第62話 決闘する男たち(1)
「姉さんの、過去を、知ってる? ……ふっ……冗談はそろそろ、終わりにしませんか。
過去の出来事を知っていても、心の闇を、理解していない。……姉さんの闇を知ってるのは、僕だけだ。姉さんも僕の闇を理解している。だから僕は姉さんを慕っている。だから姉さんは僕を信頼している」
始めて聞いたそのセリフにドキッと驚きの反応を示す、姉さんと呼ばれる女。
先輩に近づく後輩をジッと見つめる。少年の身体から怒り的闇が沸々と湧き出るのを、感じながら。
少年のトーンはさらに高くなった。
「裕福でお喜楽なあなたには、絶対に理解出来ない世界なんですよ」
ポケットから左手を出し、戦闘モードに入った。それに反応し、青年も右手を前に構えた。
「ダメよ! ここじゃ! 」
一触即発の状況を察し、叫ぶ女がいる。
「そうですね。ここは神聖な場所。争いごとは良くない」
先に構えを解き、真面目な意見を述べる先輩。しかし後輩は治める気配が、ない。
「では、あちらの森でやりましょう。もし逃げるつもりなら、それでも結構です。ただし、姉さんのことは放っておいてください」
「断る! 」
まだ太陽が西に傾いた、ばかり。
繁々した木々の少ない隙間から光射す森の中へ、移動。適当な場所を選ぶ伊豆海陽と伊武騎碧。彼らを必死に止めようとする耶都希。だが、意地のぶつかり合いは、始まっていた。
女は男らの殺気を感じ、少し離れた場所で立ち尽くすしか、なかった。さらに離れた別の場所で3人を隠れ見している、柳刃がいた。
一本一本が存在感をアピールし優雅に立つ杉の木たちの間に、若き2人の男たちが相対している。寸刻互いを睨み続け、様子を伺っていた。
先動は、碧。何やらポケットから取り出した。常備している小さな円柱の、容器だ。その中身は、鮮血。検視官という仕事がら、入手しやすい。
直毘師の先輩として、最高度の技を身に付けていた。自作スプレーで鮮血を霧粒化。その中にある命を制御することで、ミクロレベルの霧状鮮血を自由自在に動かすことが出来るのだ。何千、何万粒の霧状鮮血を浮遊させながら、少年を挑発。先ずは挨拶代わり。10数粒を円盤型にし目にも留まらぬスピードで、襲撃。刃物化した霧粒は少年の制服を、切り裂く。
この技、後輩の陽も身に付けていた。ただ、この闘いを想定していなかった。準備している鮮血など、ない。しかし、彼は実証済みの秘策があった。道理に適っている。このことは、同力の持ち主である相手を驚愕させるのに、充分だった。先輩直毘師にはその発想が、なかったのだ。
少年直毘師は自身の命を制御することで、物質を動かすことが出来た。
力ませた拳を開き手の平に滲み出る汗を、蒸発させるように霧粒化、浮遊させる。仕返しに高速で先輩を、襲撃。“切る”のではなくスピードを落とし、顔の一部を狙う。左目に入った汗成分は、相手の目を閉じさせた。
次に、足下にいた蟻を二匹手に取り、唾を吹きかける。人から生ずる物は有期限であるが全てに、命が存在する。それを制御し、蟻を秒速30メートル(時速約100キロ)ほどで飛ばした。それは相手の頬に、突き刺さる。
それを指に取る碧は、再び驚いた。先輩は一ミリグラム程度が制御の限界だが、後輩は質量が約四、五ミリグラムもある小さな蟻をも制御出来るレベルに達していた、からだ。
だが怯むことなく、別の攻撃準備。右腕を前に付き出し、左から右へスナップをきかせると、直径50センチほどの塵旋風が、出現。霧状鮮血を一気に回転させ、回旋スピードを増すことで空気の渦が地面の小枝、枯れ葉などを巻き上げた。高さ、約20メートル。
ニヤッと含み笑いする青年。塵旋風は木々の狭間を蛇行しながら猛スピードで、相手へ。左腕で両目を防ぐ少年を、直撃。顔や手を切り裂き、髪の毛をカットし、衣類は鋭い刃で刻むように、裂いた。相手の肌から血が滲むのが、分かる。
少年の後方で再攻撃出来るよう、塵旋風を待機。青年は鮮血入りスプレーを再噴射、同様の塵旋風を一度に三つ作り出した。そして、この三つの塵旋風をダンスでもしているかのように、低速で動かし配置。四方で囲み、少年への一斉攻撃体制へ。
「碧くん、もう止めて! 」
彼が有利であると感じた耶都希は顔色を変え、叫んだ。
「陽くん、どうしますか? 降参するなら、今ですよ」
不気味さを感じている先輩だが敢えて、対する相手に告げる。
「フッ」
鼻で笑う少年。降参するつもりなど毛頭ない、ようだ。それどころか、口角を上げ目尻に皺を寄せた。してやったりの表情に、変貌した。




