第86話 復讐する者たちと少女ら(3)
警官隊の後方から割り込んでくる場に似つかわしくない、スーツ姿の男。黒ぶち眼鏡の奥に目つきの悪さを、曝け出している。40歳前後らしきその男を見たことのない、2人。
彼は最高検察庁公安部のエリートで、検事総長席を狙うNSの若手幹部、三佐波麻郷。2人に名乗ることは、しない。
「そろそろ夏バテしそうなので、片をつけましょう」
彼の合図で、現場が一斉に動き出す。残りの武装隊員らが負傷している仲間を運び、車両に乗り込んでいく。さらにドーム型シールドも解かれ、ヘリの一機は警察車両よりさらに離れた場所に、着地。数台を残し、警察車両のほとんどは撤退した。
裸眼のみ動かし動向を注視する、陽。首を左右に動かし様子を確認する、耶都希。
徐々に銃口を向ける警官らの人数が減っていく。が、疑念と緊張感は解けない。怪しい人物と私服警官3人が目前にいる、からだ。
「ここで命を失う者がいたら甦らせます。闇儡で苦しむ者は浄化します。だから安心してください。伊豆海くん、君はここで誰一人殺していないし、苦痛を味わう者はいない、ってことです。怪我した者は治るまで時間掛かりそうですが……記憶だけは消しておきましょう。
つまり、この出来事さえも葬ることが出来るわけです。君がこれからも私たちの計画をサポートしてくれる、ということであれば見逃してもいい、と、考えているんですよ。ね、寛容でしょっ! 」
無言の伊豆海少年。代わりに発言する30歳の女。
「なぜ、なぜこんな惨いことが出来るの? 」
騙し続け、利用し続けようとする彼らへの反発なのだろう。
「あなたは? 」
その答えを、スーツ男の背後に見え隠れする付き人が、囁いている。男の肩ほども身の丈がなく、見た目、年齢不詳。
「祓毘師の、ミナトカヅキ、さんですか……この人は必要なんですか? 」
再び、背中側から囁く。
「そうですかぁ。……良いことを思いつきました。今回の事件の首謀者はあなたにしておきます。それを防いだのが伊豆海くん、君にしましょう。君がヒーローです」
「な、なんですって!? 」
怒りが露になる、ミナトカヅキ。肩を貸していた陽に「待ってて」と言いながら離れ、ムカつく男にスタスタと近寄っていく。
護衛者が引き金に指をかけるが、男の右手一本で制止。
女祓毘師は、無抵抗の男の腹に右手の平を押し付けた。
「闇で苦しめ! 」
闇嘔、実行。
しかし、目を細め、女を見下し、冷静に応対。
「あなたのお相手をしてもいいのですが、俺も、あっ……私も忙し〜ぃ身なので残念ながら、お付き合い出来ません」
突如、奉術師のエネルギーが一つ、出現。付き人が男の背中に手を添え、唱え始める。そこで初めて気づいた闇嘔したばかりの祓毘師と、何とか踏ん張っている直毘師。
「進毘!? 」
「そうですよぉ。彼も立〜っ派な奉術師です。従順なサポーターなんです」
上着ポケットからハンカチを出し、女が付けたスーツの泥を払った。
「おめぇ、あ、失敬、あなたは不要です。あなたレベルの祓毘師は他にも組織にいますからね。と、いうことで、今日でお別れです」
さようなら、と言わんばかりにハンカチをヒラヒラと振り、そしてポケットに戻す。
「伊豆海くん、君にはヒーローになって頂きます。このメス、いや、失敬、この女性に闇儡を行なってください」
「…………」
「君には使命があるはずです。人間社会に蔓延る悪を一掃するという使命が! このメス、いや、もとい、この女性一人のために、その使命を放棄する必要もないでしょう」
「……こと、わる」
***
「いました! 湊さんです」
車の反対側に回った嵩旡からだ。それに反応した2人。
片膝で跪く彼の傍に、地ベタに踞っている、あの耶都希がいた。身体を丸め小さくなり、横たわっている。両手で両耳をガッチリ抑え、目を閉じ、恐怖に怯えるように身震いしていた。闇儡の術を受けてしまっていることを、皆が察した。
「須佐野さん」
嵩旡は立ち上がり、察した大男が腰を下ろした。彼女を透視するように身体全体を、視調べる。
「デカいなっ」
「須佐野さん」
「大丈夫だ! そのために俺はここにいる」
心配そうな弱き声の少女に向け、自信ありげの微笑みを見せた。それだけでも少女の不安は解消されたようだ。
彼女から周囲に視線を回すレイ。さらに先に見える二つの靴裏らしきモノ、を発見した。一人だけで恐る恐る、歩き近づく。正体を確認するために。
凹んだ地面に隠れるように倒れている、血まみれの男の姿が、目の奥で拡大されるが如くに焼き付いた。
「! 」
驚愕のあまり声も出せず、両手で顔を覆い、目を瞑る。
「レイさん、どうした? 」
後方から聞こえる嵩旡の声。勇気を出し、両手をゆっくり下げ、目を開けて再確認。
そこには、白色シャツなのかエンジ色シャツなのか分からないほど、全身から出血している、瀕死の少年の姿が。
急ぎ寄り、両膝を付け、彼の顔を見た。
「陽、くん!? 陽くん! 」
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