第64話 復讐代行の遂行者
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女の運転する車中で眠る、疲労困憊している少年。通常、奉術の力であのような使い方をすることはない。長い時間集中したためだろう。
ただ少年の心配ではなく、別の事を考え始めていた。耶都希の心に変化が生じつつあった。先日のレイたちのコトバ、今日の碧のコトバを思い出しながら……。
(今の私は正しいんだろうか……)
依頼人である二家族の復讐を叶えるため、次の行動に移す2人。
愛車RXは、瀬戸中央から山陽自動車道経由で約2時間半後、目的地に到着。
夜の広島刑務所付近。
慎重派の陽は、毎度車を降りる場所と待合せ場所を耶都希に指定する。出来る限り監視カメラに映らない場所を、選ぶ。
少年が高校の制服を着ている理由は、高校が全国どこでもある、という理由だ。小柄であるため中学生と間違えられても、活動するに辺り有利。それに、もしパトロール中の警官らに最悪補導されても、彼には最上の切符を持っていた。それは養父が警察関係者であること、上層ポジションにいること、少年の活動を推進していること、である。そう、電話一本で、片付く。それでも慎重に行動する彼、がいた。
降車する事前に、祓毘師の体内にある依頼人の幽禍を、預かる。彼女の手の平に手を合わせるだけでいいため、信号待ち程度の時間があれば、充分。祓毘師の手の平から浮き出てくる幽禍を、抜き取る。この際、彼女は身体が軽くなるような、あるいは心地良さを感じる、と言う。
直毘師は体内保管が不可であるため、空に浮遊させることになる。この時点から依頼人の幽禍は、直毘師の制御範疇になるのだ。
ここでは殺害された中学二年男子の、母親のモノのみ。
降車後独りでとぼとぼ歩き……いや、独りではない……彼の後を付いていく幽禍たちと一緒に、めぼしい所へ。立ち止まったのは、広島刑務所北西にある舟入橋の中央付近。
川を正面に、ハミングしながら……風景や気分に合ったクラシック曲を奏で、闇儡の準備を始めた。
彼の傍にいる幽禍は依頼人、だけではない。この日のために事前に見つけ連れてきた、二つの幽禍。殺害された被害者、少年と少女のモノである。警察関係者を養父に持つ彼は、少年と少女の情報の簡単に入手。それをもとに自宅、殺害現場、執着心のある場所などを歩き回り、発見した。少年の幽禍は母親の傍にいた。少女のそれは、市立図書館にいた。
両腕を腹辺りまで上げた少年直毘師。右手の平から10センチほど上に、祓毘師から受け取った少年の母親の幽禍、ビー玉程度の少々光りが洩れる黒色物体が、来る。左手側には少年の幽禍、外側に黒粘物が所々付着するドッジボール程度の灰色物体が、ゆらっと来た。
両手を近づけ、息子の闇のみを引き離し、母の幽禍に付着させる。息子のそれは、この瞬間黒ずみがなくなり、命として白光。解放された喜びを爆発させるかのように、上下左右に激動しながら、一瞬にして西の空へと飛び去った。
闇が剥がれれば、誰のものでもない。人の命は自然界の命に帰することになる。
残った依頼人の幽禍は、ドス黒さを増し、重々しく浮遊していた。
陽はそんな彼女をハミングしながら見つめ、もう少し待ってて欲しい、と言わんばかりに右手を左肩側へ。彼の左斜め後方に移動し、待機させた。
次に、広島刑務所方向を静かに見つめ、左腕を真っすぐ前に突き出す。しばらくすると、目で追えるスピードでやって来たモノたち、がいた。所内で浮遊していた20個ほどの幽禍、である。
大きさや形は様々だが、ピンポン球やソフトボール程度が殆ど。キレイとは言い難い鈍い光を洩らしながら、呼び寄せた張本人の前で、各々浮遊している。
彼らを見渡す少年。集まった時点で下ろしていた左手を再び、前に軽く差し出す。その中の一つ、所々から光を微量に出している黒ずんだ幽禍が近寄り、手の平の上で止まった。選ばれたのだ。他の幽禍たちは寂しそうに、離れ戻っていく。
それを見届けた直毘師は右手も上げ、選んだ幽禍を両手で大切に扱い、顔に近づける。喉ではハミングを続けたまま、目で別の事を語っている。その後、左手を肩横に動かし、後方にいた依頼人の幽禍を呼び寄せた。彼女にも目で語り、互いを挨拶させるように両手を近づける。すると、挨拶代わりの接吻のように軽く触れる、幽禍たち。
それが済んだことを確認した少年直毘師は、ハミングを止めた。そして、いつもの……
「いってらっしゃい」
この囁き声に二つの幽禍は、俊速移動。浮遊していた幽禍を先頭にし、その後ろから依頼人の幽禍が追った。人工的物体を通り抜け、刑務所内の対象となる犯人の念と共鳴し、3、4秒ほどで発見した。
その後は、直毘師の陽の指示通りに動くことになる。