第74話 共に闘う者たち
固定されている両腕以外自由になった、豹変少女。ベッド土台に両足で踏ん張り腰を浮かせ、身体を左右に捻り暴れた。両脇を抑えられていた男の力が、緩む。ベッドから降りるように、しゃがみ落ちた。その機を逃さなかった。右足で床を蹴った反動で少年の胸部に、頭突き。ベッドに跨がっていた彼は避けられず、両手で防御したのみ。体重70キロ近い少年は、大きくない少女によってベッドから、飛ばし落とされた。
暴れる者にスマートに近づきながら、両手に野球ボールほどの球体を瞬息で作り上げた、敬俊。少女の両腹に押し込んだ。だが、
「グヴォッ」
瞬発力アップの少女の右膝蹴りが、腹にくい込む。前屈みで後ろによろめく、男。
彼女の攻撃は、止まらない。顔面への左足刀。左に避け上腕で受ける。右足回し蹴り。左腕を立て防御。体を半転させ右足の後ろ回し蹴り。仰け反り、空を切らせる。踏ん張った反動で、さらに左足前蹴り。体を捻り、不発へ。距離を縮め、右正拳突き。左手の平で受け止め、握る。再び左足前蹴り。右腕と腰で挟み抑えた。
徐々に、少女の攻撃スピードがダウン。
建毘師には闇を消す力は、備わっていない。が、奉術師のヴィタールネス(エネルギー)を弱めることは可能だ。変貌少女が、もしヴィタールネスで凶暴化しているとしたら……敬俊の読みは、的中。少女に注入したものが、効果を現していた。様子を伺う、阿部阪たち。
少女の兇暴さは次第に、縮小。ただ闇の力に冒されているためか、自らを殴り始めた。自傷行為だ。自分の左腕を全力で咬んだ。腕から滴る血。
彼女の行為を抑えるために近寄ろうとする、嵩旡。それより先に、歩み寄ったのは涼夏だ。噛む少女の左腕を外そうと、何度も引っ張る。泣きながら、も。
「レイちゃん、もうやめようよ。元のレイちゃんに戻って」
自分の力では到底離せないことを知り、次に抱きついた。
「レイちゃん、負けちゃダメ。闇なんかに負けちゃダメ。レイちゃんはこんなことじゃ負けない。レイちゃんは強い人。私も一緒に闘うから、お願い、負けないで」
収まる気配のない少女の次の行動に、皆焦った。噛んでいた左腕を離し、抱きつく涼夏の肩を噛んだのだ。
「痛っ! 」
少女の後ろから涼夏から顔を外そうとする、嵩旡。
少女の頬を手で挟み、口を開けようとする、敬俊。
しかしその口は、涼夏の肩から離れようとしない。
その痛みを我慢しながら、彼女の耳元で話しかける、涼夏がいた。
「レイちゃん、私の大切な人、私の大好きな人。レイちゃんは、絶対に、負けちゃいけない……」
刹那、自ら噛むのを止めた。そして、
「涼夏、私も大好きだよ」
嗄れてはいるがレイの、本来の声。涼夏は密着度を緩め、真友と目を合わせる。レイの表情、レイの目に戻っているのを、確認した。
そのまま気を失う少女。膝が崩れ倒れそうになる彼女を、後ろで支えたのは嵩旡。お姫様抱っこで抱き上げた敬俊が、ベッドに寝かせた。鎮静剤で眠らせているわけではない。すぐに目を覚ます可能性もある。男2人は彼女の傍から離れず、警戒することに。
ただ、彼らは困惑していたのも事実。闇嘔による狂気状態から一瞬ではあるが、正気を取り戻した彼女を、目の当たりにしたからだ。真友にかけたコトバは正しく、あのレイだった。敬俊の経験上そんなことは今までなかったし、聞いたこともなかった。そこに眠る彼女の力と未来を、窺い知ることは出来ない。
片隅で腰を抜かしていたが、やっと動きだす看護師。肩に怪我をしている涼夏の手当を始めた。気絶しているドクター……到着するまでそのままにしておくことに。
須佐野の自宅兼事務所へ、到着。
まだ朝8時前。事務所は開いておらず、自宅のインターホンを鳴らす。
住民がマイクに出るも「……ったく……」のみで、切断。人の動く音が大きくなってきた、家の中。そしてシルエットが見えたと同時に玄関が、スライド。
「阿部阪ぁ〜、何だ、こんな時間に。断ったはずだぞぉ! 」
身長188センチほど、首元太く、肩幅広く、胸板は厚い。整えた口髭を強調させたベース顔は、不機嫌そのもの。その大男――須佐野憲剛である。
自然界の命によって清原を行なう数少ない進毘師、なのだ。闇による病気や怪我を清浄、あるいは闇嘔、闇儡で苦しむ闇を浄化することが出来る。治療というより中和、の方が正しい。
「すみません。ただ放っておけないんです」
会釈する敬俊の後ろに立っている2人にも、視線を送る大男。涼夏と嵩旡である。低頭する若い2人を見ながら、右手で後頭部を搔き出した。
「あのなぁ〜、困るんだよぉ〜」
「頼みます! 一度見てくれませんか」
「見てくれ、って……!? 」
涼夏たちの頭越しに家前の道路を覗き込むと、一台の大型車両。
「なっ!? 連れてきたのか? 」
「はい! 」
「信じられねぇなぁ〜、ったく……申し訳ないが帰ってくれ! 」
玄関を閉めようとする家主。
「お願いします! レイちゃんを助けてください! 」
女子の声で手を止め、ポニーテールヘアの少女を注視。シャツの肩辺りの盛り上がりに気がついた。
「どうした? その肩」
「ここに来る途中、発作の彼女に……」
女子に代わって応える、敬俊。
サンダル独特の音を立てながら女子に寄る口髭の大男は、乙女に遠慮せずシャツをめくり、治療済みのガーゼを剥がす。
「ひでぇなぁ」
ボソっと発する彼を見上げ、肩が視られていることなど気にせず、目を潤ませながら強言する、涼夏がいた。
「私の傷なんて大したことありません。レイちゃんの方がもっともっと大変なんです。苦しんでるレイちゃんを見てる方が、もっと辛い、心が痛い。お願いします! レイちゃんを……元のレイちゃんに戻してください! お願いします! 」
深々と頭を下げた。
「涼夏たちにとって、いいえ、僕たちにとっても大切な人です。レイさんの優しさ、勇気、質実さ、正義心は、周囲の人に笑顔と力を与えてくれます。彼女は愛されるべき人です。命毘師としても、この日本に必要な女性なんです。僕からもお願いします。レイさんを助けてください! 」
続けて発言する、嵩旡がいた。
「はあ〜ぁ〜」




