第92話 動く、伊武騎グループ
「もしもし、陽!? 」
二度ほどのコールで聞こえてきた、お淑やかな女性の声。少年のスマートフォン発着信履歴から、“光”という名宛に発信していた。
「陽くんの、お姉さんですか? 」
躊躇なく話し出す。
「誰? 」
「私、レイと言います。端上レイです。初めまして」
弟が息を引き取ったことは伝えず、「危険な状態だからすぐに来て欲しい」と伝えた。ところが、「行けない」との返事。
「ど、どうして? 」
さらに、『行けない』理由を聞いた少女は、愕然とする。
落胆の表情と低トーンの彼女に、一旦会話を中止させたのは、年長の大男。事情を把握したかったのだ。相手自身が現在地を把握していないこと、24時間監視の監禁状態であること、それに相手の携帯電話が通信制限されていた、ことに男2人も絶句した。が、組織に対する怒りが須佐野を、動かす。
「助けに行くから、居場所のヒントを教えてもらってくれ。どんな些細なことでもいい」
「はい」
「あっ、その前に……」
少年のスマートフォンを一度手にし、音声をスピーカーモードに切替えた。その状態で、少女が会話を再開した。
相手からの情報をもとに、大男が思考。こちらで居場所を突き止めることを告げさせ、相手との通話を切った。
2人のいる待機ヘリの傍に着陸済みの、伊吹グループ病院のドクターヘリ。3人は戻った。一刻を争う状況の中、耶都希を含めて相談することに。
操縦士にお願いしてエンジンを切ってもらった須佐野は、少年の姉の居場所を「岡山、広島、香川、徳島、愛媛辺りの島」と推測。移動時間と乗船、をヒントに割り出した。
嵩旡は、「NSの罠の可能性」を示唆した。監禁されている彼女と、容易に連絡が取れたことを、疑問視した。
「お姉さんと会わなければならない」と進言するのは、レイ。姉の救出と弟の蘇生は、彼女の想いの中では、必要不可欠なのだ。それも、48時間以内に。
決意の固い少女を守護者が説得することは、無理のようだ。
組織に属していた耶都希に、意見を求める3人。
「私は組織について、殆ど知らない。知らされていない。確かに罠の可能性はあると思う。あいつは……陽を、こんな目に合わせた奴は言った。『お姉さんも処理する』と。
私は、陽とお姉さんを、助けたい。……このまま終わるのは、嫌。だから……だからお願い。……助けて! 」
ただ、情報不足、そして救出方法など、難題が多過ぎる。これらを容易に対処してくれそうな、思い当たる4人共通の人物がいた。彼の協力なしに、この難題が解決出来るとは到底、思えなかったのだ。
意を決し連絡を志願したのは、以前コンビを組んでいた祓毘師、湊耶都希だった。今回の件でも手助けしてくれた彼に再び、助けを求めた。相手は、伊武騎グループの御曹司で直毘師の、伊武騎碧、である。
必死さが、伝わったのだろうか。「弱きを助け強きを挫く」がポリシーの彼だから、かもしれない。何の懸念も示さず、いつもの明朗さで、快諾してくれた。
「ありがとう」
涙を浮かべながら、心から感謝する気持ちを、伝えることが出来た。その反応を見ていた3人も、緊張の面持ちから一時の笑みを、洩らした。
4人と1人は、彼からの具体的な指示を、その場で待つことに……。
伊武騎グループが、動き出す。
グループ会長の伊武騎咲ユリ。彼女の計画力と行動力は、凄まじい。孫からの事情説明と相談によって、早急に各所へ指令を出した。それに……
「女装してでも、湊源翠の孫のために闘え! 」
相手が警察であるため、彼らと同行出来ないことを口にした、孫の碧に一喝したのだ。その檄に喜んだ。仮病を使って仕事を早退、自らも準備を開始した。
想定出来ない伊武騎グループのプランに感激する、レイと耶都希たち。
2機のヘリで羽田空港へ。そこから、目的地最寄りの空港までのプライベートジェット機、現地での手術のための外科医と看護師たち、待機施設と手術設備、および移動手段などを確保してくれることになった、のだ。
上空移動中に、目的の人物の居場所を探索してくれていた。姉の保有する携帯電話の発信源、養父母の行動、警察の動向などを調査。伊武騎グループにつながる警察官も少なくない。あらゆる情報網を使った。
結果、岡山市の瀬戸内海に浮かぶ犬島の一軒家にいることが、1時間もせずに確認される。
準備された岡山空港付近の三階建ての施設に着いた一行は、一夜を過ごすことになった。
ここの女主は、何十年も前に伊武騎咲ユリに助けてもらった被害者、それ以降旧友である、という。普段はバス釣り客などの宿泊施設であるが、旧友の頼みだということもあり、予約客にキャンセルを入れ貸切ってくれた。
二階四部屋は基本男性客、三階三部屋は女性客。一階は厨房、ダイニング、リビング、二つの風呂がある建物。敷地には庭も駐車場も充分にある最適な場所である。
新しい下着や服なども準備されていたことに驚く、4人。自分に合うサイズと好みの服を選び、汗と泥、血で汚れた身体を洗い流した後、着替えることが出来た。調理師が真夏に相応しい食事も、準備してくれている。
各々ベッドで、今日の出来事と明日起こり得る出来事を想像しながら、明日の闘いのために、眠りにつくことが出来たのだ。




