第91話 やるべきことを見つけた者たち
「お姉さんを見つけよう」
嵩旡のそのコトバに頓悟し、呼吸も忘れるほどに泣き声を止めた、レイ。
「48時間以内に、お姉さんを捜すしかない」
我に返った少女は突然、少年のポケットなどを、触り出す。
「……ナイ! 」
携帯電話を探しているのだ。だが身に付けていない。その周辺も探索。守護者も一緒に探し始めた。
「どこ、……どこ? 」
服が汚れることなど気にせず、地べたを這いずり、土を手で浚い回る。その行動を止めた声が、後方から聞こえた。
「私の、を、使って! 」
女性の弱々しい声。同時に、近づく重々しい足跡に気づき、振り向く。どっしりと仁王立ちしている大男の背中に、彼女がいた。闇儡によって苦しんでいた女祓毘師が、正気と意識を戻していた。
「湊さん……」
彼女の復活に安堵するような、表情。
「でもぉ……」
彼女から命を頂戴することは、気が引けるのかもしれない。疲労困憊しているのは事実。ただ、命は体調や疲労などとは、無関係。寿命に関わる生命エネルギーだからだ。しかし手の平を返すように喜べない、少女がいた。
「私も、陽を、助けたいの。……何年も一緒に、活動してきた仲間だから。……それに……頼りになる、弟だから……」
心配そうに見つめる少女に対し、微笑みながら応えた。
「……湊さん」
小さく頷く耶都希。決心していることを彼女にアピールする。そんな彼女の気持ちを想い、レイも決意した如く、首肯。
午前11時前。真夏の太陽は遠慮なく熱光を、頭上から注ぐ。この場所に日陰を作る建物らしきものなど、ない。工事現場のプレハブ事務所はあるものの、高い太陽では無意味。4人の顔、首、腕から汗が、流れ始めていた。
転命のための準備を始める、4人。
「この状態で転命を行なうのは危険。心臓が動き出せば、また流血し始めるから……」
嵩旡の提言。少年の流血は今止まっているものの、事前処置が不可欠な重傷状態。建毘師のある術で、出血元の応急処置を施すことは可能だが、完璧な治療は手術以外になかった。だが、ふと少年の足の傷口を見た嵩旡は、再驚愕。応急処置後の状態になっていたのだ。考えられるのは、先ほどの彼女が発したエネルギーによるものではないか、ということ。この事はここで触れず、後日父へ報告することとなった。
治療するために、病院搬送しなければならない。依頼する相手は、ただ一人。
レイは早速、ヘリを準備してくれた者に連絡。状況を説明、待機ヘリで病院搬送したい旨を伝えた。すると予想外のさらなる、厚意。川崎にある伊武騎グループ病院のドクターヘリを、別途手配してくれる、ことになった。15分程度で到着する、と言う。これには皆喜んだ。彼に感謝した。
頭上の太陽は雲に隠れる事なく、遠慮なく照射。風は微弱で、すでに35度は超えているだろう体感温度。ただただ暑い埋立地。
ドクターヘリの到着まで、待機中のヘリ内で陽射しを避ける案が出された。強腕の男子高生が、心拍停止中の細身の陽を、大男が耶都希を背負って、ヘリまで運んだ。水分補給のための飲料を求めたが、プレハブ事務所横の自販機は無残に破壊され、故障。耶都希のRV車から、500CCのミネラルウォーター3本のみを、確保した。
無呼吸の少年を、ヘリ内に寝かせる。昨夜一睡もしていない弱り気味の女、そして少女は、後席に座った。
ドクターヘリらしき物体が、遠くに見えてきた、時……
「レイ、さん」
沈黙の中で、呼んだのは耶都希。
「はい」
「もし……私の命で甦ったら、陽の力は、どうなるの? 」
突然の質問に間を置く、命毘師。
「奉術師が命上者の場合、その人の能力はそのままです」
「……お姉さんの、命だったら? 」
「命上者が一般の方であれば、奉術の力は失われます」
「そう……」
目を閉じ思慮し始めた。そんな彼女を3人は見守っていた。寸刻、目を開け、彼女なりの想いを告げ始めた。
「陽は、自分の力を嫌っていたかもしれない。父から授かった力を、恨んでいた、のだと思う。……もし甦ったら……同じ苦しみを、抱えてしまうかも。それに……NSに、闘いを挑むはず……。
もう、彼に、そんな想いをして欲しくない。……普通の男の子として、お姉さんと幸せに、暮らして欲しい……」
気づかされた。力を持ったまま生き返ったなら、彼は再び組織に復讐……いや、復讐よりも憎悪の相手として、さらに苦難の道を突き進む可能性は高い。各々が考えた。眠る傷ついた少年をしばらく見つめる、4人。その沈黙は、共感するのに充分な時間となった。
「それじゃ〜姉さんを捜すとするか! 時間は限られているからなぁ」
沈黙を破ったのは、歳上の須佐野。それに頷く3人。
すでに低空飛行のヘリは、着陸準備をしていた。早々に動き出す、動ける3人。忘れていた、少年の携帯電話を見つけるために。
「ちょっと待って! 」
おもむろにポケットからスマートフォンを取り出し操作するのは、着席の耶都希。どこからともなく鳴り始める、小さな着信音。咄嗟にその方向へ駆け出した。
「あったぁー! 」
立ち上がる少女の手には、画面にヒビのあるスマートフォン。
一つ操作するとバックライトが光り、画面表示。壊れていないことに安堵した。さらに、セキュリティが掛かっていなかったコトにも……




