第81話 建毘師指揮官に挑む者たち
パーキングで車に歩み寄る敬俊は突如、危険な命を察知。
咄嗟に右腕で自らの背に少女を隠す、と同時に右手の平でナチュレ・ヴィタールのシールドを彼女に張った。
彼のその行動に驚く女子は長身の指揮官の後ろで、身を竦める。
道側に一台の黒い車が静かに、停車。左ハンドルの運転席側から降り、2人に近づいてきたのは、ブルーデニムを履くアメカジスタイルの女。
「また会ったわね」
聞き覚えのある声に、守護者の右脇下から声の主を目視する、レイ。
「あっ! 」
呆れた目と微笑する口で立っている、湊耶都希がいた。当然のことながら敬俊の頭には、奉術師の情報が入っている。ただ目前の女よりも、車中から溢れる殺気に、警戒していた。
案の定、2人の周囲を取り囲む赤っぽい、霧。肉眼では見えないが、血小板で固まった何万本、何十万本もの血液の針が、まだかまだかと浮遊し、攻撃したくてうずうずしているのだ。
建毘師の指揮官は、シールドを張った際それとは別に、左手の中三本指を伸ばし、数メートル頭上にナチュレ・ヴィタールを集約、密度を高めていた。
赤い霧で囲まれた後、三本指を反対に返す。薄緑発光色のナチュレ・ヴィタールを滝のように、浴びる形になったレイと敬俊。瞬間赤い霧は消えた……というより、命を失った血は重力によって落下。2人を中心として、ドーナツ型に付着していた。
車中からの殺気が薄れていく。それだけでなく奉術師独特の命までも、消えた。奉術師は他奉術師の命を感知することが出来るはずだが、車中から発せられていた命が一瞬にして、感知不可になった。
敬俊だけでなく、耶都希も驚いている。目前の女への過剰意識と、突然の出来事で恐怖感を増しているレイは、それどころではない。
女祓毘師の後方にある車から視線を外さない、建毘師。後部のドアが開き降りてきた、ワイシャツに緩めのネクタイを付けた色白肌の、少年。距離を縮め、女より一歩前で足を止める。
「見事ですね」
「何の用かな? 出来れば私を怒らせる前に、去って欲しいんだが……」
彼のコトバに反応する、大人の男。
「フッ、それは僕のセリフ、かもしれません。今後邪魔しないで頂きたいんですが……」
「静命術、誰から学んだ? 」
「……誰でも、いいじゃないですか」
敬俊が驚いたのには理由がある。静命術は基本的に、建毘師と進毘師しか知らない。静命術とは、奉術師のエネルギーを意図的に静止させる、術。つまり、一般人との違いが無くなる、というものだ。建毘師の監視、守護が不可能になるため、各伝書には記述されていない、はずである。
それに、静命術は高等奉術師のみが使える術。この少年が厄介な存在になったと危機感を募らせる、建毘師の指揮官がいた。
ただ、静命の状態でいる場合、その奉術師は力を使うことも出来ない。その意味では、この少年が非攻撃態勢であることは、理解出来た。
「湊、さん、もしかして、さっき私が助けた方は、湊さんたちが処理した方ですか? 」
前回のこともあったからだろう。アメカジの女に直接質問をした、隠れる少女。
「そうよ」
「それで私たちが来るのを、見張ってた? 」
「そうね。でも、あなたが来るなんて知らなかったわよ。命毘師を待ってただけだから。……あの男がもし甦ったら、また処理することになってるのよねぇ。転命は一生に一度、でしょっ。ってこと。
でもさっき甦った男に彼が闇儡しようとしたけど……傍に建毘師がいるようね。残念だけど、他の方法で処理することになったわ」
「! 」
怒りが沸々と増す正義感の強い少女命毘師は、女祓毘師を鋭視する。
「それから今回、邪魔する人も処理してもいい、という指示がきてるの」
「その指示は誰からだ? 」
すかさず問い詰める、建毘師。女はコトバにせず、両肩を少し上げて意思表示。教える気など、さらさらない。
「誰を処理したのか、分かってるのか? 」
「裏切り者よ」
「裏切り者? 指示を出している者が裏切っていると思わないのか? 」
「!? 」
「君たちは今、とんでもないことに加担している可能性がある」
「それ、どういう意味? 」
「NSの内部分裂、あるいは新組織によるNSの乗っ取り……」
「? 」
「面白いことをおっしゃいますね、根拠もないのに……」
男のそのコトバに反応する少年。
「根拠……確かに今の時点ではない。だが君たちの組織内部が、ただならぬ状況であることは理解出来た。君の……君たちの行動から見ても、私たちは看過するつもりはない」
「ご自由にどうぞ。……どちらにしても、僕は信じる道を進むだけです」
「信じる? 何を信じているんだい? 」
「僕の力、僕の使命、僕を必要とする彼を」
「彼!? その彼が君にウソを言ってるとしたら? 」
「ウソ? 根拠って何ですか? 」
「そう言えば、先日もその子の傍にいた女が、連続殺人とか大量殺戮とかデタラメなことを言ってましたね。その根拠も伺いたいわ」
そう付け加えたのは、耶都希だ。あれ以来、そのことが気になっていた。だが調べようがなかった。少年にも聞けなかった。いや、彼も知らないと思っていた。より詳しい情報が欲しかったのだ。組織について建毘師に確認したかった、それが本音である。少年と一緒に聞きたかったのだ。
後ろからの発言に繭を下げる、少年。その出来事を彼女から聞いていなかった。この時、疑問、というより不快に感じたのだろう。
二呼吸ほど後、組織の陰謀を2人に聞かせる、敬俊がいる。女はともかく少年さえも聞いたことのない、組織の計画のネタ話。目を閉じたまま無言で建毘師の解説を聴いていたが、一層疑念を持ち始める。
※今話につながるストーリーを公開中です。
スピンオフ小説「祓毘師、湊耶都希物語」の37話あたりからです。
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