願い事と笑顔
ぼくたちは陰武蔵の里に着くと
あぼうの家に移動した。
かっちゃんだけは畑仕事に戻っている。
そして、ぼくはあぼうに今の病気の説明をした。
「人の顔が変に見えるんだ。
目の位置や口の位置がおかしな場所にあるように見える。
原因とかわかるかな?」
ぼくの言葉にあぼうは静かにうなづいた。
「原因も治し方もわかるよ。
治し方はそのムスッとした顔をやめて
無表情になればいい」
「え? それだけでいいの?」
とぼくは答えた。
「そうだよ。その表情をなくせばいい」
「でもぼくの無表情を人に見せるのは嫌だなあ」
そう言うぼくの言葉を聞いて
希美子は気を利かせてユキちゃんと一緒に
外に出て行ってくれた。
残っているのはあぼうとわぼうだけなので
ぼくは思い切って無表情になってみた。
「はっは。面白い顔」とわぼうが笑っている。
「こら、わぼう。笑うんじゃない。
さて健太君だっけ?
君は外見を気にしすぎているんだ。
自分の顔は悪いとかそんな事ばかり気にしているんじゃないのかい?
病気の原因はそれなんだよ。
まだ若い君が今みがくのは外見じゃなく
内面なんだよ。
そうすればそのうち外見はついてくるものなんだ」
「そうなの?」
「そうだよ。
それに表情を作るなら希美子さんを見習って
笑顔にしたほうがいいね。
そうすれば周りにいい人が寄ってくるよ」
ぼくはあぼうの言葉にうなづいた。
無表情になったおかげで
確かにあぼうもわぼうも顔のバランスがちゃんと見える。
ぼくは病気の治し方がわかったので笑顔になった。
ぼくは外に出て行った希美子と
ユキちゃんを呼びに行った。
そして今度はユキちゃんがお願い事を言う。
「お母さんに会いたい」
ユキちゃんは悲しそうな声でそう言った。
あぼうは何も言わず黙っている。
ぼくもあぼうも希美子から話を聞いていたからだ。
ユキちゃんのお母さんは五日前に交通事故で亡くなっていた。
いくらあぼうでも人を生き返らせる方法など知らないのだ。
「やっぱり無理なの?」
ユキちゃんはそう言うと泣き始めた。
悲しい泣き声が部屋に響く。
どうしようもなかった。
「あの、着替えありますか?」
希美子が立ち上がると急にそう言った。
そういえば希美子はユキちゃんのお母さんの顔を
知っているんだなとぼくは思い出した。
希美子ならユキちゃんの願い事を少しは叶えられるかもしれない。
希美子はあぼうと一緒にどこかに行ってしまった。
ぼくはユキちゃんの背中をさすって
何とか泣き止まそうとした。
お母さんと会いたい一心で
ぼくたちを必死に追いかけて
こんな陰武蔵の里という
普通の人にはこられない場所まで来たのだ。
ぼくも何だか悲しくなって
もらい泣きをしてしまう。
そのとき、外から誰かが入ってきた気配がした。
「ユキちゃん」
その声に反応して
ユキちゃんがすごい勢いで振り返った。
ぼくもその声の主を見てみる。
着物を着たきれいな女性がそこには立っていた。
「お母さん!」
ユキちゃんはそう叫ぶように言うと
その女性の抱きついた。
女性はよしよしとユキちゃんの頭をなでている。
「お母さん、お母さん」と言いながら
ユキちゃんはぎゅっと女性を抱きしめていた。
もう二度と離れたくないのだろう。
「ユキ、泣いてばっかりじゃ駄目よ」
女性はそう言いながら
しゃがみこむとユキちゃんの目をじっと見つめた。
女性もぽろぽろと涙を流していた。
「ユキが泣いていると
お母さんも悲しいし
お父さんも悲しいでしょう」
「だって、だって」
「ユキ。
お母さんは神様に頼んでもう一度だけ
ユキに会いにきたの。
さよならを言いにね」
「そんなの嫌だよ。
一緒にかえろうよ」
「そんなに悲しい顔をしないで、ね。
私はずっと天国からあなたのことを見守っているから」
「やだ、やだあ」
「ユキ。泣いてばかりじゃ駄目よ。
ユキが笑顔にならないと
みんな笑顔になれないんだからね」
女性はそう言うと
ユキちゃんの顔をそっと掴んで
泣きながら精一杯作った笑顔を
ユキちゃんに向けていた。
「もう帰りなさい。
お家でお父さんが心配してるわよ」
女性はそう言うと
ぼくの顔を見て合図を送ると立ち去ろうとする。
ユキちゃんが追いかけようとするのをぼくが止めたので
女性はいなくなってしまった。
「お母さん」と言うユキちゃんは
まだ泣いてはいたけれど
泣くのを我慢しようとしていた。
「ユキちゃんは強いね」
とぼくは泣きながらユキちゃんの頭をなでた。
わんわんと大声でわぼうが泣いている。
せっかくユキちゃんが泣き止もうとしているのに
ほかのみんなが泣いていたら駄目だなと
ぼくは泣きながら思った。
しくしくみんなで泣いていると
希美子とあぼうが帰ってきた。
希美子の目も泣いていたので赤くなっていた。
「さあ、帰りましょう。
ユキちゃんを家に送らないとね」
ユキちゃんは無言でうなづいていた。
もう涙もほとんど止まっている。
希美子はユキちゃんの手を握っていた。
「あぼう。
病気を治す方法を教えてくれてありがとう。
ぼくたちもう帰るね」
ぼくがそう言うと、あぼうは
「また困って事があればたずねてくれればいいよ」
と言ってくれた。
ぼくたちはわぼうの案内で
陰武蔵の里から帰ると、裏山に着いた。
「みんなまた遊びに来てね。
今日は楽しかったよ。またねえ」
わぼうは元気良くいうと
はねるように帰ってしまった。
ぼくたちはわぼうに手を振って
見えなくなると山を降りた。
山を降りたところでユキちゃんが
とても眠たそうにしていたので
ぼくはユキちゃんを背負って歩くことにした。
ぼくの背中でユキちゃんはすやすやと寝息を立てている。
「疲れたんだろうね」
と希美子がユキちゃんの寝顔を見ながら言った。
「そうだね。けっこうな距離を歩いたものね」
ぼくはユキちゃんの体温を背中で感じながら空を見上げた。
もう空は薄暗くなってきている。
「天国って本当にあるのかな?」とぼくが聞いた。
「どうだろうね。でもあった方がいいよね」
「ユキちゃんのお母さんはちゃんとユキちゃんを見守っているかな?」
「うん。絶対に見守っていると思うよ」
と希美子が笑顔で答えた。
ぼくたちがユキちゃんを家まで送ると
ユキちゃんのお父さんがとても心配していたようで
警察まで来ていたのでびっくりした。
ユキちゃんは裏山で迷子になっていたと
ぼくたちはちょっと嘘をついた。
本当のことを大人たちに言っても信用されないと思ったからだ。
「ありがとう。また裏山に行こうね」
そう言って手を振るユキちゃんに
ぼくたちも手を振りながら希美子の家に帰った。
「あら、遅かったわね。
健太君と一緒だったんだ」
希美子のお母さん笑顔でそう言うと
ぼくも家に上げてくれた。
希美子のお母さんは
いつもニコニコしていてとても美人なので
近所では有名人だ。
お母さんは緑茶を入れてぼくにくれた。
それを飲んでぼくはけっこう喉が渇いていたことに気がついた。
「ねえ、お母さん。
健太なんか変な病気になってたんだよ」
「あら、そうなの?」
希美子に聞いて、お母さんは驚いた顔をした。
「目の位置とかが馬みたいに離れたり
口がずれて見えたりするんだ。
もうだいぶマシになっているけど」
とぼくが説明した。
「そうなの。
じゃあ、こうしたら普通に見えるのかしら?」
そう言うとお母さんの目の位置がちょっとずつ動いて
中心に寄っていく。
すごく寄り目になってしまって
美人だった顔が台無しになっている。
鼻の上で目と目がくっついて
大きな一つの目になってしまいそうだった。
「あ、お母さん、私と同じことしてる」
と言って希美子は笑っていた。
「その病気にかかったら無表情になれば治るんだって。
私も病気にならないようにたまには無表情になろうかな」
希美子はそう言うといつもニコニコしている顔からさっと表情を消した。
するとすっと目や鼻や口が消えていく。
髪の毛もなくなりつるりとした卵みたいな顔になった。
「あら、そうなの。私も気をつけなきゃね」
希美子のお母さんも笑顔から無表情になると
卵みたいな何もない顔になってしまった。
ぼくも希美子やみんなのように
良い顔を作れるようになりたいなと思った。
それから希美子が『ユキちゃんのお母さんに化けた』ように
美味く化けられるようになりたい。
でもぼくたち以外の妖怪に初めて会ったので
今日はいろいろビックリしたなあ。
ぼくや希美子のような人間の社会にいつも住んでいる妖怪は
他の妖怪を見ることなどめったにないからね。
ぼくの病気も妖怪特有の病気だったみたいなので
やっぱり人間のお医者さんだとわからなかったのかな?
かっちゃんに乗って空を飛んだときも
顔がちょっと消えちゃったんで
人間のユキちゃんにばれるじゃないかと凄くドキドキしたし。
それに、やっぱりユキちゃんだけ人間だったから
陰の里ではみんなにとても注目されていたなあ。
あぼうは外見を気にするなと言っていたけど
やっぱりぼくたち『のっぺらぼう』は
外見も上手く作れるようにならないと一人前じゃないからね。
いい顔を作れるように頑張らないと。
そう思いながらぼくは笑顔を作った。




