第87話 復讐する者たちと少女ら(4)
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約27分前――
「……こと、わる」
後ろから聞こえた一言に驚く表情と視線は、彼へ。耶都希は以前、彼から告知されていたから、だ。
『僕だって醜い人間だから。もしNSから姉さんの処理を指示されたら、迷わず実行する。だから、僕のことも信じないほうがいいよ』
だが、堂々と拒否した。
「そうですかぁ〜……」
男の苛立ち。左足のゆすりに、現れている。
「では、こうしましょう。もう一度、チャンスを与えますね。そこの女に君が闇儡するか、こちらの直毘師があなたのお姉様に闇儡を行なうか、どちらかを選んでください。
あ〜っ、そうそう、報告遅れました。上役だったら怒られますね。……光さんって言いましたっけ!? お姉さんは既に名古屋の自宅にはおりません。君の知らない場所にお引越ししてもらいました」
笑顔の男に、鋭眼する光の弟。右手の平を前に突き出し、攻撃態勢へ。待機してあった血の玉を制御しようとする。
「無謀な行動は控えたほうがいいですよ。もし君がまだ歯向かうなら、お姉さんの闇儡だけでなく、この首謀者のメスブ、……女は……まっ、警官殺しの実行犯として射殺しても、な〜んの問題も、ありませんからねぇ」
三つの銃口が全て、仕立て上げられた実行犯に向けられる。差し出した腕をゆっくりと下げる少年は体制を崩し、尻餅をついた。立っているのも限界だった。
「よおうぉ」
駆け寄った。だが、助けに来てくれたはずの耶都希に、脱力気味の陽は目を合わせられず、俯いていた。
「さてさて、マジで、あっ、……本当に夏バテしそうなので、さっさと……早く決断してくれませんか」
ふざけた男のセリフよりも、少年を助けたい、と真っ先に思ったのだろう。
「陽、私に闇儡して。そしてお姉さんを助けなさい」
「…………」
「大丈夫、私はそんな柔じゃない。訓練も受けてる。それにレイさんたちが、こちらに向かっているはず……でも、ココに入ってこられないかも、ね。
……陽にはお姉さんがいる、私は独りよ。だからお姉さんを、光さんを助けてあげて。私は銃で死ぬより、陽の力で死んだ方がいい」
やっとのことで目を合わせる、弟のような少年。姉さん、と呼んできた女は、微笑んでいる。
「……ごめん」
「ううん、私こそ御免なさい。助けに来た、つもりなのに、結局、足を引っ張ってしまった」
目を閉じ、歯を食いしばりながら沈黙していた少年は、やる気なさそうに左手を顔の位置まで上げ、覚悟を示した。
「伊豆海く〜ん、手加減なしですよぉ。最高の闇を、プレゼントしてください」
ニヤつく男を冷視する。が、反抗する気もなく視線を戻し、待機させていた怨度の高い幽禍を一つ、左手の平の上に呼び寄せる。微かに白っぽいものが見えるドス黒い幽禍を、彼女の背中から体内へ、吸い込ませた。
付き人の進毘師が三佐波に、ボソッと、報告している。
「そうですかぁ……伊豆海くん、“大変よくできましたぁ”! 」
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前日夜――
――『次のニュースです。警視庁刑事部に属する捜査員2名が殺害された事件をお伝えします。殺害されたのは、捜査第一課所属の○○さん48才、捜査第二課所属の△△さん44歳です。○○さんは昨日午前7時頃、川崎市の物流倉庫内にて、そこで働く従業員が発見。△△さんは昨日午前11時頃、新宿のホテル一室で従業員により発見されました。
警察のこれまでの発表によりますと、死因は2名とも自殺に見せかけた銃による他殺であることが判明。解剖の結果、犯行時刻は昨日未明であることも明らかにしております。さらに防犯カメラの映像および関係者の証言により浮上した、16歳の少年が何かしら関与している、とし行方を追っているもようです。……』――
この報道に疑惑の念を抱き、即連絡した。
「陽なの、3人を殺したの? もしかして、組織に嵌められていない? 」
問い詰めるが、応えない。確信したのか「一緒に闘う」と伝えた。彼を護りたかったのだろう。しかし、女は攻撃する能力が低い。直毘師と組むか、直に接触し闇を注入するしかない。攻撃が得意な直毘師に、祓毘師の力はそれほど必要としなかった。それが分かっていても一緒に闘うことを望んだ……が、
「ありがとう。でも大丈夫。姉さんに迷惑をかけたくないし……」
通話が、途絶える。
困惑と焦燥の女。少年の復讐を止めるために、月光でうっすらと照らす瀬戸内海に浮かぶ島を、出た。彼がいる可能性のある東京へ、向かうために。制限速度などお構いなしに高速道路を、突っ走る。悔しさと悲哀を抱き、涙しながら愛車《RX》のアクセルを、全快にした。そして自分の無力さを、考えた。
「私一人じゃ、どうすることも出来ない。陽にもしものことがあったら私……誰か、誰か……レイ!? 」
ふとレイの顔が浮かんだようだ。だが否定するように、首を横に振った。これまで彼女に対する酷い言動があったからだろう。彼女が助けてくれるとは想像すら、出来なかったのだろう。敵対心が強い、と思い込むのも仕方がない。
ナビ画面を操作、『アオイ』を選択していた。登録されている、電話帳の名。ただ、陽と碧は敵として闘ったばかり。彼に助けを求めるのは、気が引けたのだろう。画面を地図に戻した。
夜の高速は大型車両が多く、思いの外スピードが出せない。イライラしながら、かつ葛藤しながら、ひたすらヘッドライトをハイビームにして高速を、疾駆。案が浮かばないまま、東京に近づく標識板を見ながら、焦燥感だけが増していった。
朝日がすでに起こした大都市へ、到着した。だが、どの辺りを探せばよいのか見当も、つかない。陽に電話をかけるも、応答しない。地理感のない彼女は、差し当たってカーナビを見ながら霞ヶ関周辺を、巡回することに。次第に通勤車やタクシー、バス、そして駅から通勤する人たちが、増えて来た。
人の多さに埒が明かないと考え決意する、耶都希がいる。少年を助けるために命毘師を、そして組織を倒すために建毘師らの助けの必要性を、直観。悩んでいる余裕はなかった。
ブルートゥースで電話をかけ始める。連絡先を知る彼にお願いすることしか、なかった。
「碧くん、ごめん、お願い、助けて」
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