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SABAKI 第一部 勃焉  作者: 吉幸 晶
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 電話が切れてから、奉行と【JITTE】へメールを送信した。内容は、渋谷中央署の刑事、相良に見張りを付ける依頼であった。相良の身を案じたのも有るが、強いては葬に近付く恐れを危惧しての事と伝えた。

 奉行からは『了解』の返信がきた。【JITTE】からは、『少し時間が欲しい』との回答であった。空かさず『奴の感は野獣並みだ。菅谷と加賀谷と【TATAKI】の関係に気付き始めている。注意に越した事は無い。』と返信をした。

(今夜会うのだから、その時に駄目押しをしよう)


 夕方になって、多治見は【ABURI】との約束の為、言われた登戸へ向かい出掛けた。

 登戸は小田急線とJR南武線の駅が併設された多摩川近くにある駅で、多摩川を渡る手前は東京だが、渡ると神奈川県川崎市に入る。通勤時間には昇降客の多い駅だが、平日の夜十時近くになると、人通りは田舎の駅と変わらない程に一気に減る。閑静な所であった。

 駅に着くと、指定されたマンションを探した。マンションは駅から小田急線に沿って、少し隣駅の向ヶ丘遊園駅側へ歩いた所に有った。

念の為、裏に回り非常階段を使って三階へ行く。通常、非常階段は外から開かない筈だが、試しに回すと扉は開いた。少し開けて中を覗く。マンションと呼ぶより団地に作りは近く、防犯カメラの設置は無さそうであった。

 目的の三○五号室の扉を軽く叩いた。中で人が動く気配を感じ取り、扉の横へ避けて慎重に相手を待った。

 鎖を外す音の後に鍵を回す音が続く。やがて扉は抵抗なく十センチ程開けられ、大男の影が見えた。

「【ABURI】か?」

「どうぞ。」扉は大きく開けられ、多治見を招き入れた。


「【ABURI】だね。改めて、新しい【SABAKI】です。」

「存じています。今日は三役会の前に時間を作っていただき、ありがとうございます。」

「大した事はないさ。で、なんだい僕に相談とは?」

「その前にこちらへどうぞ」とリビングへ案内され、椅子を進められた。多治見はその椅子に腰掛ける。

「ここは君の住居かい?」

「いいえ、今回の三役会の為に、【JITTE】へ頼んで借りてもらった部屋です。」

「下手人と刑場はこの近くで?」

「刑場はその予定です。」

 缶コーヒーを勧めながら答えた。

「それで、本題は?」

「はい。今度の下手人なのですが――。【SABAKI】は亀井野潤一をご存知ですか?」

「勿論」昼間テレビで観た、亀井野の顔がはっきりと浮かび、多治見は答えた。

「それがどうしたの?」

 俯き未だに真相に触れようとしない【ABURI】へ問うた。

「はい。実は亀井野の実家は一つ東京寄りの、成城学園に有ります。」

 多治見はテーブルの上に両肘を付き、指を顔の前で組んだ。そして正面に座って話しを始めた【ABURI】の表情を読み始める。

「亀井野潤一は色々な噂も有りますが、実は中学時代には、当時衆議院議員の父の力も有り、いじめの集団の中心人物でした。担任や学校だけではなく、教育委員会までが潤一の父親に()(へつら)う形で、潤一の悪さをもみ消しました。周りでは我慢できずに転校する子供や、()()く休学する子が増えると、もみ消しきれなくなり、潤一自体が転校する事になったのです。」

 言葉の端端に隠された意味を考えながら。多治見はじっと【ABURI】を観ている。

「その転校する前に、隣のクラスの女の子が自殺したのです。当時の噂では、潤一が強姦したとか、自殺しなければ父親の会社を潰す。などの脅迫を受けていたとか、色々と出ていましたが、どれも信憑性に欠ける噂に過ぎませんでした。しかしそれが、亀井野が転校するきっかけとなったのです。潤一が転校して、その学校のいじめは減少しましたが、逆に潤一の転校先では、いじめが急増して、はやり自殺者が出たのです。仕方なく潤一はアメリカへ留学と言う形で、二度目の転校をしました。その後は音信不通で潤一の情報は入っておりませんでした。」

 一息付くと【SABAKI】の目を覗き込んだ。多治見は掌を【ABURI】へ向け、話しの続きを催促した。

「――九月の頭に帰国後、六本木のタワーマンションに居を構え、暮らし始めたのですが、その頃から、そのマンションに中高生の女子生徒の出入りが目立ち始めたのです。潤一の部屋は防音工事が施されていて、中の状況は不明ですが、女子生徒に混じって、多種多層の、男の出入りの確認もできました。そしてある時、女子生徒の入る人数と、出る人数が合わない事に気付いたのです。」

 相変わらず多治見は無言で【ABURI】の話しを聞いている。

「私はお奉行へこの件を話しました。評定所が開かれ、【JITTE】が参入しました。そして私が掴んでいた情報通りに、やはり出入りの人数が時より違うと判明しました。僅かふた月で少なくても四人の少女が行方不明になっています。今回は『再発防止』を優先に、仕置きの許可を頂きました。」


 多治見は険しい目を【ABURI】へ向けた。

「君が私に相談したい内容は判りました。」

「――。」

「君は中学時代、亀井野潤一にいじめられていた。その気持ちを持ったまま仕置きをしても良いのか――。と言うことですよね。」

「どうして?」【ABURI】は驚きを隠せず聞き返した。

「一つ目、中学時代の話しが鮮明で細かい。二つ目、帰国後僅か二ヶ月で、亀井野潤一の住居とその所業を把握している。そして三つ目、君の目に『怒り』が見えた。以上の事から、君は亀井野潤一と面識があり、何らかの繋がりが有ると判断した。」

 会ってまだ十分ほどで、自分の心の中を見透かされた事に【ABURI】は【SABAKI】へ恐怖を覚えた。

「この事は、お奉行はご存知ですか?」

 柔らかく丁寧な言葉に【ABURI】はゆっくりと首を横に振った

「僕が恐ろしく成りましたか?」

 多治見を凝視して頷き答えた。

「君も知っての通り、僕は刑事です。しかも生活安全課の刑事です。いじめやストーカーの相談は数多く受けています。先程の君の話し方は、いじめを受けている側の人の話し方と似ていた。それに、亀井野潤一に対して詳しすぎるのも、君の心の奥底に、仕返しができる位置に自分がいる。だからこそ、亀井野の情報を常にキャッチしていた。僕は君が怖がる程の人間じゃないよ。それに――。僕もいじめられる側の人間だったしね。」

「そうでしたか――」【ABURI】は止まっていた息を大きく吸って静かに吐いて答えた。


「君の本名と仕事を教えて欲しいんだけど。いいかな?」

「はい。本名は杉村(すぎむら)(ひろし)三十五歳で独身です。神奈川の秦野と言う街で、父と金物店をしています。」

「神奈川の秦野?」

「昔は千歳船橋に店を出していたのですが」

「亀井野のいじめの件で、引越しを余儀なくされた?」

「はい。でも引っ越して良かったですよ。秦野は自然の多いところで、傷んだ心が癒されて、立ち直る事ができました。」

「それは良かった。葬には?」

「伊豆にお世話になった漁師さんがおりまして――」

「心を癒してくれた人ですか?」

「【SABAKI】には本当に驚かされっぱなしです。確かにそうです。向こうへ越した翌年の夏、家族で遊びに行った先で知り合いました。いじめで傷付いた私を、何度も釣りに誘っていただけて、色んな話しを聞いて貰っている内に、本当の明るい自分に戻れたのです。」

 多治見は微笑んで、何度も頷き【ABURI】の話しを静かに聞いた。

「三年前の冬でした。その人が自宅を尋ねて見えて『自分は癌で、余命が半年と宣告を受けた。君に私の稼業を継いで欲しい』と。」

「そうでしたか。残念な話しですね。」

「はい。その人は、いじめを受けた私だから、勤める事ができると言いました。結局私は先手と目明しと先代【ABURI】の打ち合わせに参加し、刑場へも同行しました。」

「どうでした?」

「確かに、下手人はそれ成りの罰を受ける悪さをしていると思いました。先代の仕置きを目の当りにして、『人殺し』には確かに退きましたが、それでも『死を持って制裁を下す』べき人間は世の中にいるのだと。」

「亀井野の顔がうかんだのだろう?」

「えぇ。確かに。だから聞いたのです。もし、亀井野がまだ悪さを続けていたら、殺しても良いのかと。」

「返事は?」

「『お奉行の下知に従え』と」

「素晴らしい先代ですね。」

「はい。」

「それでお奉行は何と?」

「実は今の話しは、まだお耳に入れてはいないのです。」

「正直に打ち明けてくれて良かった。」

 多治見は笑顔で【ABURI】をみて言った。

「今からでも伝えてみてはどうですか?」

「遅過ぎてはいないかと……」

「まだ、仕置き前です。遅い事は無いですよ。」

「分かりました。今からお伝えします。」

 そう言って携帯を取り出し、奉行へ電話をした。


 電話の間、ベランダへ出て夜の街を見ていた。数分で【ABURI】が呼びにきた。

「お奉行は何と?」

「【SABAKI】の指示に従えとの事でした。」

「ほう。こっちへ振ってきたか。奉行は怒ってはいなかったでしょ?」

「はい。言い出して来るのを待っていた。とおっしゃっておりました。ありがとうございました。」

「良かった。ところで君と亀井野の件は、これから有る三役会で、二人の組頭へも、詳しく話して貰うよ。」

「そのつもりです」

「では二人が来るのを待ちましょう」

 時計は二十二時五十二分を指している。

「もう来ているかもしれないな。」多治見がひとり言のように呟くと、聞いていたかのように、扉をノックする音が聞こえた。


 【ABURI】が多治見を迎え入れた様に、【JITTE】と【TEGATA】を連れて居間へやってきた。

「正式には始めましてかな?」多治見が二人へ言う。

「はい。」と長身の男が答えた。

「私が【SABAKI】です。君が【JITTE】だね。よろしく」と長髪の男へ握手を求めた。出された手を【JITTE】は握り「良く分かりましたね。」と答える。

「そして、貴方が【TEGATA】ですね。よろしく。」

 ボブカットの女性へ手を伸ばす。

「こちらこそ」と握手をしながら、素っ気無く返事をした。

「挨拶はここまで、二人には悪いけど、今日の三役会の進行は【ABURI】にしてもらいます。」

「異議なし」と二人が同時に返事をした。

 多治見は【ABURI】を見て「では始めて」とだけ告げた。


「今回の下手人は亀井野潤一、三十五歳。今回は稀なケースになります。何故かと言うと、亀井野は姑息で逮捕暦がありません。しかし、幼少の頃からいじめを先頭に立って行い。いじめが原因で、二人の中学生が自殺をしております。その頃からアメリカへ留学という名目で渡米しはじめ、今年九月までに何度か帰国しては、また渡米をするということを繰り返しています。帰国時には父親名義の、六本木にあるタワーマンションと成城の実家を使い分けしています。」

「父親が法務大臣と聞くけど?」

「事実です。」

「現状は?」【TEGATA】が問う。

「マンションに中高の女生徒を連れ込み、麻薬の密売とその客へ、売春をさせているとの情報は得ています。ただ一番の問題は、その女生徒の入りと出の人数が合わないことです。時より、大きな鞄や荷物を持った男達が、出てゆくのを目にしますが、この点は目明し組に調べていただきました。」

「船で沖へ出て、すぐさま沈めてしまうので、中身の確認はできていません。恐らく船上でセメントか鉄などの錘を付けて、そのまま沈めているかと推測しています。」

「お奉行からは、『少女へ対する性的虐待と殺害の再犯防止として』仕置きの下知はいただきました。」

「当然『死罪』よね」

「はい。」

「仕置きは【ABURI】が?」

「それに付きましては、お二人にお話しがあります。」

「何?改まって」【JITTE】が【ABURI】を見た。

「昔、亀井野にいじめを受けて自殺した二人の中、一人は私の幼馴染で、実は私自身も、亀井野にいじめられておりました。」

 二人は動揺して多治見へ視線を向けたが、多治見は腕を組み、目を閉じたまま寡黙を通していた。

「彼女は『父親の工場を潰せる』と脅され、亀井野から性的虐待を受けるうちに妊娠して自殺しました。」

「何故そんな事を知っているの?」

「彼女から自殺する数日前に聞いたのです。そしてそれが許せなくて、翌日学校で亀井野を追求したら、その日の帰りに、亀井野と十人程の仲間に囲まれ、殴る、蹴るの暴行を受けました。気絶すると裸にさせられ写真を撮られました。」

 【ABURI】は肌着を捲り上げ、古傷を三人へ見せた。痣は治りきらずに残り、縫った跡が何箇所も有り、痛々しさが見て取れた。

「それ以来、裸の写真をネタに、お金の要求を受けたり、万引きや真冬のプールへ飛び込んだり、授業中に素っ裸で校舎内を走らされたりしました。彼女はそんな私の姿を見て、自分の所為と思い込んで、校舎から飛び降りて自殺したのです。」

 下を向き【ABURI】は両手の拳を力いっぱいに握った。

「やがて私は心を病み、それに気付いた両親は引越しを決心してくれて、今の私がいるのです。」

「なんて事。昨今、似たような事が、新聞やテレビのニュースに取り上げられているけど、やっぱり昔から有ったのね。」

「私は亀井野へ、殺意に似たものを持っています。そんな私が仕置きをしては、葬の掟を破る事になります。」

「でも【ABURI】がここまでやってきたのでしょ。引き続き仕置きすれば良いじゃない。」

 【TEGATA】は続行を支持した。

「でも姉さん。掟は掟ですよ」

「そんなの、私達三役が黙っていれば良いのよ。絶対に許せない!亀井野は私が仕置きしたいぐらいよ。」

(あね)さん。物騒な事は無しですよ。」

「『姉さん』と呼ぶなと何度言えば理解する!」

「スミマセン。つい。口を吐く物で。」

「私が【ZANN】なら、とっくに始末されているわよ。」

「二人は長いのですか?」

 唐突に多治見が聞いた。


「僕は十二年になります。」【JITTE】が先に応えた。

「私は二十一年って所かしら。女性に年齢を聞くなんて有り得ないけど、それが?」

「済みません。ただ良いコンビだと思ってね。」笑みを浮かべて答えた。

「腐れ縁ってやつですよ。ねっ。姉さん」

「黙れ。ホントに一度、怒突くぞ」

「先程【TEGATA】が言った、我々が黙っていればと言う件だけど、奉行は既にご承知です。このまま【ABURI】に任せるのは掟破りになります。」

「今更、誰に代えるんすか?」

「【TATAKI】は【SABAKI】が始末したし、【ZANN】はやはり【SABAKI】が戦意を喪失させた。残るのは【NAGARE】だけど、彼だって菅谷に付きっ切りだったのよ。」

「僕がいますよ。」

 三人が一斉に多治見を見た。

「ニューフェイスだけど、僕だって仕置き組です。」

「【SABAKI】。あなたは一昨日【TATAKI】を始末したばかりじゃない。」

「あれは、組頭としてのけじめですよ。でも今度は仕置き組の一員としての仕置きです。」

「しかし――。」

 言い掛けた【JITTE】の言葉を遮った。

「仕掛けと采配は【ABURI】が立てたものをそのまま使う。そして間違いの無い様に【ABURI】、君がサポートに入ってください。」

「はい。」

「しかし、入っていきなり二人は厳しいのでは?」

「心配をしてくれるのかい。【TEGATA】は見た目通り、優しいひとだね。」

「あっ。ちっ、違うわよ。心配は葬全体をしていて、決して貴方の、【SABAKI】の為だけでは無いわよ。」

「姉さんの好みは【SABAKI】だったんすか?ちょっとジェラシーかも。」

「ばっ。馬鹿な事言わないで欲しいわね。殴るよ!」

 二人の話しを微笑みながら聞き、多治見は、自分が仲間として受け入れられた事を実感した。

「では【ABURI】。仕掛けの説明と采配を頼むよ。」

「わかりました。」そう言いながら携帯を操作した。

 三人の携帯に一斉に着信が来る。各々が添付データを開き、準備が整うとデータを基に話しが始まった。

 秋も深まり静かな長い夜は、打って付けの時期でもあった。遠くで夜鳴きラーメンのラッパが聞こえた。日付も変わった頃、やっと本題の取り組みが始まった。今夜一晩を掛けて、細かい打ち合わせが行われる。

 一人の下手人を仕置きする為に、ミスが起きないように。また、起きた時の対処方法。仕置きした後の逃げ方や証拠の隠滅方法など、殺しのプロ達が、詳細且つ綿密に、話し合うのであった。

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