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SABAKI 第一部 勃焉  作者: 吉幸 晶
12/18

弔い


     弔い



 妻の美佐江と娘の奈美が、菅谷に殺されてから二日が経った。

その菅谷は、渋谷の宇田川町交番近くで、何者かにより刺殺された。恐怖で仲間を押さえ付けていた事も有り、菅谷を殺した容疑者は、数十名に登った。

捜査が始まった時には、多治見自身も容疑者リストに乗ったが、警視総監と面会をしていたアリバイが立証され、早い時期にリストから名前が消された。それにより、やっと二人の通夜を営む事ができた。

遺影の二人は笑っているが、棺の中の本人は二度と微笑む事は無い。


弔問客は新宿南署を筆頭に、警視庁や都内所轄署の、生活安全課の課員が訪れた。その他には、娘の同級生や部活関係者、保護者会に美佐江の友人と町内会、油絵教室など思っていた以上に多く、葬儀の会場となった寺では入りきれず、外へ長い列ができていた。


「随分と多いわね。」四十半ばのボブカットの女が呟いた。

「人望の有る人らしいから、当然と言えば当然でしょう」

 長身で長髪の男が静かに答える。

「『お奉行』も大胆な命令をだすものね。何も葬儀に参列しろだなんて。私達は常に他人のはずよ。」

「それは言える。ましてやマスコミまで来ている所へ、顔を出すなど以っての他。」

「見た所、肝心な『仕置き組』は誰も着ていないし。帰ろうかしら」

(あね)さん。ここでそれはもっとも危ない行為ですよ。」

「どうして?」

「葬儀に参列して、お焼香もせずに途中で帰るのは目立ちます。印象に残り安い。折角だからお焼香させてもらってから、お暇しましょう」

「それもそうね。わかったわ。でも『姉さん』と呼ぶのはやめてと言っているでしょ。」

「失礼いたしました。」

 読経が流れ始めると、長い列が少しずつ動きだした。列が折り返した所で「あれ?」と『姉さん』と呼ばれた女が声を漏らした。

「……」

「ねぇ。向こうのあの女。雰囲気が【ZANN】に似てない?」

「あれ。ホント。髪を伸ばせば【ZANN】その者ですよ。まさか失恋でもしたんですかね?」

「あんたのそういう馬鹿なところ。嫌いじゃ無いよ。でもね。今時の女が――、況してや【ZANN】が、失恋如きで髪を切るわけ無いでしょ。あれじゃ獲物を隠せないわよ。」

「でも少し後ろにいるのは【NAGARE】ですよ」

 そう言われ体を少しずらすと、列に並んでいる【NAGARE】の顔が見えた。

「それじゃ、間違いなく【ZANN】。」

 対向する形で二組の男女がすれ違うが、どちらも他人を装い声は掛けない。

「やっぱり【ZANN】だったわね。」離れてから呟く。

「【ZANN】でした。私の情報網にも【ZANN】が断髪したなど有りませんよ。」

「『お奉行』が私達を呼んだ理由が分かった気がするわ」

「【ZANN】と【SABAKI】の顔合わせ――ですか。」

「起点が効き過ぎの上に、女の心情を汲めないから。あんたはその歳で結婚どころか、女の一人もできないのよ。」

「一人身の姉さんに言われても、ここには伝わって来ませんよ」

 男は胸を軽き叩いた。

「明日には結婚しているかもしれないじゃない。」

「えっ。そう言うお方がいらっしゃるのですか?」

「いなくて悪かったわね。」

 女は顔を逸らし、不機嫌さを見せ付けた。


「新情報です。」男が女へ呟く。

「どんな?」

「まだ、渋谷中央署内の内密な事です。」と前置きをして続けた。

「【SABAKI】が見事に初仕事をこなした様です。【TATAKI】の死体が、加賀谷の入院先の病院で見付りました。」

「本当?」

「はい。【TATAKI】は白衣を着て、加賀谷の病室に近付く為に、夜間の医局へ潜り込んでいたようです。」

「他の医者の前で裁きを?」

「いいえ。隣にある医者専用の、休憩室のソファの上で、絞殺体で見付ったみたいですね。」

「絞殺?また随分と地味ね。先代はドスで刺して。男を感じたわ。」

「姉さん。」と女を睨んだ。

「悪かった。」

「その締めた紐ですがね。何か特殊な紐の様で、鑑識も首を傾げているとか――。」

「まさか」一瞬、女は青ざめた。

「何か?」女の異変に気付き問う。

「何でも無いわ。」

「そですか?」

「【ZANN】の髪で締めたのかも――って。考え過ぎね。」

「そですよ。考え過ぎですって」男は何も考えずに否定した。


 【ZANN】と少し遅れて【NAGARE】が焼香を済ませて出てきた。【NAGARE】はすぐにマスコミに囲まれ、質問を浴びている。

「あんなに顔を売ったら、裏の仕事に支障が出るわよ。」

「本来が弁護士なのですから、仕方無いですよ。」

「こっちの身に成れば、その軽口は絶対に叩けないわ。」

「ごもっともで」

 マスコミで賑わう傍らを、【ABURI】が抜けて行くのを男が見付けた。

「何だ。結局『仕置き組』は全員、弔問に来ていたんですね」

 歩き去る【ABURI】へ目を向ける。

「本当だわ。でもそうなると『お奉行』も来るって事かしら?」

「まさか。それは無いでしょう。警視総監ですよ。それこそ大事ですよ。」


 通夜も滞りなく進み、弔問客も皆帰った。多治見は一人、祭壇の前に座り込んで、微笑む二人の遺影を見ていた。

「遅くに失礼をするよ」

 多治見は遺影から、その声の主へ視線を向ける。

「総監!」

 多治見が大急ぎで立とうとするのを制して「そのまま。そのまま」と肩に手を当て、横へ座り胡坐(あぐら)をかいた。

「人の多い時に来るのも(はばか)られる。こんな時間になってしまった。」

「お忙しいところ、ありがとうございます。」

「お線香を上げさせてもらっても良いかな?」

「ありがとうございます。」

 岩本が線香を手向けると、煙がゆらゆらと昇って行く。

「色々と苦労を掛けてしまったな。特に、【ZANN】を助けて貰った。あの意地っ張りが、素直に君の言う事を聞くなどと、正直思っていなかった。それと【TATAKI】の処理は見事だったな。」

「上司が部下を守るのは当たり前ですよ。ただ【ZANN】の髪を切ってしまった事が気がかりです。」

「髪は放って置いても、勝手に伸びる。しかし命はそうは行かない。」

「獲物と髪を返したいのですが」

「それは受け取らんだろうな。」

「しかし――」

「君が持っていれば良い。何なら獲物にしても構わんよ。」

「はぁ。」

「ところで、仕置きをした感想は?」

「こう言っては問題視されるかも知れませんが、怖い反面、呆気ない物でした。」

「呆気ないか――。」

「はい。確かに仕掛ける前までは、物凄く緊張しましたが、下手人と向き合い話しを聞いている内に『こいつは死んだ方が良いのだ』などと思えて――。私は単なる殺人鬼になっていました。総監がおっしゃるより早く、私は私で無くなるかも知れません。」

「それで良いのだよ。君は人間なのだから」

「?」

「そう言った気持ちも持てなくなったら、それはもう人間じゃない。本当の鬼だ。殺人の鬼だよ。下手人の死に際の話しが素直に聞け、判断ができるのであれば、君に全てを託しても大丈夫だ。」

「何をおっしゃるのですか?」

「当面、私は退かないが、その時が来たら、君が皆を、間違いが起こらない方へ導いてくれる。私はそう確信した。」

 岩本は遺影を見つめたのち合掌をした。

「でも、皆が私を受け入れてくれるのか。不安もあります。」

「その不安は無用だろう。通夜には仕置き組の三人と、両組頭も参列していた。君を【SABAKI】と認めた証しだ。」

「本当ですか?」

「ああ。」

 岩本は一言答えて立ち上がり「頼んだよ」と声を掛け出て行った。


 岩本が出て行くのと入れ違いに、両家の両親が入ってきた。

 美佐江の両親は、静岡で乾物屋の商いをしている。父は江坂夏男、母は佳代子で、江坂家にとって美佐江は一人娘であった。また、多治見の父の玄一郎は、文京区に妻の時恵と二人で暮らしている。元は中学校の教員だったが、校長を最後に一昨年、教育関係から引退をして、日々様々なボランティアに参加している。多治見家にとっても多治見は一人息子の為、結婚する際に、どちらの家にも入らず、当時渋谷中央署勤務から近場の、猿楽町に居を構えたのであった。

「翔一、今の方は?」父親が訊いた。

「警視総監だよ。美佐江と奈美を弔っていただけた。」

「そうかい。お茶もお出ししなかったよ」

「そういうの嫌う人だから、気にしなくても大丈夫です。それより、江坂のお父さんとお母さんは、静岡から来て、疲れているでしょう。ホテルへ戻って休んでください。」

「いいや。娘と孫の近くにいたいから――。」

「今夜が一緒に居られる最後なんだ。だからここに居させておくれ。」

「分かりました。恐らく、もう誰も邪魔しに来ないと思うので、皆で朝まで話しをしましょう。」

 多治見は美佐江の両親へ言った。


 夜が明け、告別式の日がやってきた。午後一時半からの告別式には、相良も奥さんと二人で参列した。

 滞り無く葬儀を済ませ、多治見は両親と美佐江の両親を連れて、その日の夕方、二人の遺骨を自宅へ持ち帰った。家の中は掃除がされていなく、鑑識や刑事が入り、調べた跡がそのまま残っていた。


 取り敢えず全員を居間へ通し、居間のサイドボードの上に、二人の位牌と骨壷、そして遺影を並べて置いた。

「お茶でも入れるわね。」少し落ち着いた所で、多治見の母親の時恵が席を立った。「お手伝いします。」と美佐江の母、佳代子が続いて台所へ入った。

「鑑識が調べたままだから、掃除と片付けをしないといけないな。」

 手持無沙汰で多治見の父が、居間をうろうろと歩きながら言った。

「分かっているよ。」多治見は憮然と返事を返し、母親達の手伝いをしに台所へ行った。

「湯のみとかわかりますか――?」

 二人の母親は机の上に置かれたままの、作り掛けの食材を見て泣いていた。

「――。クリームシチューを……。奈美が別れ際に作ると。その準備中に――。」

 多治見は怒りで、食材が乗っている机を拳で叩いた。葬儀を終え気持ちの整理が付き、やっと自宅に戻れると思いやって来たが、美佐江と奈美の生活感を見ると、やはり直視は出来なかった。


多治見も二人の母親と共に涙した。


 皮むき途中のジャガイモやザク切りのタマネギ、美佐江の得意なホワイトソースが、今正に、クリームシチューに変わろうとする途中で、この食材達の未来も、主と共に無くなってしまったのだと、多治見は思った。

 二人の父親は黙って台所の三人を見ていた。

「お茶はもう少し後にしましょうか。」

「えぇ。今は胸が一杯で――。喉を通る気がしません。」

「本当に申し訳ありません。息子の仕事の(とばち)りで、美佐江さんと奈美までが犠牲になってしまい。本当に――。申し訳ありませんでした。」

 深く頭を下げる玄一郎へ、「多治見さん、止してください。一番悲しんでいるのは翔一君ですよ。」と言いながら、台所で妻達と一緒に泣いている多治見を、二人の父親が見やった。


 この日は両家の両親も、美佐江と奈美の弔いだと言って、多治見の家に泊まる事になった。美佐江の両親は客間へ、多治見の両親は多治見の寝室を使い、多治見は居間のソファで二人の遺影を前に寝ることにした。


 翌日は朝から五人で大掃除をした。多治見は先に近所への挨拶を済ませると出掛け、残った四人は、拭き掃除と床掃除に分かれて掃除を始めた。十一時を少し過ぎた頃に、多治見が戻り片付けに加わった。大方掃除が済み、昼食を取っている所に、チャイムが鳴り出てみると、郵便局の配達員が小包を持ってきた。多治見は受け取りその小さな薄い箱を、無造作に居間のテーブルの上に置いて、昼食の続きをとった。


「お仏壇はどうするの?」

 昼食が澄み、美佐江と奈美の形見分けをしている時に、時恵が訊いた。

「四十九日までに用意すれば良いらしい。その内、仏具屋を当って見る。」

「買いに行くのが大変なら、家の商店街にある仏具屋さんへ話してみるわよ」

「そうですね。僕はセンスが悪い様だから、お願いしても良いですか?」

「勿論よ。」

「値段も分からないので振込むようにします。二人に合ったのが見付ったら、連絡をいただけますか?」

 遺影に目が向き「そうね――。」返事をしながら、涙が佳代子の頬を伝った。

 佳代子と夏男は、娘と孫の形見を見ると、しばし固まった。そして、「佳代子の気持ちの整理が付いたら、またくるので、もう少しこのままにしておいていただけないだろうか?」と夏男が多治見へ伝えた。

「わかりました。二人の物はそのままにしておきます。いつでも、いらっしゃってください。」そう返事をした。

「ただ、この服は飾らせて貰います。」

 殺される当日に買った、美佐江と奈美のお揃いの服を出してきた。

「それは?」時恵が訊く。

「来週、ディズニーランドへ行く約束をしていてね。その時に着てゆく服を、買いに行って菅谷と会ったんだ。」

「どんなのかしら?」時恵は袋から服をだして、ハンガーへ下げた。

「奈美に似合いそうな、可愛い服だな」夏男が言う。

「これなら美佐江さんにも似合いそうだわ。」時恵が継ぐ。

 佳代子は新しいブーツを手にして、その場で泣き崩れた。

 このまま長居するのは、佳代子に良くないと思った夏男は、「そろそろお暇をしよう。小さな乾物屋でも、通ってくださるお客様もいらっしゃるから、明日は店も開けなくては。」

 佳代子はうんうんと頷き、分かっていると返事をするが、簡単に涙は止まらなかった。

「四十九日には、また来ますので。」席を立ちながら夏男が多治見へ言う。

「承知しております。」

「その時に皆で、お仏壇へ祭壇しましょうか?」

 気を利かせて玄一郎が言う。

「そうね。翔一ひとりに任せるのは不安だものね。」

「では、我々もお暇して、皆で東京駅まで行きますか」

 各々がそれぞれの思いを胸に、多治見の家を後にした。


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