第55話 転命を見つめる者たち
☆―☆―☆間は、一人称視点の話です。
あみだくじ状の道路に合わせて整備された、住宅密集地帯。そこに、ベテラン議員の割には庶民的な暮らしを覗かせる、木造建ての一軒家。
依頼人から事前指示があったらしい。勝手口の木製ドアを三回ノック。返事もないのに開けてサッと入る、少女。私は最後に入った。
現れた妻と名乗る女性によって、奥の部屋へ。政治家の妻によると、弁護士と大事な話しがあるという理由で、来宅していた議員や後援会の人たちを、帰宅させたこと。外に屯っていたマスコミも丁寧に追い返した、と言う。
チラ見してくる前にいた、少女。
(あぁそっかぁ、俺もマスコミだもんなぁ……)
彼女と一瞬目が合ったが、視線を故意に変更したのは、私のほうだ。
男の眠る十二畳ほどの和室。依頼人である妻と息子、男の両親のみがいる中、若き命毘師は掟を話し、他言無用であることを伝えた。妻以外の家族は不信感を眼で、語っている。妻の命で行なうことを前提として、承諾された。
(確かに、聞いて信じられるもんじゃないからなぁ)
部屋の片隅に座る女守護者の後ろで、今日だけ弟子となった私も正座し、様子を伺う。17歳とは思えない堂々とした彼女に、感心していた。ただ儀式は呆気なかった。
(えっ、それだけ? )
守護者の横に座り直し、男の変化を待つ女子。
男の妻は茶を準備するため台所へ。息子は「生き返ったら呼んで」と嫌みたらしく言い残し、二階の部屋へ。男の両親は、息子に投薬など変な行動をしないだろうか、と不安を感じているのだろう、無言のまま動かない。
両親と私たちに茶を出した依頼人は、そのまま夫の動向を見守り始めた。
それほど時間は掛からなかった。
先ほどまで白顔の男が、肌の色を取り戻し、顔を歪めると同時に、唸り始めたのだ。息子を見た両親は奇妙な悲鳴をあげ、仰け反った。妻は夫の傍に喜び近寄り、男の名を呼び続けた。悲鳴を聞いた息子は、二階から転げ落ちるように和室へと駆け込み、動く父を凝視し、立ち尽くしている。
男の意識はまだ戻らないが、転命が成就したことを少女は、告げた。家族に挨拶し、勝手口のある台所へ動き出す女性陣に、付いていく。台所で茶封筒を少女に渡す依頼人は、今回のコトの経緯を説明し始めた。誰も訊ねたわけではない、のだが……。
事件に巻き込まれた夫が身の危険を察し、親好のある宮司に相談していたことで、命毘師の存在を知った、という。「自分に何かあったらすぐに宮司に報告するように」と遺していたため、少女たちに逢えたのだ。
事件については語らなかったが、夫が息を引き取る前の二日間について、涙しながら話してくれた。
突然の体調不良、幻聴や幻覚症状、病室での発狂、拘束具を付けられた夫の姿。そして心不全で息を引き取る容疑者扱いの、ベテラン議員の最期。
今回の件で精神的に病んだのだと、思ったらしい。しかし汚名を着せられ死んでいく夫を憐情し、宮司に報告した、という経緯だった。
3人一揖し、勝手口から夜の住宅街へ。外灯と住宅灯を頼りに、沈黙のまま歩いた。
「……ネスですか? 」
阿部阪の娘に訊ねるような小声に、私は耳を立てた。
「可能性はあるかもね」
「あの方は悪者というイメージはありません。何故でしょうか? 」
「それは分かんない。一応こちらで調べるけど、レイは心配しなくていいよ」
「……はい」
「組織とやらが絡んでいると踏んでいるよ。彼は、犠牲者だ」
口を挟んだ。刹那、女の厳しい横目に気付いた。「黙ってて」と言わんばかりに。
「どこまで、ご存知なんですか? 」
興味本位ではなく、真剣な眼差しで少女が質問してきた。だから、女の目を気にせず、話せる内容を選び語った。
「議員には贈収賄の容疑がかけられていた。それに関わったかもしれない3人が次々と亡くなった。口封じのために、あの男の指示ではないかと騒ぎ始めたんだ。
その3人の遺族が挙って、数日前に出雲観光へ出掛けていることが判った。そして彼は亡くなった。『加害者連続死亡事件』の流れと同じなんだよね。奥さんから聞いた症状からすると、“奉術師”によって消されたのは間違いないだろう。
だけど彼じゃない。嵌められたんだ。彼の死も3人の死も、組織の計画だと考えている。以前から調べてたけど、今回の事件は目眩しか、あるいはこれから起きる序章か……。どちらにしても、見え隠れする人物をもっと調べてみないと、ね」
「見え隠れする人物って、誰ですか? その人も組織の人ですか? 」
「そこはまだシークレットかなぁ〜」
ニヤついて嫌みっぽく応えたのが、気に食わなかったらしい。頬を膨らませ不機嫌になった。だから、一言付け加えた。
「君は知らない方がいい。もしかして、暴力団以上に危ない人物かもしれないから」
素顔に戻り、進行方向のまま
「ありがとうございます」
彼女が素直であることは、知っている。
「僕こそありがとう。君の術を直接見られて良かったよ。心から感動した。君は素晴らしいことを行なってる。今では応援してるよ」
褒めよう、と心掛けた。
「ありがとうございます」
照れながらの少女の、お礼だった。
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