第8話 交流する者たち
☆―☆―☆間は、一人称視点の話です。
☆―☆―☆
3月10日、名古屋――
「老けたねぇ〜」
会った途端の、攻撃。
「お互いに、な」
直接会うのは、三年半振り、か。目前にいるのは、同業社会部の友人、新美谷徹。彼に依頼していた件について、確認したかった。
久し振りということもあり、彼の近況から始まり、世間話しながら、ディナーを楽しむ。ディナーと言っても、和食だが……栄駅から少し離れたグルメガイドに載らない一見さん拒否の店、らしい。彼の予約で角個室を占領。配膳スタッフも名指し、でお願いしたようだ。
二人とも満腹感を得た頃、本題に入った。
「名古屋拘置所の事件、結論としては公表されているような『自殺』ではない、ということだ」
「やはりそうかぁ」
「頑なだったが、何とか聞き出せた」
そう言うと、バック内の茶封筒を探り、写真を一枚、差し出してきた。
「オフレコだから、やることは出来んが……」
手に取り凝視。物一つない、くすんだ灰色の壁と古ぼけた畳。幾度か見たことのある、殺風景な部屋。すぐに独房だと認識出来た。ただ、斑らな変色の跡が壁、畳に。
「血か!? 」
「そうだ。それも、半端じゃない」
「暴行じゃないのか!? 」
「そう疑った警察も、監視カメラの映像を調べたが、『一切暴行の様子はなかった。彼は一人だった』、ということだ」
「…………」
「精神的に病んだ男が自ら、自分を殴り、壁に何度も体当たり……全身骨折、出血多量で死亡。つまり、“自害”だ」
「『自殺』、じゃない……」
彼は、静かに首肯する。
「看守たちによると、『二日前くらいから男の異常言動が見られた』らしい。もともと精神的な異常はあったらしいが、比較にならないほど、酷かったようだ」
「異常言動? 」
「幻覚と幻聴。男が手にかけた女性たちが集団で襲ってくるとか、カエルやトカゲが大量発生しているとか……。これまでは支離滅裂な独り言や発作的な絶叫だったらしいが、『二日間は具体的だった』、とか。幻覚の女性たちに泣いて謝っていたとも……」
「罪の意識が、芽生えた? 」
「いや、その可能性は低い。『信仰系の本を読んだり、外部の人間と接触したりしていない』。突然意識が変わるようなキッカケが見当たらない。『暴れ出した二日間での鎮静剤投与はあったが、以前の薬物投与はなかった』と聞いてる」
「接触もなし、薬物もなし、かぁ」
「あぁ。……仮に、脳の異常で幻覚や幻聴はあったとしよう。それにしてもだ、全身骨折するまで壁に体当たりするなんて、考えらない。鎮痛剤で痛みを抑制したら別だが……検視の結果『鎮静剤も妥当な量』だそうだ。警察も怪奇な状態だけで、他殺の線は皆無と判断した。
そこも踏まえ、担当だった検事にも訊いてきた。『男は罪意識に欠けている、他人に対する攻撃性が強い、『自殺』など有り得ない』、ということだ。
あっ、担当だった弁護士は今回の件、ノーコメントな」
「ふっ……『自殺』する様相はないのに、“自害した”……」
「公に出来ないことだが、知り合いの精神科医にも訊いた。この方法での自害は、想定し得ないそうだ。催眠術のような方法も確認したが、『本人と接触もなしにそれらしき行為をする方法は、聞いたことがない』、と。
つまり……男は自殺の意志はなく、幻覚で現れるモノに対する攻撃行為によって自らを傷付けた結果、命を落とした、ということじゃないか!? 」
「そうかぁ。どちらにしても『第三者』につながるモノは、ないってことだな」
「だなっ」
「幻覚や幻聴をもたらす原因が何か、が分かれば、つながるかも、な」
「かも、な。」
「……やはりどう考えても、脱法ハーブのようなモノを食事に混入させたんじゃいかと思ってしまうんだが……それで命を落とすまで自分を痛めつけるかぁ!? いや、何か未知の薬があるのか? ……新美谷、遺体はどうなった? 」
「処分されてるよ」
「そうかぁ、だよなぁ〜」
「サンプル保管されてるかもしれんから、もう少し調べてもらえば、いいんだな!? 」
「頼む。……どっちにしても、誰が依頼し、誰が実行したか、が問題だ」
「……それが被害者家族の事前の旅行、に関係しているってことだろっ!? そこは俺もまだだ、調べてみるよ」
「あぁ。俺は、幻覚幻聴を薬以外で意図的に与えられるか、その辺り探ってみるよ。あまりオカルトっぽい結果になると、ショックだがな……」
「俺も別の件で調べてみたい。お前の記事で思い出して調べたら、平成24年10月に三重刑務所内で囚人自殺があった。事件は愛知県内で起きているから、理由付けて調べられると思う。また報告するよ」
「……よく短時間で、ここまで調べてくれたよ。サンキュー」
「合間だったから、この程度だが、な」
「いや、助かってる。全国に跨がってるから、サポートが欲しい。出来る限り情報を集めたい。そのために今回まとめて足を運ぶことにした」
「……あまり無理すんなよ。と言っても、無理だろうがな」
「だな」
お礼のため、ここは当然私が精算した。
☆―☆―☆