【JITTE】と【TEGATA】
【JITTE】と【TEGATA】
多治見はさっきまでいた土手を、ワンボックスの後部座席から見ていた。消防車の他に、警察車輌と救急車が近くに停まって、赤色灯を回しているのが、多摩川を渡る橋の上から見えた。
「【ABURI】は何処まで行ったかな?」
「新百合ヶ丘を過ぎた辺りじゃないですか?」
運転をしながら【JITTE】が答えた。
「急行に乗ったの?」
「本当はロマンスカーにでも乗せてあげたかったけど、登戸も彼の最寄り駅の秦野にも停まらないから、急行で我慢して貰ったわ。私の右腕が自宅まで送り届けるから、心配はしないで。」
今度は助手席の【TEGATA】が答えた。
「そうですか。【TEGATA】と同じで綺麗な人でしたね。」
「当たり前ですよ。先手組のNo.2ですからね。」
「【JITTE】、口が過ぎるわよ」
「失礼しやした」
「二人とも、ありがとう。さてと――。」
葬の携帯を胸ポケットから取り出すと「仕置き完了の報告をしますか。」と呟き、奉行へ電話を入れた。
「【SABAKI】です。下手人、亀井野潤一の仕置きは完了いたしました。」
「ご苦労。問題は特に無かったかね」
「私が少し焦りまして、仕掛ける間際に獲物を落としてしまい、亀井野に気付かれました。」
「……」奉行は沈黙した。
「仕置きがばれる事は最後まで無い様に、リカバリーしましたが、仕留めは【ABURI】に任せました。」
「おいおい。【SABAKI】よ。君には言っておいただろう。【ABURI】には――」
「十分、分かっております。反省もしております。しかし、サポートが【ABURI】でしたので、彼に頼る他無いと、緊急の対応を迫られていた事もありまして――。」
多治見は淡々と語った。
「あの刑場に於いての『最善の策』と判断し任せました。」
「最善の策……。本当にそうなのか?」
「私を信じられなければ、解任をしていただきましても。」
「【SABAKI】言っている意味を理解しているのかね?」
「そのつもりです。」
「解任は――」
「死を持って償います。その際は――、私への仕置きは【ZANN】へ頼んでください。」
「何故だ?」
「【ABURI】の仕置きは苦しそうですので。」
「【ZANN】なら楽に殺してくれるか?」
「はい。」
「君を上司に持つと最高だが、部下に持つのは本当に最悪だ。」
「ありがとうございます。」
「褒めている訳ではない。」
「そうでしたか?それは失礼をいたしました。」
「ちょっと待て。」
奉行の方の音声が消えた。十数秒ほど待つと、「今、表側からの報告が入った。法相の息子が焼身自殺したと」
「自殺?ですか」
「【TEGATA】へ礼を言っておきなさい。今回はご苦労だった。次は、ノーミスで頼む。」
「それと、相良と射水を殺害したのは、泉課長でした。砧公園に凶器を捨てたと、亀井野が吐きました。」
「信憑性は有るのかね。」
「他の質問には正直に答えていましたので、相良達の件だけ、嘘を吐くとは思えません。」
「わかった。仕向けて、砧公園内を探させる。」
一方的に電話が切れた。恐らく、法相の息子の件で、これから登庁するのだろうと多治見は思った。
「【SABAKI】は見た目に合わず大胆な人ですね。」電話が終わると間髪入れずに【JITTE】が言った。
「何がだい?」
「獲物を落としたから、【ABURI】へ代わって貰ったなんて嘘。誰が信じると――」
「少なくても、奉行は納得したよ。」
「それは貴方が命を賭けたからですよ。」
「獲物は落とした。本当の事をちゃんと伝えれば、誰だって理解してくれるさ。」
「これ、二人を連れ出すときに拾ったけど。まさか獲物じゃないわよね。」
【TEGATA】が缶詰のプルトップ付きの蓋を多治見へ出した。
「そうだよ。それで奴の首。頚動脈を切る積りだった。良く見付けたね。」
「こんな物が本当に獲物になると?」
「僕には素晴らしい仲間が付いている。僕がミスをしても、刑場に待機している、【ABURI】か【TEGATA】や【JITTE】が何とかフォローをしてくれる。そう信じているから、僕も仲間の為に最善を考え、その行動が取れる。」
【TEGATA】の多治見を見る目が変わった。それに気付いた【JITTE】が、駄々を捏ねる子供に言い聞かせる様に言った。
「姉さん。【SABAKI】は危険です。仕事以外では、決して興味を持たないようにしてください。」
「なっ。何言っているのよ。私がこんなおじさんに興味持つわけ無いでしょ」
「なら良いんすがね。」
「ところで、焼身自殺で片付けると奉行が言っていたけど。二人は何か知っているのかな?」
「姉さんですよ。」
言われて多治見が身を乗り出し、助手席にいる【TEGATA】を覗き込んだ。
「どういう事?」
間近に多治見が現れ、動揺を隠そうと車外へ顔を向けた。
「姉さんの特技で、人の筆跡を完全コピーできんすよ。」
「筆跡を完全コピー?」
「短い文ですがね。筆圧や癖なんかをコピーして、遺書を残すんです。」
「【TEGATA】。君は凄いね。」
「別に。そんな事無いわよ。」窓外を見ながら、無愛想に答えた。
「何て書いたの?」
逆に多治見は興味深深に、【TEGATA】の顔に近付く。
「――泉が捕まった。殺した刑事二人の事で逃げ切れない。死んで詫びる。ってところよ。近いの、もっと離れて貰える。」
「うーん。文章力は今ひとつかな?」そう言いながら、後部席へ深く座りなおした。
「ぶ、文章力が無くてスミマセン。」
多治見へ振り向き憮然と答えた。
「内容が実際と異なるのは不味かったな。」
「でも亀井野が殺したとは書いてイマセン」
「そう思うのなら、今からでも少し本を読んで、勉強した方が良い。」
「大きなお世話よ!」怒って前を向く。向いてすぐに振り向いた。
「そう言えば【ZANN】の髪を切ったって聞いたけど」
「あぁ。【ZANN】には悪い事をしたと反省している。だけど、あの精神状態のまま、【TATAKI】を殺させる訳には行かなかった。頭を冷やして、落ち着かす為には、【ZANN】の獲物を取り上げて家に帰すのが一番だと思って。勢いで切った。」
「髪は女の命なのに!」
「わかっているさ。今度、ちゃんと謝りに行くつもりだよ。それに、切った髪と獲物も返さないといけないし」
「切った髪を持っているの?」
「これかい?」そう言って内ポケットからロープ状になった髪の毛を取り出した。
「まさか【ZANN】に惚れたの?」
「それは無い。」
「でも女の髪を持ち歩くなんて――。ひょっとして、それで【TATAKI】を仕置きしたとか?」
「あぁ。せめても【ZANN】に一矢報いたと思わせたかった。まずかったかな?」
「それは、まずいでしょ」と運転をして、黙って傍聴していた【JITTE】が、ルームミラー越しに返した。
「そうか。やっぱりまずかったか――。」
多治見は両肩を落とし俯き呟く。
「ですよね。姉さん?」
助手席に振るが返事が無い。前と横を交互に見ながら「姉さん?」と再度声を掛ける。
「優しいのね。【ZANN】も【SABAKI】に魅かれるかもしれない。」
視線をダッシュボードに落としたまま呟いた。
「姉さん?」呟きが上手く聞き取れず、申し訳無さそうに名を呼んだ。
「歳では向こうは若いけど、好みが優先よね。そうよ。熟女の体で魅了すれば落ちるかも知れない。」小声で何かを呟き続けている。
車は国道二四六号線に入り、渋谷方面へ向かっている。三軒茶屋を過ぎた辺りで、多治見が【JITTE】へ声を掛けた。
「君は何処に住んでいるの?」
「実家は浜松ですが、表の仕事上、関東圏内の方が利便性が良いので、横浜市内にアパートを借りて住んでいます。」
「横浜なんて、また随分とトレンディな所に住んでいるんだね。」
「お陰様で。」
「仕事は?」
「パソコン関係の会社をやっております。」
「社長かい。凄いね。」
「自分一人の個人商店ですから、凄い事は無いかと。」
「それで、情報通なのか。そうか、表向きはパソコン関係の会社で、その実態はハッカーかい?」
「だから【SABAKI】は怖いんすよ。何か、一言二言で詮索して言い当ててしまう。個人情報が吸い取られている感じですよ。」
「そんな積りは毛頭も無いけどね。」
【JITTE】はルームミラーの中で、首を横に振った。
「【TEGATA】は?」
声を掛けたが、先程から自分の世界へ入ったきりで返事は無い。
「姉さん」運転席から【TEGATA】の肩を叩いた。
「何?」自分の世界から呼び戻され、邪魔をした【JITTE】を睨んだ。
「【TEGATA】の家は何処なの?良かったら教えて貰えるかな」
突然自宅を聞かれ、何を勘違いしたのか「私の家を知って訊ねて来ても、すぐには入れないわよ。そんな軽い女じゃないから。」
「いや。ただ二人の事をもっと知りたくて聞いただけだよ。訊ねる積りは無いよ。不快にさせて悪かった。」
「えっ。そ、そんな別に――」
もう一押しすれば話せたと、素直になれない自分を少し悔いた。
「【JITTE】は【TEGATA】との付き合いが長いよね。いつもこうなのかい?」
「いいえ。普段は沈着冷静。氷上の冷女。ですよ。」
「【JITTE】。変な言い方はよして。冷た過ぎる女だと、誤解されるじゃない。」
できる限り好印象を与えたいと、ムキになって【JITTE】を責めると、多治見は無遠慮に発した自分の言葉に責任を感じた。
「僕が悪かった。ごめんよ。二人を知る良い機会だと思って聞いたんだ。お互い知らない方が良い事もあるし、この話しはここまでにしよう。」
「え――。」【TEGATA】は残念な気持ちを見事に顔に出した。が、多治見の位置からは、それを見ることはできず。三人は沈黙した。
神泉の交差点を右に折れ、旧山手通りへ車は入った。多治見の自宅近くまで来ると、沈黙を破り多治見が二人へ言った。
「今日はありがとう。二人がいてくれたから、【ABURI】の心から、悪しき思い出を少し祓えたと思う。僕の部下達は、葬に入る前からそれぞれ心に傷を負っている感じがする。今更、人間らしく生きろなんて事は言えない。まだ入って間もない、中年オヤジがどこまで出来るかわからないけど、各々が心の奥に仕舞った負の遺産を、少しずつでも軽く出来たら良いなと思っている。【JITTE】、遠いのに送って貰ってありがとう。多分【JITTE】は、【TEGATA】を送ってから自宅へ帰るのだろうから、気を付けて帰ってください。」
ドアを開けて素早く降りドアを閉めた。それ以上何かを言うのでもなく、二人が乗った車を見送る事もなく、多治見は反転して歩き出した。
「怒らせちゃったかな?」
車が発車してバックミラーに映る、多治見の後ろ姿を見ながら【TEGATA】が言った。
「気まずさは、結構高かったと思いますよ。」
「あぁ――。どうしていつもこうなのかな――。」
「しょげているのは、姉さんらしくないですよ。」
「私をノー天気の様に言わないでくれる。それに『姉さん』と呼ぶなと言っているでしょ!」
「そんな。自分の失敗をこちらに振られても――」
「そうよね。振られたわね――。さっきのあれは。」
「首都高に乗りますよ。」
「良いわよ。今夜なら、ホテルでも付き合ってあげるわよ」
「結構です。赤羽は遠いですよ。自分は何時に帰れるのか……。明日は珍しく表の仕事なんすよね。それが済んだら、実家へ顔だそうかな。」
「あら。珍しい事言うじゃない。」
「【SABAKI】は危険な人間だけど、親父に似ているところがあるんすよ。」
「あら。ホームシック?」
「ですかねぇ。」
夜の首都高速を、最高速度ギリギリでワンボックスは走って行く。




