陰武蔵の里
わぼうに付いて神社の裏に行くと
まだ登り道であるはずなのに下り道が続いていた。
神社は山の斜面の前にあったのだから
これだとまるで山の内部に入っていけるみたいだ。
不思議に思いながら付いていくと
だんだんと辺りに霧が出てきて
いったいどこを歩いているのかまるでわからなくなった。
「ところで、後ろからついて来ている人間の女の子って
君たちの友達?」
わぼうにそう言われたので振り向くと
確かに女の子がついて来ていた。
五歳くらいだろうか。
赤いワンピースを来て
ぼくたちに追いつくためだろう。
ちょっと駆け足気味でこちらに歩いてきていた。
「ユキちゃん?」
と言いながら希美子がその少女に駆け寄った。
「どうしたの?
どうしてこんなところにいるの?」
希美子がしゃがみこんでユキちゃんに聞いている。
「だって神様がいてお願い事をかなえてくれるって聞いたから」
とユキちゃんはちょっと泣きそうに言っていた。
ぼくと希美子の話を道で聞いていたのだろう。
希美子とぼくは歩くのが早いので
ついて来るのも大変だったはずだ。
「そうなの。
じゃあ、一緒に行きましょうか。
一人じゃ帰れないだろうし」
希美子はそう言うとユキちゃんの手を持って歩き始めた。
「知り合いなの?」
とぼくが希美子に聞いた。
「うん。近所の子なの。
願い事をかなえてもらうために
必死について来たんだろうね」
そう言うと希美子は悲しそうな顔をした。
ユキちゃんの気持ちを考えて
胸を痛めているのだと思う。
「その子、友達?」とわぼうがまた聞いてきた。
ユキちゃんとぼくたちが友達かどうか
わぼうにはとても大事なことみたいだ。
「そう、友達よ」と希美子が答える。
「じゃあ、仲間だね」と言い
わぼうはまた歩き始めた。
ユキちゃんもいるので
ぼくたちの歩くペースはだいぶゆっくりとなった。
歩いていくうちにだんだんと霧がはれて
道が平らになり
そして、なんだか甘い果実の香りが漂ってきた。
「はいはーい。陰武蔵の里に着いたよ」
わぼうがそう言うと目の前の景色に向かって手を広げた。
緑の稲が揺れている田んぼが広がっている。
とても澄んでいる田んぼの水が
太陽の光を反射してきらきらと光っていた。
そして道の横には桃の木がずらっと並んでおり
とても大きくておいしそうなピンク色の桃がいくつもなっていた。
わぼうは器用に桃の木に登り
「落とさないでね」
と言うとポンポンポンと桃を投げてきた。
ぼくは急なのでびっくりしたけど
何とか落とさずに桃を受けとることができた。
わぼうは最後にぴょんと木から下りてくると
にっこりと笑う。
「美味しいよ」
とわぼうは言ってから
桃を一つかじっていた。
「もらっていいの?」とぼくが聞くと
当然じゃないかというように
わぼうはうなずいていた。
ぼくはもらった桃を希美子とユキちゃんに渡す。
そして、桃の皮をむいてみた。
桃はすごく熟れていたので皮は簡単に取れる。
半分ぐらい皮がむけたので一口かじってみた。
その瞬間、とてもみずみずしい甘みが口になだれ込んできて
喉がもっとほしいと叫んでいるのを感じた。
「うまあい!」とぼくは思わず叫んでいた。
「美味しい。すごく美味しい」と希美子が言い
元気のなかったユキちゃんも
桃を食べたとたんに笑顔になり
ぴょんぴょん飛び跳ねていた。
ぼくの顔の半分はありそうな大きな桃だったけど
あっという間に食べてしまった。
捨てるのがもったいないので
種をキャンディーのように口に入れてしまうぐらい美味しい。
「どうもはりがどう」
種が邪魔をしてお礼が美味く言えなかった。
でも仕方がない。
種からまだ味が出るうちに
捨てるわけにはいかないんだ!
「ごんなおおだおばばべべばばあ」
希美子もぼくの真似をして
種を口の中に入れているために
何を言っているかまるでわからない。
ユキちゃんはさすがに口の中に入らなかったようで
あきらめて手に持って種を舐めていた。
「美味しいでしょう。
ちょうど水ナスがいい感じだから
そっちもあげるよ」
わぼうがそう言って
ぼくたちをナス畑に連れて行ってくれた。
緑の葉っぱとツルが刺し木に絡まっていて
所々にコロリと太った薄紫色のナスが見えた。
ぼくはナスがあまり好きではないので
もらえると言われてもあまりうれしくなかった。
持って帰るとお母さんは喜ぶかなあと思ったくらいだ。
でもわぼうがナスをそのまま半分にわって食べ始めたので
ぼくはびっくりした。
ナスをぼくは生で食べたことがなかったからだ。
「そのまま食べるの?」
とぼくは驚いて聞いた。
「うん。食べれるよ。
塩とか付けても良いけど
そのままでも十分」
わぼうがそう言って残りの半分を渡してきたので
ぼくは思い切って水ナスの白い身を食べてみた。
するとまるで果物を食べているような味がした。
ちょっと甘さが控えめな梨を食べているようだ。
「うまい」とぼくはシャクシャクと続きを食べた。
ぼくが美味しそうに食べているのを確認してから
希美子とユキちゃんも食べ始めていた。
みんな美味しいと笑顔になる。
「でしょう。
昔、ここに迷い込んだ人間がいたんだけど
ここに桃源郷って名前を付けたらしいんだ。
天国のように素晴らしいところだって言ってたらしいよ。
すごいでしょう」
わぼうはそう言うと得意げに胸を張っている。
ぼくは「うん、すごい」と言いながら
次に食べる水ナスを選んだ。
色が良くて、大きいやつを取って食べてみる。
やっぱり美味しい。
今度から水ナスも好物にしようとぼくは誓った。
「じゃあ、そろそろあぼうのところに行くよ」
わぼうが歩き始めたので
ぼくはしぶしぶ三個目の水ナスをあきらめて
ついて行くことにした。
歩いている途中
やけに希美子とユキちゃんが静かだなと思ってみると
二人は両手に一個ずつ水ナスを持っており
それを食べながら歩いている。
ぼくはそれを見て
ぼくも持ってくればよかった
と後悔した。
大体ぼくがはじめに食べたのはわぼうにもらった半分なので
正確に言うと一個と半分しか食べていない。
希美子とユキちゃんは両手に持っている分も食べると三個になる。
だから、少し分けてもらおうと頼んだら
「駄目」と「いや」の一言で断られた。
ぼくが、ちくしょう、女の子なんて嫌いだ
なんて思っていたら
いつの間にか目的地に着いていた。




