第6話 思慮する者
☆―☆―☆ 一人称視点の話です。
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3月8日、夜の文京区小石川――
八階建ての管理人付き賃貸マンション408号室。十年以上使用している、私の自宅兼オフィス。
十二畳と六畳の1LDK。入口から右手には洗面所、トイレ、風呂場。正面扉を開けると六畳のベッドルーム。左にリビングダイニングキッチンがある。殆ど使っていないキッチンにはマグカップやスプーンなどの他、何もない。ガスコンロさえもなく、電気ポットと電子レンジがあるのみ。
デスクトップパソコンに23インチ液晶ディスプレイと、広げた新聞、重ねた雑誌、複数の書類などが乱雑に見えて、あるルールに従い置いているダイニングテーブルとグレー色オフィスチェア一つ。
壁一面には、新聞や雑誌の切り抜き、写真や書類などが張り巡らし、黒・赤・青で書いた、大と中のホワイトボードを並べている。
窓側には、大人が裕に寝ることが出来るモスグリーンの布地ソファーと、開いたノートパソコンを置いている古びたローテーブル。
そのソファーに座り手帳を見つめながら、無意識に眉間に皺を寄せ、右手の親指と人差し指で耳朶を捏ねている。思慮する時の癖、らしい。誰かに教えられて知ってはいるが、無意識のうちに……
(癖だから当然かぁ)
乱雑に書いた手帳の一部分に、ハッキリと丸で囲む三つの単語。
“秩父”“奈良”“伊勢”――三ヶ所とも誰もが知る観光名所。“秩父”にヒントがあると思っていた私を悩ませている原因である。“奈良”“伊勢”にも出掛けている被害者家族がいたのだ。
加害者死亡日前に旅行をしている、事実はあった。さらに、死亡当日のアリバイは全て裏付けが取れている、という警察。つまり……
(被害者が事件に関わっているとすれば、第三者に依頼し、アリバイ作りをしている!? )
そう考えるのが、普通である。
(旅先じゃなく、そこで会っている“人物”……)
この時点で、個人の犯行ではなく、組織・団体の存在を考え始めていた。例えば、暴力団関係者、アジア系マフィア、荒手の組織、あるいは新興宗教に見せかけた団体――そのように考えると調査する範囲が、広がってくる。そこを絞るために思案していた。
寸刻、暴力団やマフィアは候補から排除。警察関係者の話しでは『被害者家族による金銭授受の形跡がない』、つまり暴力団やマフィアがボランティア(奉仕)で行なっている……とは到底考えられない、からだ。勿論、別の報酬授受かもしれないが……。
(何かの組織? 新興宗教団体? 他に何か共通点があるはずだ)
ただ、その共通点とやらが、他に出てこない。個別の事件のように、あまりにも纏まりがないのだ。場所、死因、時間、状況全てがバラバラ。
『加害者連続死亡事件』などないのではないか、と思われても仕方がない状態。だが、確実に『第三者』の存在がいる、と疑わない自分がいるのだ。
この『第三者』が誰なのか? ということはさて置き、現時点で三つの難題にぶつかっていた。
手帳を一枚めくる。そこに記す“刑務所・拘置所”に赤下線を引く。難題の一つは、名古屋や徳島などの刑務所、拘置所内で死亡している事件、だ。
(部外者が、施設内の者をどうやって殺ることが出来るんだ? ……そう言えば以前、所員による暴行殺害事件があったなぁ。今回も関係ない? ……いや、第三者が所員に依頼した可能性だってある……んんん……待てよ、コンサートなどイベントがあったりするなぁ。部外者が出入りすることは可能、か!? しかし拘置所じゃ、無理かぁ……)
その時、ローテーブルから鈍い音。震える器械との衝撃音だ。それを手に取り、二つ折りのモノを伸ばした。