第70話 勧告される少女
6月29日、修学旅行出発日――
ギリギリまで行くかどうか迷っていた、レイがいた。学校行事であり、高校の思い出作りの機会でもある。水恵たちの勧め、涼夏たちの励ましもあり、行くこと。そうなれば、同級である嵩旡も一緒、守護者として。
行き先は九州の福岡、佐賀、熊本コース。4泊5日プラン。羽田と九州間は飛行機、他はバスになる。
レイと涼夏は同班。楽しく過ごすことに努めようと、レイは心掛けた。涼夏もまた、レイに楽しんでもらおうと、留意した。乗り物でも、2人は隣同士だ。移動中、涼夏がうたた寝している間、浮かない表情を浮かべ、ため息を何度も吐く、レイがいる。そんな元気のない彼女を心配する、嵩旡もいた。護ることに専念するのみ、だが……。
レイがうたた寝している時、スマホで偶然に見つけたニュース。涼夏は気になり、その記事を読んだ。
――『6月28日午後1時頃、広島刑務所に収監されていた渡利達生(20歳)が、施設内で倒れ、病院へ搬送、死亡が確認された。死因不明。広島県警は、自殺と事故の両面で捜査している。
渡利(当時18歳)は平成25年12月、『広島市中二少年少女集団殺害事件』を起こした犯行グループの主犯格として、逮捕、起訴された。広島市内の中学校に通っていた当時二年生の大渕永久くんと川成島歌鈴さんを集団で暴行、殺害した容疑。犯行に及んだ七人組のリーダー格として、昨年12月に広島地裁にて、懲役九年から十三年の不定期刑が確定、収監されていた。
さらに同日未明、岩国刑務所少年院に入院していた16歳の少女の死亡が確認された。死因不明。同事件のリーダー格の一人として同年同月に逮捕。翌年3月、広島家裁の処分にて少年院送致が決定された。
同事件の主犯格二名の同日死亡について、当局は原因と関係性を追求。……』――
「これ、そう?」
見学場所での合間、嵩旡にこの記事を見せ、訊ねた。彼はコトバにせず、頷く。
涼夏自身、『加害者連続死亡事件』について敏感になっていたのは、事実である。ただ真友の前で触れることはなかった。このニュースも、彼女に見せることは、しなかった。
大好きなレイの周囲で起こっている世の現実に、涼夏なりに、目を向けたかったのだ。
7月1日、三日目は熊本――
昨日までの連日雨天がお膳立てしてくれたように、久々の青空は輝かしい。
熊本城では90分間の自由時間が与えられており、班行動。嵩旡は別班であるが、「後で追いかけるから先に行ってて」と班長に言い、守護対象者の班を追う。先生に怒られることを覚悟の上、である。
レイと涼夏の班は、数寄屋丸と本丸御殿を周った後、メインである天守閣へ。展示物を見物しながら、熊本市内を一望出来る最上階の展望所へと上った。展望所からの絶景を班員たちと同様、楽しむために。
悩みを忘れる瞬間である……はずだった。それを許さない人物が、そこにいた……偶然か、必然か。
テンションアップの班員のことを忘れ、表情を曇らせ立ち尽くす、レイがいる。
「どうしたの? 」
それに気づく涼夏。無反応の彼女の視線を追いかけると、展望している美女の横顔。
「あれっ? あの人、どっかで……」
メガネをかけているが奇麗な顔立ち、キャリアウーマンらしく襟を立てた純白のブラウス、ベージュのスカートから覗かせる細い足。
レイは憶えていた。横顔と特殊なオーラですぐに、判った。
「レイちゃん、知ってる人? 」
再び訊く涼夏の声に反応したのは、その美女。2人のほうに顔を向けた。瞬間、警戒し、睨むレイがそこにいる。
「あら!? 奇遇ね。こんなとこで逢うなんて」
微笑みながら、警戒する女子高生たちに近づく東京にいるはずの、女――三穂凛華だ。
一歩退き、厳しい口調、低いトーンで言葉を発する。
「なぜここにいるんですか? 私をつけてきたんですか? 」
真友のセリフに危険な人物だと反応する女子は、無意識に真友の肩を抱き寄せる。
ちょうど展望所の階段を上りきった嵩旡は、2人の異様な姿勢と対峙する女を目視。駆け寄り2人の前に立ち、鋭い眼光をその女に向けた。
3人の表情と態度を見て、笑みを漏らす。
「まぁ〜、私悪者みたいね。ククッ……誤解しないでね。私はあなたに構っているほど暇じゃないの。ここで逢ったのは本当に偶然よ。熊本医大の会合に参加するために、今朝着いたの。時間があったから、その前に立ち寄っただけよ」
「…………」
何も言わず警戒する3人を確認するため、静めていた力を開放。男子だけがそれを察し、繭を吊り上げた。
「でも、いいお友達がいるのね。そちらの男の子はともかく、女の子は普通の子じゃない。今あなたが襲われたら、確実にその子もただじゃ済まないわね。友達は大切にしなきゃ、ね」
あの日と同様にウィンクする美女。そして二歩ほど近づき、小声で伝えた。
「あなたが、普通の女の子に戻ればいい話しよ」
冷静な勧告。少女の反応を待つつもりもなく、腕時計を見る女医。
「そろそろ時間だから、行くわね。それじゃ! 修学旅行、楽しんで頂戴」
ただニコッとしただけで、そのまま階段を下りていく。
姿が見えなくなり、警戒心を解く3人。何があったのか知らない班員たちが、心配そうに集まった。
皆に笑顔を見せながら「次、城彩苑に行こうっか!」と誘う、レイがいる。明るく振る舞う彼女を見ている、涼夏と嵩旡。
身体を反転させ、数歩遅れた2人へ、優しく伝えた。
「涼夏、阿部阪くん、ありがとう。私、大丈夫だから」
感謝を込め、頭を下げた。
「レイちゃん……」
「よぉし、涼夏、置いてかれちゃうよ」
何か吹っ切れた感の笑顔。そして2人へのお礼。ある結論が出たに違いない。この瞬間、真友の涼夏も、見守り続けてきた嵩旡も同じようなことを、感じたはずだ。
(レイは命毘師を、やめる)……と。




