第75話 感謝する者たち
「はあ〜ぁ〜」
大きなため息。首を傾げ無言になる硬い男。鬼気迫る、そして一人の少女を想う2人の気持ちを、無下に出来ないでいる。
「それに彼女は、自分の中に巣食う闇と格闘しているようです。闇を受けた者を大勢見てきましたが、彼女は何かが違う……さっきも一瞬、自ら正気を取り戻しました。彼女にはまだ見えない力があるのかもしれません。
ただ今言えることは、彼女は懇切な奉術師であること、悲哀する多くの人たちが彼女の転命を必要としていることです。我々は彼女をどうしても護りたい! 」
説得する真剣な眼の男、懇願する若い2人。暫くの間考え込む大男。微動しなかった4人の中で、彼が突如動き出す。それも玄関とは逆の方へ。
「視るだけだぞ」
小声で表明、車両へ歩き出した。緊張から解放されたようにホッとした表情の3人も、後に続く。
敬俊が車両後部の横ドアを開け、招き入れる。中に入ると、近くに白衣の男女とベストスタイルの女が立っていた。
「須佐野さん、お久しぶりです」
敬礼する茉莉那に、左手を上げて挨拶。そしてベッドに横たわる女子を見つけた。他に目もくれず近寄る。少女の右横に立ち、顔から足先まで撫でるような、眼差し。
少女の窶れた顔を見つつ、
「結構、デカいな」
中に巣食う闇の怨度を、察知。一般男性よりひと回り以上も大きい左手で、小さな頭を優しく包み込む。
寸刻、突如目を開け睨みつけてきた、ベッドの少女。反射的に手を離した瞬間、寝た状態での少女の左フックが、素人とは思えないスピードで、飛び込んできた。その拳を右手の平で防御する、大男。
「つっ! 何だ、この力!? 」
驚きの表情を露にする。
起き上がろうとする少女の肩を両手で抑えるが、予想を遙かに超えるパワー。仕方なく巨体を乗せた。
「手伝え! 」
男たち2人が動く。敬俊が両肩を、嵩旡が両足を抑えた。彼らも驚愕していた。弱めたはずの少女のヴィタールネスが、復活し始めていたからだ。
暴れる豹変している少女の傍で、迷いなく集中し始めた、進毘師。
「万の命、我が求」
口元で唱えると、両手から靄が生じ始めた。空間を歪めるように見える薄緑色が混じったバレーボールほどの球体が、一瞬に出来あがる。それは涼夏やドクターたちには見えない自然界生命エネルギーの集合体。
左手を額に、右手を腹に。
「人の浄、御講ず」
少女に押し込んだ。二呼吸ほどすると、彼女の全身からくすんだ蒸気のようなものが、浮かび上がる。彼女の気力が失われていくのが、分かる。
さらに三呼吸ほどした時、彼女の身体から内部爆発したように白発光し、その発光したものが瞬時に彼女自身の体内へ、吸引された。
2人の男に抑えられていた暴れ女は脱力、再び気を失うことに。2人は抑えていた手をゆっくり離した。
「初めてだ。……ある意味、異常だな」
進毘師の男の言わんとすることが、解った。
「感じましたか? 」
「ああ」
少女命毘師に対して敬俊が感じていることを、たった今同調してくれる者が現れた。それ以上の会話は必要ないようである。
大男はベッドで眠る少女の闇を、再確認。
「大丈夫そうだ」
進毘師須佐野憲剛による清原、終了。
「怪我の痛みはなくなるがアザは残るだろう。まぁ、ゆっくり寝かせてあげなっ」
「ありがとうございます、感謝します」
背筋を伸ばし、敬礼する敬俊。嵩旡も最敬礼した。
「またお願いするかもしれませんが」
その言葉に、大きくため息をつきながら、笑みをこぼす口髭の男。方向を変え、呆気にとられる涼夏に歩み寄る。再び乙女の承諾を得ずシャツをめくり、肩のガーゼの上に右手を置いた。声に出さず唇のみで一言。
「これで、今日中に痛みはなくなるよ」
柔らかく言い残し、そのまま降車。後を追うように、外に出る涼夏。開けっ放しの玄関へ歩く彼に、大きな声で、伝える。
「須佐野さん、ありがとうございました。本当にありがとうございました」
何度も感謝する女子の言葉に照れたのか、振り向き、「もういいから、早く車に戻れ」と言わんばかりの手振りと笑顔。
彼女の後ろで少年が再最敬礼、車両後部ドアに立って右手で挨拶する、安堵している男がいる。
右手を顔の高さまで上げ、挨拶を返した家主は、家の中へと姿を消した。
帰路。
点滴などの治療は続いた。レイの顔色が良くなってきているのが、分かる。安心した涼夏はベッドの横で真友の手を握ったまま、うたた寝している。
車中で目を覚ますことはなかった、助けられた少女。無意識に彼女の手を握り返し、離すことはなかった。
目覚めたのは、翌早朝。
見慣れた部屋の天井。ゆっくり上体を起こし、瞼を閉じながら両腕を上げ、背伸び。筋肉痛のような身体の痛みと堅さを感じているのだろうか。首を左右交互に何度か廻し、両肩を前後に廻した。
深呼吸して、ふと視線を左へ。そこで気づく。いるはずもない涼夏が、座布団を枕に寝ていた。入口付近には、壁に寄りかかり座った状態で寝ている茉莉那も。
何で? という眼差しで、考え込む。記憶の遡り……熊本での出来事、バス中の体調不良、そして幻覚と幻聴、など。腕を組み、悩む少女。その時、左腕の包帯に気づいた。だが思い出せないようだ。
「んんん……嫌な夢見てたような……戦ってたような……」
涼夏と茉莉那を再び、見つめた。今、自分が元気であるということは、涼夏や茉莉那たちのお陰だろう、と察した。自身が闇嘔を受けたことを、この時はまだ知らない。
涼夏の寝顔を見ながら、添い寝するレイ。くっつくほどに顔を近づけ、心の中で感謝している。
涼夏、ありがと〜。……私の大好きな友だち。私の大切な人……
***
修学旅行先で、レイに闇嘔を行なった者。証言の元、50歳代女の祓毘師2名を調査した、阿部阪たち。しかし、その2名ともその日、接触出来る場所にはいなかった、ことが判明。年齢幅を広げたが、同様の結果。犯行者が不明のまま、時は過ぎていった。
ただ……レイ本人は誰であったか、思い当たる節があった。確証がないため他言せず、にいた。それは、彼女を守るため、であったかもしれない……




