第65話 処理される者―5(1)
依頼人、殺害された少年の母親の幽禍は、対象者の男の体内に入った。対象者自身の命に、付着している闇全てを寄生させる。この術で命同士が融合することは、決してない。闇が離脱した幽禍は純な命となり、対象者の体内から出る。自由気ままに輝きながら夜の彼方へと、消えた。人間の束縛を受けず自然界へ飛翔、融合していくのだ。寄生した闇は少年直毘師の演出に合わせ、対象者を苦しめていくことになる。
体内に入った幽禍が純な命になった時点で、陽は舟入橋から耶都希との待ち合わせ場所へ歩き出していた。
もう一つの浮遊していた幽禍は、対象者の近くで浮遊、待機させた。今から四回目(四日目)の就寝中に体内へ入り、闇全てを寄生させるように仕向けた、からである。冷酷かつ残酷な彼の止め、なのだ。確実かつ悲惨な最期にするために……。選んだ幽禍の前保有者は社会への憎悪と自己愛が激しく、麻薬常習であり、殺人犯であった。再犯で刑務所慣れしていた彼は、ここで病死していた。
少年直毘師に選ばれた幽禍は役目を終えると、純な命となり自由になるのだ。それは嬉しくてたまらない、のかもしれない。彼の闇もまた、直毘師の演出通りに、対象者を葬る活動を行うことになる。
四日後、直毘師の闇儡の全工程が、遂行される。
広島刑務所での業を終えた耶都希と陽は、広島から次の目的地へ移動。もう1人の対象者、16歳の少女がいる山口県岩国市へ。
彼女への闇畾も同様に行う、直毘師。大きな違う点として、トラップを付け加えることだ。心からの反省や後悔があるのか、確認する上で猶予を与えることになっている。
幻覚や悪夢の中で、彼女が「殺す」と意思表示した場合、それが起爆剤となり闇畾した闇が、巣喰う。
***
6月29日のテレビニュースで報道された。
――『昨日午後1時頃、広島刑務所に収監されていた渡利達生20歳が、施設内で倒れているのを所員が発見、搬送先の病院で死亡が確認されました。詳細は未だ明らかにされていませんが、広島県警は自殺と事故の両面で捜査しているもようです。さらに同じ日の未明、岩国刑務所に収監されていた16歳の少女も死亡が確認されたという情報が入ってきました。
渡利とこの少女は、平成25年12月、当時中学二年生だった大渕永久くんと川成島歌鈴さん2人を、集団で暴行、殺害した七人組のリーダー格2人とされています。渡利は昨年12月に広島地裁にて懲役九年から十三年の不定期刑、少女は同年3月に広島家裁の処分にて少年院送致されていました。……』――
***
◇――――
ジャヴアアアーン
泡立つ水中。沈まないよう、いや空気を求めて必死に手足をバタつかせている。
「ぶぅわあっ」
粋な魚のように、胸当たりまで水面から出した。そのまま顔半分浸けたり出したりして、やっと立ち泳ぎで安定。何が起きたのか、理解出来ていない表情。ゆっくり身体を回旋しながら、どこにいるのか、確認している。川のようだが、流れは遅く立ち泳ぎで問題なさそうだ。
その時、笑い声が。
「ハハハハハッ」
「ヒャヒャヒャヒャ」
それも1人ではなく複数。その方向に顔を向けると、陸に6人の男女。大うけする如くに、体全体で笑いを表現していた。
「なっ、なんだ、おめぇら!」
水上の顔から不機嫌な声。
「りょう! しんじ! てめぇら何がおかしい」
知っているメンバーのようだ。
「りょう! しんじ! てめぇら何がおかしい、だって」
「ぎゃはははっ!」
彼を真似る少年と、さらに笑いを止めない少年少女たち。
「なっ、なにぃ-!?」
怪訝な顔つきだが、現状を解決したいようだ。
「とにかく俺を早く上げろっ!」
そこで全員の笑いがストップ。顔も不機嫌になっていた。
「上げろ、だぁ!? 何命令してやがるんだ、ボケカス!」
「なっ……」
彼には理解出来ていない、その状況。6人の顔を一人一人睨みながらも、少年少女が助ける意思などないことを、悟った。
6人が立っている岸は少し高め。登れないと思ったのだろう。近くに見える橋の下ほどに、コンクリートらしきモノで出来ている、登れそうな岸へ向かって泳ぎ始めた。しかし……
ドボーン
バヂャーン
両手で持つほどの大きめの石を、進行方向側へ次々と投げ出したのだ。彼に当たらない、ギリギリのところへ。水飛沫がかかり、その波紋が顔を浸す。
「なっ、何しやがる」
「あっれぇー、上がりたいっていうから、底に石積んであげてんのにぃー」
「まっ、底に足が届くまで一年以上はかかるかもしれませんが」
「ハハハハハッ」
「ヒャヒャヒャヒャ」
「てめぇら、覚悟しとけよぉ」
そのコトバに、再び笑い始めた集団。
「てめぇら、覚悟しとけよぉ、だって」
真似た少年とは別の少年が、しゃがみ、水中に浮かぶ男に真面目な顔を向けた。
「何様だと思ってんだよ、ゴミがぁあ!」
驚きの表情を隠せないでいる。それは少年少女が年下で、かつ今まで手下のように扱ってきた奴らだったからである。
「渡利さん、あなた、もう要らないようです」
若い少年の声。6人からではない。彼らの方向を見ていたが、目を大きく見開いた。それは集団の後方から別の小柄な少年が、現れたからだ。
「と、わ?!」
6人と並んだ少年はしゃがみ込み、言い放つ。
「今日、ここで、あなたの、死刑執行を、行いまーす!」
「なっ?」