第88話 復讐する者たちと少女ら(5)
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朝7時半頃――
一本の電話。受話する少年に、少し興奮気味で話しだす男。
「伊豆海くん、君は何をやってるんだ? 警察だけでなくNSの幹部らが怒ってるぞ」
「…………」
「伊豆海くんの父親のことは、私も先ほど聞いた。復讐したいのは分からないでもない。だが、冷静になって欲しい。これからも君の力が必要だ。ムダにしてほしくないんだよ、私は! 」
直毘師としての使命を常時指示してくる相手、NSの彼である。
「直接会って話そう」
これまで電話やメールのみであったが、直接面会は初めて。それだけ必死であることを伝えたかった、のだろう。迎えの車を少年の居場所へ、そして待ち合わせ場所へ連れて来るよう、その彼が手配した。
少年直毘師の反乱活動を察知した、組織。誘い込み、封じ込めるために、動き出していた。
◇――――
数日前――
父が亡くなることで家庭は崩壊。母は鬱になり薬物使用と児童虐待で逮捕、精神病棟に今も隔離されている。姉弟は親戚にはたらい回しにされ邪魔扱い。施設生活でも虐められ、姉は何度も辱められた。
陽に幸せは一切なかった。ただただ優しい姉を守ることが、生き甲斐となる。
全ての発端は父を殺した警察であり、命令した組織であることを知った、伊豆海陽。
過去の体験を思い出しながら、冷静かつ無表情の少年が激高し、怒りを行動で示す。躊躇いはない。父を殺した警察内部の関係者を一人ずつ、処理していくことにした。組織が気づくことは、覚悟の上である。
父の処理の命令を下した組織、これまで姉と自らを騙し続けてきたNSへの、復讐を開始。
この際、彼なりの配慮があった。養父母も処理対象であるが、「悪魔の姉弟」と言われた過去、そして一緒に住む優しき姉のことを考え、身近な人の処理を後回しにした。
この判断が裏目に出ることを、冷静さを失った彼に想定出来なかった。
敬俊らと京都で出会って4日後には当時の警察署長、さらに2日後、直接手を下した2人の捜査員に闇儡。注入した闇の操作で自殺へと、追い込んだ。
これは彼にとって始まりでしかない。彼の最終目的は、組織の……
――――◇
朝9時半過ぎ――
まだ建築物もなく工事中の人気のない、中央防波堤地区。そこで独り立っている、サラリーマン風の男。上着を脱ぎ、ワイシャツの上ボタンを外し、扇子を仰いでいた。朝と言えど、汗を滲ませている。
車外で、冷静さを失っている少年を、説得し始める。
彼もNS幹部の1人。ただ組織を抑えるほどの立場ではないこと、そして復讐を続けるなら守ることが出来ないこと、などを伝える。
「それでも、構わない」
怒りは収まらない、ようだ。説得を諦めたのだろう彼は、少年を連れてきた車に乗り、その場を去って行く。
その車が見えなくなると同時に、すれ違いで近づいてくるシルバーの乗用車。一台ではない。何台もの警察車両が列をなし、無音無灯でやって来た。北側と南側の道路二手に分かれて、停車。
「フッ」
嘲笑する一人佇む、少年。呆れた表情を浮かべながら、閉眼。
白黒パトカーと覆面パトカー、青色の人員輸送車、黒塗りの装甲車からゾロゾロと降りてくる、武装した者たち。SAT(特殊急襲部隊)15名と警官隊約30名。驚きも焦りも見せずにいる、16歳高校生姿の彼を、取り囲むカタチとなった。武器を構えたまま……。
さらに、突然聞こえてきたリズム音。青空に融け込こめないスカイブルーの、ヘリ二機。旋回しながら地上を注視しているようだ。
少年が落ち着いていられるのは、罠である可能性を踏まえ闘う準備をしていた、からである。
都心で浮遊していた怨度の高い30個以上の幽禍を、引き連れていた。既に指示済みの少年の部下たち、である。彼の近くには5個の幽禍、その他は、彼を囲む武装集団のさらに外側で囲むように、待機していたのだ。
通常の人間に見えない幽禍による人間への攻撃は、有利だと信じていた。しかし……
そう簡単では、なかった。
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約2時間以上前――
「碧くん、ごめん、お願い、助けて」
嗚咽しながら謝り、哀しげに悔しげに語る彼女に動かされる、伊武騎碧がいる。
命毘師端上レイに連絡、さらに進毘師の須佐野憲剛にも応援要請。NS側の奉術師による攻撃なら、闇嘔や闇儡である。進毘師の清原は必要になるからだ。
さらに情報網を活用し、NSと警察の動きを探り始めた。伊豆海陽が居そうな場所を、彼女らに伝えるために。
1時間ほどで情報が、まとまってきた。
警視庁、管轄警察署の動きを早々に、キャッチ。有害物質らしきモノを発見したとして、工事関係者、工事車両、一般者など一切の立入りを禁止した。場所は、東京オリンピック会場建設のため工事が行なわれている、東京港中央防波堤外側地区。東京ゲートプリッジ、臨界トンネルなどの全面通行止めが発令されている。
それが真実なら手続きなど時間が掛かるはずだが、事前に打合せされていたように各省庁が、迅速に行動していた。NSの企みである可能性が高い、という碧独自の判断。気を揉みながら待機しているだろう耶都希に、連絡した。
「通行止めで渋滞してるだろうから、臨海トンネル側が無難かも……」
と、アドバイス。ただ、不安を抱く彼は「危険過ぎる」とも、警告。せめて阿部阪たちが合流するまで、現地近くで待機してて欲しい、と懇求した。
「ありがとう。でも、陽のことが心配……間に合わないかも……私、先に行ってるから……」
高まる不安と陽の安否が、逸る気持ちを抑えきれず、にいた。
そのこともレイたちに連絡。その後、手配した協力者たちにも指示を出していた。
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