第68話 覚悟させられる者
☆―☆―☆間は、一人称視点の話です。
夕方4時頃、タクシーで到着。今日は勝手口ではなく、堂々と玄関からの訪問。しかし数回インターホンを鳴らすも、無反応。強くなった不安を胸に、隣家を訪ねた。不安、的中。
午前中に救急搬送、されていた。
「相当苦しんでだねぇ〜。救急車へ乗せられる時、唸り声をあげてたよ」
肝心の搬送先の病院までは分からない、らしい。そのため所属党支部に連絡し、搬送先病院を確認した。まだ死亡の連絡はないとのことで、待たせていたタクシーで病院へ直行。
病院の個室では、寝ている回道議員の妻、息子、そしてご両親、他数人。その場に顔を出さず、看護師にお願いした。
「回道夫人を呼んで欲しいんですが」
廊下に現れたご夫人に会釈、会話の出来る場所へ移動する。
彼女は私の顔を憶えていた。名刺を渡し事情を説明。さらに、神姫新聞社の餅入氏に取材させたこと、その彼女も今日病院へ搬送されたことなど、伝える。
驚きを隠せずにいたご夫人だが、夫については覚悟していたようだ。
「夫がどうなるか分かりませんが、託された全ての資料をあなたにお渡しします」
つまり、真相を知りたいために調べて欲しい、と言うのだ。ただ、その資料を受け取った私自身に危険が及ぶのではないか、と心配もしてくれる。
「私も覚悟の上です」
自らの意志を、伝えた。
その資料は信頼出来る人物に、議員自らが既に預けてあるとのこと。その者には彼女から連絡しておくため「行って受け取って欲しい」となった。その人物とは、議員に転命したレイとのコネクションとなった、親好のある宮司だった。
承知した。今日は誰かに監視されている可能性も踏まえ、熱りが冷める頃に宮司宅へ頂戴しに行くこと、を約束。
一旦神戸へ戻ることに。餅入氏の状態を伺うためだ。
後悔していた。本来自分が取材するべきことを安易に頼んだばかりに……襲われた彼女に申し訳なさで、一杯だった。病院には彼女の両親と弟妹が来ていた。合わせる顔が分からない、というのが正しいかもしれない。彼女の顔を見ずに、お見舞いとして花を手渡す、だけにした。胃からの出血、ということらしい。
病気だと思い込む家族に、ただただ深々と一礼し、病院を後にする。
今の本心は、阿部阪敬俊へ連絡し、回道議員と餅入氏、2人の治癒の協力を要請しよう、と考えた。が、回復したとしても同じことが繰り返されるのではないか、と不安が過るのだ。
私自身にはどうすることも出来ない相手であることは、昨日の奉術師同士の闘いを目撃して明白。自分に出来ることをやるしかない、それはジャーナリストとしての使命である、と決意。
神戸に1泊。翌日、午後に病院で餅入氏の様子を伺った後、夕方帰京する……つもりだった。しかし、午前9時前には議員死亡の連絡、午前10時半過ぎには餅入氏死亡の連絡……
(く、くそぉおーーー! )
やり切れない。そんな想いを抱きながら、昼前に新神戸駅から新幹線で帰京。車内で今後の方向性、そして決意を新たにする。
敵は奉術師でもなく政治家や警察などでもなく、それらを操る組織の首脳陣に絞る。見えない攻撃への恐怖もあるが、ジャーナリスト魂が奴らを許さない。ダークネスの4人と彼らと繋がるメンバーの名を、計画という犯罪行為と共に洗いざらい世にぶちまける、覚悟をした。
しかし、その鼻をへし折られる出来事に、遭遇、した。
6月26日――神戸から自宅兼オフィスに約一週間ぶり、の帰宅。
リビングへの扉を開けるや否や、唖然……開いた口が塞がらない状況、を目にした。
壁に貼っていた記事や資料、キャビネットやデスク上の資料や写真、記録媒体など一切が、消えていた。他人の部屋に上がり込んでしまった、と錯覚してしまうほどに。
慌ててデスクの引き出しを確認。記録用のUSBメモリー……ない。身体を反転させ、開けっ放しのクローゼットもチェック。上下棚に置いていた過去の記事資料を保管していた、BOXも……スッキリするほどに……。
「驚いたよぉ。突然スーツ着た怖い兄ちゃんたちが5、6人でやって来てさぁ。手帳見せられた時やぁ、俺が焦っちまったよぉ。あんたんとこって言うから、安心しちまったぁ、ハハハッ。冗談冗談。まぁ仕方ないから開けたけどね。
テレビじゃぁ見るけど、目の前で見たのは初めてだ、その家宅捜索っていうの。30分もしないうちに、ダンボール持って早々《さっさ》と出て行きやがった、愛想ない奴らだったよ、全くぅ。まっ、俺んとこじゃなくて良かった、ハハハッ。冗談冗談。でっ! あんた、何やらかしたの? 」
電話の相手が教えてくれた。四日前、警視庁捜査員が来た、と。
疲労感と脱力感が一気に襲ってきた。ソファーに座り、タバコに火をつける。三、四回吹かした時、あることが脳内を過る。タバコを加えたまま、バッグの中から取り出したノートパソコンを開き、チェック。
「……ここまでやるかぁ」
ボディーブローで苦しんでいる私に、アッパーパンチが襲ってきた。目の前が真っ白状態。
普段データ保存で利用しているクラウド内のデータも、全て、消去、されていた。持ち歩いていたパソコン本体と、バッグ内のUSBメモリー以外は警察、いや組織に押収、削除されたことになる。このパソコンもいつ押収されるか、分からない状況になっていた。
ジャーナリストとしてのリスク管理を、怠ってはいない。過去のデータ、重要なデータは、別途保管している。実家でもなく、別宅でもなく、警察や検察が手の届かない場所に……。見つかっていないことを、祈る。今は安易に、そこへ近づかないほうがイイ、と考えた。




