味さが漂っていた。

「あれ? さっきまで何人か人通ってたのに……変だな」

「アギト!!」

 ミユリが亀裂の方を見て警戒し、柄の長い鍛冶鎚型武器ネイルオンを構えた。

 亀裂がビキビキと空間を裂き、そこから黒くベタつく何かが地面へと垂れる。アギトも、ホルスターからアルゼントを取り出し身構える。

 すると、巨大なドロドロとした黒い前足が裂け目を割り、空間をこじ開けて地に降り立った。真っ黒でヘドロを纏ったような大きなトカゲの形をした魔物だ。甲高い咆哮を放ち、公園一帯がオーラのようなもので封鎖された。

「な、なんだよコイツ……ヤバ過ぎだろ! こんなの相手にしたことないぞ!?」

「グズグズ言わない、応援呼べないならやるしかないでしょ」

 ネイルオンを力強く握り、魔物へと疾走する。前足と尻尾による物理攻撃を回避し、横顔に一撃を加える。一瞬怯んだと思いきや、攻撃が利いていない様子。

「な、何これ……」

 ドプンッと強力な粘液を叩いている感覚で、攻撃の手応えがない。そして勢いのままに武器が魔物の中へ沈んでゆき、武器をつたって体内の魔力も吸い取られいった。



「え、あ……」

「ミユリ!」

「ミユリ殿!」

 飛散してくるヘドロを回避しつつ、魔物に銃撃を加えながらミユの元へと跳躍する。

「武器を放せ!! 飲まれるぞ!」

「くっ……」

 ミユリは武器を手放し、アギトはミユリを抱えて魔物と距離を取り、木陰へと身を潜めた。

「ミユリ、ボクらでアイツを倒すのは多分無理だ。一時退避するにも、この障壁みたいなのはボク1人じゃ破れない。3つ目のマガジンにある魔力吸収弾で一箇所を乱す、そこをミユリがネイルオンで叩き割る。その為にも、ボクがネイルオンを奪還してくる」

「奪還って、どうやって?」

「2つ目のマガジンに入ってる魔力抑制弾で、腹ん中までこじ開けて中から取り出す」

「そんなの駄目よ! 下手したら出られなくなるわ!」

「……アギト殿は、あのドロドロが魔力からなるものだとお考えで?」

「あぁ、多分な」

 腰ベルトから3つ目のマガジンを取り出し、リロードする。魔物が嗅ぎつけてズルズルと迫ってきた。ミユリから離れつつ魔物の頭に目掛けて射撃した。



 しかし、弾は魔物の中へ吸収されるだけで利いていない様子。

「マジかよ、この弾も利かないのか……はは」

 魔物の注意を自身に引き付けるのが精一杯、しかし脱出が出来ないこの状況では有るかも分からない弱点を必死に探って撃つしかない。

「アギト殿! 魔物の様子が!?」

 突如怒りの咆哮を挙げ、敏捷さが増して暴れだした。そして左前足でアギトを掴み、拘束する。

「アギト!!」

「……んぐっ……はは、出来れば噛まずに飲んでくれよ」

「申し訳ありません……アギト殿……」

「仕方ないさ、取り敢えず丸飲みであることを祈ろうぜ」

 アルゼントが取り込まれぬよう、必死でグリップを握り締める。魔物は、そのままゆっくりと口へ運んでいく。ミユリはふらつきながらも残りの魔力を使い、アギトを握る前足に火球を放つ。しかし被弾した直後に消火された。

「何で……何で利かないのよ!!」

 アギトを掴んだ前足が、やがて大きな口に覆われた。





 アギトの祈りが伝わったのか、噛む必要が無いのかズルンっと丸飲みされた。そして膜のようなモノの中に落とされた。

 不思議と膜の中だけは広さを視認できる。大人ひとりが寝たり屈んだ姿勢を取れるくらいの広さだ。しかしそこにネイルオンは無かった。

「良かった……祈りは効いたのか? にしても、身体が……異常にダルいな」

 床に溜まっている粘液、身体に触れている膜の部分から魔力が吸い取られているようだ。

 服や皮膚が溶かされていない、つまり消化液ではない。

「溶かされるよりかはマシか……。そうだアルゼント、生きてるか!?」

 ずっと握り締めていたアルゼントに呼び掛ける。

「えぇ、アギト殿のお陰です。しかし、銃口に粘液が入り込んでしまって……」

「まさか……!」

 マガジンを外すなりアルゼントを上下に振ったりしたが、粘液が濃くベタついていて全く取れない。

「……脱出も無理そうだな」

「申し訳ありません……。ワタクシなぞ、喋るれるだけのただの鉄屑です」

「鉄屑なんかじゃない。会話が出来る分、二人で何かしら策を見い出せる筈だ」

「アギト殿……」

「それに、今1番危ないのはミユだ。飲み込まれてからは外の状況が分からない、ミユリの生体反応は察知出来るか?」

「膜が完全に遮断していて、特定できません……」



「はぁ……畜生、もう身体が動かねぇ……」

 一方、魔物の体外ではミユと魔物の攻防が続いている。何とか致命傷を避けるも、打つ手がない。

「このままじゃ、私もアギトも殺されちゃう……けどもう……」

 魔物の右足が、ミユの頭上に目掛けて勢いよく振り下ろされ

た。目を閉じた瞬間、背後から熱風を感じた。目を開けると、ミユの前に薬宰が立っていた。魔物は溶岩を全身に浴びて悶えている。

「無事か?」

「薬宰……先生?」

「無事のようだな、アギトはどうした?」

「あの、魔物の中に……」

「何!? しかしあのタイプは魔力しかエネルギーを吸収できねぇから、固体は飲み込めない筈だが……」

「アギトと私の武器は、あの化け物が飲み込んだんです!!」

「あぁ~まぁいいや、任せろ」

 銃器が付いた特殊な手斧を右手に、付与の札を1枚貼り付けて刃に溶岩を纏わせる。そして颯爽と魔物の四つ足を次々に切断し、首元を切り落として魔物は動かなくなった。その間は、ほんの数十秒。

「うそ……あんな簡単に……」



 薬宰は首の断面から中へと入り、膜を割いてアギトを抱えて出てきた。アギトは粘液に塗れ、グッタリとしていて全く動かない。

「アギト!」

「魔力を抜かれて動けないだけだ、心配無い」

「良かった……」

「取り敢えず、医務室へ運ぶぞ」

 魔物が倒されたことで、公園を包んでいた障壁が消滅した。バラバラになった魔物の遺体も黒い濃霧のように蒸発していく。解決したかと思いきや、その黒い濃霧が薬宰を吹き飛ばし、アギトにまとわりついた。そして吸い込まれていくようにズルズルと、衣類を貫通して体内へと入っていく。

「先生! これ何なんですか!?」

「分からん、しかしこのままではマズイな」

 白衣を脱いで腰ベルトから試験管を取り出し、中に入ってる光の粉末を振り掛ける。すると白衣が光沢に満ちて、周囲の濃霧が白衣から遠ざかるように引いた。薬宰は白衣を振り回してアギト

にまとわりついた濃霧を祓い、白衣で身を包んで抱える。ミユは魔物の残骸跡からキーホルダーに戻ったネイルオンを回収する。



「ミユリ、学院の医務室へ向かうぞ」

「は、はい!」

 白衣に包まれたアギトとアルゼントは意識を失い、薬宰の転移術式で2人は早急に学院へと向かった。

 医務室でアギトをベッドに寝かせた後、薬宰は先程の光の粉末が入ったもう一つの試験管を取り出して、薬品棚にある皮膚細胞の修復薬と調合し塗り薬を作成した。

「さて、これを塗るわけだが……ミユリ」

「はい」

「今からこいつの大事な所も塗るから、向こうを向いててくれるか?」

「え!? わ、分かりました……」

 ベッドの横の椅子に座ってるミユが顔を赤らめる。

「はは、冗談だ」

「な!?」

「あの空間から遠ざかったからか呼吸は安定している、安心しな。あと塗るのは霧が集中して入り込んだ上半身だけな」

「そ、そうですか……良かった」

「悪い悪い、おっと電話か……ったくこんな時に。こちら薬宰。何? 魔物に苦戦してるから手を貸せだぁ? 俺は今、生徒の治療をしてんだ、他を当たってくれ。俺は教師だぞ? 負傷した生徒を置いて行けるわけ――はぁ、すぐいく」

「先生?」



「緊急の応援要請が入った。無視したいところだが……」

「行ってください、私が薬塗って様子見してますから」

「すまないが、頼む!」

 薬宰は塗り薬を手渡し、両腕、胸部、腹部に薬を塗って包帯を巻くよう指示する。そして、急いで医務室から出た直後にドアから半身を出してミユに告げる。

「詫びと言っては何だが、仮に下半身を塗ったとしても隠蔽してやるから安心しな」

「塗りませんから! 早く行ってください!!」

「おっと、失礼!」

 ドアが静かに閉まり、廊下から少しテンポの早い足音が遠ざかっていった。

「さて、ごめんね待たせちゃって。じゃあ塗るから上をちょっと脱がすね」

 寝ているアギトに語りかけ、薬宰の指示通りに薬を塗っていく。

「やっぱ恥ずかしい……けどやらなきゃ」

 頬を赤く染めながらも、しっかりと塗り終えて包帯を巻いていく。そして1通りやり終えてひと息つく。

「ふぅ、これでひとまず安心ね。にしても、あの魔物はいったい何だったんだろう……先生も知らないみたいだし」

 アギトの顔を見つめていると、唐突に右腕を強く掴まれた。

「ひっ! え、どうしたの!?」

「あぁ……がぁ……」



 目を瞑ったまま、右手で胴体に巻かれた包帯を外そうとガリガリ引っ掻き回す。

「待ってやめて! それじゃ薬が……、薬が痛いの? でも塗り薬でこんな苦しみ方するなんて……ちょっと見せてね!」

 包帯を少し解いてみると、薬が塗られた部分から血が滲み出てきた。

「うそ、何これ……薬のせいなの?」

 異常な現象に怯えながらも、早急にタオルを濡らし包帯を外して薬を拭き取った。そしてその拭き取られた部分には、数々の切り傷や刺し傷のようなものがあった。

「さっきまでは、こんなたくさんの傷は無かった筈なのに……」

 初級の治癒術式を用いて、傷を全て塞いで流れ出た血をタオルで全て拭き取った。そして傷口が開かないよう再び別の包帯を巻いてゆっくりと横に寝かせた。幸いにも、ベッドに血は染み付いていない。ミユは真っ赤に染まったタオルと、薬を拭ったタオルの2つを洗面台で洗い流す。

「何なのこれ……、先生はアギトに何したの……?」

 洗面台の鏡越しにアギトの方を見ると、何事も無かったかのように静かに眠っている。

「はぁ……全く、いい寝顔しちゃって」

 洗ったタオルを搾って抗菌スプレーをかけて包帯と一緒にゴミ箱へ捨てた。そしてベッドの横にある椅子に座り、上半身をベッドに伏せて夜を明かした。



つづく

いかがでしたでしょうか?


もし気に入っていただけたら、次のお話も是非読んでみてください。


ご感想やアドバイス、ご指摘等のコメントがありましたら是非宜しくお願い致します。

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