第49話 過去を知らされた少女
「ごめんね、涼夏。……うん、じゃあ待ってる」
スマホを持つ左腕をゆっくり下ろす、レイ。玄関口で二人を、待つことにした。不安と緊張の狭間に揺れる、目を隠せぬまま。
10数分後、座敷に集う者たち。水恵と妻、レイ、千堂父娘、柳刃公平、阿部阪父子が囲い座りした。
何とも言えない空気の中、先ずここの主であり、少女の今の保護者が、頭を下げ詫び言を述べた。これまで隠してきたことを。
小さな町の残虐事件は、町民たちも忘れるはずがない。故に、祖母と宮司が願いを込め、必死に沈黙を働きかけていた。姓も祖母のものに変えた。全ては遺された2歳の女の子のため。
大人たちから子どもたちまで、皆が遺児の成長する姿を温かく、見守ってくれていたのだ。
その事実を知らされた、菜摘の娘。困惑するのは致し方ない。事故死と聞いていたレイにとって、ショックもあり、皆への感謝もあるだろう。
下瞼に涙を止めつつも、頑固な姿勢を崩さないでいた。目と口、両腕と腹部にも忍耐を蓄え。
納得出来ないことは、コトバに代えた。声を詰まらせながら。
「な、なんで、何のために……だっ、誰なんですか? お母さんを、両親を……」
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◇――――
男を上から押し倒したかのように、覆う女がいた。男は目を確と瞑り、女はしかめ面の表情。僅かだが、身を震わせていた。
「あなた、大丈夫ですか? 」
「ああ」という返事に、微笑を見せた。男も女を案じたが、「平気です」と応えた。
部屋は消灯しており台所の灯りのみで、互いの表情を確認出来る程度だった。
再び窓ガラスの割れる音。
反射的に二人とも、硬直。女は男を、護ろうとしていた。
野球ボールが投げ込まれたような、窓ガラスに残る穴。数十秒前に、外部から開けられた。
飛び込んできた球体は、部屋中央で一旦止まり、破裂。いや、打ち上げ花火の如く飛散した。裸眼では確認出来ない程の微小な針状血液が、大量に。
襖はツブツブに破れ、壁には発疹が生じ、蛍光灯は割れた。
咄嗟に男をかばった女を守護するシールドで、二人が受傷することはなかった。
ただ次の侵入物による攻めは、無傷でいられず。
ウツボのような不均等の細長い物体は、刹那体系を変えた。霧状となった微小の液体が渦を、巻き始めた。
次第に物モノが、各々の雑音量を上げ始める。重量物は振動による重低音、それより軽量の物は打音、転倒音、摩擦音で合唱した。
軽々しい物どもは風向きに任せ、宙を回った。
瞬く間に発生した室内の旋風は、破壊活動を開始した。
木片、プラスチック片、陶器片、さらにガラスの破片をも巻き込む。遠心力で吹き飛ぶモノたちは、襖をボコボコ、壁をキリキリ、窓をバリバリ、家財をボキボキに。
危険を察したのだろう夫は、事前に身体を入れ替え妻の上に被さっていた。
颶風ばりの勢力は二人を、懲らしめることに。衣類を刻み、肌身を裂き、破片を埋め込んだ。
「なつみさん、なつみさーん!」
家外からの声は、届かないのだろう。返事がない。家を囲むシールドを張った青年は、まだ破損していない玄関ドアを必死に開けようとしていた。仕方なく施錠されていたそれを、決死の覚悟で蹴破った。外れたドアからの風を感じながら、一気に土間へ。そこには3Dアトラクションのような光景が。「なつみさん」と再度叫ぼうとするが、口も目も開けていられない。右腕で顔を防ぎたくなる、暴風の真っ最中だった。
「待ってました」と言わんばかりに、彼を襲ったモノは、避けた態勢の左上腕を剔った。その痛みで、右手は左腕に、腰を曲げ頭を下げた。直後の飛び掛かってきた家具が、トドメを射すことに。頭への衝撃によって、ノックダウン。意識失墜の彼のシールドは、滅した。
「……さて、と……。君たちに恨みはないが、これも私の任務。恨むなよ」
裏山の斜面から古民家を眺める黒合羽の男は、両眼に力を入れた。
夥しく流るる青年の鮮血が、重力に反し始めた。それに存在せしめる命を、誘導させた。直毘師である男の、能力だった。
流動体から分離させる赤血球や血小板などの微小隊を、一呼吸ほどで旋風へと合流させた。
風力はさらに増し、掃除機内のサイクロン状態と化した。
既に意識を失った血塗れの夫は、風圧で隣の台所まで転がった。夫の防風体がないことで、妻の身体の傷が、増えていった。その身は柱まで引き摺られ、止まった。
旋風は赤調を強め、部屋中を湿らせた。
外では先程までの小雨から、本降りへ。
異様な騒音に気付いた近所の人たち数人が、若夫婦の住む古民家を、恐怖の目で見つめていた。
――――◇
***
両親の最期の日と、その理由を知らされた。
レイにとって誇れることかもしれなかったが、悲しい事実でもあった。
母の正義感の強さが、相手を怒らせた。組織への誘いを拒否しただけでなく、反発したのだ。それもたった独りで。
仲介役の水恵も、祖母も相談を受けてなかったらしい。
味方に引き込みたかった命毘師が、組織の計画を妨げる存在となった。つまり、『邪魔者は消せ』の対象となっていた。
唯一報告を受けていた建毘師らは、危険を察し、菜摘の守護を一人の若き建毘師に任せた。一人前として充分な力を保有していた。が、相手が上まっていた、ということなのだろう。命は繋げたが、片腕は繋がらなかった。
「もしかして、佐藤、さん? 」
無言で頷き、認めた。
「彼は、菜摘さんを、ご両親を護れなかったことを、今でも悔やんでいます。ですが、意表を突かれ、いや、我々の判断が甘かった……彼の責任ではありません」
大阪で会った時、15年前の件を、両親を守れなかったことを、彼は謝りたかったらしい。しかし阿部阪が、口止めしていた。
素直で明るく成長した菜摘の娘と会えたことは、佐藤にとって心から喜びであった。
それを知った少女は、微妙に戸惑いの表情を醸し出していたが、敬俊は笑みを見せ、さらに経緯を語り続けた。
「幼少時の君に力が備わっていることは、水恵さんからの一報で知り、私どもは早々に指令を出しました。近くでお護りするために、です。
菜摘さんの子である君の傍で護りたいと、復帰したばかりの佐藤が申し出ましたが、片腕では不利であると判断。別の者たちがコチラへ移動してきた、というわけです」
「私を、護る、ため!? あのぉ~、阿部阪さん、たちは、何者なんですか? 」




