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SABAKI 第一部 勃焉  作者: 吉幸 晶
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コードネームは【SABAKI】



     コードネームは【SABAKI】



 再び霊安室に静けさが戻った。

 多治見は寝ている二人へ「成り行きだとは言え、この神聖な部屋で、お粗末な事をしてしまったね。ごめん。今後は二人が知っている刑事という顔の他に、もう一つ違った顔を持つ事になる。人殺しは気が進まないが、警視総監の話しにも理は有ると思う。死んだら君達に会えると思っていたけど、僕は地獄へ落ちる道を選んでしまった。許しておくれ。」と線香を手向け詫びた。

それから多治見は、【ZANN】の白衣と髪の毛を取り出した。

「さてどうした物か――。」処分の方法を考えた。

「【TATAKI】を始末する時には、せめて【ZANN】のこの髪を持って行くか。そうすれば僅かながらも【ZANN】の気も治まるかもしれない。だが、どうやって持って歩くかだ。」

 白衣に包んだ髪の毛は、一メートルほど有る。バラけて現場に落としては元も子もない。

「編むか――。」


 まだ奈美が小さかった頃、良く三つ編みをしていた。普段は美佐江が編むのだが、その日、たまたま美佐江の手が空かず、多治見が代わりに結わくと、意外と綺麗に早く編めた。それには美佐江も心底驚いた。以降、多治見が自宅にいる時は、多治見が奈美の髪を編んでいた。


 髪の毛を軽く一掴み抜くと、二つに分けて、その一つで方側の端へ強く巻きつけ締めた。そして束を三つに分けると編み始める。奈美の時よりも、もっとしっかり、もっと強く細かく編み込んでゆく。そして端までくると、先程残した髪の毛で、編み終わった端を、やはり強く巻きつけ締め付けた。すると一本の丈夫な縄が出来上がった。

 多治見はそれを巻くと、ハンカチに包み、上着のポケットへ仕舞った。

「あとは白衣とあの針か――。この階にはリネン室は無いのかな。」

 多治見は廊下へ出て、エレベータホールの先へ行ってみる。運良く、洗濯向けなのか、大きな四角い布籠に、沢山の白衣が入っているのを見付けた。

「助かった。これで白衣も処分できた。あとは、獲物だ。」

 霊安室へ戻ろうとエレベータホールに掛かった時、一機のエレベータのドアが開いた。事務局長と見知らぬ男が乗っていた。

「多治見さん。丁度良かった。」と事務局長が声を掛けてきた。多治見も「今、伺おうとしていたのです。」と適当に合わせて答えた。

「そうでしたか、こちらは当病院が良くお願いする葬儀屋さんでして、お役に立てばとお連れした次第です。」

「それは助かります。僕には如何して良いのか、判らずに時間ばかり経ってしまって。」

「お役に立てそうですね。私は『終焉社』の五木田と申します。」

 そういいながら名刺を出し、多治見へ渡した。

「お世話になります。」

「早速で申し訳ございませんが、ご遺体を拝見させていただきたいのですが」

「そうですね。こちらです。」と五木田と事務局長を連れて霊安室へ入った。

 五木田は手馴れたもので、合掌して線香を上げると、二人の身長をさらりと測り、「多治見様は、宗教とお墓はお持ちですか?」と訊いた。

「僕も美佐江も無宗教で、墓も持ってはいません。」

「作用ですか。無宗教でも、葬儀やお墓をご用意できるお寺さんが近くにございます。いかがでしょうか?」

「分かりました。お任せいたしますので、よろしくお願いいたします。」

 多治見は妻と娘の葬儀全般をお願いした。

「承知いたしました。では色々と書類がありますので、事務局の方へ、お越しいただけますでしょか?」

 事務局長が丁寧に誘った。

「わかりました。その前に、もう少しだけ、家族だけになりたいのですが……」

「承知いたしました。では、事務局でお待ちしております。」

 事務局長と五木田が部屋を出て行った。


 残った多治見は二人の顔を交互に撫ぜた。

「もう痛い事も、苦しい事も無いよ。怖い思いもしなくてすむ。二人揃っているから、寂しく無いね――。ゆっくりお休み。」


 多治見が事務局へ行くと、応接セットのテーブルの上に、数枚の書類が用意されていた。事務局長が、ひとつひとつ説明をしてくれたが、今の多治見での体調では、到底覚えきれず、多治見の書く所だけを抜粋してもらい埋めていった。判子は持っていないので拇印で済ませた。

「ご遺体は、ご自宅へお送りしてよろしいでしょうか?」

 五木田が訊いた。

「本当はそうしてやりたいのですが、自宅はまだ入れないと思いますので、何処かへ安置できませんか?」

「でしたらお寺さんへ預かっていただきましょう。手筈はこちらで行います。ご心配なく。」

「ありがとうございます。」

「それから誠に申し上げ難いのですが、本日は住職が不在で、お通夜は明晩で、告別式は明後日となります。火葬場への――」

正直、多治見は疲れていた。

徹夜と家族の死、葬、仕置き。色々と重なる、緊張と、何よりも一番気になっていた、美佐江と奈美の葬儀に目処が立ってからの安心か、多治見は気が遠退くのを感じ、そのまま応接セットのソファから倒れて落ちた。


 気が付くとベッドの上に寝ていた。起き上がろうとした時、看護士が声を掛けた。

「多治見さん。点滴が終わるまで、もう少し休んでいてください。」

「すみません、ここは?」

「応急措置室ですよ。今、先生を呼んできますからね。」

 天井に目を向ける。ぼんやりしていた記憶が、少しずつ蘇ってきた。

(美佐江と奈美はどうしたのかな――。そうだ、まだ【ZANN】との約束が残っている。【TATAKI】が現れたのか確認をしなければ。)

 色々と思案している所へ、当直だという医者が、先程の看護士とやってきた。

「具合はどうですか?」

「大分寝た様で、良いみたいです。」

「そうですか?一度に奥様とお嬢様を亡くされ、徹夜で事件捜査をされていたとか。無理が祟ったようですね。とりあえず、点滴が澄んだら、今日はお帰りになっても大丈夫でしょう。」

「お手数をお掛けいたしました。」

「いいえ。では、お大事に。」医者は型通りの問診をして戻っていった。

「あの。すみません」近くにいた看護士へ声を掛けた。

「なんですか?」

「事務局長さんはまだいらっしゃいますか?」

「生憎この時間ですので――」そういわれ時計を見る。午前二時を過ぎていた。

「霊安室の私の家族は」

「それでしたら、地図と手紙を預かっております。点滴が終わったら、お渡ししますね。」

「そうですか。ありがとうございます。では、点滴が終わったら起こしてください。」 

 そう看護士へ伝え目を閉じた。


「多治見さん。終わりましたよ。起きられますか?」

「大丈夫です。」返事をしてベッドの上に起き上がる。

(何て体が重いんだ)

 正直な感想だった。何とか自力で立ち上がり、靴を履き、上着を着た。内ポケットに【ZANN】の髪の毛と葬の携帯が有るのを、上着の上から触って確認した。

「事務局長から預かっている地図と書類です。」

 薄い角型封筒を渡され、中を見ると地図が入っていた。

「ここから近いと聞いていたのですが」と地図を看護士へ見せて訊いた。

「ええ。近いですよ。ここがここの病院ですので、五分位じゃないですかね。」

 指で指しながら、道順を教えてくれた。


 礼を言って部屋を出ると、待合室に相良がいた。

「多治見。もう大丈夫か?」

「二度も、みっともない所を見られちまったな」

「馬鹿な事言ってんな。」

「僕の見舞いじゃ無さそうだけど?」相良の横へ座る。

「菅谷の仲間から、加賀谷がまた狙われる。との情報があってな。ここで張っているところだ。」

「そうか。ところで、加賀谷は菅谷に何をしたんだ?」

「それが良く分からん。多治見が聞いた、『誰か』の女と寝た。って話しだが、菅谷関係の女では無いらしい。」

「それなのに菅谷の仲間に、命を狙われるのも解せないな」

「そうなんだ――。」

「まさかヤクザの女だったとか?それを菅谷の仲間と勘違いしている可能性は?」

「あぁ。そっちの線も考えられるな。しかし今夜は、万一の為にここに泊まって張り込むわ。明朝、情報を寄越した奴に、もう一度当ってみるよ。」

「ご苦労さん。」

「多治見はこれからどうするんだ?」

「近くの寺に、美佐江と奈美を安置して貰っている。こんな時間だけど、そっちへ行ってみようと思う。」

「そうか。体を大事にしろよ。いつまでも若くは無いぞ」

「それは、お互い様だろ。同い年なんだから」

「それもそうだ。お互い様、だな。」相良が頭を掻いた。

「それじゃ。また」

 席を立ち、夜間の出入り口に回って病院を出ると、葬の携帯を明ける。


 【NAGARE】からの電話とメールが数件入っていた。まずはメールをチェックする。


《【ZANN】は自宅へ送り届けました。》



《既読かと思いますが、【JITTE】から【TATAKI】は別人より報酬を受け取り、加賀谷を手に掛けたと連絡が入っております》。


《病院へ戻ったところ、【SABAKI】が倒れたと聞きました。

 お体は大丈夫なのでしょうか?何時でも良いので、連絡をください。》


「【SABAKI】か。何か頼りない組頭だな。」

 

《心配を掛けました。もう大丈夫です。【ZANN】の事はありがとうございました。

今夜は渋谷中央署の刑事が、待合室に泊り込みで張り込みをします。近付く必要はありません。》


 【NAGARE】へ返信をして、【JITTE】へメールを送った。


《【TATAKI】の裏切りは私が始末します。行き先又は潜伏先を急ぎ調べて連絡ください。》


「さてと、美佐江と奈美が待っている。寺へ行くか。」

 寺までの夜道を一人とぼとぼと歩き始めた。真夜中は流石に冷える。上着の襟を立て胸の前で腕を組み寒さを凌ぐが、結局寒さに負けて、自販機で暖かいコーヒーを買う。そこへ葬の携帯にメールが届いた。


《【TATAKI】は既に病院へ潜伏している模様。葬として仕置きをするのであれば、【TEGATA】へ連絡します。》


《早速の情報、流石です。これから病院へ戻り、【TATAKI】を探して、あくまでも仕置き組の組頭として彼を始末します。 ありがとう。》


 コーヒーを両手で持ち。どうやって相良に見付らないように、病院へ入り込むか、思案しながら行き先を、さっきまで居た病院へ変えた。

「地下から入るしかないか。開いていればいいが。」

 コーヒーを一口飲む。犯罪者が院内で隠れそうな場所を思い浮かべる。

「『木を隠すなら森』を実践するとなれば、昼間であれば間違いなく待合室だろうな。では夜だと――。救急の待合室。自由に動くのであれば【ZANN】と同じ白衣を着た医者か看護士。奴は元々が医者か。変装無し。地だな。」

 故意ではないが、結局、寝た成果があった。考えは次から次へと浮かび、消去するものと残すものに、頭の中で整理をするのが容易になった。気付くと既に病院の敷地に入っていた。救急受付の扉は閉まっている。

「やっぱり地下(あそこ)か」

 防犯カメラと街灯を避けて、地下扉の有る裏手に回った。運良く扉は開いていた。上階へ行く前に、【ZANN】の白衣を出した所へ行き、自分に合った白衣を布籠の中から探し羽織る。ついでに医者が嵌めるゴム性の手袋を見付けて嵌めた。そして階段を音も立てずに登り始めた。


(昼間に、当直医の詰め所も聞いておくべきだったな。)

 五階で一度廊下へ顔を出して見る。真夜中に歩き回る者は無く。水を打った様に静まり返っている。時よりナースステーションの方から、話し声が聞こえてくるが、見回る感じでは無い。その感覚を感じ取ると六階へ向かう。静かに扉を開け立哨する警察官を伺うが、その姿は見えない。

(夜間は無しなのか、それとも罠を仕掛けているのか――。多分、後者だな。恐らく、近付けば隣室から刑事が飛び出てくる。)

 階段へ息を殺し、身を潜め考える。

(たしか三階に、大きな表示の無い部屋があったな。ひょっとして医局か?当直医もそこか。)

 多治見は移動して、三階の扉を少し開けて覗く。左奥に照明が付いて明るくなっているのが見えた。多治見は照明に誘われ集まる虫の如く、その照明に魅かれて廊下を歩き出した。


 医局の前に、病棟にある休憩室とは明らかに違う、豪華な医者用の休憩室があった。中を良く見ると、隅の方にあるソファの高い背に、身を隠すようにしている医者が僅かに見えた。

 休憩をしている風では無く、人目を避けるようにしている様にも見える。

(【TATAKI】だ。)

 多治見の直感がそう導いた。

 まるで獲物を見付け、狩りをする時の獣の様に、殺気を消し気付かれないように静かに近付く。

(小柄な筋肉質。間違いは無いと思うが――)

 多治見はその男の後ろに立ち囁いた。

「振り向くな。振り向けば殺す。お前は加賀谷を()りにきたのか?」

 男は硬直しながも頷く。

「今度はちゃんと殺れるのだろうな?」

 質問に再び頷き「あんたは誰だ。組の人か?」と訊き返してきた。

「【TATAKI】と呼ばれているそうだが?」

 男の問いには答えずに質問を続けた。

「あ……。ある殺し屋組織でのコードネームだ」

「ほう。一匹狼じゃ無かったのか」

「そうだ。組織に入ったが、なかなか殺させてくれないので、我慢ができずに、加賀谷の始末の話しを聞いて引き受けた。」

「初めての殺しにしては、随分と手間の掛かる殺り方だったな。」

「試してみたかった。何処まで自由を奪えば、人は死ぬのかを、この手で確かめたかったのだ。体の部位の全てを動かなくし、視力や聴力、声まで奪った状態で、何日持つのか知りたかった。」

「お前は名の通った外科医と聞くが?」

「だからだよ。下手に名が通ったから、常日頃、考えていた実験も儘ならない。自分で考案した特殊なメスも使って見たかった。」

「手応えは有ったのか」

「あぁ。見事にあった。僅か二ミリ程の切り口で、間接の深くまで切り込めた。腱や靭帯など切り放題だった。」

「人殺しの実験か?」興奮して語る【TATAKI】へ問う。

「そうだ。人間はどこまで機能を失っても生きる事ができるのか。それと後を残さずに殺す方法――。これは余命宣告をしても、無駄に行きたがる馬鹿な患者を、自然死に見せ殺すのに役立つ」

「命を救う筈の医者が――。とんだ医者もいたものだ」

「警察官だって人を殺すだろう。小学生や中学生だって――。虐殺の多くは宗教に寄るものだと言っても過言じゃない。この世の中に、絶対に人を殺さない。などと言う人間なぞ存在しない。」

「なるほど。で、実験はどうだった?」

「あの馬鹿犬とクソ女が見付けなければ――。」

 多治見は内ポケットから【ZANN】の髪の毛を取り出し、右手と左手にそれぞれ二巻きすると、その真ん中辺りを男の首に掛けた。

 男は驚き振り向こうとするが、ソファの高い背が邪魔して身動きが取れない。首を絞められ声も出せなくなっていた。

「お前は、僕が誰かと訊いたな。僕は『(はぶり)』の者だ。」

 髪の紐は首を絞め続ける。

「コードネームは【SABAKI】。お前の為に命を落とした先代の【SABAKI】から、今日引き継いだばかりだ。」

 男の意識はもう無い。それでも多治見は力を抜く事無く、一層力を込めて締め上げる。

「そうそう。僕も『殺し』は。今日が初めてでね。」

 多治見は男の首に指を当て脈を取る。そして胸に手をやり鼓動を確認する。口から垂れ出た舌に、失禁して濡れたズボンの股間部。それらを総合して多治見は【TATAKI】の死を確認した。

 白衣のポケットを探すと、葬の携帯があった。それを引き上げ、来た道を急ぎ且つ静かに戻る。白衣は元有った布籠の中間の深さ辺りに戻し、ゴム性の手袋は、自分のズボンのポケットへねじ込む。そして昼間まで居た霊安室へ入った。運良く、今は誰も居なく空室になっていた。部屋の隅へ蹴り飛ばした【ZANN】の獲物を探し引き上げ、病院の裏から出て行った。


 多治見は今日、生まれて初めて人を殺した。今日初めて会った男を殺めた。


多治見の心は芯まで凍えた。


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