第63話 決闘する男たち(2)
自身の顔、手から滴る血液を制御し始めたのだ。霧状化した後、眼球を動かし回転させ渦を作り出す。小枝などを巻き込む直径50センチほどの塵旋風を、秒速で出現させた。
それだけではない。自らの口内を噛み切り、血を溜める。それを一気に吹き出し、回転させながら目前の自作塵旋風へ合流。左腕を横に広げ、スピードがアップすると、次第に大きくなる塵旋風。直径2メートルを、超えた。
その風力は離れた耶都希にも届き、目が開けづらいほど、だ。
さらに先輩は気づいていなかったが、後輩は冷静に考察。相手が作った塵旋風は全て左巻きである。敢えて右巻きの大きな塵旋風を作った。相手の塵旋風一つに体当たり、潰した。それだけでなく弱体化した相手の塵旋風の因子、つまり碧が使った鮮血を、陽が制御し始めたのだった。
それに気づき、残りの塵旋風を一度に襲わせようとした。しかし時既に遅し……転回する相手の塵旋風に次々と、飲み込まれる。
先手必勝だったはずの先輩の塵旋風は全て、消え失せた。それどころか、全ての鮮血を少年が制御することで、より巨大化させ、直径5メートル以上のものに育てあげた。その高さ、木々越え。
撓る森の木々。風力に負けた日光不足の細い木や古い木は幹から、へし折られていく。何とか皮一枚で飛ばされないもの、皮が剥け飛ばされ他の木に引っ掛かるもの、ぶつかってきた木によって折れるもの……徐々に視界が広がっていく。
塵旋風を低速で相手へ近づける、少年。勝ち誇ったような不気味な笑みを、見せていた。
飛ばされないように、折れた木から身を守るように、近くの幹太の木を楯にしている、青年。逃げ切れないことを察し、額から汗を流す。苦笑いしながら、見張るしかなかった。
塵旋風の勢いは凄まじく、吸い込まれまいと木にしがみつく。形勢逆転となった2人の闘いの行方を、見守るしかない女。
少年の口元が動き、右手を勢いよく突き出す。加速する塵旋風が相手へ突進……しようと少し動いたがすぐに、停止。
勝ちを意識過ぎたのか、油断した少年の頭上と背中に攻撃万全のモノたちが浮かんでいる。死人の幽禍である。その闇が半端なく深く、醜い。青年が準備していたものだった。
直毘師の陽に、直毘師の碧が闇儡することを、表明しているのだ。直毘師といえど、闇儡によって自らに闇を植え付けられたら、自分では治せない。碧の眼は、本気である。
2人はしばらく対峙し、互いの様子を伺うことに。
先に動いたのは、後輩。操っていた血液の回旋を瞬時に止めた。塵旋風の熱気は冷め、巻き込まれていた枝らは音を立てながら地面に放り出され、枯れ葉らはのんびりと地へ降り立つ。最終的に浮遊しているのは、血のみ。だが少年は制御力を解き、シャワーの如く一斉に地へ落下させた。この時血液は凝固していたため、放棄したのだ。
攻撃を止めたわけではない。新たな自らの鮮血を霧粒化し、次の攻撃準備を始めていたのだ。肉眼では然程見えないが、その粒一つ一つを針状に変形。その長さ、コンマ1ミリほど。その数、不解。
靄のように見えるその集合体は、音なく青年へ近づき、1メートル程のところで二手に分かれるようにして、彼を包囲したのだ。
その赤靄に危機感を感じる、碧。霧粒の命を制御しようと試みるが、相手への攻撃のための幽禍を制御しているせいなのか、少年の制御力を超えられない。
陽も同様のことを試みている。相手の制御する幽禍を制御しようとするがうまくいかない。霧状鮮血の制御に注力しているため、青年の制御力まで超えることは出来ない、のだ。
まさしく2人の力は、対等していた。
膠着状態が続く。が、動きのないことがチャンスだったのだろう。
「さぁ〜今回は引き分け。これで終わり! もう暗くなるから、戻りましょっ」
歳上の耶都希は男2人の間に立ち、無理矢理止めた。先に碧が攻撃態勢を崩し、幽禍を陽から遠ざける。それを見た陽も、浮遊させていた霧状鮮血を解き放ち、地に落とした。
森に静寂が戻ったが、そこだけが荒れ放題である。それも暗闇が消してくれる。夕陽がその準備をしていた。
「湊さん、また一緒にやりましょう」
碧は笑顔で彼女に伝えると、もと来た道をフラフラになりながら、帰り去る。
それを見届ける耶都希。ふと視線をやると、跪いている少年の姿が。歩み寄り、肩を貸した。暗くなる前に森から脱するために。
3人が去るのを木陰で腰を落とし、見つめている男。額、鼻先、首筋、背中、腕、肌から脂汗のようなものが、吹き出していた。同時に、悪寒のような身体の震え。
見えないものを操るのみならず、凶器化によって殺傷することが出来る超能力を、彼らは備えていた、からだ。
阿部阪の話しにもあったが、実際に信じ難い光景を目の当たりにし、恐怖を憶えた出来事となった。
彼らが闘った場所を残り少ない空の明かりで、確認。所持していたデジカメでフラッシュ撮影。しかし誰が、信じるだろうか……。木々が生い茂る森の中の一部だけ破壊されている、この空虚を。
(俺は、とんでもない奴らを、追いかけているのかもしれない……)
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