第60話 依頼人と会う者たち
6月24日、香川県琴平町の金刀比羅宮――
祓戸社前で、神妙な面持ちの5人。40歳前後の夫婦一組と女一名に説明する、30歳前後のキャップ帽を冠った女と、2歩ほど後方に立つ学生服の少年。
「信じる、信じないは皆さんのご判断です。依頼される場合、4日以内に対象者への復讐実行を約束します。先ほどの三つの条件の承諾が必要です。……本当の意味で“命懸け”でなくてはなりません。もし“命を懸け”られない程度の想いであれば、復讐は諦めてください。どうされますか? 」
復讐代行の女は、最後のコトバとして決意を促す。
囲い相談を始める3人。数分後、その囲いを崩し、夫婦の男が“力”ある女に告げた。
「では、お願いします。奴らへの復讐は、私たち家族の、強い願いです。妻を外し、私と彼女の命をあなた方に託します。必ず奴らを葬ってください。それも簡単にではなく、苦しみを与えて。……私たち家族の怨みや苦しみがどれだけ大きいのか、奴らの体の中に、刻み込んでやってください」
依頼人3人の強い決意を、確認できた。そして、少年の同意も得た。
「分かりました。お受けします」
依頼人たちとの、最終確認。復讐の対象者、復讐の度合いなど。
祓戸社の前で、闇喰を実行開始。
少女の父親、少年の母親の順番で握手するように手を握り、各々の持つ闇を吸引する。最初に依頼人の命のボリュームの確認。次に、事件と復讐心に繋がる闇を選別、そして幽禍として吸引した。
夫婦の妻は外れたが、復讐代行に関わる記憶を消すために、彼女の手を握り、幽禍を吸引。
それらは、“力ある者”の女の体内で管理される。彼女とてリスクがないわけでは、ない。そのまま新月を過ぎた場合、闇喰による闇は彼女自身に、巣食う。その前に処理をする必要がある。
「それでは皆さん、ご自愛ください」
依頼人たちは、その場を去った。
闇喰によって、復讐に対する情念や力に関することについての記憶を、失う。愛する者を失った哀しみは残しているが、復讐心に向く怒りや怨みのエネルギーを減らす。依頼人の内部で、闇のエネルギーの質とベクトルが大きく変わるのだ。
人間の脳はよく出来ていて、一部の闇が突然なくなったとしても困惑することなく、自らコントロールした如くに、その後を歩み始める。簡単に言えば、『絶対許さない。一生恨み続けてやる。いつか殺してやる』から『恨んでも死んだ者は帰ってこない。これから出来ることをやる』という変化である。
闇喰を希望した依頼人たちの一部には、遺族支援センターで支援する側になったり、遺児支援や親子支援などのボランティアに参加したり、する人もいるほどだ。掛け替えのない“命”や“時間”の大切さを訴える人は、少なくない。
復讐を現実にするために行動し、企み、依頼する遺族は、多くない。“力ある者”たちは、先祖代々伝わる隠密の方法によって依頼を成就させることが、出来る。この場にいる2人の他にも、この国にはそのような者が複数存在している。ただ知る者が多くない、だけの話しである。
身長156センチほど。柔らか頬っぺの丸顔、ホワイトメッシュのショートボブに紺のキャップ帽。背中にローマ字のみの白長袖Tシャツ、モスグリーンのミリタリーパンツに濃茶ブーツ。目立たないカラースタイルで観光客を装う、説明した女――湊耶都希、30歳。
闇喰と闇嘔の術を持つ、祓毘師の一族。闇のエネルギーは兇暴であるが故に、闇の制御には心身とも強靭でなければならない。湊家はその力を与えられた、血統家系である。
彼女自身の不幸な体験で、闇を背負っている。中学三年のクリスマスイヴの夜、愛する母を目の前で、殺害された。ショックは大きく、高校受験失敗。母と2人暮らしだった彼女は、数ヶ所の親戚宅で引き蘢る生活を送ってきた。犯人への怨みは増し、復讐を目標としてきた経緯がある。犯人だけでなく大人たち、そして社会への不信、不満が彼女の心中に闇を増殖させた。
自らの“力”を知ったのは、18歳の時だった。
身長161センチ(成長中)。小柄でやせ形、奇麗なストレートショートで色白肌、冷ややかな細目に透き通るような声が特徴的。この日、白シャツにネクタイで一緒にいた少年――伊豆海陽、高校一年生。
闇儡の術を使える、直毘師の一族。祓毘師によって取り出された生人の幽禍のみならず、既に亡くなった人間の浮遊している幽禍も、遠隔制御可能。伊豆海家はその力を与えられた、血統家系である。
彼も不幸な人生を歩んできた。刑事だった父は殉職、精神的に狂った母は麻薬や児童虐待で逮捕。それ以降、四つ上の姉、光と共に過酷な幼少期を送ることに。彼の冷酷さは大人たちへの、攻撃心からである。1歳の時、父からの生前転移で“力”を得た。幼少期、誰から教わることなく力を活用。それが不幸の元凶でもあった。
被害者のためと思い、活動する彼女らも、“闇”を抱える被害者だったのだ。
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