第53話 懊悩する者
☆―☆―☆間は、一人称視点の話です。
夜も深まり、この臨時集会は解散となった。
薄暗い境内。彼と並び歩き、出口へ。
再び己に危険が及ばないよう、警告を受けた。組織からの監視対象になっていることも含めて。その方法は定かではない。
だが、覚悟の上だ。警告を受容したが、引き下がるつもりはなかった。相手が危険かつ大組織あれば、尚更だ。
「もっと教えて頂けますか。組織のことを……」
電灯一つの薄暗い駐車場で、話すことに。私は境内を背に、彼は鳥居の方角を見ながら、目を合わせることなく。誰もいないことを確認しながら。
「彼らNSは、影の○暴組織とも呼ばれているようです」
外務省、財務省、総務省、経産省のエリート官僚メンバーによって、組織されているものだった。私は別の裏方がいると考えていたが、違った。彼らは公の顔のまま、影でも力を振るっていた。
今や国内の政治、行政、司法、産業などのベースは、この四省で決定づけられている始末だ。表向きは、内閣、各閣僚、各省庁が活動していることになる。
しかし、コントロールしているのは、中枢メンバーの4人。これがダークネスの根源だという。
「官僚の、裏組織……フン、面白そうじゃないですか。……もし可能なら、その中枢メンバーも教えてもらえませんか? 当然、ご存知なんでしょっ!? 」
獲物を見つけた如く、高揚していた私を、横目で薄笑いする彼。勿体振ることなく、白状した。
「大童子暢輝、阿野田秀作、龍門蓮三郎、風間忠輔、この4人。大童子以外の3名は天下り先にいますが、その力は健在です」
「阿野田!? ……ありがとうございます。私なりに調べてみます」
「分かってると思いますが、この名を公表するのはやめておいたほうがいい。あなたと出版社のためです」
「……時と場合によって、というところでしょうか」
「フッ、あなたらしい」
「……阿部阪さん、今後組織の活動について私の知り得た情報を提供します。情報交換、してくれませんか!? 」
一呼吸してからの返事。
「分かりました。ではあなたの名刺を。後日連絡します。ただ阿部阪の名ではなく、藤原として……」
内ポケットから取り出し、名刺を彼に渡した。
そのタイミングで事前に呼んでいたタクシーが、到着。相手に軽く左手で挨拶、明水神社を後にした。
心の笑みは止まることなく、自宅に着くまで攻め方を思案していた。
「面白くなってきた!」
☆―☆―☆
薄明かりの境内には、レイと涼夏、そして亮介。さらに距離を置いて、3人を見守る嵩旡。
「ごめんなさい」
深々と頭を垂れるのは、レイである。
今まで命毘師であることを黙っていたこと、そして危険に巻き込まれる可能性が出てきたこと、などを含めてなのだろう。申し訳なさが、その一言に集約されていた。
そんな彼女の上体を両手で起こし、優しく抱きしめるのは、涼夏である。
「いつも一緒にいるから。レイちゃんはレイちゃんだから。でも、無理しないで……」
相手だけに聞こえる、囁き。
幼い頃から姉妹のように、双子のように一緒だった相手が、国をも動かす得体の知れない組織に、ターゲットにされているのだ。その恐怖を、怒りを、共有することなど、出来ない。
それに、真友が自分の元からいなくなることも、恐れたのだろう。
彼女が命毘師という特別な人であっても、これからも一緒にいることを、強く望んでいる。その想いは、多くを語らずも、強く抱きしめることで伝えたかった、のかもしれない。
涼夏は車中から手を振り、亮介と共に家路につく。
二人を見送る鳥居の真下に立つレイと、4段ほどの階段下にいた嵩旡。少年は体を半転。
「それじゃ」
軽く右手を上げ、そのまま去ろうとする。
「阿部阪くん! 」
瞬間に引き止める、少女に対し、ゆっくりと半身の体勢。
「ありがとう、ございます」
深々とお辞儀した、ヨソヨソしい少女。護ってくれていたことへの、感謝なのだろう。
「これまでと、同じということで……」
相変わらずの低いトーン。ただそのコトバは少年なりの、優しさを感じた。
彼はその場を後にした。駐車場隅で待っていた父と、共に。
家中に戻ったレイを黙って見つめる、保護者。今宵、これ以上話せることはなかった。
「おやすみなさい」
部屋へ戻る少女の背中には、寄る辺なき寂しさ、以外にない。
早々に布団に潜り込むが、寝付けることなく、翌朝を迎えた。
***
臨時集会から、一週間――
まだ懊悩している、17歳の少女命毘師、がいた。だが転命の依頼が止むこと、はない。断ることの出来ないレイは、水恵夫婦の不安を知りながらも、心配を掛けさせまいと空元気で依頼人の元へ、向かおうとした。
今回同行するのは、阿部阪茉莉那。
嵩旡と違い、父に似たのだろう。背が高く、モデル並みのスタイル。ルーズアップしたロングの黒髪、日本人離れした高い鼻、赤リップの似合うふっくらした唇、キリッとした鋭い眼、そして時に見せる笑顔に現るエクボ。おまけに、ぶっきら棒な弟とは反対に、軽快かつ明朗な喋り。姉御肌らしき面も、垣間見れる。
レイも初顔の際、赤面したほどだ。
彼女の魅力は外見だけではない。弟同様、四ヶ国語を話し、格闘技、情報機器操作、そして運転技術はプロ級である。ただ、ファッションにはさほど興味がなく、普段からデニムスタイルかパンツスーツ。それでもカッコ良さは、隠せない。
今日もグレーのパンツスーツ姿。レイの守護者として出掛けた。
目指すは、姫路。
昨夜亡くなった男の、妻からの依頼である。男は兵庫県議会議員四期当選のベテラン議員で、次の国政選挙に出馬する噂もある、人物だった。




