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SABAKI 第一部 勃焉  作者: 吉幸 晶
16/18

仕置き再び


     仕置き再び



 宮下公園の現場に着いた多治見は、警察手帳を見せて現場まで入って行き、先日会った刑事課課長の泉を見付け駆け寄った。

「相良が殉職したと」

 息を切らしながら泉へ問う。

「あぁ。君か。確かに相良は死んだよ。殺された。射水も恐らく助からんだろう――。」

 気落ちして、怒りさえ消えてしまっていた。

「昨日、相良から亀井野を調べていると聞きました。」

「奴のアリバイを調べると言って、射水と成城へ行くと言ったきり連絡を絶った。今朝、四時頃。ここを通った新聞屋が、そこの植え込みに倒れている二人を見付け、あわてて警察と消防へ電話して事件が発覚した。」

「相良は成城へ行ったのですね。」

「あぁ。成城砧署へも挨拶へ行ったので、それは間違い無い。」

「法務省から圧力が掛かったとか?」

「加賀谷の事件を追っているうちに、亀井野潤一の名が上がり調べ始めた直後に、法務大臣の息子に何の容疑が掛かっているのか、説明に来るよう連絡があった。その時は私が出向き、加賀谷との繋がりが有りそうな人間全員のアリバイ確認をしている。と告げると、法務省の役人も納得した様子だった。」

「一昨日ですが、その加賀谷の弟と仲間の五名が、法務省へ呼ばれたきり、戻らないとの連絡がありましたが」

「相良から聞いた。だから()む無く、成城行きを許可した。その結果がこれだ……。」

 泉は多治見を睨んだ。

「一体君は、何処まで知っているのかね。教えて貰えないだろうか?」

 多治見は違和感を覚えた。漠然とだが『何かおかしい』と。

「申し訳御座いません。私が同期の相良の為にと出した情報の所為で、こんな事になってしまい。お詫びのしようもありません。」

「本当だよ。君の情報の所為で、相良と射水は死んだも同然だ。一体どこから仕入れた情報なんだ。まだ他に有るのかね?」

「相良へ話した以上の事は、生憎持ち合わせてはおりません。」

 多治見は違和感を抱えたまま、泉へ頭を下げ現場を後にした。


 多治見はその足で、相良と射水がいる病院へ行った。受付で警察手帳を見せ、霊安室の場所を聞き訪ねた。


 ドアを軽くノックする。

 しばらく経ってそっとドアが開く、相良の妻の清枝が顔を出した。

「あら多治見さん――。」

 清枝は多治見の顔を見るなり泣き崩れた。多治見は清枝の体を支えて部屋の中に入った。

 部屋の真ん中に、白い布を掛けられ相良が寝ていた。多治見は清枝を椅子に座らせてから、相良に近付き手を合わせた。

「清枝さん。相良の(かたき)は必ず取ります。」

線香を手向けて、相良と妻の清枝に誓うかのように言った。

「気を付けてください――。相良が昨日、もしもの時は多治見さんへこれを渡す様にと」

 清枝は黒い手帳を多治見へ渡した。受け取ると中身を確認する。加賀谷と亀井野の事が、色々と書かれていた。

「確かに、相良の意思を受け取りました。相良の上司の泉課長へも知らせておきます。」

 清枝の顔が曇ったのを感じた。

「何か?」

「相良は――。主人は多治見以外の者を信じるな。と昨夜の電話で申していました。」

「まさか内部に?」

「分かりません。昨日も誰かに付けられていたので、成城砧署で撒いたと申しておりました。」

(目明しの見張りが裏目に出たのか!)

「ただ信じられるのは多治見だけだと。昨日出掛ける時にも――。」

「わかりました。これは僕一人の物にします。また、来ます。」

 相良と清枝にそう告げ霊安室を後にした。


 病院を出ると奉行へ電話をした。

数回呼び出し音が鳴っている。

「君のやりたい様にしなさい。責任は私が取る」そう言って切れた。

 空かさず【JITTE】へメールを入れた。


《亀井野の自宅は裏手に抜け道があるのでは?すぐに確認をしてください。》 


 そして新宿南署へ電話を入れた。

「多治見です。吉田君かい?課長へ繋いでもらえますか?」

「はい。萩本です。」いつも通り間髪入れずに出てきた。

「課長は、渋谷中央署の刑事課長の泉警部をご存知ですか?」

「泉さん?あぁ、私のひとつ上になるかと思うけど?泉さんがどうかしたの?」

「いいえ。私の時にも色々とお骨折りをいただきましたので、今朝の渋谷中央署管内の事件でも、気を落とされていたので、近々ご自宅へご挨拶に伺おうかと思いまして」

「そうですか。」

「ご自宅はご存知ですか?」

「泉さんは確か、成城にお住まいだったと思いますよ。」

「成城ですか?」

「はい。警部昇進の祝いの時に、帰る方向が一緒だといって、タクシーで成城のご自宅前で降りて、私は祖師が谷なのでタクシー代を出していただきましたから、越されて無ければ間違いは無いですよ。」

「ありがとうございます。やっぱり最後に頼れるのは課長だけです。」

「そんな事は。ないさ。では、気を付けて」

 電話を切った多治見の目には尋常では無く。怒りや憎しみに満ちていた。


 【ABURI】と【JITTE】と【TEGATA】の三人へメールを出した。


《亀井野潤一は渋谷中央署刑事課長の泉と繋がっていると思われます。今回のターゲットはあくまで亀井野潤一、一人です。各々、刑事が下手人の仲間だという事を念頭に、ミスと事故の無きよう対処願ます。また、刑場と裁きの時は【ABURI】の采配通りで変更は不要。お奉行へは私から連絡します。泉は表の仕事で成敗します。》


 メールを送信してから、多治見はお奉行へ再度電話を入れ事の仔細を説明した。

「先程は失礼をした。周りに色々と居てな。」

「気にしてはおりません。お陰で好きに動けました。」

「許可など気にせん癖に――。それよりも、まさか現役の刑事課長だとわな。表で処理して良いのかね。」

「当然です。泉のした事を公表した上で裁かれなければ、死んだ相良が浮かばれません。」

「わかった。急ぎ彼の身辺を調べて、君の考えが合っているのか確認しよう。そして疑惑が本物になった時には、逮捕だ。」

「ありがとうございます。」

「ところで今度の仕置きは、君が担当すると聞いたが?」

「はい。【ABURI】には、子供の頃に亀井野と接点がありました。恨みを持っていると、彼の口からも聞いておりますので、彼にはかわいそうですが、私のサポートに付いて貰います。」

「でも、仕掛けは【ABURI】の物を使うとか?」

「はい。彼の思いを少しでも晴らせれば、彼も前を向けるかと」

「君はやはり、何処にいても素晴らしい上司だな。」

「お褒めに預かり光栄です。」

「また。心にも無い事を――。部下にするには最悪だ。」

「ありがとうございます。」

 電話が切れた。すぐに【JITTE】から電話が入った。

「どうでした?」

「【SABAKI】の言う通り、裏手には民家が隣接しておりました。その家を素通りすれば、誰の目にも触れずに外出が可能です。」

「ちなみに。その家は泉って言わないか?」

「何故に?」

「やっぱりそうか。」

「時々、自分の仕事に自信が無くなる時があります。」

「それは困ったな。」

「――。【SABAKI】。貴方が原因なんすがね。」

「情報暦十二年のベテランが、何を言い出すのかと思えば」

「刑事の勘には、十二年なんて足元にも及びませんよ。」

「頼りにしているよ。次は刑場で会えますかね」

「正直、あまり会いたくは有りませんが。」

「嫌われたのかな?」

「信頼したのですよ。」

「安心しました。」

「ひとつ新情報です。亀井野法相は、本件とは何ら関係はありませんでした。潤一の単独のようです。」

「でも息子のした事で、辞任は間逃れないでしょう」

「しかし潤一の件は表には一切出ませんよ。」

「いいや。泉の悪行が出れば、まだ衆議院議員だった頃の、息子のした行為への隠蔽工作などが問われる。」

「そうでしたか。それで泉は表で成敗すると――。【SABAKI】は敵に回したくないですね。」

「如何して?」

「殺し屋以上に怖い存在ですよ。姉さんには、諦める様に言い聞かせますから」

「何の事だい?」

「では、刑場で。」

「よろしく」


 一週間が過ぎた。多治見は相良の葬儀に参列して、最後の別れを告げた。そして亀井野潤一への最後の三役会を済ませた。月も十二月に入り、世間一般の誰もが忙しく動き出そうとしている。順調に行けば、明日十二月三日が亀井野潤一の仕置きとなる。

 渋谷中央署刑事課課長の泉は、一週間前に本庁に呼ばれ、連日の監察官の取調べを受け、昨日限界を超えて、ついに相良等警部補と、収容先で死亡した射水哲也巡査部長の殺害を自供し始めた。が、頑強に亀井野潤一や亀井野法相との繋がりについては口を閉ざした。


「頑固な奴らしいな。泉は」

 奉行へ明日の仕置きの報告をしていた。

「丁度、宜しいかと」

「何がだい?」

「下手人を誘い出すのには、いい材料かと」

「君は抜け目が無いな。その為に泉を――」

「【ABURI】のシナリオに、新しい役所(やくどころ)が増えましたので、それなりに配役を足しただけですよ。」

「しかしその為に、警視庁のトップを顎で使うなんざ」

「お言葉を返すようですが、私は進言したに過ぎません。ですから、警視庁一課と監察官の手柄になっているのかと。」

「君の事だ、明日の仕置きの心配はしないが――」

「お任せください。奉行が相良と射水君の(かたき)を取っていただけるのです。私は亀井野に苦しめられた人達の敵を取るだけです。」

「葬のご法度を知っていると思うが、【ABURI】は今回の下手人に仕置きは出来ない。忘れぬ様に。」

「承知しております。ご法度を、掟を破る程慣れてはおりませんので。ではまた明日、澄みましたらご連絡をいたします。」

「頼む」


 金曜の夜。サラリーマンや役所勤めの者達は、土日休みが多い。だからなのか夜通しで飲む事も少なくは無い。特に、大都会の新宿や渋谷では、書入れ時で深夜から明け方まで賑わうのであった。

「係長、今夜一杯いかがですか?」

 吉田巡査部長から声が掛かった。

「ごめん。今夜は先約が有ってね。」

「そうでしたか。久し振りに、週末と非番が重なるので、飲みに行ければと」

「悪いね。旧友と会う約束なんだ」

「変わりに、課長でも誘いましょうか?」

「良いじゃないか。喜ぶよ課長。驕りかもしれんよ。高価な肴をねだると良い。」

「そうですか!では早速誘ってみます。」

 吉田が課長を誘いに行ったのを期に、帰り支度を整え部屋を出た。普段であればJRに乗るのだが、今日は小田急線の駅へ向かった。


 新宿駅の金曜日の夜は、平日の倍以上の人で溢れる。週末の当直担当を代わって貰おうとしても、大抵は断られる。なぜなら、昼間以上に忙しい。平日の昼間にはいない、酔っ払いの対応だけで疲れと苛立ちはピークを迎える。近頃は正体を無くした女性の酔っ払いが増え、男性の警察官での対応も限度があり、婦警の当直も増えてきた。職種で人気が今ひとつなのも頷ける。


 多治見は混む急行を避けて各駅に乗った。シートに座ると疲れが眠気を誘う。浅い眠りから醒めると、運良く次が登戸であった。

 布石は今日の午前中に打った。課長に麻布署へ用事があると告げ、出掛ける許可を貰い、六本木のタワーマンションへ出向いた。そこで亀井野潤一と初めて会った。渋谷中央署の刑事と名乗り、泉の件で極秘に会いたいと告げると、二つ返事で時間を指定してきた。指定された時間に訊ねると、人気が無く防犯カメラにも映らない場所があると、駐車場の一角へ誘われた。

「泉の件だとか?」

 テレビで観た時より、気が弱そうで落ち着きが無い。貧相な男でがっかりさせられた。が今夜の誘いには乗って貰わなければならない。

「泉が口を割りそうだ。」

「な、何の事だ。」

「君が相良と射水の両刑事を殺害した事だよ。」

「い、意味が判らない。」

「そうか?君なら、法相の私設警備の口を利いて貰えると思って来たが。無駄足――か。」

「あ、あ、当たり前……じゃないか」

「では失礼するよ。あっそうだ。刑事殺しは死刑って知っているよな。泉が自宅を通して、君を秘密裏に外出させていた事はもうじき吐く。いつも通り、女遊びに行く程度の事と思っていた。まさか君が、刑事を殺しに行くなんて事は、まったく知らなかった。って白を切ると思うぜ。」

「おっ。俺は――」

「覚悟を決めて、警察が来るのを待ってんだな。」

 そう言い残し立ち去ろうとした時「まぁ、待ちなよ。折角来たんだ。もう少し話しを聞いても良いよ。」亀井野が乗って来た。

「いいや。このあと面接が有る。長居はできない。」

「待てって言ってんだろ!」

 突然、大声を出され振り向く。

「一度しか言わんよ。今夜十二時に登戸方面の多摩川の堤防に来い。」

「何故?」

「そこに今夜、君を死刑から救ってくれる人が来る。」

「し、死刑って何だ?」

「そうかい。良く分かった。お好きにどうぞ。」

「ちょっと待てよ!」

「ふざけるな!こっちはこれからの生活が掛かってんだ。泉に関ったお陰で俺はクビだ。お前の様な奴に費やす時間など無い。早く死刑にでもなればいい!」

 亀井野は小走りに多治見に近付くと「本当に助けてくれるのか?」と縋ってきた。

「俺の言う通りにすれば、裁判はおろか刑務所へも行かせない。」

「今夜十二時に登戸方面の、多摩川の土手に行けば良いんだな。」

「一人でだ。遠くから彼等の仲間が見ていて、誰かが一緒であれば、誰も現れない。その時は諦めて刑を受けな。」

「わ、分かった。必ず一人で行く。」

「誰にも告げずに?」

「勿論だ。誰にも言わない。」

「泉がいなくても自宅の裏側から、誰にも見られずに出て来られるか?」

「当然だよ。何度もそうやって、アリバイを作って来た。泉がいなくても問題は無いさ。」

「そうかい。ところで逃がし屋に支払う金が二百万程要る。用意しとけよ。」

「金?」

「当たり前じゃないか。俺は逃がし屋を紹介するだけ。その見返りに法相を紹介して貰い職に就く。」

「わかった。親父には、俺が無事に逃げたら連絡してやるよ。」

「交渉成立だ。では相手に連絡しておく。ドタキャンは命を持って払うのが掟だ。警察以外からも、命を狙われる事が無い様にな。じゃ。」

「ちょ、ちょと待てよ。向こうの名前は?」

「大丈夫。向こうから近付いてくるから。名前を聞かれたら、自分の名を答えるだけだ。それが暗号になる。」

 

 多治見は先日行った部屋に入った。夕飯と飲料水は新宿で買って来た。部屋に持ち込み早い夕食を済ませた。

「まだ、三時間はあるな。仮眠を取るか」

 寒さを我慢して、上着に包まり椅子の上で頭と体を休める。


 葬の携帯が振動している。

 【ABURI】からのメールだった。


《サポート位置につきました。》


《了解。下手人は見えるか?》


《まだです。》


《そろそろ動く。待機のこと。》


 多治見は部屋を出て河原へ向かった。慣れない河原の夜道を、たどたどしい足取りで歩いて行く。刑場に着くと、コンクリートの柱の一本に身を隠した。隣の柱には【ABURI】が待機しているのが、月明かりで辛うじて見えた。


 しばらく待つ。約束の五分前に、亀井野がやって来るのが、多治見の所から確認できた。

 大きく息を吸い込む、そしてゆっくりと吐く。何度か繰り返して、タイミングを取り始めた。


 亀井野は辺りをきょろきょろしながら、注意深げに近付いて来る。タイミング良く亀井野の背を取り【SABAKI】が現れた。【ABURI】の位置からも確認が出来、絶妙のタイミングと安堵した途端だった。チャリンと音がして亀井野が振り返った。

「何だ昼間の刑事じゃないか。脅かすなよ。」

 周りに待機している葬全員が【SABAKI】の失敗を確認した。

「君がちゃんと逃げられるか見届けにきた。」

「それより、誰もいないじゃないか」

「実はさっき、十分ほど遅れると連絡が有った。お前一人では、何も知らずに十分も待てないだろうと思ってな。急いで来たんだ。礼を言って貰いたいほどだ。」

「そうかい。しかしこんな所から何処へ行くってんだ?」

「それは逃がし屋の話で俺には関係ない。」

 上手くミスをリカバリーして見せたが、周りは固唾を呑んで見守るしか無かった。

「刑事二人を殺した奴が、何をそんなにびびってんだ?」

「殺したのは俺じゃない。やったのは泉だ。俺は車に乗せるのと降ろすのを手伝っただけだ。」

 流石に多治見も驚いた。

(相良達は上司に殺されたのか……)

「黙っちまって、どうかしたのかよ?」

「別に、お前がやったとばかり思っていたからな」

「俺は少女以外には興味ねぇよ」

「そう言えば、若い頃にも悪さをしていたとか聞いたが」

「若い頃?そんな昔の事なんか、とっくに忘れたよ。」

「中学の時に、女生徒をいじめで自殺に追い込んだろ?」

「えっ。」思い出しているようだ。

「あぁ。何とかって女だったな。確か親が登戸で加工の工場をやっていたとか。」

「良く覚えているじゃないか」

「それは。あれは、あれで思い入れが深いからな――。あいつの所為で、俺は大人の女に興味が湧かなくなっちまった。」

「どういう事だ?」

「中学二年の時に、興味本意で奴の小さな胸を触った。そしたら、(わめ)いて先公へ言うっていいだしやがった。俺は、そんな事したら親父に頼んで、お前の親父の会社を潰してやるって言ったんだ。勿論、出任せだぜ。それをあの馬鹿、真に受けやがって。『それだけは許して』ってさ、泣き出してよ。勢いってのは凄いものでよ。それじゃここで裸になれって言ったら。脱ぎ始めやがってさ。俺だけじゃない、仲間がいる中、素っ裸になりやっがた。そしたら、やるしかないだろ。」

 【SABAKI】は【ABURI】の方を見て『待て』の合図を出した。

「それから、何度もエッチな事をしたよ。やりたくなったら、空いてる教室に呼んで、しゃぶらせたり、我慢できない時は奴の中で出したりもした。」

「それで妊娠させたのか?」

「妊娠?誰のか分からないぜ。」

「何だと?」

「だって俺の女じゃないから、仲間がやりたいって言えば、やらせない訳には行かないだろ。俺の次は確か昌弘だったな。次が――。まぁいいか。一度に三、四人ぐらいで回したからな。」

「貴様!それで何とも思わなかったのか!」

 珍しく【SABAKI】が吠えた。

「お、お前が怒ることないだろ。」気圧(けお)されて身じろいた。

「その後、彼女のいじめを止めに行った奴がいただろ」

「あぁ。皆でボコって裸にして写真撮ったな。そしたら、何でも言う事を聞くんだよ。真冬のプールに飛び込めって言えば、飛び込むし、金持って来いって言えば、金を持ってくる。学校の備品を盗んで売らせた事もあったかな。そうそう。万引きなんか毎日やらせたよ。でも半月も経つと飽きてきてさ、授業中に素っ裸で校舎内を走らせた。確かその後だったよな。女が屋上から飛び降りたのは」

「それを転校先でも?」

「あぁ。やったよ。あっちでは先公だった。女の先公を犯して、写真撮って脅した。でもよ。大人の女の体は性に合わなくてさ。あの女って言うか――。あの時に中学生の未熟な体じゃないと興味が湧かないのに気付いた。」

 亀井野は空を見る素振りをして「あれからだ。小学生から高校生の女の子を襲う事に、快楽を覚えたのは。」

「貴様には良心は無いのか!」

 吐き捨てるように憤怒の声を向けた。

「持ってねぇよ。持ってたら、今のマンションに連れ込んで犯したりしねぇ。」

「すでに人間じゃないってことか。」

「そうかもな。だからやってる内に死んじまうのが出ても、平気で捨てられんだ。」

「何?」

「死んだ女は、仲間に言って海へ沈めさせんだ。」

 【SABAKI】の怒りはピークに達した。これ以上聞けば、怒りでこの化け物を殺しかねないと、最後の質問をした。

「加賀谷はどうして?」

「あんた、なんでそんなに色々聞くんだ?」

「お前の罪の数を知るためだ。」

「何だそれ。」亀井野が一歩退いた。

「怖いか?」

「何が!」口では強がるが、徐々に退き出している。

「加賀谷は?」

 退く亀井野へ再度問う。

「加賀谷は――。俺が見付けた八歳のモデルをよ。飯を食いに連れて行きやがったからだ。」

「ただそれだけか?」

「あぁ。そうだよ。あの娘は十二歳になるまでは、そっとして置きたい。絶対上玉になる。俺が目を付けた女を誘う奴は、早い内に始末する。そう思っていたら、殺しを請け負う奴が見付った。だったら始末するのは当たり前だろ。」

「貴様はクズだな。」

「あんたも同類だろ。」

「確かにクズだが、貴様と同類にされるとヘドが出る。」

 亀井野が【ABURI】の方へ近付く様に間合いを詰める。

「さっき刑事を殺したのは泉と言ったが、それも疑わしいな」

「あれは刑事が俺の外出のカラクリに気付いて、泉の家へ直接行ったんだ。泉が刑事に詰め寄られて、苦し紛れに隙を見て、泉が殴り殺した。俺は頼まれて、捨てるのを手伝っただけだ。」

「証拠はないな」

「刑事を殴った鉄棒が、砧公園の茂みに捨ててある。探せよ。」

「なるほど。どっちにしても、クズには代わらんか。」

「ふざけるなよ。俺には法相という親父(おやじ)が着いてんだ。刑事崩れのあんたとは次元が違う。」

 仕掛けた通りに【ABURI】のいる方へ退き出した。

「確かに違いすぎるな。」

「よう。まだ来ないのか。逃がし屋はよ」

 辺りに助けを求めようと、人影を探すが見当たらずに聞く。

「助けでも来ると思うか?」

「て、テメエ!騙しやがったのか!」

「貴様と違い、騙しはしない。」

【SABAKI】は【ABURI】の方を見やった。

「だったら早く俺を、安全な場所へ逃がしてくれよ。」

「安全な場所に逃がすなどとは、一言も言ってはいないぜ」

「どういうことだ。」

「裁判所や刑務所へも行かせないと言ったまでだ。【ABURI】悪いが、さっき獲物を落としてしまった。ニューフェイスの事故だ。後は君に任せる。」

「しかし掟が」

「『緊急時』って文字があったような気がする。」

「――。」

「緊急時だ。組頭の権限で許可する。【ABURI】()れ。」

「お前達は何者だ!」

(はぶり)と言う。お前には裁判を受けさせも、刑務所へ逃がさせもしない。お前の人生はここで閉じる。」

いつの間にか、亀井野の足元にはガソリン溜まりがあった。

「ま、待てよ。金ならほら、ここに二百万ある。これは手付け金だ。」

「それは三途の川の渡し賃だ。先に地獄へ堕ちて待っていろ。」

 【ABURI】は水鉄砲の様な物で、ガソリンを亀井野へ浴びせると指を鳴らした。火の粉が散って、亀井野の足元のガソリン溜まりに落ちた。一瞬で亀井野は火達磨になった。その炎が燃え上がった時には【ABURI】と【SABAKI】の姿はその場から消えていた。

 誰が通報したのか、発火後僅か数分で、消防車のサイレンが聞こえてきた。


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