第84話 復讐する者たちと少女ら(1)
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8月1日、東京――
朝10時20分頃。有明に近づく『IBUKI』表記のヘリ。高度を下げ、東京湾に浮かぶ埋立地の上空を旋回。南北と東西への舗装された道路数本と、海近くに倉庫のようなものがいくつか確認出来る。が、ほとんどがまだ荒い茶系の地肌を見せる空き地、である。工事車両など一台も走行しておらず、埋立地に繋がるブリッジや海中トンネル入口付近も、全く動きがない。
伊武騎碧の報告にあったように、封鎖されていることは理解出来た。が、不思議なことに警察関係車両なども発見することが出来なかった。
前座席の須佐野が、未舗装地にある一台の黒車を目視。さらに観察すると、地面が掘られているような穴が何個も存在していることに、気づいた。3人は不安が高まっていく。
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約35分前――
40人以上の武装警官たちに囲まれている、残虐な直毘師のレッテルを張られた少年。彼が落ち着いていられるのは、罠である可能性を踏まえ闘う準備をしていた、からである。しかし……
簡単では、なかった。
闇儡しようと構えたその時、少年直毘師の傍にいた5個の幽禍を吹き飛ばすエネルギー、が襲う。瞬く間に、部下たちは消えた。さらにその現場を保護するが如くに張られた、薄グリーン色のドーム型シールド。
「へぇえ〜」
感心している少年。これほど大きいモノは初見だった。その外で待機させていた幽禍を呼び寄せてみるが、シールドによって妨げられた。幽禍を吹き飛ばしたエネルギー、そしてシールド、それらの術をなせるのは建毘師だ。
集中する少年。首を左へ微度動かし、横目視線を向けた先。防護ヘルメットを冠る、制服警官を凝視した。
次の手。ズボンポケットから小さなカッターを取り出し、左腕の皮膚を切る。滴り落ちる鮮血の命を制御し始めた。きめ細かく分散させた後に、針状化。ゆっくり左腕を上げ伸ばし、人差し指を強く向ける。目にも留まらぬ速さで、攻撃。
予測していない相手の攻撃に防御を遅らせた、制服を纏う建毘師。ヘルメットの隙間から入ってきた何十本という針状の凝固血が凶器となり、鼻の穴奥と両目を刺しまくる。悲鳴をあげる余裕さえもなく、後方に倒れた。目、鼻、口から出血したまま。動揺した数秒の遅れが、シールドで守備する前に相手の追撃を、許してしまう。
中指を指す、少年。その建毘師自身の鮮血の命を制御開始。微小な薄い円盤形刃物に変形させ、瞬時に高速回転。ヘルメット内をサイクロン状態と化した。皮膚や毛を切り刻み、鼻や唇などの突起物の原形を、残さなかった。
気絶する者のヘルメット内部から外へと、溢れんばかりの鮮血が流れ出す。その無残な状態を目撃した制服警官らは、攻撃法を理解しないまま焦り、距離を置いた。
攻撃の手を緩めない、直毘師。倒れた者の鮮血を新たに、武器化した。微小の円盤が大量発生、近場の者のヘルメット内に侵入、暴徒化した。2人、3人、5人と倒れていく有様。
だが、その暴れ血が静かになる。再びナチュレ・ヴィタールの霧が右から左へと流れた、からだ。
少年の眼球のみが、斜め上をチェック。ドーム型シールドの存在を確認した。建毘師を倒した、のにも関わらず。つまり、他に建毘師がいることに、なる。それを探るため、眼球を動かしながら、気を集中させる少年。そして、一点を、鋭視。
一呼吸した後、左手を拳に。出血する者からの大量の鮮血を霧状化、回転させながらビー玉ほどの集合球体を作り上げる。その数、30。そして、左手を開き腕ごと煽るように振ると、その血の玉は意思を持ったように縦横無尽に高速で、動き出した。
霧粒化した血は酸素に触れ、凝固。さらに高速回転することで硬度が増している。その玉が時速150キロ以上のスピードで、人を襲うのだ。腕、腿、脛、背中、腹、胸、どこに当たっても衝撃は半端ではない。死にはしないが、次から次へと襲いかかる。武装隊は混乱状態に陥っていた。
その合間に眼球のみで、指示した。血玉の一つがスピードアップし、一機のヘリへ。別の建毘師が乗っていることを、察知していた。しかしドーム型シールドによって消滅、ヘリには届かず。外からも内からもシールドを突破することが出来ないことを、知ったからだろう。
「ツっ!」
不機嫌な表情へ。ヘリの中にいる建毘師が、厄介な存在になってきていた。が、今はどうしようもない。地上の武装隊への攻撃も、寸刻静止。再び建毘師の発するエネルギーで全ての血玉は、失力したからだ。
諦めるつもりのない少年の、次の手。同様、倒れている相手の鮮血を拝借、霧粒化し回転させる。一つ、また一つ……渦が巨大化していく。
次々に襲いかかる体験したことのない少年の技に、呆気に取られている警官隊。彼らの目に映るのは、直径約三メートル、高さ推定ビル10階相当、の塵旋風。それも同時に、四つ。
驚く相手をよそ目に、舗装されていない地肌の砂粒を吸い込み、巻き上げていく塵旋風たち。彼は予想していた。上空のヘリが急に距離を離した、のだ。ドーム型シールドは幽禍などのエネルギーを弾くものの、巻き上げられた砂粒などの物質は、無関係だ。
ヘリのその反応に含み笑いする少年の腕が振るわれ、回転速度がアップ。塵旋風たちは倍以上の高さに。気分がいいのか、2人組の社交ダンサーが踊っているかのように回旋し始め、創造者の両斜めに堂々と居座る。
部隊長らしき者が合図をし、倒れた仲間を助ける者と、危険な少年に銃を向ける者に分担。
倒れた者たちを車両に担ぎ込み終えた時、部隊長は次の指令。銃で警戒する武装隊もその包囲網を彼から、遠ざけた。
余裕の表情で相手のその行為を受容していた陽だったが、後悔先に立たず、である。




