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SABAKI 第一部 勃焉  作者: 吉幸 晶
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新年の初仕事


     新年の初仕事



 年が明けた。多治見は年末年始の特別警戒の為、昨日の大晦日から署内で当直をしていた。泥酔者の保護や小さな喧嘩は多数あったが、殺人や傷害といった大きな事件発生は無く、無事に年を越すことができた。当直明けの若い数名の警察官は、初詣に行き帰りながら飲みに行くと署を後にした。


 喪中の多治見は新年を祝う事は無い。寺の最寄り駅のコンビニ寄り、お菓子とジュースを買い、運良く開いていた花屋で、供える花束を買うと、美佐江と奈美の墓が有る寺へ向かった。

 寺の入口で線香を買って火を点けて貰い、手桶に水を入れ墓前に立つ。出来たばかりで、まだ掃除をする必要は無いが、枯れた花と墓の周りに溜まった枯葉をまとめて捨てた。墓石に水を流し、線香とお菓子やお茶、花を手向けて手を合わす。

「新年、明けましておめでとう。今年も宜しくね。」と家族と挨拶を交わした。

 二人を失った悲しさと絶望感からは、なかなか脱し切れない。こうして拝んでいても、自然と涙が零れた。


 墓参りを済ませ、来た道を駅へ向かって、ぶらぶらと歩いていると、一人の老婦人に目が向いた。その態度が何か気に掛かり、警察手帳を見せて声を掛けた。

「すみません。ちょっと良いですか?」

「なんですか?急いでいるので手短にしてください。」

「何を急がれているのですか?」

 見ると手に封筒を思っている。

「息子さんからお金がいると、電話が掛かってきましたか?」

「は、はい。それで急いでお金を――」

「そうですか。お金を誰かが取りに来るのですね。」

「祐天寺駅の改札に、息子の上司が来ると」

「祐天寺の駅にですか?分かりました。では私もご一緒しましょう。途中で無くされたら大変ですからね。」

「ご親切に、ありがとうございます。」

 老婦人は頭を下げて礼を言った。多治見は携帯を取り出すと、中目黒西署の生活安全課へ掛けた。事の仔細を話し、詐欺の疑いが有ると告げ、祐天寺駅へ私服警官の配備を急がせた。駅までゆっくり歩いても十分程、完全配備には無理がある。最悪は一人で、金を受け取った者を逮捕するしかなかった。


 駅に着くと多治見は老婦人から離れ、駅員のいる窓口に行くと警察手帳を見せ、詐欺の捜査の旨を伝えた。そして駅への出入りの許可を得た。

離れたところから老婦人を見張っていると、顔見知りの男が二人、多治見へ近付いてきた。

「あの老婦人ですか?」一人が聞く。

「そうです。本来なら、三軒茶屋の方が近いのに、祐天寺を指定したのが気になったのです。詐欺かもしれません。その時はお願いします。」

「わかしました。多治見警部補の指示に従う様、課長から電話がありました。自分は坂東と言います。」

「自分は榎田です。二人の指揮をお願いします。」

「君達は良く間に合ったね。」疑問を言うと「本日は非番なのです。たまたまこの駅の近くに、自分の住んでいるアパートがありまして、榎田が新年会だと言ってやってきた所でした。」

「二人とも、運が良いね。」とにこりと笑顔を向けた。

「ありがとうございます。」

 話している内に、駅から老婦人へ近付くサラリーマン風の男が見えた。多治見は榎田へ老婦人の近くへ行き、婦人の身の安全を図る様に指示をした。そして坂東へは、自分の近くにいるよう指示した。


「田尻さんですか?」男が老婦人へ声を掛けた。

「はい。俊夫の上司の方ですか?」

「そうです。息子さんに頼まれて来たのですが、お金は用意できましたか?」

「はい。ここに二百万入っています。」封筒を男に手渡した。受け取った封筒の中身を確かめる。

「わかりました。ではこれで息子さんの窮地を助けてきます。」

「よろしくお願いします。」と深々と頭を下げる老婦人を()なして、男は駅に向かって歩き始めた。

 男が離れるのを確認してから、老婦人へ榎田は警察手帳を見せた。

「ひょっとしたら詐欺かもしれません。しばらくお待ちいただけますか?」と声を掛けた。

 一方、多治見と坂東は、多治見が改札に入った所で待機し、坂東は改札の外で待機していた。男が改札に入った瞬間。多治見が行く手を阻む。怪訝な顔で邪魔だと言わんばかりに、進もうとする男の背後から坂東が近付き男を拘束した。

「中目黒西署、生活安全課の坂東だ。こちらは新宿南署の多治見警部補。今、あのご婦人からお金を受け取りましたよね。何の金ですかね?」

「あぁ。」

 男はその場で崩れ落ちて「済みませんでした。金を受け取ってくるように言われて――。」

「一月一日午前十一時五十三分、詐欺容疑で逮捕します。良いですね。間違いないですね。」

 坂東が警察手帳を見せながら確認した。

「はい。」と男は返事をし、その場に崩れ座り込んだ。


 犯人を確保してから、十分程で駅前に覆面パトカーが到着した。坂東と榎田の二人が犯人を乗せて連行する。もう一台のパトカーに、婦警が老婦人を乗せて出発するのを見送ると、駅員へ礼を言い、切符を買って改札に入りなおした。そのまま多治見は帰宅した。


「新年早々お手柄だったようだな。」

「手柄などとは――」

 自宅に戻り、夕飯の支度をしている最中に、奉行から電話が入った。

「まぁ良い。今年も宜しく頼むよ。」

「承知しております。昨年同様に」

「ちょっと待て。昨年のような真似はもうよして貰いたいな。」

「は?」

「惚けるか?二度目は、見逃しはしないぞ。」

「では、自分の獲物を決めないといけませんね。」

「そうだな。まさか、缶詰の蓋と言う訳にはいかんだろう。」

「【JITTE】ですね。」

「何故そう思うのかね。」

「次の下手人が決まったようですね。」

「うむ。【JITTE】が君を怖がっていた意味が判ったよ。早々に甲斐へ行って貰う事になりそうだ。」

「甲斐ですか?罪状は?」

「新年なのでな、『流罪』と言いたいところだが――」

「『死罪』ですね。」

「明後日の夕方には、【JITTE】から詳細を入れさせる。それから、誰に仕置きをさせるか決めてくれたまえ。」

「承知しました。」

「向こうは寒いからな。十分気を付けるように。」

 電話が切れた。


 多治見は火を止めた鍋に、再び火を点け夕飯の支度に入った。一人暮らしに慣れてきた事もあって、料理の腕前も上がり、自分ひとりが食べるのであれば、我慢できるほどになった。

「こんなものかな?」味見をして食べられるレベルを確認すると、鍋を食卓へ持って行き、寂しさを紛らわすテレビを付け、遺影に向かい「いただきます」を告げた。鍋は暖かいが、多治見の心が温まる事は無かった。


 寝る準備をしているところに、【ZANN】からメールが入った。


《新しい獲物を手に入れ、練習して自分の物にした。いつでも仕置きができるよう準備は整っている。

追伸・私の髪の毛は不要。廃棄して貰って結構。》


《新年早々だが仕置きを行う。内容を確認して誰にするかを決める。

連絡は近日中にする。それまで待機の事。

尚、【ZANN】の獲物は私が貰う。問題が有れば連絡を。》


《ご自由に。元々【SABAKI】からいただいた獲物。元の鞘に戻るまで。》


《承知。では遠慮なく。》


 奉行が話していた通り、二日後の昼休みに【JITTE】からメールが来た。寒いが天気が良いので、屋上で食後の休憩を取りながら、本文の確認を始めた。


《本年も宜しくお願いします。

場所は山梨県の斐山(ひやま)市。下手人は市議の谷山卓郎六十七歳。

罪状は殺人及び殺人教唆・死体遺棄・詐欺・麻薬の売買・恐喝・傷害。

今回は再犯防止ではなく、早急なる犯罪者の排除。仕置き方法は自由。ただし死罪を適用。

尚、谷山には護衛兼共犯の槌屋武彦五十一歳が付随。邪魔な場合は共に仕置き可。生命の保障は不要。

明日一月四日、二十時にJR蕨駅改札にて三役集合のこと。》


《内容の確認をしました。新年早々、大物を釣り上げた様だね。

三役会、了承しました。本年もニューフェイスをご指導ください。》


《三役会の件、承知。

私の予定で遠い蕨になり恐縮です。

もうニューフェイスでは無くてよ。

(れっき)とした葬の大事な仲間です。》


《右に同じ。》


《ありがとう。お年玉を貰った気分です。

では、慎重に仕置きを始めましょう。》


「係長!」

 屋上に吉田巡査部長が慌ててやって来た。

「どうした?」

 携帯を閉じて吉田へ目を向ける。

「おれおれ詐欺だそうです。」

「取られたの?」

「未だです。死んだ息子から電話があったと……」

「随分と間抜けな詐欺師だな。」

「はい。」吉田が笑いを堪えて頷く。

「とりあえず、森田君達を急行させよう」

「すでに向かっております。」

「あら。僕は置いてけ掘りかい?」

 多治見は曇りの無い笑顔で言った。


           平成十八年五月~平成二十九年一月二十二日 

一部 ―勃焉― 完


一部を最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

二部も近く投稿できると思いますので、お付き合いいただけましたら幸いです。

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