第9話 取引する相手(1)
☆―☆―☆ 一人称視点の話です。
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約二週間ぶりの、東京――
夜9時を回っていた。オートロックを解除し、エントランスでポストを開放。
「ハァ〜」
ため息の原因は、表の『広告不要』のテプラに効果なし、ということだ。印刷費やポスティング経費など考察しても、費用対効果の疑わしいチラシたちの中から、名指しのモノだけを抜てき。
有り難いのは、マンションの管理人によって、A4サイズほどのボックスがその場に備え付けられていること。不要広告などを入れるための、処理場だ。私は二週間分の大量の不要物を、感謝し納めた。
そのまま、エレベーターへ。
ガチャッ パチッ
生温い空気を感じつつ、前進。コンビニ袋をダイニングテーブルに置き、ショルダーバッグをオフィスチェアーに委ね、ボストンバックをソファーに落とした。ベランダ側の窓を開け、換気を促す。安らぐ時間さえも勿体なく、ボストンバックを再び手に取り、洗面所に向かう。全自動洗濯機を活動させたまま、リビングでショルダーバッグの中身を確認することに。
資料や記事の切り抜き、写真で埋め尽くされている壁に、さらに重ね貼り。ホワイトボードを一旦電子記録し、クリーンの状態に。
新たに青ペンで書き示すポイント、それは『旅先』『犯行者』『死因』の三つ、だ。
そう、私はこの二週間、西は福岡まで、東は宮城まで飛び回り、取材三昧。依頼していた探偵砂場、名古屋の新美谷、そして各地の情報屋からの情報も、集合。
自分のためでもあるが、出版社から続編記事の再催促もある。早々に整理し始めた。
一時間もしないうちに、まっさらな状態のホワイドボードを、文字や写真で埋め尽くす。ソファーに座り、ノートパソコンのキーを連打。時に立ち、ホワイドボードと壁の資料を見つめ、再び連打。乾燥機の終了音まで、それを繰り返した。
翌日も部屋に篭り、記事を育てる。
パシャッ
パソコンを閉じ、USBメモリーをバッグの中ポケットへ。そして携帯メールを確認した上で、ソファーに横たわる。明日のアポが取れたため、脱力し、眠りにつけた。時間は覚えていない。が、外が暗くなっていることを、理解していた。
丸一日かかった理由は……別案件の予定稿も書き上げたから、だった。
***
シューーーー
「いらっしゃいませぇ」
レディーの肉声がフロアーに響く。それが合図のように視線を送る、店内入口。目的の人物ゆえに、右手を軽く上げた。気付いてくれた時の表情というのは、性別関係なく、嬉しさを感じる。
「すみません。打ち合わせが長引いてしまって……」
「問題ありません」
対する席に本人は座り、水を運んできたオレンジ色エプロン姿のレディーに、優しき声。
「チャイラテ、ホットで! 」
「ホットのチャイティーラテ、お一つですね!? 」
「はい」
彼女が遠ざかると、USBメモリーを、彼へ。
「確かに」
手の平に収めたそれを、上着内ポケットに、隠した。
「それでどうでしたか? 柳刃さん」
目前の三枝氏は、私の全国取材三昧の旅に興味津々、であることを察する。彼は出版社の編集部長(編集長たちの上司、つまり統括)であり、先月記事掲載することが出来たのは、彼が直接担当してくれたお陰でもある。つまり、好意とする取引相手、ということだ。
「『犯行者』は存在し、それは組織ぐるみである、と確信した次第です。ただ、もう一歩、踏み込めていない感も否めません」
「そうですかぁ。でも全国各地での事件ですから、時間が掛かるのは致し方ないことです。それで、その確信した理由とは? 」
コーヒーで口内と食道に潤いを与えた後、脳と口は説明回路へ。