第52話 岐路に立たされた少女
☆―☆―☆間は、一人称視点の話です。
『人口適正化計画』に反対する者、邪魔をする者の排除を徹底的に行ない始めたのは、1996年頃。政治家、法律家、国家公務員、ジャーナリストなども例外ではなかった。
これ以降、影の役者が牛耳る構図になったらしい。
「日本の財政は厳しくなり、今や対世界への影響力も薄れてきています。他国発展の加速が予想以上だったのでしょうね。
これまでのペースでは世界トップになる国力が持てない、と判断したようです。『国力改造計画』を新たに練り直したと同時に、影組織は活発化……。
賛同した政府は長期政権を担い、反対した政府は怒りを買い……そう、2009年の政権交代です」
ここにいる皆は驚愕、というより、奪力感を漂わせていた。それらが国策に基づいてるわけだから、尚のことだ。
私とて同じ。先ほどまでの強気は遠のき、握る手には汗。焦りと憤りを感じていた。
「つまり、その組織は政治家によるもの、ではないということですね? 」
彼の説明で想定を踏まえながら、問うてみた。
「選挙で変わる政治家に、権限などありません」
(だろうな)
計画に反対する政府や政党は長続きしない。政党を弱体化させ、名も実績もない国会議員を増やしているのは、組織の企みによるもの。
反発するような議員たちは全て、政界から去った。スキャンダルで潰される者、精神的病気や痴呆症になる者、記憶を抹消される者もいた。自殺、突然死する者もいるほどだ。
結局誰も反発出来ないほどの、弱体国政になっている、と言う。
「では、誰が? 」
「そこは残念ながら……」
(……だろうな)
「影組織の司令塔が公舞台に出てくることはありません。しかし確実に、裏でコントロールしている。批判、抵抗、反発する者は誰であろうと処分し、計画遂行のために手段は選ばないのです」
そこで協力しているのは、奉術師だと言った。
本来奉術師は、人を助けるために存在すべき種族。ただ、権力を持つ者が奉術師を利用し、悪用することが昔からあったようだ。現在は影組織がその輩、だと言った。
信じ難いものだった。
「その影の組織は『ネス』と呼ばれています。この名は絶対に、口外しないでください。ただそれらしき人物が現れた時はすぐに、私たちに教えてください」
皆、同じタイミングで首肯した。
「今日、彼らがレイさんに接触してきた、ということは、つまりレイさんだけでなく、周囲の人たちにもその手が及ぶことを意味しています」
その危機から回避するための選択肢を、付け加えた。
少女自身が彼らの計画に賛同し、協力すること。
賛同せずとも邪魔せず、看過すること。
そしてもう一つ……命毘師としての使命を放棄すること。つまり力を無くすこと。
その選択によって、周囲への影響、危機度合いは変わってくる、と。
彼女が思い悩むようなことではない、それは明らかだ。それも見えにくい大きな組織が絡んでいるのだから、簡単には答えが出せない筈だ。
裏組織の計画に賛同する選択など、毛頭ないだろう。両親を殺した組織に味方するなど、皆無だ。
しかし抵抗すれば、自らだけでなく、ここにいる人たちにも飛び火する可能性は、高くなる。だからと言って、看過することも難儀の筈。彼女と初めて出会った日、『許さない』と豪語していた。実際犠牲になっている人たちがいるわけだから、性格上許せないのだろう。
それに……母親の意志、家系の使命を諦めることも、あり得ない選択、ではないだろうか。
(辛い、選択だな。……まだ高校生……重荷過ぎないか……)
彼女の表情は固く、悩む以前に、悔しさを滲ませていた。自らの立場を理解したのだろうか。皆の顔を順に、見回していた。
そんな少女と目の合った者たちは、発言することが怖いのだろう。沈黙が物語っていた。
凄まじい葛藤は、誰も共有することは出来ない。一種の孤独感を彼女は感じている、そう思えた。
沈黙を破ったのは、阿部阪だ。
「しばらくは彼らも、安易に近づこうとはしないでしょう。嵩旡が部下に一喝した通り、我々一族と争うことなど、彼らにはリスクでしかありませんから。
レイさんにとって酷な選択かもしれませんが、自分の道は自分で選ぶしかありません。よく考えてみてください。
その間私たちは、命毘師であるあなたを、全力でお護り致します」
今後、学校やプライベートの時は彼の息子が守護し、自宅にいる時や命毘師として行動する際は彼が。さらに娘を呼び寄せることを、決めていた。




